提督をみつけたら三次創作〝君が提督を見つけたら〟   作:ジト民逆脚屋

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本当に好き勝手やってるよ


少年と少女

「憑き物?」

「ああ、そうだ。我が大祖母は最後の仕事として、私の先祖の長門の憑き物落としを行った。そして、それ自体は問題無く解決したのだ」

 

そう、それ自体は。しかし、長門から落ちたものが問題だった。

 

「大祖母は気付いていた。今回のものは落としても祓えた訳ではないと。そして、永き苦悶の果てに行き着いた憎悪と悔恨の念の成れの果ては、遂に辿り着いた」

「それは、何であります?」

「君も解っているだろう? 解っているから、彼女を追った」

 

少女を見る。その肌色は健康というにはあまりにも蒼白く、しかし不健康というには血色は良い。

ただ色素が薄い。そう言われればそれまでだが、その実は違う。

大祖母、龍驤は解っていた。この手記に記された日にいつの日か、必ず自身の血統が出会う事になると。

 

「かの日、大祖母は血統である長門の憑き物を落とした。君も知っている話だ」

「……そうであります。自分が彼女を先生の元へ連れてきた。それがなにか?」

 

周囲の憲兵、真っ黒黒助は次第に距離を詰めている。

まったく、話を急く癖は本当の様だ。

真っ黒黒助が自分の間合いに二人を収める瞬間、その手前で周囲の足が止まった。

 

「今のは?」

 

曇天、嘲笑の風が吹く広場で高らかな高下駄の音がはっきりと響いた。

誰も、そこに居る誰もがその様な音を出す履き物は履いていないのに、全員の耳で喝采する嘲笑を遮るかの如く一歩、また一歩と高下駄の音が響いた。

 

「……話を続けよう。今より百と十六以上前、大祖母は最後の憑き物落としを始めた。そして、落としたものは落とし切れず、今この世に戻ってきた」

「……それが、私なの?」

 

不安そうに少女が少年を見上げ見つめる。

自身が自身ではない別のなにかかもしれない。それは、自身すら不確かな少女には耐え難い事実だろう。

少年は揺らぐ少女の瞳を見据え、消え入りそうな手を握り直す。

そして、言った。

 

「そうだ。だが、そうではない」

「詭弁でありますな」

「詭弁も実体を持てば現実や。そう言われたのではないかね?」

「また龍驤先生の言葉でありますか。自分の言葉は無いのでありますかな?」

「自分の言葉か。ふむ、では言おう。彼女に憑いているもの。彼女を揺るがしている存在とはなにか。それは戦乱の時代から積もる憎しみの連鎖が至った存在だと」

「つまり?」

「彼女に憑いているものは深海棲艦。その憎しみの積層だ」

 

言葉は荒げず、しかし強く言い放つ。

それだけで真っ黒黒助の他、憲兵達の体が強張るのを二人は見た。そして、少女は力無く膝から崩れた。

無理もない。深海棲艦とは嘗て世界を絶望に叩き落とした存在で、つい最近まで世界にまだ影響を残していた存在だ。

それが自身だと言われ、改めて気付かされた時、その者はどれだけの絶望を得るだろうか。

 

「……ねえ、もういいよ」

 

少女は弱々しく、そして絶望の色を孕んだ声で諦めを口にした。

もう、この手を離そう。そして楽になろう。そうする事がこれまでとこれからの人々と世界に報いる事になり、この少年を守る事になる。

だが、少年は手を離さなかった。

 

「いや、よくない。何度でも言おう。よくないと」

「じゃあ、私をそうでないと言えるの?!」

「ああ、言うとも。そして、言った筈だよ。百と十六以上の因縁に、今日この日決着を着けると」

 

こちらを見つめる目は力強く、繋いで離さない手も強い意思を持ち、少女を繋ぎ止める。

嘲笑の風が二人の頬を撫で、耳に諦めを囁いてくる。

 

――諦めろ

――お前はこちらだ

――こっちに来い

――沈み沈めるのがお前だ

 

「喧しいね」

 

だが、その嘲笑を少年の声と響く高下駄の音が祓った。

 

「さあ、真っ黒黒助。あの日、我が大祖母が言った言葉はなんだったか当ててみ給え」

「龍驤先生の言葉?」

 

何を言っている。

龍驤の言葉は貴様以上に知っている。覚えている。

あの日々を共に過ごし、生き抜いた自分に彼女を知らぬ小僧が何を問うのか。

だが、言葉が出ない。靄がかかった様に、龍驤の姿がぼやけていく。

あの日、月夜の下で龍驤は何と言った。

迷う真っ黒黒助、その鼻にふと煙草の煙が香った。

龍驤が愛用していた安煙草の匂いだ。

懐を見る。最後のそれを納めたケースは開いていない。

なら、これは何処から香るのか。

否、今はそれではない。そうではないと、嗅ぎ慣れた香りと聞き慣れ音が知らせてくる。

 

「……もうこの世に〝火〟は無いよ。君らも早く帰りや」

 

嗚呼、そうだった。

 

「君もこうやって、煙草の煙を出せる様になったら来たらええ。まだウチは此処に居るからな」

 

そうだった。彼女は祓ったそれに再会を約束していた。

あれはただ送る言葉だと思っていた。だが、違った。

送り出し再び出会う為の言葉だった。

 

「思い出した様だね」

「ええ、すっかりと。しかし、彼女がそうである事実は変わらぬであります」

「ふむり、確かに。だが、そうであるがそうではないのだ。……君」

「え?! な、何?」

「君の名前を、艦名は?」

「わ、分からないよ。ずっと分からないんだ」

「そう、全てはそこにある。そも、名とはなんであるか」

 

ここからだ。ここからが決着の時になる。

ずっと不思議だった。何故、誰もがそうなのか。

何故、誰もが聞こえないのか。

何故、誰もが見えないのか。

大祖母を見送った母でさえそうだった。

ずっと彼女はそこに居た。

そして、いつか必要になるからと、数多くの物事を教示された。何故か。

そう、全てはこの日の為だ。

 

「名とはその者をそうだと他者に認識させ、世界に刻み付ける為の鑿であり錨である。なら、その名を奪えばどうなるか」

「……雑に言えば、自身を失うでありますな」

「左様。よく判っているね。では、君はどうかね?」

「私の名前は……」

 

少女が言葉を紡ごうとした瞬間、一際に強く冷たい風が吹き付け、少女の言葉を拐う。

 

――貴様に名は無い

――こちらに落ちろ

――沈め

――貴様の居場所はそこ()

 

言葉が出ない。言えば言える筈の文字、それが音として口から出てこない。

自分は誰なのか。自分はここに居ていいのか。

全てが一瞬で判らなくなり、体が冷え視界の端に赤が滲み始める。

嗚呼、やはり自分は……

 

「喧しい。そう言った筈だよ」

 

乾いた、しかしよく響き周囲を晴らす音が響いた。

少年の柏手だ。

 

「……さあ、臆する事はないよ。君の名前を教えてくれ給え」

「でも、私は……」

 

分からない。判らない。解らない。

本当は知っている筈なのに、本当に知っている筈なのに、その名前が出てこない。

赤がまた滲む。この赤に染まる彼を見たくなくて、少女は俯く。

こうすれば、彼を見なくていい。こんな色に染めなくていい。

そう思っていた。しかし、その俯いた視界には彼の両手があった。

そっと、こちらを握り繋ぎ止める様に、少年は少女の両手を自身の両手で包む様に繋ぎ、片膝をついた姿勢で微笑みをもって少女を見上げた。

 

「判らない。その筈はないよ」

「でも……!」

「君には居る筈だよ。であるなら、君を愛してくれた人を、その人がどの様に愛してくれたかを。そこに全てはある」

「私を愛してくれた人……」

 

それは誰だった。

それは何時だった。

赤く染まり始めた視界に誰かが見えた。

嗚呼、そうだ。

 

「……父さん、母さん」

「ならば、教えてくれ給え。君の名前を、艦名ではない。君の両親が君をこの世界に刻み付けた名前を」

 

吹き付ける風は更に強くなり、上着も髪も乱し音すら掻き消さんと吹き荒ぶ。

声にならない嘲笑が鼓膜を叩き、少女の言葉を否定しようとする。

だが、それは一発の銃声に撃ち落とされる。

真っ黒黒助、あきつ丸が頭上に放った一発だ。

 

「龍驤先生なら、こう言うでありましょうな。……喧しい、君らの出る幕やないと」

 

ただの銃弾、しかし隙を作るにはあまりにも十分過ぎる。

あきつ丸は笑みを作り、懐のシガレットケースに手を当てる。

 

「さあ、見せてください。龍驤先生が遺した後悔を祓う様を」

 

一瞬止んだ風は再び吹き荒れ、少年と少女の二人を包む。

嘲笑の嵐、普通なら折れてしまうだろう罵詈雑言の群れの中、二人は確かに見詰めて言葉を紡いでいく。

 

「君に名前はあるね?」

「私に名前は無いよ?」

「いや、君に名前はあるよ」

「それは何処にあるの?」

「私は知らないよ」

「じゃあ、誰が知ってるの?」

 

――ふざけるな!

――また、またか!

――これが最後だというのに!

――貴様は違う!

――あの矮小な軽空母め!

 

「君が知っているよ」

「私は知らないよ?」

「いや、君が知っている」

「じゃあ、どうして私は知らないの?」

「忘れているだけだよ」

 

息を吸う。

視界に赤が消えていく。

 

「私は艦娘だよ」

「私は提督だよ」

「なら、私の名前は?」

「それは君の中にあるよ」

「でも、分からないよ」

「でも、君にはもう一つある」

「それはなに?」

「初めて君が呼ばれた名前だよ」

 

さあ、どうか教えてほしい。

君の名を。

 

「私の名前は……」

 

――黙れ!

――貴様に名は無い!

――我らの恨み! 憎しみ!

――それが貴様だ!

――貴様の居場所はそこ()だ!

――その様な矮小な……

――……いい加減しつこいで、君ら

――……っ!?

 

一際大きく高下駄の音が鳴り響き、風が止んだ。

そして少女は自身の名を告げた。

 

「私はミコト、命って名前だよ……!」

「そうか。私はサダメ、運命だ」

 

手を離し少女、命を抱き締める。

 

「ようやく、教えてくれたね」

「ようやく、思い出せたから」

 

もう彼女の肌は不吉の色ではなかった。

そこにあるのは幸いの色。もう嘲笑の声は聞こえない。

 

「さて、話を戻そう」

「え?」

「真っ黒黒助。いや、あきつ丸。彼女は深海棲艦ではない。そうでない彼女を君達はどうするつもりかね?」

「……はぁ、どうもしないであります。我らが追っていたのは不倶戴天の敵となりうる可能性。そうでない彼女をどうこうはしないでありますよ」

 

あきつ丸は両手を挙げ、降参の意思を見せる。

しかし、

 

「ですが、いきなり肌色がよくなったりと色々ありましたから、軽い健康診断で連行するであります。ついてきていただけますかな?」

「私も一緒にだね?」

「当然、ついでに色々と書類や申請も済ませましょう」

 

嗚呼、本当にしてやられる。

あの日々でも、そして今日も、龍驤にしてやられた。

本当にあの俎、艦娘だったのかすら疑わしい。

だが、これでよかったのだ。

 

「ささ、丁重にお送りするであります」

「君はどうするのかね?」

「ちょっと一服してから合流するであります」

「あ、あの!」

「なんでありますか?」

「有難う御座います」

「……礼を言われる事は何もしてないであります」

 

部下に指示を出し、二人を艦連施設へ護送させる。

その背を見送り、あきつ丸は中身が二本しかないシガレットケースを開け、その内の一本に火を点けた。

 

「……くあー、沁みる味でありますな」

 

苦いのやら辛いのやら、よく判らない。とにかく口内に沁みる紫煙を吐き、空を見上げる。

先程までの曇天は何処へやら、晴天としか言い様のない空に、古い紫煙がほどけて消えていく。

あの人はこれを何と言ったか。

 

「煙羅煙羅と、よく踊る。でありましたか」

 

――それ、君やったやん

 

突如として耳に届いた声に瞠目し、周囲に視線を向ける。だが、そこには誰も居ない。

 

「……墓参りもしない不義理に化けて出ましたか」

 

――君に参られたら、ウチ化けて出そうやわ。やから、これ貰うてくわ

 

その声に懐のシガレットケースを見ると、最後の一本が消えていた。

ライターも無い。まったく、抜け目の無い俎だ。

苦笑し、携帯灰皿に吸殻を押し付ける。

どこか懐かしい香りが鼻をくすぐり、天へ向かう風が吹いた。

 

「今度こそ、おさらばであります。龍驤先生」

 

空のシガレットケースを仕舞い、あきつ丸は部下達が待つ道に足を向ける。

 

――ほな、さいなら

 

その声に振り向かず、軍帽を目深に被り直して、あきつ丸は歩いていった。

 

――あ、あの子らの事、頼むな。まだ、艦名思い出せた訳やないから

 

「聞き捨てならんでありますなぁ!?」

 

流石に振り向くと、よく馴染んだ人を食った様な笑みが一瞬見えた。

 

「……嗚呼、本当にしてやられるであります」

 

しかし、まあ

 

「頼まれましょう。他でもない龍驤先生の頼みでありますから」

 

一度肩をすくめ、歩いていくその姿は何処か軽やかだった。




まあ、あとちょっと続くんじゃ
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