提督をみつけたら三次創作〝君が提督を見つけたら〟   作:ジト民逆脚屋

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この作品は源治様の書かれている〝提督をみつけたら〟の三次創作となっております。
かなりの独自解釈が含まれておりますので、ご注意ください。

また、何か問題があれば当作品は即座に削除いたします。


最後になりましたが、〝提督をみつけたら〟という素晴らしいお話を書かれた源治様に感謝を。


『ウチ』と『君』

遠く、遠く離れた位置、眼下に広がる雲海の下に、とある町の遠影を見る事の出来る。

白い、白一色の息を吐き出し、二つ括りの髪を揺らした少女が、鋭い視線を背後に向ける。

 

「遅い、はよせんと日が暮れるで」

「この、クソババア……」

 

軽く蹴落とした。急な山道を、質量のあるものが転がり落ちる音を聞きながら、懐から煙草を取り出し火を点け、紫煙を一吐きすれば、割りと派手な足音を付けて上がってくるのが聞こえる。

 

「こ、このクソババア! なんて事を! あたしが可愛くねえのかよ?!」

「ウチをクソババア呼ばわりする様なガキは知らんわぁ」

「さ、最低! 最低だ、このロリババア……!」

 

次は強めに蹴った。だが、手応えが無い。何かと、視線を下に向ければ、赤い髪が避けていた。

 

「へっへーん、そう何度も蹴り落とされて堪るかっての……」

 

杖で突き落とした。少しばかり深く入った様な手応えがあったが、あれはあれで頑丈なので大丈夫だろう。

先程より長く転がり落ちる音を横に、眼下に広がる雲海の下、遠くに影となっている町を見る。

 

「……そっかぁ、もうそんなになるわな」

 

身震いをして、煙草を携帯灰皿に押し付ける。どうにも冷えた様だ。まったく、たまの我が儘を聞いてみれば、碌な事ではない。

先程より派手な足音に振り向けば、登山杖に寄り掛かり、此方を睨む赤髪があった。

 

「ババア、テメエ! あたしが死んだらどうすんだ!?」

「食い扶持が浮いて、ウチの財布が楽になるな」

「このババア最低だ! 子孫が可愛くねえのかよ!」

 

杖で軽く額を小突く。汚れ塗れの顔を拭ってやれば、血色の良い頬が見える。

 

「可愛くない訳ないやろ。ほれ、しゃんとしいや。君が見たがっとった町やで」

「……ちぇ、このババアめ」

「なんや、見たないんか?」

「見るよ! その為にこんな馬鹿みたいな山登ったんだ!」

 

赤髪が此方を押し退ける様にして、雲海に臨めば感嘆の溜め息が聞こえる。

 

「あれが艦夢守市か……」

「そや、あれが一番艦娘が集まる町や」

「あたしが来年から住む町か……!」

 

言えば頭をひっぱたかれた。

 

「君、まだ受かってへんやろ」

「けどよ、手応えはあったんだ!」

「手応えだけでどうこうなるやったら、世の中努力の必要は無いわ」

 

高下駄で展望台に露出していた岩肌を蹴り、軽くよく響く音を鳴らす。雲を下に臨む山頂、邪魔をする物も無く、冷えた空気によく響いていく。

 

「まったく、なんでウチがこんな山登らなあかんねん」

「いや、そりゃ婆ちゃんが言ったじゃんか」

「当たり前や。ウチはあの町には行きたない」

「それが原因だよ!」

 

赤髪が指差して、二つ括りの髪が揺れる。しかし、よく響く声だ。煙草を取り出し火を点ければ、赤髪が更に喚いた。

 

「大体、あたしは下見に行きたいって言ったんだ!」

「だから、来たやん。下見」

「下に見るんじゃねぇぇ!」

「煩いわ。ちっとは静かにしいや」

 

杖で軽く小突けば、良い音がする。きっと中身が詰まっていないのだろう。

我が子孫ながら、哀れな事だ。

 

「可哀想に……」

「イッテェ……、って何が? 自分が?」

 

持ち手で振り抜いた。やはり良い音がした。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

思えば長く永く生きたものだと、正直にそう思う。

今住んでいる町が影も形も無く、漸く通った鉄道に人が集まりだした。そんな、かの町が出来上がる気配すら無かった黎明の時代。

ちょっとした(まじな)い、占いや憑き物落としで食い扶持を稼いでいた頃、他の陰陽軽空母仲間と露店で安酒を煽っていた時、その日〝ウチ〟が始まった。そう記憶している。

 

「お~い、来たぞ~」

「なんや、また来たんか」

「また、そんな事言って、嬉しい癖に」

「やかましわ」

 

司令官と出会い、人並みに恋をして、何やかにやと色々と騒いで楽しんで、悲しい事も憤る事も多かったが、概ね幸いと言える時間を得て、新たな命も得た。

 

「おとんとおかんは何も言わんのかい」

「二人共、行き先がここなら安心だってさ」

「さよか」

 

すると、奇妙な事が起き始めた。己の子が提督適性を持っていた。また、珍しい事があるものだと、司令官と仲間達と、酒を酌み交わしながら笑ったものだ。

 

「婆ちゃん、腹へった」

「あんな、君、家で飯食っとらんのか?」

「婆ちゃんの飯の方が旨いんだよ」

「おかん聞いたら泣くで、それ」

 

そして、この子はきっと大丈夫だと、心底安心した。きっと良い仲間を得て、良い時間を過ごして、好い相手を見付ける。

そう思った。そして、そうなった。

隣の司令官に皺が増え始めた頃、子に子が出来た。初孫だ。あの時ははしゃいだものだ。

 

「だって、母ちゃんの煮物塩辛いんだ」

「塩辛いて、ああ、あの子東の出やったね」

「醤油味、汁が黒いんだ」

「東はな、出汁の違いやね」

 

すると、どうした事か。その初孫まで提督適性を持っていた。驚いた、危うく腰を抜かしそうになった。

息子に続いて孫まで提督、有り得ない事が起きた。しかも、軽空母適性だった。

 

「東は鰹節、西は昆布、味付けも東は醤油で確り付けるけど、西は塩と醤油を少し入れるだけやな」

「何で?」

「水の違いや。この国は全体的に軟水や。けど、東は硬水で昆布出汁が上手い事とれん。やから、鰹節に醤油で旨味をぶつけて強い味にすんねん」

「じゃあ、西は?」

「西は軟水でも、特に軟水でな。昆布出汁がとりやすかったし、ほれ、京都。嘗ての国民憧れの土地の料理がそれやった」

「西はミーハーだった?」

「他にも運送の問題とかあったけど、単純に文化の発信地やったわけやな。ほれ、昆布巻き」

「やった、婆ちゃんの昆布巻きだ!」

 

父、子、孫。三代続いての提督。何ぞ憑かれているのでは、そう疑いもしたが、悪い事が起きる気配も無く、日々が過ぎていった。

そして、司令官が杖無しでは歩くのが辛くなってきた頃、孫に子が出来た。

そして、その曾孫にも提督適性があった。

背中に冷たいものを詰められた。そんな気がした。三代続いての適性、出来すぎだが、これはまだ偶然や奇跡で片付けられる。

だが、四代目は流石に無理だ。そして、曾孫の適性は孫に続いて軽空母だった。

 

「ほんま好きやね」

「婆ちゃんの昆布巻き旨いもん」

「さよか」

 

憑き物落としで、何か悪いものでも憑いてきていて、それに気付けなかったのかと、己を責めた事もあった。

だが、司令官はきっと違うと言い切った。

きっと、頑張って生きてきた龍驤に、幸いを見届けろと、誰かが言っているんだ。

何も無かった時代から、新しく市を興して町になって、そこで小さな体で吹き飛ばされそうになりながら、それでも歯を食い縛って生きてきた。

きっと、そんな龍驤に見届けて欲しいんだ。君なら大丈夫だと、そう言い続けて欲しいんだ。

 

――だから、頼んだ。

 

ウチは司令官にそう頼まれた(呪われた)

そこで気付いた。除籍日が解らない。艦娘なら、己の除籍日が何時なのか、近付いてきているのか、そうでないのか。解る筈なのに、気付けば解らなくなっていた。

 

「婆ちゃん、あたしさ」

「なんや?」

「受かったよ。学校」

「さよか」

 

終わりが来ない。気が狂いそうだった。だが、狂えなかった。曾孫の子もまた提督、しかも同じく軽空母。

その子も、そのまた子も、その孫も、そのまた孫も、息子ならずっと提督が続いた。

ああ、これは死ぬに死ねん。こうも頼られたら(呪われたら)、手を払い(祓い)きれん。

そして、その見届ける日々が数え切れない程に続き、とある町で、ずっと一人で頑張り続けている金剛の噂が耳に入った頃、何代目かの子に娘が出来た。

その娘は艦娘だった。

提督の次は艦娘か。己の血筋はどうかしている。そう久々に思った。

 

「婆ちゃん、あたしさ。提督に会えるかな」

「そりゃ、解らん。まあ、この町よりあの艦夢守市の方が会えるやろ」

「そうかな」

「せやろ」

 

艦の夢を守ると書いて艦夢守市。なら、己も行けば守られたのか。この呪いの様な永い時間から。

そう思い、幾度となくあの町に足を向けたが、駄目だった。

町から出られない。否、あの町に行けない。仮に守られるのであれば、

 

――頼んだ

 

司令官の頼み(呪い)も断ってしまうのではないか。

あの人と過ごした日々が消えてしまうのではないか。

確かにあったものが消えてしまう。そんな確証の無い恐怖に駆られて、結局は戻ってきてしまう。

 

「だから、婆ちゃん……、えっとな……」

「どしたん?」

「やー、んー、と、まろーん……」

「なんやねんな」

 

そして、提督(息子)艦娘()を見届けて、また幾年月、この赤髪の娘があの町に行くと言った時、ストンと、己の中で何かが終わった気がした。

そして気付いた。

 

「まろーん……」

「どうしたん? というか、君は困るとすぐそれやね。昔から変わらんわぁ」

「……えぇい! 婆ちゃん、あたしと艦夢守市に行こう!」

「………」

「あの町ならさ、いっぱい色んなものがあるしさ。ほら、デカイショッピングセンターとか、婆ちゃん好きそうな店とかあるし……」

「艦娘がやっとる病院もある、か?」

「……あの後聞いた。婆ちゃん、最近調子よくないって」

「あの子は、敵わんなぁ」

 

己に終わりが近いと。

そして悟った。ああ、そうか。この娘をあの町に送り届けるのが、己の役目だったのか。

まったく、永いお役目だった。だがそれも、もうすぐ終わる。

 

「だからさ、婆ちゃん、あたしと一緒に行こう」

「行かんよ」

「婆ちゃん……!」

「ええか、ウチの除籍日は近い。もうこれはどうにもならん」

 

ああ、そんな泣きそうな顔せんでや。

ああ、そうか。役目がどうのと、関係無かったのだ。己はこの顔を見たくなかっただけだったのだ。

 

「やだ」

「聞き分けや」

「やだ」

「君はええ子や」

「やだ!」

「江風!」

 

青い瞳から大粒の涙が溢れるのが見えた。

 

「龍驤婆ちゃんが一緒じゃないとやだ……!」

「……江風、ええか」

「やだ……」

「江風、よう聞きや。君はきっと幸いを見付ける。龍驤婆ちゃんが保証したる」

「やだよ……」

「だから、そん時は司令官連れて()いや」

「やだ……、……へ?」

 

涙が引っ込んだ。よくよく、表情を変える子だ。

 

「なんや、ウチがすぐ死ぬ思ってたんか?」

「え? いやだって、婆ちゃん調子よくないって、え?」

「阿呆やなぁ、そんな直ぐに除籍日が来るかいな。まあ、君があの町行ったら暇になるし、旅行でもしよか」

「婆ちゃんのバカ!」

「誰がバカや、アホ娘」

「婆ちゃんがバカだ!」

「せやったら、この肉吸いと進学祝いの小遣いは要らんな」

「ゴメン婆ちゃん天才……!」

 

ホンマ、コロコロと表情変える子やね。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

本日は晴天なり。良い日和だ。

 

「でさ、婆ちゃん。あの町変わった人が多くてさ。尖った金髪の人や、殺し屋みたいな人や、ラリアットしそうな人が居るんだ」

「……それ、大丈夫なん、君?」

「大丈夫大丈夫。だって、あたしは龍驤婆ちゃんの血を引いてんだからさ」

「なら、かまんか」

「あっさりし過ぎじゃない?」

「ウチの血筋やったら、殺し屋ラリアットも平気やろ。ウチらの頃は妖怪ベスパ女とか居ったし」

「何それ初耳」

「提督や艦娘が困っとると、何処からともなく、赤いジャージに青いベースギター背負った変な女が、黄色いベスパに乗ってやって来て、お悩み解決っちゅうやつや」

「妖怪?」

「妖怪や。何せ、ウチの若い時から居るしな。こないだも走っとったわ」

「嘘だろ龍驤婆ちゃん」

「マジやで江風」

 

アレも随分永い事在る。まあ、そういったものなのだろう。

 

「そうなんだ。あたし見た事無いけど」

「ウチの子が何を困るかいな。ウチが居るんやで」

「流石だよ婆ちゃん……!」

「で、今日はどうしたん? 仕事決まったんやろ?」

「……うん、でさ、婆ちゃん。その、えとな……、まろーん……」

「ホンマ、変わらんね」

「えっと……、その……」

「司令官、見付けたんやろ?」

「うん……、でも今日はどうしても無理だから、明日来るって」

「さよか。江風の司令官か。……歓迎せなあかんな」

 

言って、大巻物と符を取り出すと、江風が慌てて止めに来る。

 

「婆ちゃんダメだって!」

「ええい、離せい。ウチの子に手え出した若造に、灸を据えたんねん!」

「まだ手繋いだだけだから!」

「ならええわ」

 

転ける江風を他所に、湯飲みを傾ける。ホンマ、昔から変わらん子やね。すぐ騙される。だがまあ、提督関係で艦娘を騙すのは不可能だから、心配は無用だろう。

 

「もう、婆ちゃんは……。って、あ、そうだ。婆ちゃんは、新婚旅行って何処行った?」

「ちょっと、艦載機の皆と散歩行ってくるわ」

「待って! 単純な疑問、提督関係無いの!」

「……なら、ええわ。つか待てよ。ウチ新婚旅行行ってないわ」

「え?」

「ああ、そやった。ウチの頃は新婚旅行みたいな余裕無かったんやった」

「……ゴメン婆ちゃん」

「ええよ、ウチの分も君らで行って()いや」

 

少し身震いをする。ああ、天気良くても、少し冷えるわな。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

ホンマ、昔から変わらんええ子やね。

 

「婆ちゃん、有難うな」

「いきなりなんや、薄気味悪い」

「いや、この晴れの日に、そんな事言われるとは思わなかったよ」

「冗談や。馬子にも衣装と、実に言い表しとるな」

「婆ちゃんが選んだんじゃんか」

「そやったか」

 

白い、白い衣装に身を包んで、江風が笑っている。

ああ、良かった。この子も幸いを得たのだ。

 

「あのさ、婆ちゃん。いつかも言ったけどさ……」

「そやな。ウチも行くか」

「本当!」

「旅行に」

「へ?」

 

気の抜けた顔やね。ウチが旅行に行くのが、そんなにおかしいんか?

 

「知らんのか? ウチも若い時はブイブイ言わしとったんや。新婚旅行は行ってないけど、旅行はしとったわ」

「婆ちゃん……」

「手の掛かる子も貰われていくし、ウチは司令官との思い出巡りでもするわ」

 

そんぐらいの我が儘、許されるやろ。

噂やと、あの町の金剛も一人やなくなったらしいしの。それより永い事頑張ったウチや。我が儘放題やな。

 

「婆ちゃん、有難う」

「ええか、江風。出汁は確り取りよ。男は胃袋掴んで舌引っ張ったら一発や」

「婆ちゃん、それ違う意味で一発だ」

「ええやろ。江風、何かあったらウチを呼びや。……どっからでも爆撃したる」

「婆ちゃん婆ちゃん、何か凄い言ってるよ!?」

 

気のせいや。ウチらの時代やと普通やで。

 

「江風、幸せになりよ」

「……うん」

「ウチらの子やから、大丈夫やろうけど、二人でちゃんと幸せになって、三人四人と……」

「婆ちゃん、婆ちゃんみたいには無理だよ」

 

言うやんか。

 

「ウチらの子やから、大丈夫や」

「……有難う、婆ちゃん。………元気でね」

 

ああ、ホンマ良い日和やわ。けど、少しだけ肌寒いわ。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「まだ残っとったんか……」

 

人里離れた山奥で、そんな呟きがあった。辺りは既に暗く、僅かに点々と白い明かりがある。

その外灯の明かりの中、やけに喧しいエンジン音が、山を降りて行くのが見えた。

 

「まったく、お互い永いもんやね」

 

朽ち果て、奇跡的に形を残しているボロ小屋に呟けば、木の長椅子が軋んだ。

 

「司令官、君と初めて会ったのは、ここやったね」

 

瞼を下ろせば、嘗ての喧騒が甦る。あの頃は、ここが繁華街だった。喧しく猥雑で、人が生きている。そんな実感のある日々だった。

 

「おっと……」

 

腰を上げようとすれば、膝から抜ける。もう満足に体が動かない。新しく孫が出来たのに、目も焦点が合わなくなってきた。

 

「大丈夫大丈夫や、ウチらの子やからな」

 

手の掛かる子、だが大丈夫だ。

あの子は幸いを手にして、その子もまた、幸いを得ていくのだ。

何故か。

決まっている。己の血筋はそうなっているからだ。

 

僅かに震える唇で笑みを作り、煙草を口に加えようとする。

 

「お」

 

よれた煙草が長椅子に落ちた。苦笑し、手を伸ばそうとした時だった。

 

「龍驤さん、こっちの方がよくない?」

 

そんな気楽な言葉と共に、中身の詰まった新しい箱が、目の前に差し出される。

 

「隼鷹かいな」

「はいよ。飛鷹も居るよ」

 

見れば何時かの見慣れた姿が居た。

 

「ちょっと隼鷹、煙草やめなさいって」

「龍驤さんはいいのかよ」

「そのまな板に煙草やめるのは無理よ」

「ヒデエ!」

 

まったく、変わりがない。苦笑すれば、白い髪が見えた。

 

「君、あんまりウチらと絡まんかったやんか」

「けど、龍驤だから」

 

さよか。応える声が聞こえる。だがもう、誰の声なのか解らない。

 

「旅行行くか?」

 

龍驤は顔を上げて、恐らく隼鷹あたりが居るであろう場所に向いた。

 

「昔やな。ウチの司令官と旅行に行ったんよ。そしたらあの人、宿の温泉、混浴と間違えてな。ひどい目に合ったわ……」

 

楽しかった。

 

「楽しかったんや」

 

だから、君らも行くか?

そう口にした。そう思った時だった。

 

「ひどいな。俺は置いていかれるのか」

 

聞き慣れた、もう聞けなくなっていた声が聞こえた。

 

「遅いやんか」

「悪い。道に迷ってな。て言うか、道変わりすぎだろ」

「当たり前やん。ウチらの頃から幾ら経ったと思ってんねん」

「すまんすまん。龍驤、行くか?」

 

言えば、頷いた。

一番聞きたかった声に、微かに頷き、しかしはっきりと、

 

「行こうや。もう大丈夫や」

 

視界が白に染まっていく。月の明かりにしては、やけに明るい。何の光だろうか。

 

「――――――――」

 

音の無い呟きがあった。音を発さず、しかし確かに呟かれた。

 

「楽しかったなあ……」

 

龍驤の体が小さく震えた。

龍驤の最後の音が響いたのだ。

 

その日、夜空に龍が昇ったという。やけに賑やかな光と共に昇っていく龍を見て、とある町のとある場所で、赤髪の娘が、腕に小さな命を抱きながら呟いた。 

 

「おやすみ、龍驤婆ちゃん。あたしも楽しかったよ」

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