儚い夢想、ココロに届け。   作:バ烏@(°∀。)ノウェ

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ある日平日、少女は少年の元を訪れました。

 

 

 ベッドで、少年が身体を起こしました。

 枕元の時計が指し示すは8時少し前。

 眼を覚ますにはいささか遅く感じる時間帯です。

 

「……散歩行こかな」

 

 胸を押さえ、何度か浅く深呼吸した後にポツリとそうこぼします。

 

 今日の天気は曇り。

 空は白い絨毯に覆われ、春先暖かくなってきたこの頃からしても少し肌寒く感じる日でした。

 

 パジャマから億劫そうにジャージに着替えた少年は、洗濯物を干す彼の母を尻目に小さな一軒家から足を踏み出しました。

 

「おはよう! 今日もいい天気ね!」

 

 ポカンと。

 そんな顔で少年が固まりました。

 

 彼の家の前で待っていたのは、ベージュ色の制服に身を包み、金糸を煌めかせる少女、弦巻こころ。

 今日も今日とて雲を打ち払うような眩しい笑顔を浮かべ、少年を見据えていました。

 

 さて。さてさてさてさて。

 少年は、こころに家を教えた覚えはありません。

 また、こころに会うのすらあの日以来で、あの日こころが少年についてきた、という事もありませんでした。

 

 つまるところ、こころが彼の家を知ってる事はあり得ないのです。

 

 だというのにこころは、たまたま、偶然会ったなんて戯ける雰囲気も出していません。

 さも、彼の家の前で待っていたかのように佇んでいるのです。

 

 少年の、心中察してなお余りある、といったところでしょうか。

 

「おま、なんで俺の家……」

 

「もう一度あなたに会えないかしらって考えていたら、黒服の人達が教えてくれたの! あなた、もう8時になるけど学校には行かないの?」

 

「はぁ……? 黒、服……?」

 

 少年が周りを見渡すと、家の向かいの電柱の陰になにやら不自然に動く人影が。

 

 ちらと見えたその風体は、そう、言うならば……。

 

「SP……?」

 

 要人を守るガードマンのようでした。

 

 なぜそんな人たちがこころに付き添っているのか。

 なぜそんな人たちが少年の家の特定などしたのか。

 なぜこころは少年の家までわざわざ足を運んだのか。

 

 疑問は尽きませんが——はてさて。

 

「もう! 私の方を見てちょうだい!」

 

 そんな黒服の人達に意識を奪われた少年がお気に召さなかったのはこころでした。

 

 ぷくぅと頬を可愛らしく膨らませ、少年の顔に両手を添えました。

 

 それに慌てたのは少年です。

 周りには民家があり、人目があります。

 少し遅くとも通勤、登校時間という事も相まって多くの人の目に留まります。

 

「おま、離せや! なにしとんねん!」

 

「私はあなたに学校には行かないのって聞いたわ! 答えてもらってないわよ?」

 

「わーった! わーったから離せて!」

 

 女子相手に振り払うのも忍びなく手を出せない少年に対し、こころはグイグイと詰め寄ります。

 

 傍目から見るとそれはカップルの痴話喧嘩。

 実情はともかく周りから見てはそうとしか捉えられない光景だったのでした。

 

「ええい、離せゆーとるやろが!」

 

 耳まで真っ赤にし堪忍袋の尾が焼き切れた少年は、体格差に任せてこころの脇に手を差し入れ持ち上げようとしました。

 

 しかし、こころはビクともしません。

 彼女の名誉のために断っておきますが、けしてこころが重いなんて事はありません。

 彼女の華奢な肉体に見合ったように、肉も筋肉もそれほどついていないのです。

 

「あら……。あなた、とっても弱いのね。ミッシェルでも私を持ち上げれるのに!」

 

「うっさい、んなの百も承知やねん……」

 

 とはいえこれで気の向けどころが変わったこころはやっと少年から手を離し一歩距離を取りました。

 

 図らずも少年のしようとした事は成功する形になったのでした。

 多大な羞恥と引き換えに。

 

「んで、俺が学校通わん理由、やったか?」

 

「ええそう! どうしてなの?」

 

「せやなぁ……通えん理由があんのよ」

 

「理由?」

 

「それを教える義理はあらへんなぁ」

 

 ぷくりとまた頰を膨らませたこころが少年を見上げますが、少年としてもこれ以上話す気は無いようで。

 

「わざわざご足労いただいて悪いがあんたに言えるんはここまでや。満足はしとらんて感じやけど諦めてな。——そもそも、俺とあんたは他人やしな」

 

 何色も宿さない無機質な瞳でこころを見据えた少年は、ひらひらと手を振りながらその場を後にし——もともと散歩に行こうと家を出たのですし——

 

「なぁんでお前はついてきとんねん!?」

 

 ——とてとてと後をついてくるこころに怒鳴り声をあげました。

 

 彼女の通う花咲川女子学園高校は彼の向かう方向とは逆。

 登校時間としてもギリギリだったのに余計なことをしては、いよいよ遅刻は免れません。

 

 しかしこころはそんな彼の叱りなどどこ吹く風。

 

「私、今日はあなたについて行く事にしたわ! なにか楽しくなるような気がするんだもの!」

 

 そう、なんらおかしい事はしていないかのように彼に告げました。

 

 

 

「ほんまに来る奴があるか……?」

 

「あら、私はいつだって本気よ?」

 

 終始少年の散歩について回ったこころは本当に彼の家に上がりこむと、とうとう観念した彼に部屋に押し込められました。

 

 その際、遅めの朝食を母さんに準備してもらっていた彼が『あらあら女の子をお家に連れ込むなんて、案外隅に置けないわねぇ』なんて揶揄われるなんて事もありましたが、まあそんな事は瑣末でしょう。

 

 ベッドに腰かける彼の隣に無遠慮にも座り込んできたこころは、何が楽しいのか足をプラプラさせながら彼の部屋を見回しています。

 

 その部屋は、いやに無機質な部屋でした。

 あるのはベッドとキーボードに本、あとは細々とした小物がいくつも。

 

 勉強机だとか、アニメのグッズだとか、或いは部活の道具だとか。

 そんな若さを感じさせるような物が、その部屋にはありませんでした。

 

 生命の滾りとでも言いましょうか、これからの未来への輝きと言いましょうか。

 そういった物がこの箱の中には見当たらないのです。

 

「あなたの部屋って、なーんにもないのね」

 

「あん? ……まあそうやな。大して眺めて面白いモンもないやろ」

 

「あれだけ……」

 

「キーボードか? 俺がやってたら変か?」

 

「いいえ! とっても素敵だと思うわ!」

 

「……なんやこう、素直に言われると照れるな」

 

「あら? どうしたの? 顔赤いわよ?」

 

「なんでもないわ、アホ!」

 

 不思議そうに少年を見つめるこころ。

 そのこころから顔を背け——とどのつまり部屋の隅っこに顔を向け——パタパタと扇ぐ少年。

 

 勿論そんなもので熱が冷めるわけもなく、しばらく少年は顔の熱さに苛まれたのでした。

 

「ねえ?」

 

「……なんや」

 

「あなた、キーボードは弾けるのでしょう?」

 

「まあ、人並みにはな」

 

「なら、私たちの曲、弾いてくれないかしら!」

 

「……なんでまた、急に」

 

「歌いたくなったの!」

 

 そう言ってベッドを立ったこころは、ポロンとキーボードを鳴らすと、少年の方に向かい直りました。

 

 楽しげで、少年に断られるなんて微塵も思ってないこころの様子を見た少年は、ため息一つ。

 しかし、満更でもないような表情で腰を上げました。

 

「……曲は?」

 

「私たちの曲!」

 

「……あー、ちょっと待っててな」

 

 枕元で充電していたスマートフォンを手に取り、検索サイトで検索をかける少年。

 

 彼女たちのライブ映像から耳コピの楽譜まで、多種多様な結果が出てきます。

 便利な世の中になったものです。

 

 その中からピアノアレンジを見つけた少年は動画を何度か再生し耳に入れました。

 

「——よし、と。もうええぞ」

 

「じゃあ行くわよ! 初めは——」

 

 キーボードとボーカル、二人だけの、二人だけへ向けた静かなライブが幕を開けました。

 

 

 

 たっぷり小一時間ほど開演されたライブも終わり、少年とこころは少しだけ流れた汗を拭きながらまたベッドに戻っていました。

 

「はぁ、つっかれたわ……こんなんやるもんやないなぁ」

 

「あら、そう? 私は楽しかったわよ? あなたはそうじゃなかったのかしら」

 

 ふると、こころの瞳が揺れます。

 言い方の軽さとは対照的に不安げに見上げるこころを見て、少年はおや、と口の中に溢しました。

 

「弦巻さん、あんたもそんな顔するんやな」

 

「? どういう事?」

 

「はは、気づいとらんのか」

 

 ぺたぺたと自分の顔を触っては首を傾げるこころの表情はとても剽軽で、少年は呵々と、無表情にくぐもった声で笑いました。

 

「それより!」

 

「なんや急にデカい声出して。驚くやろ」

 

「あなたは、楽しかった? それとも、迷惑だったかしら……」

 

 今度こそ、少年の口からおやと溢れ落ちました。

 彼女が人の心配をしたというのは案外意外に感じるものです。

 

 俯き、ベッドのシーツを握るこころの表情は少年からは見えません。

 でも、その雰囲気を感じることは容易な事でした。

 

「迷惑……そらそうや」

 

 ビクリと大きく跳ねるこころの肩。

 

「急にほぼ他人から家に押しかけられてな? おかげで母さんにも揶揄われたわ。赤っ恥や」

 

 シーツの皺が大きくなります。

 今、こころはどんな顔をしているのでしょうか。

 

 光があれば影もある。

 陽光のように明るい彼女が何かしらの闇を抱えて、今それを抉られているのは、案外普通の事なのかもしれません。

 

「でもな?」

 

 え、と。

 それは掠れた、普段の声とはかけ離れた苦しげな声でした。

 

 少年の転換に、顔を上げたこころ。

 

「俺は、久しぶりに誰かと演奏できて楽しかった。家族以外と話せて楽しかった。少なくとも、あんたと今朝会えたのは良かったと、今は思うで」

 

 相変わらず少年は笑みを浮かべる事はありませんけども。

 でも、その声色が、こころを拒絶しようという——彼と彼女が出会った時のような——色を薄くしたのを伝えてくれました。

 

「あんたといればもしかしたら、また俺も笑える事があるかもしれんなぁ」

 

「なら——なら、もう一回言うわね! 私があなたを笑顔にしに行くわ!」

 

「はっ。こないだも聞いたわ、それ」

 

 おや、光芒。

 

 

 

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