不死の騎士   作:赤蜘蛛

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今回の最後と次回はオリジナル要素強め


城下不死街 ~牛頭のデーモン・太陽の騎士~

 それは意識が浮き上がっていく感覚だった。

 以前と同じように闇の中から浮き上がり、己の意思が明確になってゆく。

 しかし似たような状況でありながら、今回は以前とは明確な違いが存在していた。

 

 浮上する意識の中、己を構成する【ナニカ】が欠けたのだ。

 闇に消え逝こうとするその【ナニカ】に向かい慌てて手を伸ばすが、意識だけしかない状態で【手】を伸ばす事などできはしなかった。

 

 

 ……

 

 

 十分な睡眠を取ってから朝日で目が覚めたような心地よい気だるさを覚えながら、俺は意識を取りもどしていた。

 それは以前に死んだ時と同じような感覚。目の前には何時の間にか篝火が灯っており、心と体を暖めてくれる。

 まあようするに……どうやら、俺は死んだらしい。

 

 なるほど、あの怪物は見た目通りの力を持つ人外であるのは間違いなさそうだ。

 天井が落ちてきたような圧迫感と威圧感をもつ怪物の一撃は、痛みを感じる暇も無く俺に死を与えたらしい。

 

 しかし怪物と戦おうとした際に受けた不意打ちさえ何とかすることができれば、あれほどあっさりとやられる事もないだろう。少なくとも、全力で背後に転がれるのであれば即死はしなかった。

 まあ詰まる所――

 

「注意不足、か」

 

 これである。

 火炎壷のときに理解したつもりであったが、この世界で生き残るにはまだまだ注意力散漫な状態らしい。

 開けた場所でも、まずは見る。

 これを今以上に意識するべきだろう。

 

 そんな、己が何故死んだのかを思い出すという、常人では考えられない事を考えながら……己を殺した相手に再度挑むため、暖かな篝火の傍から立ち上がった。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 亡者を切り捨てながら、あの怪物に殺された城壁まで辿り着いた。

 その際に気付いた事なのだが、俺が死ぬとある程度の範囲の亡者は蘇っていたが黒騎士は蘇っていなかった。黒騎士が亡者ではなかった……とは思えないが……もしかすると、蘇ることが出来ない理由があるのかもしれない。

 ……それとも単に、この場所の亡者と黒騎士は別物なのか。或いは黒騎士を殺すことが出来たという事実は、この世界(ロードラン)とは独立した事なのか。

 

 ……

 

 まあ考えた所で答えは出ないのだし、そういうものなのだろうと思った方が良さそうだ。

 

 ――強者との戦いは一度のみ。

 

 殺し続けて武具を奪う事は不可能。ソウルを吸い続ける事も不可能。

 戦いの経験を己の血肉とする事しか許されていない。

 ……俺としても、あれ程の騎士が蘇り続けるなど、厄介以外の何者でもないからありがたくはあるのだが。

 

 ……

 まあとにかく、だ。

 黒騎士の事で思考が逸れてしまったが、あの化け物を何とかしなければ先に進む事は難しい事に変わりはない。

 俺は俺がやるべき事をやるとしよう。

 

 

 そう気を引き締め、己が死んだ場所を一瞥する。

 俺が死した場所には【血痕】が残っているが、俺を殺した悪魔の姿は見当たらないが……既に何処かに行ってしまった、とは思えない。

 おそらく俺の血痕があるあの場所まで辿り着けば、やつはさも当然といった具合で城壁に躍り出てくるのだろう。

 

 ……

 

 まあ、悪魔の事はどうでもいい。

 いや、良くは無いのだが、それ以上に大事な事が存在する。

 背後からの衝撃……つまりは何らかの攻撃の事だ。

 俺からすれば、あの衝撃の所為で何も出来ずに殺されたと言っても言い過ぎではない。それほどまでに絶妙なタイミングでの横槍だった。

 

 まあつまり……何処か――あの状況から考えて、俺と悪魔(デーモン)を見る事ができる場所に狙撃手が居ると考えて間違いないだろう。

 そして衝撃を受けたのは背中。

 加えて入り口は一つ。

 

 ――となると、あの時の俺を狙撃できるような場所は……この塔の崩れた螺旋階段の上、と考えるのが妥当か。

 

 しかし塔の内側に存在する螺旋階段は、城壁に繋がる場所以外に向かう事を拒むように崩れてしまっている。

 崩れているだけならばどうにかして登る事もできたかもしれないが、階段の上には下からの侵入者を許さないように頑丈そうな木の床が備え付けられている。

 狙撃を目的とする城壁であれば、それは当然の造りなのだが……いざ攻める側に回ってみれば面倒以外の何者でもない。丁寧に階段まで崩れているわけだし、手の出しようが無いとはこの事だろう。

 

 ――とは言え無視も出来ない。

 

 無視すれば再び背後から狙われる

 先ほどとは違い来る事が分かっているため多少は何とかなるかもしれないが……先の繰り返しになる可能性は高い。

 

 ――弓か投げナイフ、火炎壷で何とかなればいいのだが……

 

 遠距離手段で何とかするしかないと結論付け、狙撃手の数を確かめる意味も込めて城壁に足を進める。

 

 そうして城壁に出て塔を振り返り、そこでようやく気付いたのだが……この塔、普通に梯子が架けられていた。

 塔の上部に向かって伸びる金属製の梯子は、全体的に赤錆が目立つほど風雨に晒されている事が一目で分かるほどなのだが、力を込めてもビクともしないほどしっかりと備え付けられている。

 錆が手につきはするが、壊れかけている金属特有の脆さのようなものは感じられず未だにその機能を果たしている事が窺えた。

 

 ――……何故最初に気付かなかった。

 

 思わず溜息をついてしまうが、しかし気付けてよかったではないかと前向きに考える事にする。

 

 頭上からの攻撃に注意しながら出来るだけ音を立てないよう慎重に梯子を上り、少しだけ頭を出して塔の上の様子を窺う。

 するとそこにはクロスボウを構えた亡者が二体存在していた。

 その亡者の腰にはロングソードが差されているため、近接戦となった場合クロスボウからロングソードに持ち替えるのだろう。

 加えて俺は梯子の上だ。

 梯子はその構造上、登るにしても降りるにしても使用すれば確実に両手が塞がってしまう。つまり現在の俺は、盾を背中に背負う格好になっているため素早い防御は行えない。となると――

 

 ――速攻で行くか。

 

 呼吸を整えて梯子を蹴り一気に塔の上部に躍り出ると、その動きに合わせて黒騎士の剣を右手で引き抜き亡者を両断するつもりで全力で振り下ろす。

 黒騎士の剣は肉を断ち骨を砕く感触と共に亡者の体を走り抜け、イメージ道りに亡者を縦に両断した。

 重量のある黒騎士の剣を振り下ろした事でバランスを前に持っていかれるが、その勢いさえ利用して体を回転させて左手でアストラの直剣を引き抜きのろのろとこちらを振り向く亡者の首を刎ねる。

 

 念のために周囲を見回すが、動かなくなった亡者以外は何も無い。

 これでもう、背後を狙う狙撃手は消えたと思っていいだろう。

 そうなると、次はいよいよあの悪魔(デーモン)と戦う事になる。……のだが……しかしこれは――

 

 と、そこまで考え、狙撃手の居なくなった塔の上から俺の【血痕】が落ちている辺りを見下ろす。

 この塔から【血痕】が落ちている場所までの距離なのだが……実の所、あまり離れていない。だからと言って近いわけでもない。

 しかし城壁と塔の間の高低差はそこそこあり、まさに“狙撃しやすい”と言える絶妙な距離感と立体感を作り出している。

 

 ……その距離感はそれこそ、あの悪魔が城壁に躍り出るタイミングで全力でこの塔まで戻って梯子を昇り、逃げた(獲物)を悪魔が見上げると……無防備なその頭に攻撃を叩き込める程度には、様々な意味で“丁度良い”

 狙いやすくするためなのか、ご丁寧に城壁に接している塔の壁の一部が崩れている事もそれを行いやすいであろう事に拍車をかけている。

 

 ――やってみる価値はあるか。

 

 片手だけで振るっても鎧ごと亡者を両断した黒騎士の剣を、俺の体重を込めて両手で叩きつければ……いかな怪物といえども、頭を割る事が可能であるかもしれない。

 と言うより、割れて欲しい。

 城壁は狭く、怪物が仁王立ちすれば横に抜ける事はまず出来ない。

 それはつまり、横の動きでの回避運動は不可能と思って良いということだ。つまりやつの鈍器の一撃を後ろに回避し、速攻で切りかかるしかない。

 しかし体重を乗せていない一撃であれば筋肉の塊のようなやつの体を切り裂く事は難しい可能性が高く、しかし体重を乗せてしまえば次の回避が間に合わない。

 つまりは、正攻法を取ればじり貧か特攻の二択しかないのだ。

 どちらにしろ苦戦が必死であるのなら、無傷で生き残れる可能性がある方を選択したい。

 

 見晴らしの良い塔の上から【血痕】を目印にし、何度も何度も逃げるタイミングとルートをイメージする。

 

 ――影が差してからでは遅い。

 ――ただ逃げるだけでは追いつかれるかもしれない。

 

 やつの一撃の破壊力を考えるなら、梯子と塔の壁は耐えられないだろう。……つまり、チャンスは一度だけ。だが……ルートもタイミングも、イメージでは完璧だ。やつが俺の思い通りに動いてくれるのであれば、いけるはず。

 

 梯子を降りて城壁に足をつけると、緊張を吐き出すつもりで一度大きく深呼吸をする。

 軽く体を動かして緊張をほぐし……ゆっくりと、向こう側に歩き始めた。

 

 【血痕】に一歩近づく度に緊張が高まり集中力が増していく。

 城壁の向こう側の出口ではなく空を見るように塔の上を見続け、何が起こっても何時でも反応できるように目を凝らす。

 

 ……

 

 そしてあと少しで【血痕】に辿り着けるといったタイミングで……空に、黒い影が現れた――その瞬間、今まで歩いてきていた方に向かって地を蹴った。

 

 背を向けて走り出した背後の城壁で、凄まじい重量の何か(デーモン)が地面に着地した音と衝撃が響く。

 しかしそんな事には脇目も振らず、梯子を目指して城壁を駆ける。

 

 どすどすと巨大な足音としか表現できない衝撃と音が近づいてくるが……やはり俺は背後を振り返る事無く――狙いを定める事もせず、火炎壷を適当に背後に放った。

 

 壷が割れる音と共に化け物の呻き声が聞こえ、大地を揺るがす衝撃が止まる。

 狙いを定める事などなかったが、あの巨体とこの足場だ。攻撃を避ける事が出来ないのは、俺だけではない。

 

 やつがうめいている間に梯子を上り黒騎士の剣を両手で構え、必殺のタイミングを計る。

 

 巨体が走りこんで来ているであろう音が塔に近づいてくる。

 それに合わせ俺も塔の上をゆっくりと駆ける。

 そしてやつの足音が止んだ瞬間――――空に向かって、跳んだ。

 

 跳躍の寸前にやつの頭――特徴的な牛頭に狙いを定め、そこ目掛けて全力で剣を振り下ろす。

 

 ぐじゅり、と。

 肉と骨を砕く感触が腕に伝わり、断末魔の代わりにぬめった血肉を力づくで切り開いたかのような嫌な音が響く。

 頭をカチ割っているはずなのだが、未だに倒れぬ牛頭のデーモンから黒騎士の剣を引き抜きやつの体で踏ん張ると、腰で力を溜め、再度やつの頭に黒騎士の剣を振り下ろす。

 再度放った一撃は砕いた頭蓋の間からやつの頭を確実に砕き、命を叩き潰した感触をしっかりと伝えてくる。

 

 そしてその感覚が正しいのだというように、牛頭のデーモンはその体を光の粒子に変えながら、ゆっくりと体を倒していった。

 それと同時に膨大なソウルが体内に進入してくる。

 以前の不死院の時は感じる事ができなかったが、どうやらデーモンは死ぬとソウルとなって消滅するようだ。そうだとすれば、不死院の化け物が何時の間にか消滅していた事にも納得できる。

 

 俺が地面に降りた頃にはやつの体は完全に光の粒子となって消滅しており、道を塞ぐものは何一つなくなっていた。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 邪魔するものが居なくなった城壁の上を道沿いに進んでいく。

 

 その際に【血痕】に触れておくのも忘れない。

 

 ――――

 背中に矢を受けた俺はその衝撃で仰け反り、その隙を突かれて一撃でミンチになった。

 ――――

 

 ……十中八九そうなのだろうとは思っていたが、実際に自分の死に様を見るのは気分が良いものではない。

 飛び散る肉片や、四肢であったものがびちゃびちゃと音を立てて城壁の上に広がる様を見れば、繋がっているはずなのに思わず体を触ってしまう恐怖がある。

 

 

 塔の中に入り短い階段を下りる。

 すると、かなり立派な造りの城門……のようにも見える、橋が広がっている場所に辿り着いた。

 階段を下りてすぐ正面には小奇麗な扉があり、調べてみたのだが鍵がかかっており先に進む事はできない。

 

 そして立派な橋なのだが……何故かだか橋の手前部分が黒く焼け焦げていた。しかもかなり見難いのだが、橋の中央付近には炭化した人のようなモノまで転がっている始末だ。しかし付近に人を炭化させるような火力を持つものは存在せず、橋を守るように数体の亡者が存在しているだけ。

 ……かなり怪しいというか、絶対に何かある。

 

 そうなると残された道は、外に向かって伸びている橋の端だけなのだ。

 ……正直に言えば何かあるようには思えないが、こうなってしまえば消去法でそちらに進むしかない。

 

 そう結論付け、階段を下りて右側に進む。

 端であると言えしっかりと造られた装飾と見晴らしの良い景色、そして暖かな光を提供する太陽は篝火で休んでいる時のような安心感を与えてくれる。

 そしてこの場所には……特徴的な兜を被った、騎士のような人物が存在していた。

 

 以前の黒騎士のようにこちらに背を向けたまま立ち続けているが、その人物は何処か堂々とした雰囲気を醸しだしていた。

 逃げも隠れもしない、堂々と天空で輝く太陽。

 それがこの人物から受ける印象であった。

 

 だからなのだろうか。

 俺は黒騎士の時に、顔が見えていない人物には不用意に声をかけるべきではないと学んでいながら……そこに佇む騎士に向かって、何時の間にか声をかけていた。

 

「あんたは、亡者じゃない……のか?」

 

 俺の声に答えるように、騎士がこちらを振り返る。

 正面から見た事で改めて思ったが……騎士が被っている兜はバケツのような見た目であり、"兜”と言うよりは“鉄の防具”と呼んだ方がしっくりくる。

 胸の鎧には太陽を模したような特徴的な印が描かれており、この人物を見た時の印象と合わせて"太陽”のイメージが鮮烈に刻まれた。

 

「おお、貴公! どうやら亡者ではないらしいな」

「俺はアストラのソラール。見ての通り、太陽の信徒だ」

「不死となり、大王グウィンの生まれたこの地に俺自身の太陽を探しに来た!」

 

「――――」

 

 太陽のような雰囲気を持つ人物――アストラのソラールの言葉を聞いた俺は、正直に言えば呆気に取られた。

 俺自身がそうであるように……これまで出会った数多くの不死たち全てに言える事だが、不死とは己が望んでなれるものではない。……そもそも、なろうとしない。

 何せ不死とは一般的に言えば「忌避すべき化け物」なのだ。なりたいと思う人物は……ゼロでこそ無いだろうが、間違いなく少ないだろう。

 そしてその少数派の殆どは、何らかの理由で「人と関わるのが嫌」だと思っている人物のはずだ。関わりたくないから、関わってこない存在になりたい。理由にしたってその程度なのだと、俺は常にそう思っていた。

 しかしソラールは、不死となった事を何でもない事の様に語っている。

 むしろ"己の太陽を探す”と言う漠然とした目的ではあるが、不死になる事で目的に近づいたのだと誇らしげですらある口ぶりだ。そしてその熱の篭った口ぶりからは……己の太陽を探すという事が、彼が長年捜し求めてきた、所謂"夢”と言うやつなのだろうと何となく理解できた。

 

 まあ詰まる所何が言いたいのかといえば……俺はこのソラールと言う男の言葉を聞いて、呆気に取られたのと同じくらい衝撃を受けたのだ。

 

 ――純粋に夢を追い求めるその生き様の、なんて眩しいことなんだ、と。

 

「……変人だ、と思ったか? まあ、その通りだ」

 

 しかしソラールは俺の沈黙を変人に話しかけてしまった気まずさと受け取ったらしい。

 自嘲するように、照れたように言葉を繋ぐ。

 そんな言葉を聞きたかったわけではない俺としては、そんな事を言わせてしまうのは色々と心苦しい。

 

「いや、そんな事はない。むしろ尊敬できる」

 

「気を使わせてしまったか? 気にするな。皆同じ顔をする」

「ウワッハッハハ」

 

 そう言って豪快に笑ったソラールは、話は終わりだと言わんばかりに断崖の方を向いてしまう。

 ソラールの視線の先には雲に隠れた太陽が存在しており、この男が太陽を見続けていたのだとすぐに理解できた。

 

「違う、そうじゃないんだ。あんたは凄いやつだって、本当にそう思う」

 

「ふむ、そうか?」

 

「そうだ。俺は、あんたみたいにまっすぐなやつは見たことが無い。……正直、羨ましいとさえ思った」

 

 そう言って、少しだけ昔のことを思い出す。

 ロイドの騎士を目指していた頃の事を。

 祖母以外の全員に化け物を見る目を向けられ、自分の考える“ロイドの騎士”のと現実の“ロイドの騎士”が全くの別物であった事を。

 ……そして夢破れて不死牢に囚われ、そこから助け出してくれた名も知らぬアストラの騎士の最後の願いを聞き届けようと、騎士の真似事をしている現状を。

 己の夢など既に無く、しかし漫然と日々を過ごすのが嫌だからと恩人の頼みに縋って“英雄っぽく”しているだけ。己の夢を誇らしげに語る目の前の男とは雲泥の差だ。

 

 ――全く、何をやっているんだか。

 

 そんな俺の暗い雰囲気が伝わったのか、ソラールは再びこちらを振り向き……そして僅かに驚いたような声と共に口を開く。

 

「ウワッハッハハ」

「まさか、俺を羨ましいと言ってくれる男がいるとはな。貴公も、ずいぶんと変わり者のようだ」

 

 あえてなのだろうが、快活な笑い声を上げたソラールは俺を持ち上げてくれた。

 俺としても何時までもうじうじ悩んでいるわけには行かず、思考を切り替えてソラールの言葉に応える。

 

「……そうか?」

 

「そうだとも! 何せ貴公、あの厄介な“黒騎士”を屠るほどの武技の持ち主なのであろう? そんな男が、いったい俺の何処を羨むと言うのだ」

 

 ソラールが黒騎士の名を口にした事で、沈んでいた気持ちが完全に吹き飛ぶほど驚かされる。あの騎士は、もしかして有名なのだろうか?

 

「黒騎士を知っているのか? ……と言うか、倒したと分かるものなのか?」

 

「ウワハッハハッハハ! 変わり者と言うよりは愉快な男だな、貴公は」

「黒騎士の剣を堂々と背中に差しているなら、気付いて当然だろう? この地に試練として立ち塞がる黒き騎士。その実力は凄まじく、かつては混沌のデーモンとさえ対峙したらしい。……大王グウィンの時代には側近の騎士を勤めたなんて噂が流れるほどの、誰でも知ってる古強者だ」

 

 ……グウィンときたか。なんだか、想像してたよりもビッグネームだったな。

 というか――

 

「せっかくの戦利品を捨てるやつはいないだろ? それが重くても、強敵の持ち物ならなおさらだ」

 

「それこそ、記念にするだけなら、持ち運ばずとも自分のソウルにでも収納すればいいではないか」

 

「…………ソウルに、収納?」

 

「……うん? 俺は、何かおかしな事を言ったか?」

 

 ソウルに収納?

 何のことなのだろうか、まったく分からない。

 

「ソウルに収納、と言う言葉を聞いた事が無かったのでな。おかしかったと言うよりは、分からなかったんだ」

 

 その事を伝えると、ソラールは恐る恐るといった感じで言葉を発する。

 

「武具をソウルに収納できる事を知らない? ……まさかとは思うが、貴公……この地に来て短いのか?」

 

「……時間の感覚が曖昧だからはっきりした事は言えないが、この地で一晩は過ごしていない……はずだ」

 

「……驚いた。ソウルについての基礎も知らぬ内から黒騎士を屠るとは……」

 

「一人で納得していないで、教えてくれると助かるんだが……」

 

「ああ、すまない。……とは言え、別に難しい話ではない。武具をソウルに分解し、己のソウルとして持ち運ぶ事ができると、一言で言えばそれだけだ。貴公の場合は、口で説明するよりも見せた方が早いかもしれん」

 

 そう言ったソラールは腰に差したロングソードを抜き放つ。

 ソラールの持つロングソードは、アストラの直剣のように祝福が施されているわけではないようだが、一目で分かる程度には質が良く、また良く手入れされているようだ。

 アストラの直剣を始めてみた時にも感じた事だが、その剣は騎士が使う長年の相棒と呼ぶに相応しい雰囲気を醸しだしている。

 

 ソラールの持つ剣にそんな感想を抱きながら剣を眺めていると……次の瞬間、剣が光の粒子となってソラールの腕に吸い込まれていった。

 それは正に“剣をソウルにして取り込んだ”と言える技術であった。

 

 そして今度は先ほどとは逆にソウルが体から立ち昇ると、蛇のように腕を這ってソラールの手の周りに集中していく。

 そのソウルはすぐに剣の形を取り、先ほどと変わらないロングソードとなってソラールの手に収まった。

 

「これがソウルに武具を収納する技だ。ソウルの扱いがよっぽど下手じゃない限り、不死人なら誰でも使える……筈だ」

 

「…………」

 

 先ほどソラールが行った技のイメージは“武器”のソウルを取り込んでいるといった所だろうか。

 そして取り込んだソウルをそのまま“武器”として呼び出し、固定して使用している。

 理屈は分からないが、おそらくだがこれはソウルの扱いに長け、ソウルを吸い取る優先権の高い“不死人”だからこそ可能であろう技なのだろう。

 もしこれを不死人でない者が行えば何時か上限に……許容量に触れてしまうはずだ。

 

 そんな風に適当に当たりをつけ、失敗してもいいように思い入れの少ないバトルアクスを練習代に選択する。

 そして俺は、バトルアクスのソウルを取り込んだ。

 

 するとバトルアクスは光の粒となって体に取り込まれる。

 ここまでは簡単。問題は、次の工程が出来るかどうかだ。

 ソウルを誰かに手渡す時の要領で“バトルアクス”を己の中から浮上させる。

 すると光の粒子となって体に取り込まれたはずのバトルアクスは、光の粒が集まる事でバトルアクスの形を取った。

 ずっしりと手にかかる重さと鈍い光沢は、正真正銘先ほどまで持っていたバトルアクスである。

 

 ――なるほど、これは便利だ。

 

 投げナイフや火炎壷などの投擲武器は、隙を見て投げるような接戦ではこれまで通りの使い方しかできないが、その事を気にしなくて良い時であれば戦いの幅がかなり広がる。

 補給に篝火まで戻らなくても良いのも大きい。

 最も効果を発揮するのは弓だろう。

 相手に矢の本数を気取られないのであれば、その隙を突いてのやり取りで容易く嵌める事も可能だ。

 何より、残りの弓の本数を殆ど気にしなくてもよいのは大きい。

 

「なるほど、便利だな。これなら物を捨てる必要はなさそうだ」

 

 同時に、あの商人に不要な物を掴まされた、とも思った。

 皆が持っていたから安いのではなく「誰も必要としない」から安かったのだ。

 まあ、学ばせてもらったと思うことにしよう。

 

「思ったとおりだが、驚かせてくれるな! まさか一度見ただけで完全にものにするとは思わなかったぞ」

 

「教え方が良かったんだろう。しかし助かったよ。これでかなり戦いの幅が広がりそうだ」

 

 この技があれば、この地を進む事が格段に楽になるだろうな、と。そんな事を考えながら先の事を想像していると、不意にソラールが言葉を発し――

 

「……貴公、もし良ければなのだが、世界が重なっている今のうちに、共に竜に挑んでくれぬか?」

 

 ――そして、俺の思考が停止した。

 

「……竜? 竜だと?」

 

「まあ、竜と言っても飛竜だがな。もしかすれば貴公も見ているのかもしれないが、この場所の近くには馬鹿でかい飛竜が現れるのだ。しかも間の悪い事に、その飛竜は俺が信仰している祭壇への道を塞いでしまっていてな。いい加減、お互いに決着を、と思っていたのだが……黒騎士を倒した貴公が居れば心強い」

 

「……心強いと言ってくれるのは素直に嬉しいが、飛竜とは言え竜は竜。俺は竜に通じるような遠距離手段は持っていないぞ?」

 

 それこそ、飛ばれたら終わりだ。

 じわじわか一瞬かの違いはあるだろうが、ブレスで焼き殺されるだけだろう。

 

「それは俺が持っているから問題ない。……多分だが、俺一人でも何とかできるとは思う。だが俺は……共に戦ってくれる仲間が欲しいんだ」

「本当は一人で挑む勇気が湧くまで、太陽を眺めているつもりだったのだが……俺を羨ましいと言ってくれた貴公は、まるで勇気の無い俺の背中を押してくれる友のようだった。そんな友と一緒であれば、竜にも挑める気がする」

 

「…………」

 

 その言葉を聞いた俺は、確かに嬉しかったが……それと同じぐらい、馬鹿馬鹿しい話だと思った。

 飛竜とは言え、竜は竜。かつて世界を支配した、力持つ偉大な一族の末裔である事に変わりは無い。

 少し前に見かけた巨大な飛竜など、力の化身と呼ぶに相応しい威圧感を備えていた。

 空を飛べる飛べない以前の話として、生物としての格が違いすぎる。戦う前から諦めてしまう何かがあるのだ。

 しかし……この男は――ソラールは、飛竜に挑むと言う。

 伝説に語られる【竜狩り】を、単身で為そうと言うのだ。それも、信仰している祭壇に行きたいなどという理由で。

 

 普通に考えれば唯のバカだと思うだろう。

 話だけ聞けば、俺だって鼻で笑ったかもしれない。

 しかしこの男なら――ソラールならやれるのではないかと、そう思っている自分が居た。この男は勝算の無い戦いに挑むような男ではないと……少なくとも、友と呼ぶ者をそんな戦いに巻き込んだりはしないだろうと、そう思わせる何かがあった。

 それが人徳と呼ばれるものなのか、或いは単に気が合っただけかは分からないが――

 

 ――こんな場所でこんな風に思える男にこうして出会えた幸運に感謝し、無謀だと思える事に付き合うのも……たまには、良いのかもしれない。

 

「……伝説に語られる【竜狩り】を己で為すのも、有りかもな」

 

「では!」

 

「……挑んでみるか。祭壇を塞いでいる飛竜に」

 

「貴公ならそう言ってくれると思ったぞ!」

 

「だが、何で挑むつもりだ? 飛竜とは言え竜は竜。並みの武具など無いに等しく、普通の弓矢では幾ら撃っても意味が無いぞ?」

 

 俺のその言葉を聞いたソラールは豪快に笑った。

 そして得意な事を自慢する子どものように、タリスマンを握り締めた手を天に掲げる。

 

「最初に言っただろう? 俺は太陽の信徒、アストラのソラールだ」

 

 手に持ったタリスマンがばちばちと音を立て、雷を纏って発光を始める。

 そして雷は帯電する音と共に小さな槍の形を取った。

 その形状は、伝説で語られるグウィン王の雷の槍その物であり――

 

「ヌゥン!」

 

 気合と共に槍を投げるように、ソラールは雷の槍を()擲|()した。

 ぎゃしゅん、と空気が焼き切れ裂けるような鋭い音が耳に残り、投擲された雷の槍は一瞬で視界から消え失せる。

 目にも留まらぬ神速、空気を焼き切るような圧倒的な破壊力、そして目を奪い魂を魅了するその輝き。そう、つまりそれは―ー

 

「ウワッハハッハッハハ! どうだ? これが太陽の信徒が用いる奇跡【雷の槍】だ」

 

 ――神と呼ばれる者が用いた、正真正銘の竜殺しの武器()であった。

 

 

 

 

 

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