提督をみつけたら三次創作〝君が提督を見つけたら〟 作:ジト民逆脚屋
走る。
青春とは駆け抜ける事だと、級友の言葉だ。
であれば、二人の今はまさに青春と言えるだろう。
そう、背後から迫る黒を除けば。
「ははは、なかなかしつこいね!」
「凄い顔で追ってきてますよ!?」
「必死だね。余程、君に用があると見えるね!」
笑いながら走る雑踏は勝手に二人を避けていく。
それは何故か、少女には理解出来ない。
まるで、そうあるべきだと知らず知らずの内に決められているかのようだ。
「こ、これどうなってるんですか?!」
「大祖母の技だ! 道行きを照らす案内の技だよ!」
見れば少年の足取りは時折不思議なステップを踏んでいる。
少女は転けないか心配になるステップだが、黒には見覚えがある。
あれは龍驤が事件へ向かう際に踏んでいた歩法だ。
「真っ黒黒助、ウチの足跡踏みながら
初めは何を出鱈目を言っているのかと思っていたが、龍驤の跡を追った時とそうでない時の自身の被害の差は、はっきりと判る程に効果は顕著だった。
あの胡散臭い俎板には、一体何が見え聞こえていたのか。
もうそれを知る術は無い。
だからこその怒りと苛立ちがある。
「その程度の魔除けの法で!」
彼の足取りは意識的にやっている。
龍驤の足取りは無意識的にやっていた。
彼の足取りは時折失敗している。
龍驤の足取りは常に正しかった。
彼女の子孫と言えど、まるで成っていない技を見せられ、過去を想起してしまった苛立ち。
そして、その程度の技を誇らせてしまった自身への怒り。
それらは黒を加速させ、そして判断を鈍らせた。
「しまった」
あと一歩という瞬間、二人の姿が消えた。
先程、公園から逃げる時に使った技だ。
災いから姿を隠す為の足運び、あれも龍驤の技だ。
何故、彼女は自身の
彼女が直接指導する事は不可能、母親の江風も受け継いだのは血筋だけ。
なら、何処で誰が彼に龍驤の呪いの技を与えたのか。
考えを巡らせようにも、耳に木霊する嗤い声が邪魔をする。
もういっそ、この嗤い声に従って二人共始末してしまおうか。
そう思い、外套の中、ホルスターに納まった拳銃に黒が手を伸ばそうとした瞬間、嗤い声を遮る高下駄の音が黒の耳に響いた。
「そちらでありますか」
これは幻聴で幻覚なのだろう。
そうでなければ、一体何なのか。
「む! 来たね!」
「待つであります!」
「待たないよ!」
その答えは二人の向かう先にある。
耳に響く高下駄の音と鼻に香る安煙草の匂いがそう思わせた。
しかし、しつこい。
少年は足捌きをより速く正確にしながら、周囲を見回す。
障害物になりそうなものは無い。姿を眩まそうにも、この距離では最早意味は無い。
それに、隠れるのは相手の人数的にも悪手だ。
この狭くはないが広大とも言い切れない島内、隠れる場所は限られ、時間稼ぎにもならない。
そして、その行動は目的にそぐわない。
ならば、どうするか。
取れる手は限られている。
「やあ! そこの実にラリアットが得意そうな御仁!」
「あ? 俺か?」
母と風体が似た少女を数人連れた男に呼び掛ける。
恐らくだが、いつか母が語ってくれた怪人ラリアットかその縁者だろう。話に聞く見た目と酷似している。
「私達は今とても困っていて助けが欲しいのだ」
「警察行けよ」
「いやいや、相手はどうやらそれなりの地位に居るらしくてね。私は彼女に故郷を見せたいだけなのに、随分と必死に追われているのだよ!」
時間は無い。決断してくれると助かるのだが、どうだろうか。
「……お前、その子のなんだ?」
「私は提督だよ。ずっと遥か過去から決まった、ね」
「何言ってるか理解出来ん。が、ガキ見捨てる様にはなりたくねえ」
「ははは、感謝するよ!」
再び走り出す。
喧騒を背後に聞こえてくる声は、確かに足止めはしてくれた様だ。
「あ! お前?!」
「え? 提督の知り合い?」
「おや、随分久しいでありますな。老けましたか?」
「うっせぇ!」
どうやら、あの真っ黒黒助と知り合いだった様だが、まあ時間稼ぎにはなった。
走る足を止めず、ジャケットの胸部分に手を当てる。
そこには手帳が入っている。
敬愛する大祖母が遺した手記、過去に何が起きて、何故今なのか。という真実が記されたものだ。
「ねえ、もういいよ!」
「いや、ダメだ! もうではない! 今からなのだ!」
目的の丘はすぐそこ、そこしかない。
アスファルトから土、よく整備された芝生を踏み、二人は丘を登る。
そして、登りきり見えた景色は嘗ての大戦でも消える事無く、悠然と鎮座する山脈。
嘗て、四国と呼ばれた地を両断する霊山の群れだ。
今日という日は全てあそこから始まった。
龍が居着き、人と出会い恋に落ち、そこから連綿と続く血筋を産み、今日に辿り着いた。
そこの出会いと別れの中に、幾つか異質なものがあった。
「……流石にこれ以上は逃げられませんよ」
「ああ、もう逃げる必要は無くなったからね」
「つまり、観念したと?」
「否、これより我が大祖母の遺した御祓を行う!」
「……は? 何を言っている?! 御祓? あの龍驤先生を貴様が……!」
「語るとも! 我は龍の血統! 奇跡の空母の子だ! そして宣言しよう。龍の血は提督を任ずると……!」
少年は宣言した。
少女の手を離さず、空いた左手を真横に音を付け伸ばし、全員の意思を自身へと向けさせる。
ここだ。ここからだ。
――我が大祖母よ。照覧あれ
まずは事柄を解きほぐす。
今回の件、理解し難いが、実に永い時を経て漸く形になったものだ。
「まず、今回の件。これはこの町が今の形になる前、その雛型が出来始めた頃にまで遡る」
「……一体何の話をしたいのであります?」
「ふむ、事を急ぐね。我が大祖母の手記にある通りだ」
「……それは!」
内ポケットから手帳を取り出し見せる。
古くあちこちに補修跡のある革貼りの手帳、龍驤をよく知る黒には見覚えがある。
龍驤は存外に筆まめで、何かある度に事を書き記していた。
没後、その手帳を探しに龍驤の家を探したりもしたが、処分したのかと結局は見付からなかった。
「この手帳には大祖母の子ら、私の先祖達の事が記されていた。それはもう、読んでいるこちらが誇らしさを覚える程に愛情に満ちた文体でね」
そして、
「その中に一つ、違和感を覚える事柄があった。それが嘗て、艦連軍に属し軍史に名を刻んだ艦娘〝長門〟に関する事だ」
「長門……、彼女が?」
「やはり、君にも覚えがある様だね。当然だ。大祖母は君が連れて来た彼女に対し、憑き物落としを行っている。今回の件、全てそこから始まっている!」
手帳を掲げる。
空は曇り、日の光は遮られ、辺りに嘲笑の嗤い声が木霊する。
だが、少年の声に恐れは無い。
恐れる必要など、何処にも無いからだ。
「さあ、始めよう。百と十六年の因縁の決着を……!」