不死の騎士   作:赤蜘蛛

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長くなりました


北の不死院

 ロイドの騎士に捕まりこの北の不死院に捕らえられてどれほど時間がたったのだろうか。

 牢に捕らえられるというのは思った以上の苦痛であった。

 何もすることができず、ただ過ぎてゆく時間が俺の心を蝕んでいた。

 

 手には直剣の柄が握られていた。

 折れてしまった剣を使いなんとか牢屋をこじ開けようとしたが、結局牢の鍵より先に剣のほうが壊れてしまい柄の部分を残すだけとなってしまった。

 

 ――騎士を目指した頃はこんな素手よりましという武器しか持ってないなんて考えたこともなかったな。

 

 そんな事を頭に浮かべるが、しかしこんなものですら家族との証と思い手放せないのだから女々しいにもほどがある。

 

 柄を持つ手は乾ききっている。

 鏡がないため己の姿を確認することはできないが、全身がこのようになってしまっているのだろう。

 見るものが見れば亡者と見間違えられてもおかしくはないかもしれない。

 

 指に着けられた祖母から渡された指輪を見る。

 指輪には見たこともない文言がびっしりと刻まれているのだが、その文言には特別な効果は何もなかった。

 ただ、もう会うことができない家族の証として、肌身離さず大切にしようとは思っている。

 ペンダントにも特別な効果はないため、ただ首からぶら下がっているという状態である。

 しかしこの指輪とペンダントを見るたびに祖母の言葉を思い出す。

 

 ――お前はお前らしく生きることのできる子だ。

 

 

 俺は俺らしく、生きるのだ。

 己無き亡者になんてなってたまるか。

 その一念が諦めに囚われそうになる心を繋ぎとめていた。

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか眠ってしまっていたが、何者かが近づく気配を感じて目を覚ます。

 軽く首を動かすが足音は聞こえない。

 

 どさ。

 

 目の前にもう動かない亡者が落ちてくる。

 どうやら気配の主は上にいたようだ。

 

 視線を上にあげると、そこにはアストラの上級騎士の鎧を身につけた者がこちらを見下ろしていた。

 こちらと目が合ったからなのか、あるいは俺の目の前に転がっている亡者がもう動かないことを確認したからなのか。どちらは分からないが、アストラの上級騎士はすぐにその場を去っていく。

 

 どういう意図があったのか、あるいは何も考えていなかったのかは分からない。

ただこの死体が何らかの意図を持っていたのであれば、それがここから出る方法となる可能性は十分にある。

 

 そう思い目の前の亡者を漁る。

 

 ――このような追剥のようなことをする日が来るとは思わなかったな。

 

 己の姿を振り返り、長く動かしていなかった顔の筋肉を動かしながら苦笑する。

 

 そんな時亡者を漁っていた手が止まる。

 この亡者は何も持っていなかった。

 一本の鍵を除いては。

 

 その時感じたのは困惑か、歓喜か、それとも恐怖であったのだろうか。

 何故か俺にはこの鍵が俺を閉じ込めている牢の鍵であるように思えた。

 これはそうであってほしいという願望ではない。

 それはまるで、この鍵が牢をあけるものだと最初から決まっていたものであったかのような感覚である。

 理由などない。

 ただ分かるのである。

 

 震える手で鍵を取り鍵穴に差し込む。

 

 かちゃり。

 

 今まで俺を阻んでいたのが嘘のように簡単に開いた。

 錆びているから開きにくいということも、鍵も鍵穴もぼろぼろだから開かないということもなかった。

 

「はは…」

 

 思わず笑いが漏れる。

 

 ――お前はお前らしく生きることのできる子だ。どこにいっても生きていけるさ。

 

 不意に祖母の言葉が頭に浮かんだ。

 

「ははは…」

 

 そうだとも。

 俺はどこに行っても生きていける。

 

「…ありがとう。」

 

 祖母から貰ったペンダントを握りしめてそうつぶやく。

 俺の不死人としての生はここから始まるのだ。

 そうして俺は牢の外に踏み出した。

 

 

 一本道の通路を少し進むと右手側が鉄格子になっており、その中に異形の化け物がいた。

 

 人間など問題にしない巨大な体躯。

 背中から生えているのは骨のように見える羽。

 頭には羽と同じものでできているであろう何かが、角というよりは王冠のように突き出している。

 手に持っているのは巨大な柱のようにさえ見える杖であった。

 

 そんな存在が悠々と不死院の中を歩いている。

 それがなにより恐ろしかった。

 

 俺は人間と戦うために鍛えてはしたが、あんな化け物を相手にしたくはない。

 化け物は俺に気づいていないようだし、さっさと通り過ぎてしまおう。

 

 足音をたてないように慎重に進むと水が張っている場所に出た。

 なぜ不死人を捕らえておくための場所に水があるのか疑問に思ったが、今はさっさとこの不死院から出ることを考えよう。

 そこを進むと上に登るための梯子がかかっている。

 

 

 梯子をのぼり外に出るとそこには空が広がっていた。

 気持ちのいい青空ではないが、これくらいの曇り空のほうが久しぶりの日の光に目が焼かれなくてすむというものだ。

 

 そして上ばかり見ていたが視線を落とすと地面に剣が突き刺さっている。

 

 まさかこんなにも早く武器を見つけることができるとは。

 遠目でもその剣は錆びているのが分かるが、刃があるという時点で今持っている柄よりはましである。

 

 すぐにその剣を地面から引き抜こうと思い剣に触れる。

 

 すると急に剣が刺さっている地面が燃え始める。

 大きな火ではないものの、先ほどまで唯の地面であった場所が急に燃えだしたのである。

 

 しかし火が触れたはずの手は熱くない。

 それどころかこの火にはどこか安らぎを感じる。

 熱いのではなく暖かい。

 言葉にするとこのようなものであろうか。

 

 しかし今は武器である。

 武器がないと己の身を守ることすらできないのだ。

 そう思い剣を引き抜こうとするが、剣は地面そのものとくっついているのではないかと思ってしまうほど固くささっており抜けない。

 小さく落胆の溜息をつきながら、剣の近くに座りこむ。

 座り込んだ時にあったものは、なんの武器もなく外に出るしかないことへの不安であった。

 

 ――ロイドの騎士に見つかれば……

 

 落ち込む気持ちを抱えながら、途方にくれて座り込む。だがそんな事を考えながらも、俺は体の違和感に気がついた。

 ただ座っているだけだというのに、何故だか体が軽く感じる。

 長く感じることのなかった体調がいいという状態だ。

 原因は分からない。

 

 抜けない剣に勝手燃え上がる火、休息を取っていないのに良くなる体調。

 もう分からないことだらけである。

 

 ――深く考えるのは、やめた方がいいのかもしれないな。

 

 

 とりあえずここを出よう。

 すべてはそれからである。

 

 体調が良くなったからなのか、立ち上がる気力が湧き自然と俺は立ち上がっていた。

 周りを見渡すと正面には大きな扉がある。

 と言うよりそれ以外は壁に囲まれており、何処にも行くことができないようだ。

 

 ――まずはここから調べよう。

 

 この手の扉は押すか引くかより開ける。

 目の前の扉は取っ手がないため押すことしかできない。

 

 体重をかけて押すことで少しだけ扉が開く。

 どうやら開くようである。

 そのまま体重をかけて押し続けると、地面に響くような音と共に人が一人ほど通れるほどの空間を確保できた。

 

 そうして扉の開いた場所を通り建物の中に足を踏み入れれる。

 すると正面に再び同じ形の扉が見えたため、俺は何の疑問も持たずその扉に向かって進んだ……その瞬間であった。

 

 地鳴りと共に目の前に巨大な何かが落ちてきたのだ。

 

 それは牢を出た時に見た化け物だった。

 いやよく見れば手に持っている武器が違う。

 牢を出た時に見た化け物は杖を持っていたが、この化け物は大槌を持っている。

 しかし多少見た目が違おうと、目の前の存在が脅威であることに変わりはない。

 

 すぐに引き返そうと化け物に背を向ける。

 

 しかしなぜか先ほどまで開いていたはずの扉が閉まっている。……俺以外の人間など誰もいなかったはずなのに、だ。

 悪態をつく暇もなく別の出口を探す。

 しかし目の前の化け物は大槌を大きく振りかぶっている。

 

 轟音とともに地面を揺らす怪物の振り下ろしを避けることができたのは鍛えていたからなのか、それとも死への恐怖からなのかは分からない。

 ただ避けることができた。

 地面を無様に転がったとしても、俺は生きており化け物は攻撃を外した。それがこの今の全てである。

 しかも地面を転がりながら避けた先には、扉が開いた通路まであるというおまけつきだ。

 

 俺はこの化け物から逃げたいと言う一心のみで、それ以外は何も考えずにその場所めがけて地面を蹴った。

 飛び込んですぐに後ろで扉が落ちる音がする。

 後ろを振り返ると扉が閉まっていた。

 

 ――ここは一体何なのだ?

 

 誰もいないのに閉まる扉、そしてあの化け物。

 いくら不死人が呪われているとは言っても、これはやりすぎではないだろうか?

 

 ――さっさとここから出よう。

 

 改めてそう思い通路に沿って先に進む。

 

 緩やかな坂になっている先には全裸に近い亡者がいた。

 亡者は弓を持っているようだが、使っている弓の弦が弱いのか矢の速度は遅い。

 軽く体を横にずらして飛んできた矢を避ける。

 

 俺が矢を避けた事を見た亡者は再度矢を放とうとしているようだが、矢を弓に構えるまでの速度も遅い。

 その隙に走って距離を詰める。

 そして距離を詰めていくと、距離を詰められたからなのか、先ほどまで俺を狙っていた亡者は俺に背を向けて逃げだした。

 

 ……しかし逃げようとして走っているのだろうが、その動きさえかなり遅い。

 すぐに追いつきその背中めがけて蹴りを放つ。

 亡者は元々走っていたということもあり、走っていた勢いのまま前に倒れこんだ。

 

 チャンスだ。

 まともな武器を持たない俺であっても、今ならば必殺を見込むことが出来る。

 倒れた亡者の頭を地面を踏み抜くつもりの全力で持って踏みつける。

 

 ――元々死に掛けの亡者であれば、これで十分だろう。

 

 この亡者が持っていた弓はまともな武器として使えないため、動かなくなった亡者を放置して先に進む。

 

 そうして少し進むと上に登る階段と下に降りる階段があった。

 

 先ずは……上に進んでみるか。

 

 そう思い階段を少しだけ登ると、階段の上から人の背丈より大きな鉄球が転がり落ちてくる。

 それをかわすため下に続いていた階段に向かって転がり込み、体制を整え着地すると、その動きとほぼ同時になにかが壊れて崩れ去ったような音が響く。

 

 すぐに階段を上り上に向かおうと思ったが、下に進む階段の先には扉があった。

 

 ――せっかくなのでここから調べておこうか。

 

 その扉の先は、化け物が現れた大きな扉の前にあった剣が地面に刺さっている場所につながっていた。

 この扉を見落としていたようだが、しかしこの扉はこちら側からでないと開かない作りになっていた。

 どのみち鍵を開けたのは今なのでこちらに進むことはできなかっただろう。

 

 

 そんな事を考えながら、閉まっている扉に一度視線を移す。

 そしてそのまま、何も持っていない己の手に視線を移してみた。

 ……分かった事と言えば、どう考えても今の装備ではあの化け物とは戦えないだろうと言う事だけだ。

 というか装備があったとしてもあんなやつとは戦いたくない。

 …どうやら上しか進む道はないようである。

 

 降りてきた来た道を戻り階段を上ると降りる階段と昇る階段がわかれていた場所の壁が壊れていた。

 それだけなら問題ないのだが、どうやら壊れた壁の奥に部屋があるようだ。

 

 ――何もないかもしれないがとりあえず調べてみるか。

 

 壊れた壁をくぐり中に入ると部屋の中で騎士が倒れていた。

 身につけた鎧はアストラの上級騎士のものである。

 

 ――こいつは、鍵を持った亡者を俺の部屋に落としたやつだろうか?

 

 そのことを聞こうかと思い近づくと騎士が話しかけてきた。

 

「…おお、君は…亡者じゃあないんだな…」

「…よかった…」

「…私は、もうダメだ…」

「もうすぐ死ぬ。死ねばもう、正気を保てない…」

「…だから、君に、願いがある…」

「…同じ不死の身だ…観念して、聞いてくれよ…」

 

 この騎士にはいろいろと聞きたいことがあった。

 あの化け物のこと。

 近づくと急に燃え上がった火のこと。

 この場所のこと。

 

 ……だが目の前の騎士は、もうすぐ死ぬと言っている。

 そしてこの部屋には、この騎士以外の気配は無い。

 そしてこの騎士は俺に向かって「亡者じゃない」と問いかけてきた。

 つまりそれは、この不死院には俺とこの騎士以外には亡者しか居ないと言う事になる。

 

 そう。つまりは消去法で、この騎士は俺の恩人と言う事になるのだ。

 そして俺を牢から出してくれた恩人が最後の望みを口にしているのだ。

 恩人の最期の願いぐらいは叶えてやるのが筋というもの……いや人間というものだろう。

 

「ああ、俺に出来ることなら何でも聞いてやるよ」

 

「…ありがとう…」

「…恥ずかしい話だが、願いは、私の使命だ…」

「…それを、見ず知らずの君に、話したい…」

「…私の家に、伝わっている…」

「…不死とは、使命の印である…」

「…その印、あらわれし者は…不死院から…古い王たちの地にいたり…」

「…目覚ましの鐘を鳴らし、不死の使命を知れ…」

 

「…よく、聞いてくれた…これで、希望を持って、死ねるよ…」

「…ああ、それと…これも、君に託しておこう…」

 

そういって鈍い緑ガラスの瓶を手渡してくる。

 

「…不死の宝、エスト瓶だ…」

 

 どんな効果を持つものなのか分からないが、不死の宝というほどなのだ。よほどのものなのだろう。

 

「…それと、これも…」

 

 そして渡されたのは鍵だった。

 どこの鍵かは分からないが、これで進むことのできる場所があるのだろう。

 

「…じゃあ、もう、さよならだ…」

「…死んだ後、君を襲いたくはない…いってくれ…」

「…ありがとうな。」

 

 このまま分かれることが出来れば格好の一つでもついたのだろうが……言いにくいが、これだけは言っておかなければならない。

 

「…ああ、不死の使命とやらは必ず聞いてくるさ。それで…悪いとは思うんだがあんたの使ってる剣と盾を譲って貰えないか? 恥ずかしい話だが、何も武器がなくてな…」

 

「…なるほど、たしかに何も持っていないようだな…持って行ってくれ…」

 

「…すまんな…」

 

 そんな間抜けなやり取りをしながら、力尽きかけている騎士から剣と盾を貰い受ける。

 

「…気にしないでくれ、こいつも…亡者となった私に使われるよりは…君と共にある事を、喜ぶだろう…」

 

 受け取った剣と盾はどちらもかなりの業物のようである。

 よく手入れされ、剣に至っては強力な祝福が施されているようですらある。

 

「…いい剣と盾だな」

 

「…ああ、今まで…ずっと、共に戦い続けた相棒だ…」

「…すまないが、もう…本当に限界のようだ…」

 

「…ああ、わかった。あんたの相棒はありがたく使わせてもらう」

 

 そう言って今度こそ騎士から離れる。

 聞きたいことは聞けず、不死の使命を知るという約束までしてしまったが、後悔はしていない。

 暗い牢獄から開放してくれた恩人と言葉を交わせ、彼が相棒と呼んでいた武器を譲ってもらうことが出来た。不死の身になったこの身に、これ以上何を望めと言うのだろうか?

 

 そんなことを考えながら譲ってもらった武器を見る。

 

 剣は標準的な直剣であるがよく手入れされており、そう言った方面に詳しくない俺でも理解できる強力な祝福が施されている。

 盾は細かい紋章が施されているが、実用性も考慮された中盾のブルーシールド。

 二つとも正真正銘の一級品であり、これがあれば並みの亡者に囲まれたとしても十分戦えるだろう。

 ……一対一であれば、ロイドの騎士とも十分に戦える。

 

 唯一残った道である上の階段を進む。

 階段を上り切ると折れた剣を持った亡者が襲いかかってくる。

 だが所詮は手を振りまわすだけの技も何もあったものではないものだ。

 

 盾で腕ごと剣を押し返す。

 一般にパリィと呼ばれる技術だ。

 腕を後ろに持って行かれたことにより体勢を崩した亡者の胸を剣で一突きにし地面に押し倒す。

 

 ――やはり武器があると変わるな。

 

 何度も何度も繰り返し、騎士になるために積み上げた技術が自然と体を動かしてくれる。

 そこには技を振るう誇りが宿り、誇りは自信へと変わり己を支えてくれる。

 それは今までの俺が、無駄ではなかった事の証その物であった。

 

 そのまま少し進むとまた扉があった。

 開けようとするが、どうやら鍵がかかっているようだ。

 

 ――もしかすると、あの騎士から託された鍵はここの鍵ではないだろうか?

 

 かちゃり。

 

 どうやらあたりのようである。

 そのまま道に沿って進むと、折れた剣を持った亡者が2体と弓を持った亡者が1体待ち構えている場所に出た。

 しかしここでは道が狭く、数の有利を十分に生かすことができない。

 やはり亡者は考えることができなくなっているのだろう。

 

 道が狭くなっている場所に盾を構えて姿を見せると、剣を持つ亡者はただ剣を振り回しているだけであった。

 弓を持っている亡者は俺を狙って矢を放つが、この狭い道のせいで仲間であるはずの剣を持った亡者に当たり俺には届かない。

 しかしこんな場所なのに弓を撃つことをやめようと思えないのだから、与しやすいものである。

 

 後ろから弓を撃たれたせいで1体の亡者が怯む。

 さらにもう1体の亡者の攻撃は盾で弾き、亡者が2体とも怯んだ状態になる。

 その隙を狙って剣を振り抜くが……アストラの騎士から譲り受けた直剣は、ほぼ裸に近い亡者とはいえほとんど抵抗なく2体の胸を纏めて切り裂いた。

 力なく崩れ落ちる亡者をどけ、一気に距離を詰めて弓を持つ亡者を斬りつける。

 

 二度振るっただけで3人の亡者を切り捨てることができた。

 やはりこの剣は凄まじい業物だ。

 実戦で振るい敵を切り裂いたことで、改めてその事を確信できた。

 

 そこでふと左の吹き抜けの場所に目が向く。

 その吹き抜けは、どうやら化け物がいる広い部屋につながっているようである。

 

 ――ならば、そちらは無視してまっすぐ進むしかないだろう。

 

 亡者たちが居た場所からまっすぐ進むと、今度は剣と盾を持って鎧を着た亡者がいた。

 装備がまともということで少し警戒したが、亡者はこちらに気づくとただ走ってきて突きを繰り出しただけだった。

 その突きを盾ではじき、体制が崩れた瞬間を狙い剣を振るう。

 ただそれだけの作業だった。

 

 まともなのは装備だけで、他はそこらにいる亡者と殆ど変わらなかった。

 

 しかしこの亡者の後ろには扉がある。

 おそらくここを進めば外に出られるのだろう。

 そんな希望を持ちながら扉に手をかけるが、しかし錆びの目立つこの扉は開かなかった。

 渡された鍵も使ってみようとしたのだが、鍵が鍵穴に入らない。

 つまり、この道は行き止まりだ。

 そうなれば必然、残った道は一つしかないわけであり――

 

 ――これは、あの化け物をなんとかするしかないということだろうか?

 

 

 

 先程の広い部屋につながっている場所に戻ると、吹き抜けから覗く下側にはこちらを見上げるあの化け物がいた。

 どうしてこちらの位置が分かるのかは置いておくとして、今なら生物の急所である頭を確実に狙える。

 

 ――やるなら今しかない。

 

 そう判断して助走をつけ飛び、化け物の頭目掛けて剣を深く突き刺した。

 

 鮮血が噴き出し俺と化け物を濡らし、化け物のうめき声が部屋を満たす。

 化け物が呻いている間に剣を引き抜き剣を再び剣を突き刺す。

 頭にしがみついている俺を手の短い化け物は振り払うことができないでいた。

 

 ――いける。

 

 そう思考した瞬間の事であった。

 化け物は大槌を振り回し暴れ出したのだ。

 だが頭に深々と突き刺さった剣の傷は確実に致命傷のはずである。

 再度剣を引き抜き頭に突き立てる。

 すると化け物の大槌が床に振り下ろされる。

 

 ――今更暴れた程度で俺が振り落とされるものか。

 

 しかしその考えは次の瞬間に打ち砕かれる。

 なんと、床が抜けたのだ。

 そのまま化け物とともに落下する。

 

 だがそれだけなら問題なかったのだ。

 問題は、落下した先に別の化け物が存在していたということだった。

 

 2体目の化け物は瀕死の化け物になど構うことなく、化け物ごと俺を押しつぶそうと巨大な杖を振り下ろす。

 

 俺は化け物が力を溜めるように杖を振り上げる動きを見た瞬間、すぐに来るであろう振り下ろしを避けるために化け物の頭から剣を抜き、そのまま床に落下する。

 俺が床に降りたのとほぼ同時に、振り下ろされた杖が大槌を持っていた化け物の頭を吹き飛ばした。

 地面に衝撃が走り、部屋全体を揺らしながら煙を巻き上げる。化け物が振り下ろした杖が起こした破壊の全てが、この化け物が凄まじい必殺性を有している事を如実に物語っている。

 

 なんとか避けることができたがこれはまずい。

 大槌を持った化け物のように、最初から頭に剣を突きたてているわけではないため相手は無傷である。

 それでいて先ほどの力だ。

 不利にもほどがある。

 

 何とか生き残る事はできないかと考えを巡らせようとした時、そんな物は待たんと言わんばかりに杖を持った化け物は杖を後ろに構え、手を前につき出したような不思議な構えを取る。

 何をするつもりかわからないため、思考を中断し盾を構えて相手の動きに備える。……そんな警戒を掻い潜るように。次の瞬間に起こったのは、至近距離での爆発だった。

 

 目の前の空間がはじけたような爆発だ。

 盾を持つ手が衝撃で痛み、同時に後ろにはじかれる。

 

 今のはまさか魔法か?

 化け物が魔法を使うなんて反則だろう。

 

 化け物はいつの間にか再び構えを取っている。

 再び衝撃が俺を襲う。

 

「っ!」

 

 今度は衝撃で痛むなんてものではない、本物の痛みである。

 動きはするが盾を持つ手の感覚がほとんどなくなっている。

 

 とにかく正面から逃げないと。

 とっさにそう考え化け物の後ろに回り込むように走りこむ。

 しかしこの化け物は杖を両手で持つと地面に差すように振り下ろす。

 すると地面にぶつかっている杖の部分が中心になり、先ほどまで猛威を振るっていた爆発が広がる。

 俺は手の痛みを我慢し、なんとか盾で防いだが化け物は爆発の中心にいながら全くの無傷である。

 

 くそったれ。

 この杖を持ったやつのほうが大槌を持ったやつより強い。

 しかもこの手の痛みをなんとかしないと両手で剣を持つこともできない。

 しかし後ろに回り込むことには成功した。

 あとは爆発に気をつけ斬り続けていればなんとかなる…と思いたい。

 

 萎えそうになる己を叱咤し、渾身の力で化け物の足を斬りつける。

 すると固そうに見えた皮膚が思いのほか簡単に裂け血が噴き出す。

 呻き声をあげながら化け物は杖を高く上げ、先ほどの爆発を起こそうとする。

 

 ……しかし何をやってくるかさえ分かっていれば、動きの遅い攻撃など避けるのはたやすい。

 

 爆発を回避するため、化け物から距離を取るために後ろに飛ぶ。

 俺が取った回避行動に一瞬遅れる形で地面が爆発する。

 

 そしてその爆発が収まると同時に化け物の足元に近づき再び化け物の足を斬りつける。

 やはり皮膚は簡単に裂け、血が噴き出す。

 その傷を抉り、さらに深い傷にするため体重を乗せ思いっきり剣を突き刺す。

 

 呻きながらも化け物は背にある小さな羽で空を飛び、己の体の正面に俺が来るように空中で体を回転させ尻もちをつくように攻撃を仕掛けてくる。

 

 だが、そんなものに潰されるわけがない。

 化け物は尻もちをつく形になっているせいで、体制を整えるのに微妙に時間がかかっている。

 

 そこで理解できた。この化け物は力は強いが、動き自体はそう速くないのだと。

 体勢を立て直すための微妙な時間さえあれば後ろに回ることができる。

 

 ……この剣がなかったら俺はこの化け物を傷つけることはできなかっただろう。

 そんなことを考えながら化け物を斬りつける。

 ……この盾が無ければ、最初に食らった魔法の爆発で死んでいただろう。

 手の痛みを感じながらそう思う。

 

 ――やはり、俺は運がいい。

 ここに至るまで何か一つでも欠けていれば俺は終わっていただろう。

 だが事実として俺は化け物に対抗できる剣と盾を持ってここにいる。

 

 数えてさえいない何度目かの攻撃。

 床と剣は化け物の血で染まり剣を持つ手も血に濡れている。

 その血の分だけ削られた化け物の足はまともに動くことができないほどぼろぼろになっている。

 そしてとうとう化け物が膝をついた。

 それは急所である頭を俺の攻撃範囲に見せてしまったということだ。

 

 全体重を乗せ体を前に倒すように、全力で駆けながら頭を全力で斬りつける。

 噴き出す血と断末魔。

 魔法を扱う異形の化け物は、俺の一撃を受けて完全に果てていた。

 

 

「はぁ、はぁ…」

 

 化け物が死んだのを確認すると体を投げ出す。

 腕が痛い。

 緊張で気づかなかったが腕だけでなく全身がぼろぼろだ。

 しばらく動くことはできないだろう。

 

 騎士から貰ったエスト瓶が、体を地面に投げ出した際に一緒に放り投げられたらしい。

 俺の命の恩人のであり、これ程の武具の持ち主が宝とまで言っていたものだ。

 あらゆる意味で雑に扱うわけにはいかないだろう。

 痛む体を無理に動かしエスト瓶を拾う。

 するとどうだろうか。

 エスト瓶の中の橙色のなにかが減り、体の痛みが和らいでいく。

 

 ――なぜ?

 

 考えても分からない問をついつい考えてしまう。

 しかしエスト瓶の中の橙色の何かが減ると体の痛みが治まるらしいということは理解できた。

 理由は分からないが、体を動かすのに問題ないほどは回復しているようだ。

 

 ならば速くここから逃げなくては。

 次にロイドの騎士がここに不死を連れてきた時に、俺がまだこの中をうろついていると捕まってしまう。

 ゆっくりと首を回して出口を探す。

 

 どうやら梯子があるようである。

 それと同時に化け物の死体が消えていたことに気づく。

 大槌を持っていた化け物の死体があったあたりには鍵が、杖を持っていた化け物の死体があった場所にはよく分からない鉱石のようなものが、それぞれ落ちている。

 

 ――何なのかは分からないが、せっかくの戦利品なのだ。両方貰っておくとしよう。

 

 

 

 化け物が存在していた部屋に掛けられていた梯子を昇ると、そこは俺が捕らえられていた牢の近くに通じていた。

 

 しかし、何故か俺が入っていた牢の中に新しい亡者が存在していた。

 もう動くことのない完全な亡者だが、俺はあんなやつは知らない。

 不思議に思い亡者の近くに行くと、その亡者は手によく分からない形の人形を持っていることに気づいた。

 

 ――元は俺の部屋だし、この亡者はもう動く事も無いだろう。ならばこれも……貰っておくか。

 

 見たことの無いおかしな形の人形を懐に収め、俺は今度こそ、長年を過ごした牢獄に背を向けた。

 

 

 

 もう進む場所は一か所しかない。

 大穴の開いた広間の先の大きな扉を開けようとする。

 鍵がかかっていたのだが、これは先ほどの化け物から手に入れた鍵で開けることができた。

 ……ここから出るためには絶対にこの化け物を倒す必要があったようだ。

 

 扉を開け先に進む。

 外である。

 ようやく外に出られた。

 だが俺の思いはそこで終わりだった。

 どれだけ周りを見ても周りは断崖しかない。

 ついふらふらと崖に向かってしまう。

 

 しかし、それは意味のない確認だった。

 ただ目の前の光景が信じられなかったのだ。

 

「はは…なんだよこれ…」

 

 俺は、死ぬ思いをして崖から身を投げにでも来たというのだろうか?

 

 ため息をつきながら今後どうするべきかを考える。

 気絶していたため覚えていないが、どういう方法を使ったのか知らないがロイドの騎士はここに俺を連れてきているのだ。

 なら再び不死が捕まり、ここに運ばれてきた時にその移動手段を奪ってしまえばいいではないか。

 我ながらいい考えである。

 

 そんな風に己を慰め、来るべき襲撃までは技を磨こうとでも考えていたのだが……しかし俺の考えは実行されることはなかった。

 

 羽ばたきの音と共に急に視界が暗くなる。

 

 ――何が…

 

 何かを考えるより先に、俺はばかでかいカラスに捕まっていた。

 

 

 

 

 

 

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