彼らの出会いのお話からこの物語は始まります。
彼らの出会い。
それは、とある商店街で行われていた、あるガールズバンドのライブでした。
その日はあまり日差しの強くない、曇りの日の事でした。
「みんな、こんにちは! 私たちはハローハッピーワールド! 私たちは世界を笑顔にするために活動しているの! まずは一曲聞いてちょうだい!」
街角で突如として行われ始めたライブ。
ライブは楽器の、機材の用意が必要なはずなのにも関わらず、瞬く間にステージが組まれ演奏できるようになったそれは、たまたま通りかかった人々の目を引きました。
とはいえ所詮少女五人のバンドグループ。未だに根づくバンド=男性というイメージとのギャップで注目はされど、全ての人がそこに立ち止まって歌を聞いていくかと問われれば、それは否でしょう。
ましてや、今は夕暮れ時。
あたりはゆっくりと暗くなり、彼女らを見つめる集団の中には学校帰りの生徒や夕飯の買い出しに来た主婦も見えます。
そんな人々がなぜつい足を止めてしまうのでしょうか。
それはひとえに、彼女らの、この場にそぐわぬ
まず彼女らを見て目に入ってくるのは、
ピンク色の、クマを模したキグルミが、
彼女は名前をミッシェルといいます。彼女らのバンド『ハロー、ハッピーワールド!』のDJです。
バンドにキグルミ。しかも演奏をしているのです。
少なくとも私は見たことがありません。彼女たちを除いては。
ではミッシェルありきの物珍しさかといえば、そうではありません。
例えばギター。
髪を後頭部で結い上げた紫髪の彼女は、美丈夫という言葉を使ってしまいそうなほどに顔立ちが整い、かつ中性的なのです。
あ、ほら今、彼女のウィンクに当てられた女子高生が黄色い歓声を上げました。
例えばベース。
ボーイッシュに橙の髪を短く切り揃えた少女です。テンションが上がったのかミッシェルに飛びついています。
ライブの途中に、そのような行動。ちょっと考えが浅いようにも感じますが、そこもまた彼女の愛らしさの要因の一つなのでしょう。
例えばドラム。
水色の髪をサイドテールにし、少しおどおどとした雰囲気を醸し出しながらも的確にドラムを鳴らす彼女は、さながらこのバンドの清涼剤というところでしょうか。
見てもらった通り
例えば——ボーカル。
金色の髪を腰まで伸ばし、ざっくりと切り揃えています。
彼女の様子を表すならば、そう、自由奔放。この四字に尽きるでしょう。
あなたは、見たことがありますか?
ライブ中にくるりとバク宙を決めるボーカルを。少女なのにも——女性なのにも——関わらず、躊躇わずに人の波に飛び降りるボーカルの姿を。
異質なバンド、その中でもとびきり異彩を放つ彼女はしかし、その中で最も輝きを放ってもいました。
そして、その輝きに魅せられた少年が、また一人。
その少年は、彼女らをぐるっと百八十度囲む人混みから少し離れたところで、彼女たちを見つめていました。
身長は百六十センチより少し大きいくらい。
男子としてはあまり大きくなく、線の細さも相まってどこか頼りない感じです。
黒髪は特段お洒落に切り揃えられた様子はなく、どこにでもいる普通の高校生、と言った有り体でした。
そんな少年は、少し、前にいる人たちとは違った雰囲気を醸し出していました。
少女たちのパフォーマンスの度に歓声をあげるほど高いテンションの集団に対し、少年はじっと、ただ一点を見つめ続けています。
もし、少年が集団のどこかに混じっていたとしたら、少し気分を害す人も出ていたことでしょう。
なんでこいつはわざわざここにいるクセにこんな黙りこくってんだ? 楽しめないなら帰れよ。
周囲の人にそんな風に思われる情景が容易に想像できます。
もしかしたら、実際言われるかもしれません。
でも、そんな人たちは、気づかないでしょうね。
彼の髪と、メガネの奥に隠された、その瞳の輝きに。
惚けたように開けられた、その口に。
ここで、ハロー、ハッピーワールド! の演奏が一旦終了しました。
曲ばかり演奏していては、客も、演奏者も疲れます。
この合間のつなぎもまた、ライブには重要なものです。
まあですから、世間一般から見て
「そこのあなた! どうしてそんな遠くで見ているの? もっと近くに来ればいいじゃない!」
金髪少女は少年を見つけ、あまつさえ少年に呼びかけてしまったのです。
普通なら、仮に離れていてもわざわざ声をかけたりしないでしょう。
幼子でもあるまいし、きっと何か考えがあるくらいは考えつくはずです。
しかし少女は、そうしませんでした。
彼女は世界を笑顔にしたい。そうしてこの『ハロー、ハッピーワールド!』、ハロハピも設立されたのです。
一人残らず、と彼女はメンバーに語ったことがありました。
例え、小さなライブだったとしても、彼女はそれを忘れなかったのでしょう。
もっとも、一人指し示された少年の方は堪ったものではありません。
そもそもが、浮かれたイベントに参加するのが苦手で離れていたのです。
しかしMCが呼びかけたとあらば、特に興味がなくても視線を
当然、群衆の視線の多くは後ろへ——正しく言うなら少年へ——向けられました。
そうすると困るのは少年です。
沢山の視線に晒されて、少年は居た堪れない感覚を感じていたのでしょう。
今から集団の中に入っていくのは気まずい、かといってこのままここで聴くというのも、この状況では厳しいことでした。
そしてすぐに。
少年は顔を、身体を、横に向け、その場から走り去って行ってしまいました。
ステージの上では、不思議そうにする金髪少女が、ミッシェルに咎められていました。
「こころ……。ああいう人はそっとしておかなきゃ駄目だよ」
「そうかしら? 楽しむなら皆でよ! きっと彼も楽しみたかったはずだもの! きっと彼は照れ屋さんなのね!」
「いやー、アレはライブ楽しもうってタイプじゃないと思うけどなー……」
「はぁっ、はぁっ、ゲホゲホッ!」
その少し後。
商店街から離れ、近くの公園まで駆け込んだ少年。
息が乱れ、苦しげに肩で息をしています。
少年は人っ子一人見えない公園のベンチに座り込むと、ゆっくりと息を整え深く崩れ落ちました。
スマホを取り出した彼は、ゲームを起動させ——ゆっくりとかぶりを振り、スマホをポケットにしまいました。
少しして聞こえてきたのは寝息。
春風に撫でられながら彼は、あろうことか公園で眠ってしまいました。
身体に堆積した疲労を取るように、深く、深く——。
そんな彼が目を覚ますまでにかかった時間は、そう長くはありませんでした。
ゆっさゆっさ。ゆっさゆっさ。
彼の身体が揺らされます。
前に、後ろに、右に、左に。
流石に上下には揺れませんがベンチの上でメトロノームのように揺れ動きます。
「んー困ったわね。全然起きないわ」
彼の肩を掴んで揺らすのは、マーチングバンドような衣装から私服に着替えた、あのライブでボーカルを務めていた金髪少女でした。
眠りが深いと何をされても起きないなんてことはままあることではありますが、硬い木製ベンチの上で、ましてや横に倒れる事もなく座ったまま寝ていたとあってはそんなにゆっくり休めるものではありません。
少年は快眠とは言い難い快楽から手を放し、眉をしかめながらゆっくりとまぶたをあげました。
「起きとる、起きとるわ! こんなに睡眠妨害されて狸寝入りしとれっちゅー方が無理な話やろ!」
少年の口から出てきたのは、この辺りで聞くのは珍しい大阪弁。
突然大きな声を上げられた少女の目が丸くなりました。
それに気づいた少年の顔がハッとなったかと思うと、少女から顔を背けモゴモゴと自身の言葉を訂正します。
「あー、えっとー、何か用……ですか。さっきゲリラライブやってた人だ……ですよね」
「あら、どうしてそんな畏まった言い方に直すの? さっきの言い方でいいじゃない!」
「え? ……いや、初対面の人に向かって素を出す方がおかしいのと思いますけど……」
「そうかしら、私はそうは思わないわ」
「は?」
「だって、自分を隠すなんて変なことじゃない! 自分が持ってるものを見せなくてどうするのかしら」
「……」
少年は眉根を寄せ、おかしなものを見るような目で少女を見つめました。
世の中に、ありのままの自分をさらけ出して生きている人がどれほどいるでしょうか。
立派なことを言う政治家、子供達に道を示す教師、人々を守る警察、社会を廻す会社員。
そのいずれでも、思うことを隠して生きています。
そうでなくては生きていけないから。
人間というコミュニティで生活する以上、表面を均一化させなければなりません。
それは、人の有り様としては至極自然な事です。
老若男女、古今東西と問わず。
それが人間の習性です。
それを出来ないなら人が離れて行くから。
人が離れていけば、個で人は生き延びていけないから。
無論、私も、私の周囲の人も、疑問を抱く事も無く、その流れに甘んじていました。
——だというのにこの少女は、それを見せてみろと。
なぜそんな事が出来ないのかと。
ごく一般的な感性の少年には、それは酷く異常な物に写ったのでした。
「……そうかい。じゃ、俺はこれで」
おかしな物からは離れたい。
これもまた、人の心理。
少しなら好奇心が疼きますが、度を過ぎればそれはただの恐怖の対象になります。
彼女から離れていこうとする少年の腕を、少女はひしと掴みました。
「待って頂戴! 話しに来たのはその事じゃなかったわ!」
「っ! ……いや、俺もう帰んないといけないんですけど……」
「今日あなた私達の演奏を見ていたじゃない? その時に気になったのだけど……」
少年の話など聞かず、自分の要件を話し始めた少女に、少年は深くため息をつきました。
この短時間の会話、それだけで、誰の目にも彼女の人格は見えてくる事でしょう。
少年は諦めたように彼女を見据えました。
顎に指を当て上を向いていた彼女は、思い出したように手を鳴らし。
「そうね! まずは自己紹介からしましょう! 私は弦巻こころ。あなたは?」
「……はぁ」
ニコニコ笑う少女と、どんよりとする少年の様子は、くっきり対称に分かれておりました。