提督をみつけたら三次創作〝君が提督を見つけたら〟 作:ジト民逆脚屋
彼はこの世に恐れるものも、理解出来ないものも無いと考えている。
今の世は情報社会、少し調べれば正否に限らず情報はいくらでも得られる。
故に彼は何も恐れず、何も否定しない。
故に彼は彼女から目を離せない。
「君は誰だ。答えられるか」
「分かりません。私は誰でしょう」
町中の雑踏、そんな会話から二人は始まった。
そも、この街艦夢守市はかつての大戦時の英雄の血筋である艦娘と人が息づく街である。
一言に血筋と言っても、実際に血の繋がりがある訳ではない。
艦娘とはこの世界における一種の人種と言っていい。
産まれながらにその名を持ち、生き様を確立している稀有な存在だ。
故に、人とはどこか立ち振舞いや雰囲気が異なる。
浮世離れとはいかず、しかし人というにはあまりに離れた。だが、人のそれとは変わらない。
それが艦娘だ。
さて、それらを考慮してこの公園のベンチに座り、目の前で呑気に買い与えた茶の缶を傾ける彼女の事を考える。
彼女佇まいは確かに人とは離れた艦娘のそれだが、何かが決定的に違う。
というより初対面の、いきなり君は誰だと問い掛けてきた男にホイホイついてきて、その男が差し出してきた茶を飲んでいる辺り、ちょっと警戒心というか考えが無さすぎではなかろうか。
「あの、私は誰でしょうか」
「それは哲学的な問かね? それとも記憶喪失的なサムシングかね? 問い掛けた私が言うのも難だが、後者の場合は医師の適切な診断を受けた方がいい」
「医者ですか。医者はあまり……」
「ふむ、心配は無用だ。私の知り合いの医者は腕利きでね。どんな臆病者でもちょいと頭を小突けば、次の瞬間には映画さながらの命知らずになれる」
「それ心配しかないですよね!?」
「ふむり、そう言われるとそうだ。しかし、腕は確かだ。つい最近も手が取れたとかなんとか言って飛び込んできた輩の腕を繋げたらしい。左右逆に。……知り合い辞めるか」
「ちょっと一回、交遊関係を見直しては?」
「そうしよう。しかし、記憶喪失ではないというなら、哲学かね?」
「ああ、いえ。そういうのではなく、何と言いますか……。自分が自分で理解出来ない。自分を確立している筈なのにそれが理解出来ないと言いますか……」
「それこそ哲学的な問だろう。自身を自身と認識出来ない。自身の存在に疑心を抱く。精神的な哲学だ」
「艦娘である筈なのに、ですか」
「……ほう?」
普通の人なら、若年齢にありがちな万能感から来る中二病とでも断定しただろう。現にしていた。
だが、艦娘となれば話は違ってくる。
艦娘とは産まれながらに個を確立している。
人格や精神的なものではなく、確立された一個人を産まれた瞬間に確立している。
その艦娘が自分が理解出来ないと言う。
本格的に艦娘へと変わる艦娘変わりの時期に起こるという、情緒不安定ではなさそうだ。
「君は自身が艦娘であると理解しているのだね」
「いいえ、私は艦娘である筈なのに自身が理解出来ない」
「艦娘である名が分からない。そういう事かね」
であるならば、艦連由来の機関を受診するべきだ。
下手な医師より、そちらの方が確実だ。
だが、彼女が求める答えはそうではないのだろう。
「探し物であるなら良い探偵を知っている。盗聴機を探していたら、夫婦のダブル不倫を発見して修羅場に巻き込まれる程度には優秀だよ」
「あの、それは優秀ではなく行き当たりばったりでは?」
「ははは、手当たり次第と言い換えよう」
「それ結局ダメなやつですよね!?」
「うんん、細かい子だね。しかし、君の認識……。いや、自意識と言い換えよう。艦娘とは産まれながらに自意識と個を確立している。その自覚はあるかね?」
「はい」
「しかし、君は自身の名が分からない。故に自身を理解出来ない。ある意味、君は自身を観測出来ていない状態にある訳だ」
「観測出来ていない?」
「人とは何を以て個を成すか。あくまで名とはラベルに過ぎない。しかし、そのラベルこそがその個人を観測する鍵となる。人はそのラベルで個々を区別し自身を観測する。つまり」
「……私はそれが出来ていない」
「その通り。君は現状、自己の認識が不確かな状態なのだろう。まあ、一介の学生に言えるのはここまでだ」
「はい、……学生?」
「そう学生だとも。光輝く青春真っ盛りの採れたてフレッシュティーンエイジャーだ」
「……なんでスーツなんです?」
おかしな事を聞く。
「男児たる者、常在戦場。手軽な戦闘服だ。キマっているだろう?」
「ええ、キマッてますね。脳が」
「失礼だね。では失礼ついでに問おう。彼らは知り合いかね?」
見れば物々しい雰囲気の男達が二人を取り囲んでいた。
ヤクザの類いにしては理知的かつ、嫌に統制が取れた配置と制服。
彼の脳裏に過るのは金剛会の連中だが、これは間違いなく違う。
こいつらは
「ふむ、問おう。君達は何者か」
「…………」
「沈黙は金、それを体現するとは……。ちょっと礼儀が成ってないね」
「あの、私はもうここで……」
彼女を助ける義理は無い。
だが、彼にはある教えがあった。
「ははは、名も分からぬ君よ。我が家に伝わる大祖母の教えの一つにはこうある。〝憲兵隊と揉めたらちょっと一発かましとき〟と……!」
言うや否や、彼はポケットに忍ばせていた煙玉を地面に投げつけ、発生した煙幕に乗じて少女の手を取り駆け出した。
「え! あ? ちょっと!?」
「ははは! 我が家に伝わる大祖母の言葉にはこうある! 〝あの真っ黒黒助の部下ならウチの子らには手は出せん〟と!」
「貴方のお婆様は何者なんですか?!」
「なに、一般的な軽空母艦娘だったそうだよ。なんの変哲も無い、少々長生きなだけのね!」
走り抜けざまに蹴りを放つ。鈍い音と手応え、確かに打撃が通った。
「さあ、君! 今から青春の時間だ!」
「へえ!?」
「……申し訳ありません」
「いや、構いませぬ。しかしまさかまさか、龍驤先生の血筋とは……。参ったでありますな」
「強制的にいきますか?」
「いえいえ、小官が行きましょう。かのお方の血筋、下手な事があっては一大事でありますからな。……あの〝奇跡の血統〟に」
しかし
「流石に先生の御子と言えど、今回は見逃せぬのであります」
あの惨劇を二度と起こさせぬ為にも。