今回の連投はそのためです。
腰布にしかならないぼろ布で下半身を隠した亡者か蛮族のような格好で、アストラの直剣と飛竜の剣を両手に構えて太陽の祭壇の篝火を後にした。
本当は、二刀流などではなく盾を持っていきたかった。しかしアストラの上級騎士から譲り受けた、文様の施されたブルーシールドは黒騎士の剣戟を何度も受けた所為でダメージの蓄積が酷い。一応このまま使ったとしても二、三度の使用であれば問題ないだろう。だがそれ以上の使用に耐えられるとは思えず、最悪致命的な破損が生じてしまう可能性がある。もっと具体的に盾の状態を思い描くとすれば、黒騎士のような強敵であれば、盾ごと真っ二つになる可能性さえ考えられるレベルだ。
その様な状態になってしまった恩人の形見を使い続けるとなると、二重の意味でさすがに気が引けてしまう。
ならばこそ、腕のいい鍛冶でもいればいいのだが……と。
妄想にも近い希望的予定を立てながら、ゆっくりと己を見下ろす。
服は飛竜のブレスによって燃え尽きてしまっており、腰布を僅かに残すだけの亡者のような姿である。まともな服がない以上仕方のないことではあるのだが、流石に見苦しい。
第一、外見が亡者と区別できないと言う事がいただけない。
――服の調達も考えなければな。
そんな事を考えながら、太陽の祭壇の裏口であろう場所を閉じるためのものだと当たりをつけたレバーを引く。
おそらくそうなのだろうと予想した事を確信に変える様に、音を立てながら扉が開き、道を塞いでいた重々しい扉が上方へと消えていく。
扉の先には古びた印象を与えるが壊れてはいない石の階段が続いており、右手側にはその階段を見張るように監視塔のようなものが聳え立っている。監視塔の入り口には、上に登るための螺旋階段と下水に降りるための梯子が存在している。
一応、道は三つ存在する。
とは言え下水に進むのはありえない。
先に進むのであれば階段を進むのが正解なのだろうが……これまでの経験から考えれば、この監視塔のような高い場所には何かしらの敵が存在している可能性が高いだろう。
事実挟まれて死んだ事もあったし、死なずとも邪魔だと感じた事は一度や二度ではない。
――階段を使って道沿いに進む前に監視塔の頂上に敵がいないのかを確認しておくか。
経験則からそう判断し、警戒心を強めながら階段に足をかける。
素足になった足は硬質な床に触れても音を立てる事は無く、それが闇に紛れる暗殺者になったかのような錯覚を覚えさせる。
そうしてしばらく進んだ時。
ひんやりと熱を奪われる石床に意識を裂かれかけ始めようかとした時、警戒範囲に引っかかるように上部から強者の気配を感じた。
それは冷たく、しかし僅かな熱を帯びた無機質なソウルの気配。人間らしい気配は少しも存在しない、敵を屠るための
それに呼応するように猛りそうになる鼓動を抑え、先ほどよりもさらに慎重に歩を進める。
螺旋階段の最上部。
光が差し込むそこに、やつは居た。
石畳の階段を見下ろすように、こちらに背中を見せている黒き騎士。
肩に担ぐように構えた剣は大剣の範囲をさらに一回りほど逸脱している、人外が振るう武器そのもの。今手に持つ直剣では受け止める事は愚か受け流す事すら出来ない事を予感させ、それは痛んでしまったブルーシールドでも同じ事であっただろう。
そんな黒き騎士が担ぐ大剣の刀身は、その真ん中に単調な刀身に変化をもたせるように返しのような物がついている。突き刺す事を前提としたような先太りの形状は、同時に扱える者が扱えば、振り回しに刀身の重さを乗せ凄まじい威力を引き出す事を可能とした作りなのだろうか。
盾ごと――いや、もっと強大な何かごとな――叩き潰さんとしているかのような過剰なまでに威力を重視しているその造りは、人間相手と言うよりは……脳裏に焼きつく、あの牛の頭を持つ怪物のような化け物を敵対者として想定しているように感じられる。
黒き騎士は何時からそうしていたのか、彫像のように動かず螺旋階段に背を見せている。
そんな無防備な背中を見た時……俺は行動を起こしていた。
素早く階段を蹴り、黒き騎士が振り向くよりも早く踏み抜くように膝裏に全力で蹴りを入れる。
人体の構造上後ろからの攻撃に弱い膝裏を蹴られた事で黒騎士が膝を付き、実にちょうど良い高さにその背を晒す。
そして俺は、黒騎士が何かするよりも早く、その背に向かい飛竜の剣を深々と突き刺した。
アストラの直剣では撫でるだけであった分厚い全身鎧を、飛竜の剣はやすやすと突き破る。破れた鎧の中から以前見たドロドロの白い輝きが溢れ出して手を濡らす。初めて振れたそれはかすかに温かい、乾いた灰の用であった。
しかし中身を零しながらも、この黒騎士は以前の黒騎士のように鎧が崩れず、膝を付いているが倒れこむ様子はない。
――つまり、死んでいない。
心臓付近を突き刺しても死なぬならと。
背中に深々と刺さった剣を引き抜き、両手と片足で黒き騎士の背中を監視塔の淵に向かって一息に押し込んだ。
黒騎士が監視塔から下を見下ろしていたそこの手すりは崩れていたからだ。そこに黒き騎士の持つ巨大剣と身に纏う鎧の重量、そして崩れた体勢という悪条件が加われば起こる事は一つである。
邪魔な岩を谷底に落とした時のように、目の前から黒い塊が消失する。
次いで僅かな間を置いて下方から金属が硬い物にぶつかる大きな音が聞こえ、細かな金属片が散らばった時のようにちゃりちゃりとした小さな音が後に続く。その音に紛れるように、落下の衝撃で舞い上がったのか、少量の石が石を打つこつこつとした音も聞こえてくる。
……落下したあの騎士が動いている音は聞こえない。
生死を確認するため、騎士を突き落とした場所から下を見る。
石畳を見下ろしながら確認したそこには、ひび割れ抉れている石畳が目に付いた。石畳に深く突き刺さった黒い大剣は周囲に大小の亀裂を刻み、石畳を汚す小石が黒騎士が受けたであろう落下の衝撃を物語っている。
黒騎士が持っていた大剣がそこに突き刺さっていながら、落下場所であろう箇所に黒き騎士の姿は確認できない。
分かりやすい脅威を苦労する事無く排除できた事に安堵を覚える。
――暗殺者のように忍び寄り、背後から一突きした後高所から突き落とすなど言い訳の余地なく卑怯としか言えないが、今の装備でこの騎士と相対するなど自殺行為でしかないのだから仕方ない。
だがまあ、と。
胸に感じるまともな感覚から目を背けるように思考を切り替え、握り込んだ飛竜の剣へと目を落とす。
アストラの直剣では撫でる事しか出来なかった黒き騎士の鎧を難なく貫くこの威力は恐るべきものだ。当然のように剣には刃毀れらしい刃毀れは存在しておらず、使用する前と何ら変わらない鈍い輝きを放っている。
いや。
むしろ敵を殺した事を誇っているかのようですらある。次の獲物を寄こせと――次のソウルを食わせろと――そう語りかけているかのようだ。
――自然、思わず笑みが浮かぶ。
この地における最強が、まさか黒騎士などと言うことはあるまい。これより先強大な存在と戦う事になった際は、猛々しいこの剣がその猛威を存分に振るってくれるだろう。
監視塔を降り黒騎士の大剣を引き抜こうとしたが、そう簡単にはいかなかった。
筋肉だるまのような連中に比べれば力がないとなるだろうが、それでも騎士の中で比べたとしても俺は力が強いと自負していた。しかし石畳に突き刺さった重々しい鉄の塊はビクともせず、引き抜く事すら出来ない。
ならばと一度ソウルに取り込み、再度取り出してみたのだが……自在に振り回す、という感じからは程遠い。……言いたくはないが、完全に武器に振り回されている。今の俺では扱えそうにない。
そんな事をしながら石畳を進んだ先にあったもの。
それは巨大な城壁であった。隊列を組んだままの軍隊は当然の事とし、おそらく投石器やバリスタなどの背の高い兵器ですらもそこを通る事が可能であろう大きさのものであった。
そして、そこを守るようにこちらに瞳を向けているのは巨大な銀の猪。
鈍い銀色を纏った怪物は頭の部分だけで一般的な成人男性の身長を越えているであろう威容を誇り、牙には敵対者を串刺しにするための鋭い棘が無数に生えている。一見すれば磨きぬかれた鋼鉄の彫像にも見える姿を持ちながら、しかし鎧の隙間から覗く深紅の瞳は確かな殺意を湛えている。
全身鎧の猪の上部には手すりの無い小さな橋のようなレンガの足場が張り出しており、その上に陣取るように二体の亡者がクロスボウを構えてこちらを警戒していた。
通路の中ほど――もっと言えばクロスボウを構えた亡者が居る橋の終わり辺りには、ぱちぱちと嫌な音を立てながらヒトガタの黒い物体が炎に燃やされている。積み上げるのではなく一本の棒に串刺しにされたその姿は“処理”と同時に心の弱いものを威圧する不快感さえ伴っていた。
そうして亡者たちと全身鎧の猪の防衛線を視界に納めていると、剣と盾を持った一体の亡者がこちらに背を向けて門の方へと走り始めた。
――何を――
そう思い、亡者の行動の意味を考えようと思考を巡らせた時、がらがらとした重々しい滑車の音が響き今この瞬間まで開いていた門が閉じ始める。
そのタイミングでようやく先ほど走っていった亡者が門を閉めるつもりであった事を理解したが、最早それを知ったところで何の意味も無い。地を揺らす音と共に誰でも通る事ができた開かれた門は閉じられ、先への道は断たれてしまう。
ここからぱっと見たところ、あれ以外に道はない。
ならばこそ先に進みたければここから見えない場所――具体的に言えばこの通路の奥に進み、別の道を探すより他なくなったわけだ。
……
――さて、どうするか。
二人しかいないとは言え、低所であるここを狙いやすい高所にクロスボウを持った亡者が控えているのはよろしくない。見た瞬間タフで強力だと分かる前衛が居るなら尚更で、さらに言えばこの手の地形はこちらから見えない場所に伏兵が配置されている可能性がきわめて高い。
――まさかこうも早く出番が来るとは。
左手に持ったアストラの直剣をソウルにしまい、代わりにソルロンドのタリスマンを握り込む。
タリスマンを握った手を天に掲げると共に、先ほど覚えたばかりの物語を詠唱する。紡ぎだす物語が進むにつれてバチバチとタリスマンが帯電し、黄金の光は槍の様に細長い形状を取っていく。
一般的な投槍程度の大きさを形作った雷は、ソラールが振るった奇跡“雷の槍”
重さの無い槍を投擲するという初めての感覚に戸惑いながら、クロスボウを構えた亡者へと雷の槍を投げつける。
しかしやはり初めてだからなのか、雷の槍は亡者を直撃する事無く明後日の方向へと直撃した。
それでも雷の威力を物語るように、槍が直撃したレンガ造りの壁は黒く焦げている。
その事に危険を感じた亡者がこちらを狙ってボルトを射出しようとクロスボウを構えるが、視界に納めている以上その動きは緩慢としか言えない。
階段近くの壁に身を隠し、飛来する二本の矢をやり過ごす。
ガチャンガチャンと。
金属と硬いものがぶつかった音が響いた。それは狙撃手の無駄撃ちと失敗を物語っており、反撃のための無防備が許された事とイコールでもある。
再度の詠唱、からの投擲。
先ほどの感覚を忘れぬ内に、己の中で着弾点を修正した雷の槍は亡者の肩にぶつかり片腕を根元から吹き飛ばす。しかしそれだけでは終わらない。雷は亡者が着ているボロボロの鎧に絡みつき、バチィと一瞬の発光を残して亡者兵の命を焼き切った。
どさりと重たいものが高い場所から落下した音を発しながら、生き残っている片割れの亡者はもたもたとクロスボウにボルトを装填している。
俺は、そこに詠唱を終えた雷の槍を再び投げつけた。
二度の失敗を経て着弾場所を完全にモノにした雷の槍は、残った狙撃手の胸を直撃した。
穴が開き、傷口が焼かれ、血を流す事さえ許されないまま二人目が息絶える。
何と言うか……流石の威力である。
巨大な飛竜さえ屠ったそれを人が――それも亡者が耐え切れる道理は無いとは思ったが、まさかここまで圧倒的なものであったとは。
――これならば、あの猪の化け物にも通じるのではないか?
そう思い、こちらを視界に納めている筈でありながら動こうとしない銀の猪目掛けて雷の槍の矛先を向けた。
黄金の雷光が銀の輝きの表面を撫でる。
しかし着弾しても銀の猪は倒れず、何も変わることなく佇んでいる。
いや。変わっていないのは表面上だけか。
銀色の中に存在する二つの赤い瞳は痛みを与えた事への怒りを湛えており、先ほどまでは動く気配が全く無かったというのに今は前足で地面を踏み鳴らすように削っている。
次の瞬間、銀の猪は体に纏った金属で石を削りながら火花を散らせ、こちらに向かって一直線に突進していた。
巨体に似合わぬ意外な速度と巨体に見合った威圧感を前面に押し出したその姿に、俺はとっさに地面を転がって後ろに逃げていた。少し前に俺が立っていた場所を突きげるように猪の凶牙が通り過ぎる。
少しだけ腹が見える程に背を反らし前足は地面から離れている。足場ごと天空にカチ上げるようなその一撃は、なるほど、盾を構えていたとしても意味など無かっただろう。
がしゃんと。
地面から離れていた足が重力に従って重たい音と共に再び地に着き、巨大な頭が再度正面に現れた。
威圧する銀の壁を前に、しかしこれは好機だと見切りをつけて飛竜の剣を握り込む。両
手で握った飛竜の剣を構え、重たい体重を支えるために発生した隙目掛けて突きを放つ。
一息で距離を詰め、眉間目掛けて一撃を放った。先ほどの黒騎士に対してもそうであったように、飛竜の剣は猪の纏った鎧を易々と貫き確かな手ごたえを伝える。
獣の唸り声を上げ、猪が牙が付いた頭を振り回す。
しかし、俺は既に猪の眉間から剣を引き抜き距離を取っている。
それは軽く後ろに跳んだだけの僅かな距離であったが、前ではなく上に突き出しているこの化け猪の牙を回避するには十分すぎる距離であった。
左右に首を振った猪が動きを止めた瞬間を狙い、先ほど突いた場所の少し下に再度突きを放つ。
それを受けて眉間に二つの穴が開いた猪は、今度外さぬとでも言わんばかりに前に向かって突進をかけてきた。
それは勢いの乗った突進ではなかったが、大質量のカチ上げは俺にとっては――特に殆ど裸である今の状態にとっては――十分に脅威である。
あのでかい体が前に出てくる以上、先ほどのように軽く後ろに下がるのでは足りない。
狭い通路と大きいとは言え階段状になっているこの場所で転がれるのか? と自問自答しながら体が入る空間を探す。
ギリギリのタイミングで見つける事が出来たそこ――猪の真横――目掛けて体を潜り込ませる。しかし――――
「――ッぅ」
判断のタイミングがギリギリであった所為で、直撃こそ避けたが猪の大きな頭に備え付けられた銀の突起物が腰から太ももあたりまでの肉に引っかかる。それは腰からの肉を抉って腰布を千切り、俺を完全に全裸にすると同時に機動力を奪う。
背筋を這い上がってくる痛みは傷がそこそこ深いことを伝えており、それは同時に激しい動きを瞬間的に行うのは既に不可能となっている事を物語っている。
加えて側面の壁と中央に陣取った猪に挟まれた事で大きな動きはできない。
――故に、取れる手段は多くない。
走る痛みを抑えて足を引きずりながら、旋回速度は見た目通りに遅い猪の背後に回り込む。
――二つしか穴を開けられなかったのは不安が残るが、この剣の切れ味ならばいけるはずだ。
飛竜の剣を頭上に構え、猪がこちらに頭を向ける瞬間を待つ。
銀の猪がこちらを振り返ったその瞬間、俺は全力で飛竜の剣を二つの傷穴目掛けて振り下ろす。それは赤い液体を流していた二つの穴を上から下に繋ぎ、一本の線とする一つの剣閃――――のつもりで放った一撃であった。
しかし、現実に起こる結果は俺の想像の斜め上を行く現象。
眉間目掛けて振り下ろそうと真上に構えていた飛竜の剣の重さが増し、凄まじい大きさの大剣を持っているような凄まじい重量へと変貌すしていた。その重さは、かつて握る機会のあった特大剣と呼ばれる剣さえ超えている。
増していく重さに比例するように、頭上からは目に見えぬ怪物が唸るような……空気が渦巻く怪音が聞こえ始めている。
見ることはできない。
しかし、この気配を俺は知っている。
――これは、飛竜のものだ。
唐突に変化した重さを意地で耐え、頭上で渦巻く力を猪目掛けて振り下ろす。
、瞬間腕の動きに合わせたように、支えきれなくなった天が落ちてくるように振り下ろした俺自身すらも見る事の出来ない不可視の巨刃が落下した。
轟音と共に捲れ上が石畳。
刃の延長線上にあったという理由だけで亀裂を刻まれた石壁。
そして……眉間から尻までを真っ二つにされている猪であった肉片。
飛竜の巨大な鉤爪が破壊の痕を刻むように、嵐のような暴風を伴い落ちてきた不可視の刃は敵対者である猪と動き辛い地形を吹き飛ばしていた。
両断された猪は鋭い刃で切り殺されたのではなく、切れ味の悪い鈍らを凄まじい力で叩きつけられたような惨状を晒している。切り口であるはずの体の中心に走る斬撃跡はへしゃげており、鎧は切ったというよりも千切れたと言う感じを晒していた。
――力任せの一刀両断。
赤い血をだくだくと流す死体と死体の周りの惨状から浮かぶのはそれであった。