不死の騎士   作:赤蜘蛛

7 / 10
主人公が失ったもの
自分の名前

前回ソラールは自分の名前を挨拶代わりに口にしたが、その際主人公は自分の名前を名乗らなかったため何となく察して主人公に名前を聞いていない。しかし主人公はその事に気付けていない。

こんな感じでお願いします。


城下不死街・太陽の祭壇 ~飛竜討伐・太陽の誓約~

「いいか、ソラール? 作戦は簡単だ。まずは俺が橋の上で騒いで飛竜を誘き出す。俺はその時に橋の中央にある階段か壁の影にでも逃げ込むから、ソラールは飛竜に雷の槍を食らわせてやれば良い。一撃でダメなら、前衛は勤めるから二射三射と準備しておいてくれ」

 

 作戦は簡単である。

 要は俺が囮になって飛竜を誘き寄せ、そこにソラールの雷の槍をぶつけるだけだ。

 ソラールの話では飛竜はこの橋を縄張りにしているらしく、橋の中央右側には下水の整理区画に繋がる階段があるらしい。

 飛竜のブレスを防ぐ事のできる盾を持っていないためどうするかと考えはしたが、よく考えてみれば、この橋は橋が焦げるほどに飛竜のブレスを受けても崩れていない。だからこそ橋を盾にすればブレスはやりすごせるのではないか? と当たりをつけた。……根拠などその程度なのだが、怪物に挑むのだから根拠があるだけで十分だ。

 

「分かりやすい作戦だとは思うが、本当にこんなものでいいのか?」

 

 俺の作戦を聞いたソラールは疑問の声を上げる。

 まあ、その疑問はある意味当然だ。

 俺の知識自体獣を狩るためのものだし、竜の生態を知っているわけでもない。……まあ竜を狩る知識がある者など、それこそ伝説に謳われる存在だけであろうが。

 

「分からん。何も考えずに挑むよりはまし、程度に思ってくれ。そもそも基本的にソラールの雷の槍頼みだから、それ以外は小細工にしかならないからな」

 

 それにそもそも、どのような策を巡らそうが、結局の所は小細工に過ぎない。怪物の命に届くであろう決定打を持つのはソラールのみなのだ。

 俺は、それをサポートすることしか出来ない。

 

 そんな俺の心情を察したのか、ソラールは無言で頷きそれ以上何かを口にする事はない。

 

 そのまま、お互い無言のまま橋に向かい足を止める。

 一度ソラールの方を見て頷くと……俺は橋に向かって足を進めた。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 太陽の戦士ソラールと……騎士が橋を少しだけ進んだ時だったのだろうか。

 彼らの背中越しの上空で、何か巨大なものが羽ばたく音が響き渡った。

 

 空を打つ巨大な羽ばたきは力強く、人が忘れかけている原初的な恐怖を呼び起こす威圧感を備えている。ただ天空を駆けるだけで有象無象は恐れ戦き、強者はそれを落とそうと思いを馳せる。

 それはかつてこの世界を支配していた最強種であり、敗北してなおこの世界に名を残す正真正銘の超越種。その末裔たる空の支配者――

 

 ――飛竜と、そう呼ばれ恐れられる怪物であった。

 

 

 弱者を威圧する咆哮すらなく、天を駆ける怪物が己のテリトリーに侵入した愚か者に裁きを下すために口を開き――――燃え盛る炎さえ霞む業火が怪物の口から放たれ遮蔽物の無い橋の上を焼き尽くしてゆく。

 

 その炎に触れてしまった、橋の中央で申し訳程度に盾を構えていた亡者が構えた鋼鉄の盾ごと燃えてゆく。既に黒く炭化した死体が更なる業火によって焼かれ、形を残す事が出来なくなり灰へと変わる。しかし――

 

 

 ――ソラールと騎士は、思考を奪われた亡者たちと同じ運命を辿る事はなかった。

 

 

 いち早く飛竜に反応した騎士はソラールに声をかけ、飛竜を挑発するかのように橋の中央に向かって大地を駆ける。

 普通であれば命を散らすだけであるその行為は、常人からかけ離れた騎士の脚力を持ってすれば十分に挑発として機能した。

 

 地を駆ける獣のような速度での疾走は速度を落とす事無く亡者の脇を抜ける事を可能とし、飛竜の炎が騎士に到達するよりも僅かに早く橋の中央に存在する階段へと到達する。

 騎士はなりふり構わず頭を庇った姿勢で階段へと飛び込み、どすどすと体を階段に打ち付けたような音を立てながら階段を落下していく。そして逃げ込んだ騎士以外の全てを燃やし尽くした飛竜の炎はしばらくの間橋の上を焼き続けた。

 

 その炎を吹き付けた存在である飛竜はと言うと、橋の終着点――つまりはソラールが目指している祭壇が存在する建物――に乗ると天を覆うような巨大な翼を閉じ、騎士が逃げ込んだ階段に視線を落としていた。

 

 その行為自体、飛竜からすれば己の炎から逃げ切った愚か者が再び顔を出せば焼き尽くしてやろうと、その程度の認識から来る単なる確認行為に過ぎない。

 しかし、それ故に他が疎かになる。飛竜が見ているのは間違いなく下であり、己を射落とす武器を持つ狩人ではなく、剣しか持たぬ騎士なのだ。そう、それは一言で表現してしまえば――

 

「ヌゥンッ!!

 

 ――油断なのだ。

 

 

 気合の声と共に放たれた、城壁から飛竜に向かって走る一条の光の軌跡は、かつて世界の支配者を打ち破った神の槍。

 それは竜が苦手とし、神が得意とした太陽の力の具現。

 雷の槍と。そう呼ばれる奇跡が飛竜の巨体に突き刺さった。

 

「―――――――ッッ!!!」

 

 かつての支配者(彼ら)を打ち破ったその力を受けて、それでもみっともなく悲鳴を上げないのは強者としての矜持なのか。

 

 脅威たり得ない騎士の存在を即座に捨て置き、飛竜は己の命に届き得る得物を持つ存在を探すためその視線を城壁へと向ける。

 それと同時に橋の上に降り立ち、巨大な鉤爪で大地をしっかりと掴みながらゆっくりと歩を進めた。

 

 

 飛竜に雷の槍を放った存在――ソラールは、既に城壁の影に隠れてしまっている。故に飛竜がその業火を彼に届かせることは不可能だ。

 しかし、その条件はソラールとて同じ事。

 神速と必殺の威力を併せ持つ雷の槍ではあるが、何処まで行っても飛び道具の域は出ないのだ。遮蔽物に隠れた見えない相手は狙えないし、適当に放れば勝手に当たってくれるような追尾性とて存在しない。雷の“槍”の名の通り、この奇跡は一直線に進む事しかできないのだから。

 

 しかし同じ条件であるから戦況が互角といえば、そんな事は無いとしか言えないのが事実である。

 ソラールは鍛えられた肉体と強い信仰を持つ優れた戦士であるのは間違いないのだが、彼が相対する相手は巨体を誇る怪物だ。

 出来れば必殺をと願った先制の一撃を受けても倒れないその耐久力は、ソラールのそれとでは比べる意味も無いほど明瞭。雷の槍が飛竜の肉体を貫くと同時に、ソラールは飛竜の業火に焼かれる事が確約されたようなこの状況では……どちらが先に死ぬのかなど、考える必要すらない。つまりこの状況、既に勝敗は決まっているようなものなのだ。そう――

 

「っァアッッ!!」

 

 ――捨て置いたはずの騎士の剣にまで雷の力が宿っていなければ。

 

 

 先ほどまでは何の変哲も無かった騎士の武器に、何故雷が宿っているのか?

 

 その答えは、別段難しい事ではない。

 彼は持っていた黒騎士の剣に、民家で見つけた黄金松脂をたっぷりと塗り込んだだけなのだ。しかし、確かにそれだけの行いではあるがその結果は馬鹿には出来ない。

 

 竜を殺すのは雷だと神代の時代から決まっている。いるのだが……人の手に余る竜を殺すための、雷と呼ばれる存在もまた――人の手に余ると言う矛盾を抱えている。

 しかし騎士が用いた黄金松脂と呼ばれるものは、人が扱える「雷」の数少ない例外の一つだ。黄金に輝く松脂は雷の力を帯びており、武器に塗りこむ事で本当に一時的ではあるものの武器に雷の力を纏わせる事を可能にする。

 そして何度も言うが……竜を殺すのは、雷だ。

 ソラールが振るう奇跡【雷の槍】程の効果は期待できないが、そんな物を持たぬ常人が振るうのであればこれ以上の対竜装備は期待できない。

 

 

 何時の間にかとしか言えない間に階段を駆け上がっていた騎士は気合と共に黒き刃を振り下ろす。ばちばちと帯電する肉厚の刀身を、騎士は己の全体重と最大の腕力で持ってたたきつける。

 牛頭のデーモンの頭を潰して勝敗を決定付けたその一撃に雷の力が上乗せされ、飛竜の足の肉を深く切り裂き、噴き出した鮮血を蒸発させ肉を焼く。しかしそれでも、巨大な飛竜の足を断ち切る事はできず肉の半ばで刃が止まってしまう。だがそれでも、雷を纏った刀身は確実に飛竜の血肉と魂を焼いていた。

 

 飛竜にとって帯電する刀身は猛毒を塗られた一撃を受けたに等しい。強力ではあるが実体がない故に一度耐えれば消滅してしまう雷の槍とは違い、己の肉体の中に残り続ける猛毒()は確実に命を削ってゆく。

 

 ――しかし、だからなんだと言うのか。

 

 そもそも、その程度で討てるのならば飛竜は何処かの誰かが討っている。

 思い思い万全の準備を尽くした多くの強者が挑んで、それでも尚健在であるが故に竜は怪物と呼ばれるのだ。たかが刃の一撃、たかが槍の一撃……少量の雷を受けて倒れるようであれば、そもそもこの飛竜はここには存在しない。

 

 

 騎士の一撃を受けた足を、飛竜は全力で地面に叩きつけた。

 その衝撃で傷口から吹き出すように鮮血が舞い、しっかりとした造りの巨大な橋が揺れる。

 そんな、地面を揺らすほどの凄まじい衝撃を受けた騎士は勢い良く地面を転がった。その際橋から落ちなかったのは偶然であり、黒騎士の剣を手放さなかった執念だった。

 しかし、それまで。

 偶然だろうが執念だろうが、地面に転がってしまった事に違いは無い。騎士が立ち上がるよりも早く飛竜は漏れ出した業火で赤熱する口を開き――

 

「ヌンッ!」

 

 ――その行動を、雷の槍によって中断させられた。

 

 凄まじい精度で飛竜の顔面に直撃した雷の槍は飛竜に一瞬の怯みを生み、その一瞬で地面を転がった騎士は飛竜の射線上から逃げ切る事に成功する。

 しかし炎の奔流は熱風のみで騎士を焼き、騎士が想像していた以上のダメージを与えた。

 騎士が愛用していた質素な服は燃え、亡者のように全裸に近い格好になる。黒騎士の剣を固定していた簡素な鞘も燃え、腰に備えていた火炎壷を取り落とす。そして当然、騎士自身も全身に火傷を負った。それでも反射的に目と肺を焼かれぬよう瞼を力強く閉じ、呼吸を止めたのは天才的としか言えない生存本能のなせる業なのか。

 

 通常の人間であればこの時点で生きていようがいまいが終わりだが、騎士は常人ではない。服が燃えた事で取り落とした橙色の瓶を――エスト瓶と呼ばれるそれを、引き攣った腕の皮膚と筋肉を無理やりに動かして口に運ぶ。

 

 

 瞬間、先ほど受けた攻撃を巻き戻すように騎士の体が元に戻っていく。

 火傷で爛れていた皮膚は健康な色を取り戻し、風が吹くだけで痛んでいた痛覚が正常に戻る。服こそ元に戻りはしなかったが、僅か一瞬で肉体自体は十分に戦闘を行える状態へと戻っていた。

 ……見るに耐えない肉体のダメージが巻き戻っていくその様は、人が「化け物」と呼ぶに相応しい異常であったが、この地(ロードラン)にそれを指摘する存在など誰も居ない。

 

 

 そして、彼が持つ得物は黒騎士の剣。

 炎に強い耐性を持つ黒き騎士の武器は、飛竜の業火を受けているはずだが武器としての鋭さは僅かも衰えていない。

 黒騎士の武器が何故あれ程の炎を受けても武器としての形を崩さなかったのかを、騎士は知らない。それは騎士がこの先巡礼を続け、彼らの由来を辿っていく事で納得の行く理由を知る事になるのだが……その様な事、この局面では何の関係も無い。

 大切なのは「騎士が執念で手放さなかった剣がまだ飛竜に通用する」と、その一点のみ。

 

 

 異常としか言えない速度で回復し、十全に動くようになった体を動かし騎士は再び刃を振るう。

 先ほどの経験を生かし、深く切り込むのではなく確実に肉を裂き出血を強いるように少しだけ浅く斬るように剣を振り下ろす。

 そして騎士が動くと同時にソラールが放った雷の槍も飛竜の体に突き刺さった。

 突き刺し貫くような外見上のダメージこそ無いように見えるが、猛毒のように飛竜を蝕む雷の一撃は騎士の一撃以上のダメージを確実に蓄積させている。

 

 

 だが、飛竜は倒れない。

 

 

 肉は切られているし、ダメージも蓄積している。

 しかしそれでも、飛竜の肉体からすればそれは微々たる物なのだ。

 どれだけ効果的な猛毒であろうと、飛竜を打ち倒すにはまだ幾らか手数が足りない。ならばと。ソラールは騎士の奮闘を視界に納めながら四射目を構え、今正に投擲しようとしたした時――飛竜が飛んだ。

 

 飛竜はその巨大な翼で空を覆い、一度の羽ばたきで大地から離れる。

 それはつまり……飛竜の足に隠れていた騎士が丸見えになったという事。加えてここは遮蔽物の無い橋の上、今から逃げようとしても間に合わない。

 故、騎士は更に攻める事を選択した。

 先ほどソラールから教わったばかりの技術――ソウルから武器を取り出す――を用い、左手にバトルアクスを出現させ、握り締める。そして、飛竜の翼――より正確に言えばその膜――に向かって生き残る望みを託して全力で投擲した。

 騎士が放ったそれは、直撃すれば人間の頭程度であれば砕く勢いではあるが、所詮はバトルアクスだ。加えて相手が悪い。比較的薄い部位を狙ったとは言えその翼を持つのは飛竜でありる。僅かな望みを託して投擲したバトルアクスは、翼を切り裂く事はできずに僅かな傷を残すだけに留まった。

 だが――

 

 ぎゃしゅん

 

 ――ソラールの雷の槍は、そう容易くは無い。

 

 空気を焼くような音と共に、神速で飛来した雷の槍に飛竜の翼が貫かれる。

 翼の膜に開いたのは小さな穴だが、それを為したのは竜と最も相性の悪い(良い)雷だ。小さな穴から真っ赤な鮮血が吹き出し、槍の威力を物語るようにバチバチと発光する雷が飛竜の翼を焼いてゆく。

 

 片翼を焼かれ飛ぶ力を失った飛竜は轟音と共に大地に戻り、己の重量を支えたために体を沈みこませながら動きを硬直させる。そしてそれは“比較的”と言う言葉が前にに付くが――攻撃的な棘に覆われていない腹を、刃が届く範囲に晒してしまったという事でもあった。

 

 それは怪物が初めて晒した確かな隙であり、騎士にとっての必殺を狙える瞬間に他ならない。

 

 揺れる橋の上であるため地に伏せてしまうのが普通でありながら、騎士は驚異的なバランス感覚でその揺れをねじ伏せる。

 揺れる大地の中を何でもないように高速で駆け、その勢いのままに飛竜の胸に飛びつき――帯電する黒騎士の剣を深々と突き刺した。

 しかし騎士の追撃はそれでは終わらない。

 全体重を込めた突進で深々と突き刺してた刃に両手で捕まっている状態の騎士は器用に体を動かし、足が地面についていない状態であるにもかかわらず、レバーを引くように飛竜の胸を縦に切り裂き……切り開いた傷口に向かって再び剣を突き入れた。

 

「――■■■■■■■■ッッ!!!!」

 

 胸を一文字に切り裂かれた事で大量の血がぼたぼたと滴り落ちて橋を濡らし、濡れていった端からソウルの霧に変化して宙に消えてゆく。器に穴が開いたと表現できるほどの勢いで飛竜は強大な命を零していき、胸を抉られた痛みで悲痛な咆哮を上げる。加えて飛竜の胸に突き立てられた雷を纏った剣もが確実に飛竜の命を削っていた。だが――

 

 ――借り物の力は、所詮借り物の力でしかない。

 

 

 ――後僅かで飛竜の命に届く。

 

 突き立てた刃が飛竜の命に届いていると確かな手ごたえを感じた騎士だったが、しかしその手ごたえは次の瞬間に霧散する。

 ばちばちと帯電していた雷は消滅し、騎士が握っていた竜殺しの剣は唯の大剣へと巻き戻る。深々と差し込まれた刃は致命傷に近い部分まで届いているが、雷の力を失ったそれは飛竜にとってはいささか温い。

 

 既に脅威ではなくなった刃を捨て置いた飛竜は、己が狙うべき狩人の優先順位を変更する。

 

 ――つまり、まずはちょろちょろと動き回る騎士を狙うと。

 

 

 残った方羽で暴風のような羽ばたきを起こして騎士を吹き飛ばし大地に縫い付け、同時に距離を取るように後方に飛ぶ。そして飛竜は胸を隠すように地面に伏せ、これまでの痛みを吐き出すように橋全体を薙ぎ払う業火を吹き出した。

 

 辛うじて形が残っていた亡者たちが身につけていた鉄製の武具はぐにゃりと形を変えて溶け出し、凄まじい勢いで迫る熱風は灰になった亡者であった存在を宙に吹き飛ばして消滅させる。

 

 そんな絶望的な炎が迫りながら、しかし騎士は冷静であった。

 騎士は前もってソラールと話し合っていた通り、飛び込むように素早く地面を転がって炎が届かぬ橋の影に隠れる。そして――

 

 ――騎士の回避運動に合わせる様に飛来した雷の槍が、飛竜の業火を切り裂いた。

 

 炎と雷が交差し、しかしお互いがお互いを打ち消す事無く互いの目標に到達する。

 飛竜の放った業火は橋の上に存在した全てを燃やし尽くして地獄を作り出し……ソラールの放った雷の槍は、騎士が残した黒騎士の剣に突き刺さった。

 

「――■■■■■■■■ッッ…………」

 

 深々と穿たれた黒騎士の剣を通した雷が飛竜の体内を蹂躙し、僅かに残った命を完全に焼き尽くした。

 最期に断末魔のような咆哮を上げた飛竜は、体の端をソウルに変化させながら消滅していき……その巨体を大地に横たえる事すらなく、この世界から姿を消した。――一振りの、短い直剣だけを残して。

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

「おい、生きているか?!」

 

 がしゃがしゃと鎧を鳴らしながら、俺を呼んでいるソラールの声が聞こえる。俺としても生きていると返事をしたいところなのだが……最期に飛竜が放ったブレスが予想以上の火力であり、喉が焼きついて上手く声が出せない。呼吸をするだけで体が内側から痛み、のた打ち回りたい程の激痛を与えてくる。しかしそれを行うための体すら火傷で酷い事になっており、体を動かすだけでやはり激痛が走る。

 ……だからソラールの返事に答える事なく、エスト瓶を口元に近づける事が俺に出来る精一杯であった。こんなみっともない姿を他人に見せたくないと、そんな子どものような意地が俺の体を動かしていた。

 

「!! ……大丈夫そうだな。まったく、返事くらいしてくれ」

 

 どうやら、肉体の回復は間に合ったらしい。無様を見せずに済んだようだ。

 

「大声を出せないぐらい疲れてるからな、そこは察してくれ」

 

「なるほど、察しが悪くていかんな、俺は。だが、貴公のおかげで予想以上に楽に片がついたのだ。心配して当然だろう?」

 

「…………そう、かもな……だが本当に、俺たちはやったんだな。正直、少し実感がない」

 

「ウワッハハッハハ」

「あれだけの動きをしておいて、実感がないとはおかしな事を言う。貴公の武技、正しく俺が出会った中で最高のものよ!」

「素早い身のこなしも、期を逃さぬ眼力も、確実に喉元に喰らいつく力と執念も! 遠目で見ている俺ですら驚かされたぞ! 黒騎士を屠ったというのも納得できる」

 

 そう言い、ソラールは俺に肩を貸して立ち上がらせてくれる。

 鍛え込んでいる俺の肉体は軽くはないはずだが、それでも簡単に立ち上がらせてしまうのだからソラールも大概だとは思うが。

 

「疲れただろうが、太陽の祭壇には篝火がある。そこまで行けば危険はないから、そこまでは我慢してくれ」

 

「ああ、悪いな」

 

「水臭い事を言うな、俺たちは“友”だろう?」

 

「――……そうだな。なら“頼む”ぞ、ソラール」

 

「ウワッハハッハ」

「“任された”ぞ、友よ」

 

 不死院に叩き込まれてから、もうする事がないと思っていたやり取りをソラールと行う。

 自分に出来ない事を誰かに頼み、任せる。

 そんな、当たり前である人間としての繋がりを、俺はソラールとのやり取りの中に感じていた。

 

 

 ……

 …………

 

 

「これは……? ……ッ!!」

 

 橋の中央を越え、飛竜が消滅した場所に辿り着くと不意にソラールが疑問の声を上げた。そしてすぐさま息を呑み、驚きに体を硬くした事が肩を通して伝わってくる。

 

「……どうした?」

 

「いや……貴公の黒騎士の剣の他に、もう一本剣があるようでな」

 

「何?」

 

 ソラールの言葉が気になり、疲れで重くなったため閉じていた瞼を開いて世界を見る。

 すると確かに、俺が飛竜に深々と突き刺した黒騎士の剣の他にもう一本の剣が堂々とした存在感を放っていた。

 

 その剣の刀身は標準的な直剣であるロングソードよりも短く、その半分ほどの長さしかないように見える。俗に言うショートソードよりもさらに短いように見える刀身は、いっその事大型の短剣と評した方がしっくり来るかもしれない。

 金属特有の光沢は存在していないが、鈍く光を反射しているそれは磨いていない鉱石のような印象を与えてくる。

 しかし……何よりも印象的なのは、その力強さだ。

 先ほど語ったように長さ自体は短剣を一回り大きくしたような大きさなのだが、隠し切れない威圧感が剣の内側から漂っていた。その威圧感をどの様に表現すれば良いのかは分からないが……何と言うか、人が触れてはいけない、言葉に出来ない神秘が剣の形を取ったかのような、そんな印象を受ける。

 

「……すごいな、これは」

 

 小さな剣に目を奪われていた俺は、そう口にするのがやっとであった。

 そう、この剣はすごい。

 これ以上の言葉が出てこない。

 人が技を持って鍛え上げた“業物”ではこの剣の領域には辿り着く事ができないだろう。鍛える事とは対極に位置する原始的な“力”その物がこの剣なのだろうから。

 故に凄いと、それだけ理解できれば良いのだ。

 これ以上の言葉はこの剣を貶める不必要な装飾でしかないのだから。

 

「……俺は、この剣は貴公が持つべきだと思う」

 

 そんな事を考えながら剣に見とれていた俺に、ソラールは少し考えるような間を置きそんな言葉を発した。

 そして俺は、この剣の凄さが理解できているからこそ、ソラールの言葉に驚かされる。欲しいと口にするなら分かるが、譲ると言うのは意味が分からない。

 

「理由を聞いてもいいか?」

 

「……俺には、この剣が飛竜に見えて驚いたんだ」

 

「……飛竜に?」

 

「ああ。驚いたと言えば聞こえは良いが……要するに、俺は臆したんだ。一目見た時に“凄い”とは思えなかった」

 

「……」

 

「だから、これは貴公が使ってくれ。この剣も……己を恐れた者に使われるよりは、己を凄いと思った者に使われたいだろう」

 

「お前は……本当に、自分に正直なやつだな」

 

「ウワッハハ」

「それが取り柄だからな」

 

 これを自分以外の誰かに贈り物として渡せば友好な関係を簡単に築く事だって出来ただろう。物々交換の材料になったかもしれない。普通にソウルで売り出したとしても、この剣であれば買い手に困る事もないはずだ。

 

 それでも、ソラールはこの剣は俺が持つべきだと言った。

 俺がこの剣を一目見たときに凄いと思ったから、この剣の持ち主に相応しいと、本気でそう思ってそれを口にしたのだ。

 打算も何もないそれは、誰にだって出来る事ではない。

 しかもこの剣の生みの親が、ソラールの印象通り“飛竜”であるかも知れないならなおさらだ。竜に属する存在は、唯それだけで計り知れない程の価値になるのだから。

 

「……ソラールがそう言うなら、その言葉に甘えよう」

 

 そう言い黒騎士の剣を己の内にしまいこむ。そして、もう一本の剣も。

 

 剣に触れた瞬間に俺が感じたのは、問答無用で本能に訴えかけてくる圧倒的な力。そして長きを生きた事を感じさせる力強い生命力であった。

 姿形は変わってしまったが、先ほど対峙した恐るべき飛竜の存在がこの剣に感じられた。長さに見合わぬ重量感がずっしりと腕にかかり、この剣が生きているのだと伝えてくれる。

 己のソウルに取り込んでも脈打つように感じられるその力強さは、俺の脳裏に神話で語られる伝説の朽ちぬ“古竜”の存在を思い起こさせた。

 

「やはり、これは凄いな。これ程のものを譲ってくれて感謝するぞ、ソラール」

 

「俺が言い出したことだし、そう気にするな。それに、前衛で命を張ってくれたのは貴公だからな!」

 

「はは、確かにそうかもな」

 

「そういうことだ」

「ウワッハハッハ」

 

 俺たちはお互いに笑い合い、ソラールの肩を借りながらすぐそこに見えている篝火へと足を進めた。

 

 ……

 ………… 

 

「ここが太陽の祭壇か……」

 

 篝火で休みながら炎で照らされた周囲を確認する。

 とは言え、この祭壇自体はそう広くはない。

 篝火のすぐ近くには座り込み、休んでいる俺たちを見下ろすように女神像が存在しており、何となく誰かに見守られているような気分になってくる優しい雰囲気が満ちている場所であるのだが……逆に言えば、それだけしかない。

 女神像と篝火以外は、閉じられた扉とそれを開くためのレバーがあるだけだ。

 

 そんな風に思っていると、快活に笑いながらソラールが口を開く。

 

「いや、ここは祭壇じゃない。本物の祭壇はあっちだ」

 

 もう大丈夫なら案内するが? と。そんな言葉を続けた。

 どうやら気を使わせたようだが、休息は十分に取れたため何の問題もない。

 

「ああ、頼む」

 

「では行くか。貴公ほどの男であれば、太陽の信徒になる事も出来るだろうしな」

 

 

 

 

 ソラールに案内されたそこは、打ち壊され苔生した石像が僅かな緑の中に存在する不思議な場所であった。それ以外は何も無く、祭壇らしさは殆どない。

 しかしそれでも……打ち壊され、苔生しているはずの石像であるにも拘らず、言葉に出来ない何かしらの力が感じられる。

 

「ソラール……この石像がそうなのか?」

 

「やはり、貴公には分かるか。そう、この石像こそが太陽の祭壇が祀っているものだ」

「誰から聞いたかは俺も覚えていないが……この石像は、グウィン王の長子のものであるらしい」

 

「グウィン王の長子と言うと……ふむ、誰だった?」

 

 グウィンの子として思い浮かぶのはグウィネヴィア、グウィンドリンの二人だ。どちらも有名であり、特にグウィネヴィアの方は広く知られる女神である。しかし……確かこの二人は、どちらも“女”であったはずだ。

 と言うより、そもそもグウィンの子に“男”など居なかったはずだが……

 

「グウィン王の長子については、口伝に残されているだけだから知らないのも無理はない」

 

「どういうことだ?」

 

「すまんが、俺も詳しいことは何も分からないんだ。ただ、ここで祈れば太陽の戦士としての誓約を結べるのは間違いないから、そこは安心してくれていい」

 

「そうか……」

 

 余計に訳が分からないな。

 まあここを紹介してくれたのはソラールの善意だし、根掘り葉掘り聞いても失礼なだけか。

 とにかく、祈ってみればそれでいいか

 そう結論付け、真摯な気持ちで石像に祈りを捧げる。

 

 

 しばらく目を閉じていると体が温かな何かに包まれ、頭の中に【雷の槍】の物語が浮かびる。

 

 

 それは、古竜と呼ばれる旧世界の支配者と戦った王たちの物語。

 王を支えた銀の騎士の物語。

 名もなき彼らは一人一人の物語こそ持たないが、彼らが信じた王と仲間と共に激しい戦場を駆け抜けた。

 

 それこそが雷の槍の物語。

 例え一つ一つの力は弱くとも、束ねる事で支配者の命を穿つ槍となる事を彼らは知っている。

 

 

 頭に浮かび上がった物語を知った俺は、自分でも知らぬ間に震えていた。

 神速と必殺を併せ持っていたかに見えたこの物語(奇跡)に、まだ()があるという事実に。数さえ揃えばこの奇跡でも伝説に語られる古竜の命に届いたという事実に。

 それは俺の内にあった憧れを刺激するには十分すぎた。

 

「すごいな、これは。お前が太陽に憧れるのも理解できる。なあソラー……」

 

 ソラールと。

 そう友の名を呼ぼうとした時には、ソラールは既にこの世界から消えていた。先ほどまでソラールが立っていた場所には誰も存在せず、この場にいるのは俺だけであった。

 

 先ほどまで感じていた興奮は急速に冷め、冷静に現状を確認し、一つの結論に至る。

 

 ――おそらく、俺とソラールの世界がずれたのだろうと。

 

「……また会おう、ソラール」

 

 俺は誰もいなくなった祭壇に無意味な再開の約束をかけ、体を休めるために篝火に向かい足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公は最終的に――

自分の名前
喋り方
家族の事
信仰していた神

を失う予定です。
ただこれ、四回しか死なないって意味じゃありません。



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