発売前のアルヴヘイム・オンラインについては捏造過多となっております。
レクト社が発表した第二のソードアート・オンライン、ーーアルヴヘイム・オンラインだったかーーに対する世間の評判は非難一色だった。ネットでは“自称”ソードアート・オンラインに閉じこめられていた人による、批判または肯定的な意見などが沢山溢れていた。彼らは【生還者】(サバイバー)と呼ばれるようになる。
しかしその【生還者】の発言数を検索した結果の数と比べると、明らかに1万人越えている。一体このなかの何人の人が実際にソードアート・オンラインを体験したのかを考えると笑ってしまった。
しかし、どんなに企業が安全をアピールしようと、どんなに肯定的にとっても、実際に大量の死者を出してしまった事実はどうしようもない。世論はやがて反対一色に染まろうとしていた。
そんな中動きがあったのは公式発表から1ヶ月後だった。
なんと、一部の生還者にアルヴヘイム・オンラインをプレイしてもらったというのだ。
正気の沙汰とは思えなかった。
実際世間は更に過敏に反応し、被害者のことを考えろといった内容に脅迫紛いな文章が添えられた抗議文が大量に届いたらしい。しかし、プレイした生還者の感想は全く違ったものだった。
純粋にゲームとして楽しめたこと。ソードアート・オンラインの思い出には確かにつらいものもあったが
それだけではなく、その思い出を思い出せたこと。現実では不可能なことが可能になるゲームの世界をまた体験できて嬉しかったことなど、肯定的なものだった。
その現実では不可能なこととは何かという記者の質問に、与えられた回答はなんと、“空を飛ぶこと”だった。
これには誰もが驚愕した。空を飛びたいと思ったことのある人はどれだけ居るか、正確な数はわからない。しかし、反応一色だった意見が賛成に押されるくらいには望む人が居たのだ。
ソードアート・オンラインでは不可能だったことを可能にしたことにより別物だというイメージが強くなった。更に後押しのように安全性も問題がないと様々な機関が証明し、そして気が付いたら正式に発売が決定したのだ。
この一連の騒ぎによって僕宛に連絡を取ろうとしてくる人も居た。それは反対派の人であったり、肯定派の人であったり、どちらにせよ共通していたことは僕の意見なんて求めていないことだった。
生還者という記号を冠した僕に同調してもらうことで自分達の意見がより正しいのだという保証を得たい人達。彼等はどこから情報が漏れたのか(どうせ近所の人であろうが)“生還者の伏見空”に対して何度も接触しようとし、そのとばっちりを両親が受けてしまった。
すでに引きこもっていた僕は外との交流手段は両親だけであり、誰にも会いたくないと言った僕の思いを尊重しようとした両親は外部からの接触を拒否した。そのせいで、実は両親は僕を虐待しており、そのため会わせることができないのだなんて不愉快な噂を立てられた。
真に受けた人によって児童相談所にまで連絡が行ったらしく、職員が訪ねてきた時は流石に僕も直接話した。
状況を説明して根も葉もない噂でしかないことを説明するとあっさりと理解してもらえた。難航する可能性も考えていたので簡単な質問の後あまりに簡単に信じてもらえて逆に拍子抜けしたくらいだった。
どうにもその職員によると似たようなことがすでに何件か起きていたらしい。
“生還者”というデリケートな問題に周囲が過剰反応して逆に追い詰められ、僕のように引きこもってしまった人は少ないながらも居るらしいのだ。そのことを踏まえて、政府の運営する生還者用の学校に通う気は無いかと聞かれた。
「……ごめんなさい」
以前も誘われてはいた。しかし、僕は拒否した。対外的には学校の生徒たちを見てソードアート・オンラインのことを思い出してしまうから、という理由になっている。実際その学校には下層に籠もりきっていた僕ですら聞いたことがある“黒の剣士”などが居るため、僕の言い訳は信じられ通常の学校に通わずに専用の授業を受けることが許されたのだ。
しかし、本当は違う。
僕は彼らに責められることが怖かったのだ。