その日以来、少年はしばしば体調を崩すようになりました。
入院こそせねど自室で眠っていることが多くなり、必然こころと会うことも少なくなっていきました。
少年はぼう、と天井を見つめています。
幾度となくした経験、何回かも忘れるくらい味わった状態。
だというのに。
初めて感じる、ポッカリとなにか抜け落ちたような感覚——とか、少年は思っているのかもしれませんね。
ガチャンなんて、扉が開けられるような音がしました。
続いて、どたどたどたと騒がしい足音。
そして、少年の部屋の扉が勢いよく開け放たれました。
「遊びに来たわっ!」
その金糸をはためかせ、こころは目を輝かせて言いました。
「悪いな、ろくにもてなしも出来んで」
ベッドの上で申し訳なさそうに身体を起こす少年を、クッションに腰を下ろしたこころは見上げます。
「あら、どうしてそんなことを言うの? 私は貴方に会えただだけで十分なのに!」
「ははっ、こっぱずかしい事を言うなお前は」
自覚がないのか、はたまたわざとなのか。
こころはきょとんと首を傾げます。
「あー……でもどうした。お前、俺が寝込んどる時は上がってこんかったやろ?」
「あたしね! 思ったの! あなたが体調が良くないなら、あたしが笑わせてあげれば良くなるんじゃないかって!」
手を大仰に広げ大きな声で少年にスピーチをするこころ。
それに対し少年はなにを考えているか読み取れない無表情で返します。
「そらそら。結構なこって」
「だからあたし、貴方が起きれるような時は毎日くるわ!」
その言葉に少年は嬉しそうに微笑み——しかし。
何かに気づいたようにピタと停止し、こころの目をゆっくりと見ます。
「いや待てこころ。お前、俺が寝てるとかどうやって分かるん?」
「え? 貴方のお母様が教えてくれるわよ?」
さも当然のように——なにを言っているの? なんて、少年の方をおかしいと言うように——問い返すこころ。
おいおいおい、と、少年は天を——というか天井を? ——仰ぎました。
個人情報はガバガバ、何事もなく他人が侵入してきて、さらに母親が手引きしているとくれば——まあそうなろうともいうものです。
「まあお前やし問題ないか」
ここで初めて、少年が破顔しました。
その顔のまま、少年はくしゃくしゃとこころの頭を鷲掴みにして乱暴に撫でます。
手が離された後、こころは惚けたままにおもむろに自身の手を頭に——撫でられたところに持っていきました。
「どうした。痛かったか? すまんな」
「いえ……あなたの手、おっきいのね」
「そうかぁ? 同い年の奴らと比べればそんな事ないと思うがなぁ」
「そうね……おっきくないけど……でも、おっきいのよ」
「なんやそれ」
的を射ないこころの返答に、少年はまた表情を崩しこころの頭を撫でました。
「もうっ! あたしは子供じゃないのよ!」
「はっはっはっ。すまんすまん」
この空間だけ忙しない世界から取り残されたかのような、のんびりとした時が過ぎていきます。
とても暖かい——物理的にもですがそれ以上に——空気が満ち満ちます。
「……ねえ?」
「なんや」
「あたし、貴方にあたしたちのライブを見てほしいの」
「それは……」
少年が言い澱みます。
あんなことがあった後では、外に出る気持ちに躊躇いが出る気持ちもわかります。
もっとも、それにしたっていささか急な気もしますが。
これまではひょいひょい散歩に行っていたのですしね。
それを聞いたこころは、悲しげに表情を曇らせはしませんでした。
今までのように、少年の境遇を悲しむようではありませんでした。
「ええ知ってるわ! だからあたしね! いつかここでライブをするの! あなたに見てもらいたいから!」
「ここでってお前なぁ……こんな狭い一軒家にゃ荷物も運び込めんぞ」
「うーん……じゃあこのお家の前は!? とーっても広いもの!」
「やかましくなるからダメや」
むむむ、と眉をひそめるこころに、少年は呆れたようにため息をつき、
「ええよ、ライブの映像見せてくれりゃ。それだけで——十分やから」
そんな少年を見上げ、こころはムッとした表情を作ります。
「ダメよ。貴方にはぜーったいに生で見てもらうの!」
「お前なぁ……いや。せやな。なら俺も、さっさと治さんといけんなぁ」
「ええ! そうじゃないとあたしが困っちゃうわ」
とても嬉しそうにぷくりと頬を膨らませるこころ。
そんなこころは、少年に小指を差し出しました。
「?」
「指切りよ指切り! 約束しましょう? あたしは貴方を笑顔にするようなライブをする、貴方は見にくる!」
「……ああ。ええなそれ。指切り」
少年と少女の指が絡まり。
「ゆーびきーりげーんまんうーそつーいたーらはーりせんぼんのーます!」
ゆーびきーった。