提督をみつけたら三次創作〝君が提督を見つけたら〟 作:ジト民逆脚屋
「さて、話をしよう」
「話、ですか?」
公園のベンチに座り、自販機で買った飲み物を片手に少年は口を開いた。
「うむ、君は自身を艦娘と自覚はしていても、真名は判らないという事だね」
「ええ、そうです」
「だから、話をしよう。まずは君は何処に居たのかね?」
「外地、あの山の辺りです」
「ほう! あの山々は霊山、しかも我が大祖母の家は麓にある」
「そ、そうなんですか」
「ああ、私が生まれた次の年に亡くなったが、今も大祖母の家は艦連により保存されている」
「艦連が、家を保存……?」
「〝奇跡の空母〟の名は聞いた事があるかね?」
「確か……、彼女の血筋の全てが艦娘か提督の適性を持つという」
「正解だ。私はその血統の男。つまりは提督なのだ」
〝奇跡の空母〟
この艦夢守市が出来る遥か以前、一人の軽空母艦娘が外地に居た。
その艦娘は提督と運命的な出会いを果たし結ばれ、子宝に恵まれる事になる。
それが奇跡の始まりだった。
彼女の血筋、その全てが艦娘か提督の適性を持って生まれ、必ず幸いの相手と出会う。
そして、その〝奇跡の空母〟も永い時を生きた。
永い時の中で自身の子孫の行く末を見守り、最期は思い出の場所で眠る様に亡くなっていたという。
「その大祖母が最後に幸いを見届けたのが私の母だ」
「……幸いだったんでしょうか」
「幸いだっただろう。大祖母がそう定めたのだ」
「でも、それは……!」
幸福の押し付けではないか。
途中で言葉を止めた少女の表情が物語っていた。
確かに、他者から与えられる幸福は自身にそぐわなければ、全て押し付けの自己満足に過ぎない。
だが、己達は違う。少年は知っている。
会った記憶は無いが、彼女の言葉がある。
「大祖母の言葉にある。〝君らはウチの子や。幸せになるに決まっとる。でも、自分の幸せは自分で決めるんやで〟と」
「そう、ですか」
「そして、母はこうも言われたそうだ。〝ええか。恋い焦がれる心は捨てたらあかんで。それは君が君の幸せを探しとる証や〟とね」
そう、母と父。叔父や叔母、その他の親類全員、少女の考える意味では決められたレールを歩く人生だ。
だが、その始まりの彼女は必ず言った。
ウチに縛られるな。君らは君らの幸せを見付けて生きろ。
だから皆、自分の幸せを見付けて生きている。
「君にはまだ難しいかもしれない。だが私達は皆、大祖母が送り出してくれた幸いの道を生きている」
「……すみません。失礼な事を言いました」
「なに、気にする必要も事も無い。私が勝手に語っただけだからね」
自身の名すら分からず、自身すら定かではない身で、今の話をよく納得に置けたものだ。
いや、置けるだろう。何時から追われ逃げていたのか定かではないが、シンプルなシャツとズボンに汚れは無く襟も立っている。
髪も襟元で揃い、よく手入れされている事が解る。
きっと、両親から愛され幸いを望まれて育ったのだろう。
だからこそ目立つ。彼女の肌は健康というには青白く、しかし病的というには生気がある。
日に当たらぬ生活をしていた者とも違う青白さ、まるで生者と死者の中間に立つ様な、そんな雰囲気だった。
「よし、では行こうか」
「え、何処へですか?」
「君の家、と言いたいところだが、未成年が島から出るには保護者同伴か、同意書が必要になる。だから、私の秘密の場所に行こう」
「秘密の、場所……」
「うむ、我が大祖母所縁の地がよく見える丘があるのだ。君もあの地に所縁がある身、もしかしたらもしかするかもしれない」
ずっと見ていた景色、母や父、親類縁者達から伝え聞く話は少年に憧れを抱かせた。
いつも草臥れた煙草を口の端に噛み、紫煙を揺らして下駄を鳴らす。
一度口を開けば清濁併せ呑む出鱈目を理路整然と飾り立て、自分達の目の前の闇を祓う。
あの煙草の匂いがしたら安心出来た。
あの下駄の音が鳴ったら勇気が湧いた。
あの小さな背中が見え、あの胡散臭い語り口が聞こえたら、もう何も怖くなくなった。
まるでお伽噺の様な昔話の数々に、少年は憧れた。
どうしようもなく焦がれた。
そうなりたいと、誰かの導となりたいと思った。
だが、なれないと現実が打ちのめした。
「……あの、聞いても?」
「なにかね?」
「どうして、私を助けてくれたんですか?」
「自分の為だ」
「自分の為? 私を助ける事が?」
「人助けも何もかも、極論は自身がそうしたいからそうするのだ。ならば、それは自分の為以外の何になるかね?」
「はぁ……?」
「それに私にも焦がれはあるのだ」
現代に大祖母の時代は無い。
戦後の混迷も大祖母の様な経験も、それを積む場所も機会も無い。
だから、目指す事にした。
「大祖母の様になりたい。私が居れば大丈夫だと、私に背を押され支えられたなら心配ないと、そう言われる人間になりたいのだよ。あと、頼まれたというのもあるがね」
「頼まれた?」
「うむ、そう頼まれたのだ」
なれないのならば、目指す。
今より幼い時に母に言えば笑われた。だが、嗤われはしなかった。
ただ少しだけ泣かれた。そして、背を押された。
私達の息子ならなれる、大祖母の、龍驤婆ちゃんの子なら大丈夫だと、ほんの少しだけ泣かれて、優しく抱き締められた。
その時、家に有る筈の無い煙草の匂いがしたのは気のせいだろう。
だが、心強かった。
憧れが側に居てくれるという錯覚は、何よりも心強い支えとなった。
「さあ、行こう。青春は待ったなし、話の続きはそこでしよう」
「では、その青春を止めましょう」
一瞬だった。
ほんの一瞬、ベンチから立ち上がり少女に手を差し伸べる為に、周囲から視線を逸らした一瞬で二人は囲まれた。
古来より伝統的な制服の集団、その中で一際目を引く黒が二人の前に来る。
「……困るのでありますよ。こうも振り回されては、憲兵隊の立場が無いので」
酷薄な貼り付けた様な笑み、少女とは違う肌白さは異様な冷たさを制服の黒と共に演出していた。
「さて、もういいでありましょう。我々と来て戴きましょう。……悪い様にはしないでありますから」
黒の言葉に少女がシャツの裾を握り締める。
もしかしたらと、思ってしまった。
彼と出会ってから、ずっと耳に残る嗤い声が聞こえなくなって、そう錯覚してしまった。
自分の行く末、結末は決まっているというのに。
この耳に残る嗤い声が結末だというのに。
「ふむ、少し待ち給え」
「なんでしょう? 大人の話に子供が噛み付くものではないでありますよ」
「ふむ、ふむり。成る程……」
少年は興味深そうに黒を観察し、ややあってから得心したのか胸の前で右手を左掌に落とした。
「ああ、君か! 大祖母がよく話に出していた真っ黒黒助というのは! 成る程成る程、実に真っ黒黒助と言った風体。大祖母のセンスには脱帽だね!」
「は? 龍驤先生が……? いや、ちょっと、は?!」
「大祖母は言っていたよ。怠け者の振りをした腹黒な馬鹿者だと」
「あの俎板……、子孫に何を言って……」
そこで黒の言葉が止まる。
違和感があった。この違和感はなんだ。
話に食い違いは無い。いや、食い違う様な会話はしていない。
なら、この違和感はなんだ。
黒が答えに行き着く寸前、少年の大声がその思考を遮った。
「火事だ! 放火だぞ……!」
人は助けを求める声に対する反応が薄い。
これは知りもしない他人を助けた結果、自身に振り掛かる火の粉を避ける為の自衛行為の一面だという。
ならそうではなく、自身に火の粉が振り掛かる事柄を報せる声ならばどうか。
それも、太古より生物が本能的な恐怖を抱く存在の理不尽な発生ならどうか。
答えは混乱、憲兵隊が遮った人々の流れは少年の虚言と、ついでと再び放った煙玉ににより更に混迷を放った。
「今である!」
「ち、ちょっと!?」
「待つであります!」
黒が制止の声を張るが、二人はするりと人混みの中に消えてしまった。
こうやって、自分の前なら消えるのは龍驤の得意技の一つだった。
黒は制帽を脱ぎ、頭を掻く。
子孫に技を受け継がせた?
否、そんな筈は無い。龍驤は自身の技は全て自分で終わらせた。まず第一に、彼が生まれた次の年に彼女は去ったのだ。
彼女の古い技を受け継がせる方法は存在しない。
では、何故彼がそれを使える。
「隊長」
「追いなさい」
解らない。
普段なら巡る思考も、やけに耳に残る嗤い声が邪魔をする。
黒は嗤い声を振り払うかの様に頭を振り、制帽を被り直す。
嗤い声は聞こえない。代わりに聞こえたのは、懐かしき高下駄の音。
「隊長?」
「……念の為、彼の家族の保護を」
「はっ」
部下に命令を下し、黒は一人歩み出す。
カンッと響く一本歯の高下駄の音に誘われる様にして、歩みを進める先は町でも高い丘。
嘗ての日々を過ごした山々を眺める場所だった。