臆病者の讃歌   作:ろくす

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4話

 彼らが命がけで攻略しているなか、僕はただ震えていた。

 攻略組と呼ばれる彼らが仲間を失って、傷をおって、それでも諦めずに進み続けていたその時に僕は下層の宿で震えているだけだった。誰とも関わらず、何もせずにただ責められることを恐れて。

 

 あのとき、目の前で砕けてしまったのは彼等だけではなかったのだ。

 

 クラスメイトが死んだ後、僕自身も限界だった。装備は比較的良いとはいえ、レベルは適正ぎりぎりでマージンはほぼ無いも同然。メイスでダメージを与えても僕のステータスではほんの気休め程度。僕自身がポリゴンとって砕けるのも時間の問題だと覚悟したそのときだった。

 

「今加勢する!」

「いくぞ!」

 

 僕だけ助かってしまった。

 

 彼等は守れなくて死んでしまったのに、僕だけ。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 何度も夢に見た。何度も謝った。でも夢の中の彼らは僕自身であり、僕を許してくれなかった。

 

 学校での思い出や家族の顔がこの世界の思い出に塗りつぶされていく中で彼等のことだけは忘れることが出来なかった。

 

「僕は被害者だったんだ……無理やり高志君たちが連れて来ただけで…無理だって言った。レベルを下げて戦おうって言った……聞かなかった高志君たちがわるい」

 

 僕は悪くない。

 

 でも、僕のせいだ。

 

 

 そして、世界はクリアされた。

 

 それまで一体自分は何をしていたのか。もしかしたら僕が戦い続けていたら変わっていた何かが在ったかもしれない。僕は何をしていたのか。

 そんな気持ちのまま帰還してしまった僕は、攻略組と呼ばれる彼等に会って何を言われるか怖くて仕方なかった。加害妄想としか言えないが自分の行いが許せない僕はまた逃げた。

 

 けどこのままじゃいけないことも解っていた。僕は決着をつけないといけない。

 そのために、アルブヘイムオンラインが欲しかった。

 あのネットの中で誰かを助けることが出来たなら、彼らを助けることが出来なかった罪も許されるのではないか。そんな馬鹿らしい考えに縋った。

 

「母さん……」

「空……!」

 

 臨月を迎え、じっとしていることが多くなった母。子供のためにもストレスは良くないのに、僕というストレスの固まりが帰ってきてしまったことによりずいぶんとくらい顔をしている。

 それでも、僕の自惚れでなければ僕が部屋から出てきたことにほっとしたような顔をしてくれた気がした。

 ご飯は毎日食べていたけど、こうして直接話すことはずいぶんと久しぶりだった。

 

「……お腹の子、男の子と女の子とどっち?」

「男の子よ。空は、お兄ちゃんになるのよ」

 

 帰ってきてからずっとお腹の子についてふれたことはなかった。お腹の子は両親が僕を諦めてしまった証拠のように思えたから。

 実際どうかはわからないけど、不安定だった僕に両親から積極的に説明があったわけてはなかった。

 

「そっか…僕、お兄ちゃんになるんだね」

「ええ、ええ、……。名前はまだ決まってないわ。だから、出来れば空が考えてくれないかしら」

「僕が?」

「ずっと考えていたの。でも、良い名前が思い浮かばなくて……」

 

 優しく、労るようにお腹をなでる母さん。そこに弟が居るのだと思ったら、それはとても凄いことだと思った。

 

「僕の名前は、どうやって決めたの?」

「そういえば、言ったこと無かったわね。空の名前はね、お爺ちゃんが決めてくれたの。そのときも母さんとお父さんは名前に悩んで悩んで、決められなかったわ」

「どうして?」

「名前は、親から子供への一生のプレゼントだから、特別なものにしたかったのだけど二人とも凄く迷って。じゅげむって落語知ってるわよね?本当にあんな感じになったこともあったの」

 

 それはひどい。じゅげむは例えだとわかってはいるが、一体何文字の名前になる予定だったのか。

 

「けどね、あんまり悩んでばっかりだったから、お爺ちゃんが見かねて空はどうだって言ってくれたの。空は大きなもので、ずっと見るもので、一生一緒に居るものだって」

「……」

「素敵な理由だと思ったから空ってつけたの。そのときの候補だったどんな名前よりしっくりきたわ」

 

 一生一緒に居るもの。それがついこないだ壊されそうになっていた。本物の空は無くなって、家族の絆も無くなってしまったように思っていた。

 ぜんぶ、間違っていたのか。

 

「……大樹って書いて、だいき」

「大樹……良い名前ね。理由は?」

「真っ直ぐ伸びて、おっきくなって、いつでも見つけられるように」

「……ありがとう、空。大樹も喜んでいるわ」

 

 言わなくては。

 

「母さん。お願いがあるんだ」

「なあに?言ってみて」

「アルブヘイムオンライン、欲しいんだ」

「空……!!!」

 

 ずっと傷ついているのは自分だけだと思い込んでた。でも、僕を待っている両親も同じだけ傷ついていたんだと知った。だからこんなこと言ったら悲しむって解っていた。

 

「けじめを、つけたいんだ」

「空……」

「あの世界にはたくさん置いてきてしまった。僕自身も、何もかも」

 

 取り戻さなくてはならない。

 

 伏見空を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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