不死の騎士   作:赤蜘蛛

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時系列的に結構先の話

今のままのペースじゃ何時まで経っても書けそうにないので書きました。
ネタばれ注意。


ARTORIAS OF THE ABYSS
深淵歩き


 その騎士は強かった。

 

 誰よりも素晴らしい技を持ち。

 誰よりも誇り高い心を持ち。

 誰よりも強靭な意思を持っていた。

 

 騎士の剣技は全ての敵を切り伏せ、騎士の持つ大盾は全ての友に傷を許さない。

 深淵と呼ばれるモノから這い出た闇の使途を狩り、闇の魔物によって滅びた国の姫を救い出した英雄。

 

 ――“深淵狩り”“深淵歩き”“無双”“四騎士”

 

 数々の異名と共に神話にその名を残す、狼の意匠が施された鎧と群青のマントを纏ったもの。

 かの騎士の名は、アルトリウス。

 何処のどの文献をどの様に探しても、死したという一文すら見つけられず、その墓があるとされる場所すらも伝説でしか語る事を許さぬ神代の英雄。

 

 尾ひれが付いたかの騎士の伝承では闇の魔物によって滅びた国の姫を救い出した際に手傷を負い剣を置いたとも、この世界に闇の使途が溢れぬように只管闇の中で戦い続けているとも……かの騎士は未だに生きており、名を捨てて世界を流離い続けているとも語られている。

 

 

 ――――これは、そんな騎士の最後の記録。

 語り継ぐ者さえ失われた、悠久の果てに置き忘れられた伝説の終わり――――

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 そこは、群青の闇に犯されている都であった。

 魔術と呼ばれる系統の術式がその時その時代で最も栄えたその都市は、それに相応しい荘厳な威容を誇っていた。そこに住む人々は穏やかで、何処か抜けていて、しかし間違いなく平和で平凡な暮らしを送っていた。

 

 しかし、それも既に過去の話。

 大地は闇の泥に吞まれて沈み、踏むべき足場を失った建造物がその内部構造を崩壊させながら倒れている。

 美しかった森には群青の泥が撒き散らされ、植物を管理する仮初の命を与えられた庭師は生きた者を摘み取る剪定者へと変貌している。

 力仕事を淡々とこなした守護者たちは、冷たい石の人型となって森に踏み入れた者の肉を闇の森への養分へと変え続けている。

 底が見えぬほどに深く刻まれた亀裂は大地に癒えぬ傷跡を残し、毒々しい色の異形の肉塊を生み出し清涼な水が流れていた川を汚していた。

 穏やかで、抜けていて、話していて気持ちの良い人柄であった人々は唯二人の例外を残して全てが異形へと変じ、人外の頭部と骨格間接を持つ化け物へと変じたまま不愉快な鳴き声と笑い声を上げながら崩れた都市の中を徘徊している。

 

 光溢れた都の面影は既に無く、そこに在るのは異形が跋扈する死の都。

 踏み込む者全てを飲み込む闇の魔都であった。

 

 

 しかし、魔都へと変じた亡国に足を踏み入れる者がいた。

 それは一人の騎士。

 何も分からぬまま闇から現れた腕にその身を掴まれ、気づいた時にはそこにいた。

 

 怯えたように襲い来る霊獣を倒し、喋るキノコからこの都の事を聞いた騎士が辿り着いたのは、現在唯一となってしまった亡国の都への入り口――闘技場。

 かつて多くの者たちが技と力を競い合った記憶を残す闘技場の入り口を覆うのは、強大なソウルにより発生した白い結界()

 騎士はその霧を、これまでそうしてきた様に何の気負いも無く潜った。

 

 その先にあったのは、一人の異形であった。

 そして次いで現れるのはその異形目掛けて落下した、ぼろぼろの鎧を纏った大柄な騎士。

 大柄の騎士の鎧は高所から落下したのか、或いは凄まじく巨大なものから打撃でも受けたかのように全身一部の隙も無いほどにぼろぼろで。鈍い銀の輝きを放っていたであろう色を冒涜するように群青と黒の中間のような色の粘度の高い泥のようなもの――喋るキノコから聞いた話を信じるのであれば深淵と呼ばれるソレ――が至る所に付着していた。

 右手に握る大型の剣はドロドロとした深淵に犯され、本来は両刃であるはずの形状をしながら片方が溶け出しており、持ち手から装飾に至るまで全てがぼろぼろだ。

 頭部を覆った鎧は狼の顔のような意匠が施され、泥に濡れそぼっている房が狼の尻尾のように背中に向かって流れている。

 左腕は骨が完全に砕けて肉と皮だけで繋がっているのか、中身に布でも詰めているのかと疑ってしまう程ぷらぷらとおかしな動きを繰り返している。

 

 しかし、その様な状態でも。

 騎士から立ち昇る覇気は凄まじく、油断などせずとも並の者であれば一瞬で命を奪う鋭さを秘めている。

 

 言葉を交わさずとも分かる。

 強者のみが持つ肌を刺すような覇気、子どもの時分に憧れた姿形……そして何より、喋るキノコが語っていた……己よりも先に深淵に潜む魔物を討つために一人の騎士が――アルトリウスがやって来たというその一言が、予想と言うよりも確信に近い何かを理解させる。

 

 そう。

 この日この時、人間の騎士は出合ったのだ。 

 彼の時代まで夢物語に語られ続ける、誰よりも強いと讃えられた伝説の騎士と。

 

 

 

 

 

 

 両者の目が合う。

 同時に深淵の闇がぼろぼろの鎧を纏った騎士に――アルトリウスに纏わりつく。

 巻きつき、取り込み、自我を奪おうとするそれを――光の王さえ恐れた深淵の闇を、しかしアルトリウスは気合を入れた咆哮のみで振り払った。

 

 中身(肉体)を守るための硬い鎧がああまで無残を晒しているのだから、常識で考えれば動けるはずなどない。しかしそんな道理など誰が定めたと言わんばかりに、想像を絶する意志の力で無理やりに肉体を動かしたアルトリウスは騎士に肉薄した。

 

 がちゃがちゃと音を立てながら、緩みきった鎧の隙間から深淵の泥が漏れ出している。

 一体どれほどの深淵をその身に溜め込んでいるのか、一直線に走りこんで来るその動きだけで乾いた石畳の上が水を吸った泥をぶちまけた様に汚染された。

 一度その刃を振るうだけで、刃に付着した血を払うように剣閃の延長線上に深淵の泥が舞い散った。

 壊れかけたその鎧に軽く一太刀浴びせるだけで、簡単に裂けた鎧の傷口からは銀のソウルと群青の深淵が混じったアルトリウスの肉体であったモノが溶け出し流れ出た。

 伝承の中でアルトリウスの利き腕とされた左腕からは絶えず深淵の泥が漏れ出し、戦士としての死を如実に物語っている。しかしそちら側から隙を突こうとすれば、体の回転を使って鋭い剣閃の代わりに巨大な鞭か小さな壁のように泥を撒き散らして近寄らせる隙を与えない。

 

 アルトリウスには剣技と身体能力、そして強靭な意思以外に特別な能力は何もない。

 故に利き腕を潰され、定型の肉体さえ失いかけ、闇に犯されながらも強靭な意志によって“闇”を狩ろうという唯一点のみで動いている彼の状態は最悪――死ぬ一歩手前とさえ言える――と言ってよい。

 しかし、それでも。

 そんな状態になっても尚。

 神代の時代に“無双”と呼ばれた伝説の騎士は圧倒的であった。

 アノール・ロンドと呼ばれる地で四騎士の長である“竜狩り”と、実力だけであれば四騎士に匹敵するとさえ言われる“処刑人”を、友の力を借りたとは言え打ち倒した人間の騎士を、アルトリウスは傷つき死に掛けている状態で圧倒している。

 

 

 全身を深淵に蝕まれ、利き手を砕かれ、かの騎士の代名詞でもある大盾を手放し本来の戦闘スタイルを取れずとも。全盛期の力など出せずとも、その力は騎士がこれまで敵対したどの存在よりも速く、力強く、そして巧い。

 

 振るわれる剣戟は全てが神速であり剛撃。

 辛うじて知覚可能である速度で振るわれた剣閃は大地を割って盾を真正面から一文字に切り裂く威力と鋭さを誇り、それでいてその一撃を連撃で放つ事を可能とするのは驚異的な体捌きとスタミナ、そして瞬発力。警戒していても釣られてしまう僅かな隙を巧みに作り、相打ちに近い形になりながらも最善最高の一撃を放つ技量と恐れを知らぬ強靭な意志。一節の詠唱さえ許さぬ絶妙な間合いの取り方と踏み込みからの剣撃への流れは、呼吸を狂わす毒となって徐々に肉体に回り騎士のスタミナを奪っている。

 

 全てが圧倒的であった。

 その全てが極まっていた。

 アルトリウスの戦い方からは相手に合わせて武器を代えるだとか、危険な相手だから近づかないようにしようとか。そう言った類の、誰もが持っている知恵とも呼べる姑息さが一切感じられない。

 

 敵対者の意図を解さず、己の持つ力と速さと技量でもって全てを真正面から叩き潰す。

 

 それのみを愚直なまでに突き詰めた、騎士や戦士と呼ばれる人種の究極系。

 それこそが神代の時代に在って“無双”の名で語られたアルトリウスの強さの全てであった。

 

 

 そんな相手に、何の覚悟も脈絡も無く敵として対峙してしまった。

 ならばこそ、起こる事は一つしかない。

 

 アルトリウスは人間の騎士本人でさえ気づかぬ僅かな動揺を見抜き、地を蹴り体を回転させる事で全身全ての筋肉を使った剛撃を放つ。

 一撃、二撃、三撃と。

 三人の巨人が時間差で三度の豪腕を振るったような、文字道理の意味で大地に三つの亀裂を刻む三連撃。

 その一撃目は神の居城で入手した銀の盾と人間の騎士の腕と足を完全に砕き、二撃目で騎士の持つ直剣を叩き折り肩から腹までを深く切り裂き、三撃目で脳天から股下までを完全に両断した。

 

 

 

 

 

 

 ――積み重ねる。

 届かぬ技量に僅かでも近づけるよう、それをひたすら積み上げる。

 ――積み重ねる。

 敵わぬ身体能力の差を僅かでも埋めるよう、それを積み上げる。

 ――積み重ねる。積み重ねる。積み重ね続ける。

 それを――己の死を――人間である騎士は積み重ね続ける。

 

 己の死を積み重ねた分だけ、騎士は“慣れ”と呼ばれる経験値を蓄積させていく。

 天上に至る山のように無数の死を積み重ね、己の肉体と魂を燃やし無理やりにその力を引き上げる。そうまでする事によって、ようやく手を伸ばした指の先のみが届くのだ。

 神域の武技を誇る、神代の無双へと。

 

 

 ――果たして、どれほどの時間を人間の騎士と神代の騎士は刃を交えていたのであろうか。

 数十ではきかぬ死の剣戟の果て、両手で持った大剣を自在に振るう人間の騎士の技量は鏡写しにでもなっているようにアルトリウスの動きに迫っていた。

 

 人間の騎士は、かつて炎を作り出そうとした魔女の娘によって強化された原初の炎の一欠片をその身に取り込んでいる。吐き出す息さえ燃え盛る業火の如き熱量を持ったまま、鋼の如きぶれない冷静さを湛えて剣を振るう。

 対する神代の騎士は、かの騎士の主である光の王さえ恐れた深淵の闇をその身に纏う。彼が纏う闇は全てを吞み込み溶かし込む深淵の王の力そのもの。しかし神代の騎士は驚異的としか言えない意志の力でそれを押さえ込み最後の一線を――“己”という“個”を失う事がない。

 

 剣戟の度に人間の騎士が着る鎧の隙間からは鋼鉄がぶつかる以外の火の粉が舞い、アルトリウスの鎧から溶け出した深淵が周囲を汚す。

 炎が闇を喰らい、闇が炎を塗り潰す。

 闇を喰らった炎はその気勢を強め、同時に炎を塗り潰した闇も己の領域を拡大している。

 

 そんな両者の動きから連想できる言葉は互角の二文字なのだろうか?

 表面的に見れば、答えは是。しかし本質的には覆しようも無く否である。

 深淵に蝕まれた事で徐々に、しかし確実に意志と技量を失っていくアルトリウス。対しこれまで積み上げた死と剣戟によって得た経験から、アルトリウスの技を最も近くで“体験”した人間の騎士は、かの騎士の技量を確実にものにしている。

 

 

 ――既に満身創痍でありながら、猛毒が体に回るかのように闇に侵され“己”を失っていくアルトリウス。

 ――五体満足の四肢を持ち、積み上げた経験を持ちながらそれでも足りぬと禁忌とされた炎の業を用いて力を高めた人間の騎士。

 

 そこまでの状態になって、ようやく両者は対等だった。

 そして同時に、そんな両者の戦いは加速度的に傾いている天秤その物でもある。今こうして拮抗している事こそが奇跡であり、崩れ逝く均衡を止める事はできはしない。

 ……それこそ、後は振り切れるまでの時間が長いか短いかの違いでしかないのだ。

 

 

 何度目か剣戟、距離を取る両者。

 そして放たれるのは決着を確信させる絶技。

 アルトリウスが持つ全ての力を乗せた必殺の飛び込み斬りは、彼の愛剣に深淵の泥を纏う事で全ての生命を滅相する域へと押し上げられている。

 対する騎士は剣を肩に剣を担ぎ上げ、鎧の間からチリチリと火の粉を舞わせながらも腰を落として迎撃の構えを取っている。

 

 

 アルトリウスの大剣が魂を凍てつかせる風斬り音と共に放たれた必殺の刃は、その剛刃が地面に触れる事で大地に轟音と言う名の悲鳴を響かせ深淵の泥を天高く巻き上げる。

 受ければソウルすら深淵に溶け落ちるその一撃を、しかし騎士は巧みに受け流していた。

 アルトリウスが天空から落ちてくる刹那の瞬間を狙いさらに一歩を踏み込んだ騎士は、その一歩を軸足として体を一回転させる。騎士の体の動きに応えた大剣が、獲物を締め上げる蛇のようにアルトリウスの剣を巻き込み大地を串刺しにするその一撃の軌道を背後へとずらす。背後で爆発し、余波のみで鎧を削る必殺を受け流すと同時に、アルトリウスの剣の腹を削りながらも加速して駆け上がっていく銀の一閃。

 

 両者の交錯は、一瞬であった。

 騎士の絶技と剛力、なにより深淵を纏ったアルトリウスの一撃に耐え切れなかった大剣が、アルトリウスの胸を深く切り裂くと同時に限界へと達し刀身半ばがへし折れ宙を舞う。

 

 折れた剣先が大地に落ちるまでのほんの僅かな時間。

 一言だけ言葉を発する事が出来るその刹那的な瞬間、アルトリウスは正気を取り戻していた。しかし彼は既に意味のある言葉を発する事が出来ないほどに肉体を深淵に蝕まれている。

 

 

 限界を超えて酷使された肉体が灰も残さず消滅しながら、深淵に侵されながらも“己”を失わなかった神代の騎士が内包する強大なソウルが騎士のソウルへと取り込まれていく。

 そんな中、出会った時と同じように交錯する二人の視線。

 

 アルトリウスの心情を汲み取った騎士も、既に“喋る”という機能を失っている。

 故に彼らの間に言葉は無い。

 宙を舞っていた剣先が乾いた音を立て地面に触れた時、アルトリウスの肉体は完全に消滅した。

 残ったのは深淵に犯され汚れきってしまった鎧。そして、最期の瞬間まで膝を付く事がなかった持ち主を象徴するように、倒れる事無く地面に突き立てられた一振りの大剣。

 

 騎士はしばらくの間、地面に突き立てられた大剣と中身を失った鎧を眺めていた。

 そして、何時の間にか手の平に握っていた橙色のガラス瓶の様なものの中身を煽った騎士は、折れた大剣を握っていたはずの空いている右手で大剣の柄を握りこみ、引き抜く。

 地面に突き刺さったまま倒れる事のない、群青の深淵に侵されて尚も鉛色に輝く、誇り高い無双の剣を。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 光り溢れた魔術の国、かつてウーラシールと呼ばれたそこを滅ぼす原因となった深淵の主を打ち倒したのは一人の騎士であった。

 騎士に助け出された亡国の姫は、長い悪夢から醒めると同時に朧げに霞む視界に騎士の背を見た。

 

 光の届かぬ闇の中。

 あまりの闇の深さに冷たささえ感じる深奥にありながら、暖かさを湛え舞い踊る小さな火の粉たち。

 火の粉の中心に佇むのは群青色の深淵が付着したボロボロの鎧を身に纏い、ドロドロに溶けて一見すれば鈍らのようになっている、身の丈を越えているのではないかとさえ思える大剣を肩に背負った騎士であった。

 騎士の傍には白く輝く大きな狼が控え、勝利を告げるように声なき咆哮を上げている。

 

 ――貴方の名前は…………

 

 振り返ろうとする騎士に、ドレスを纏った姫君が声をかけようする。

 しかしその意志が言葉になるよりも早く、彼女の意識は再度闇の中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 亡国の姫君が次に意識覚醒させたのは、深淵に侵されていない森の中であった。

 悪夢に侵された体を温めてくれる、暖かな暖炉のような安心感を提供する霊廟の空気を吸いながら、聞きなれた声で声をかけてくれた乳母に霞んでゆく記憶を手繰り寄せながら問いかける。

 

 ――あの騎士様は、一体誰だったのでしょうか?

 

 誰の事、などとは口にしなくとも理解できる。

 そもそもの話、この国に足を踏み入れ生き残った騎士は一人しかいないのだから。

 故に乳母はかの騎士との約束通りにその名を姫に告げる。

 

 ――あの騎士様が誰の事かは分かりませんが……大きな狼を従えた騎士が深淵を封じるためにこの地を訪れていたはずです。

 

 ――その方のお名前は、なんと仰るのでしょう?

 

 ――…………アルトリウス。グウィン王の四騎士が一人、深淵歩きのアルトリウス様ですよ、宵闇様。

 

 

 

 

 

 

 

 

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