姉さんはサイコロを振らない   作:月島しいる

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02話

 僕、相川夏樹(あいかわ なつき)の朝は朝食作りから始まる。

 母さんは既に他界してしまっていて、父さんは米帝関連企業のシステムエンジニアとして働いていて、海外から殆ど帰ってこない。

 姉さんは興味を持ったもの以外には一切の関心を向けないため、物心ついた時から食事は僕が作るようになっていた。

 父さんは母さんが亡くなった後、男手一つで姉さんと僕を育ててくれて、いつも忙しそうな父さんの負担を少しでも肩代わりしたかったというのがきっかけだったと思う。

 すっかり手慣れた作業を終えて、僕は姉さんを起こす為に二階へ続く階段をのぼった。

 姉さんは目覚めが悪い。

 いつからか、朝食を用意した後に姉さんを起こしにいくのが日課となっていた。

「姉さん、入るよ」

 扉を二回ノックしてから部屋に入る。

 少し散らかってはいるが、あまり物が多くない部屋。

「ほら、起きて。朝だよ」

 呼びかけると、寝相の悪い姉さんが愛用するセミダブルのベッドの上で布団がもぞもぞと動いた。

 しかし、起き上がる気配はない。

 声をかけて起きる事は滅多になく、仕方なく姉さんの身体を控えめに揺する事にした。

「姉さん、このままだと寝坊します」

「んー。今日は寝坊する日なの」

「ダメだって。下にコーヒー用意してるから、早く起きないと冷めるよ」

 普通に起こしても無駄だと判断して、僕は姉さんの掛け布団を引っ張った。

 途端、姉さんが小さな悲鳴をあげる。

「さ、寒いっ!」

「そろそろ諦めて起きてください」

 そう言った途端、奇妙な浮遊感と共に景色が反転した。

 そして、柔らかな感触に全身がふわっと包まれる。

「うー、夏樹君の身体あったかーい」

 一瞬遅れて、ベッドの中に引きずり込まれたのだと理解した。

 逃れようともがくが、強く抱きしめられて身動きが取れない。

「……姉さん、困ります」

「ちょっとだけ。ね、良いでしょう?」

 普段の子どもじみた言動から一転、耳元で甘えるように囁かれ、顔の温度が一気に上昇するのが分かった。

「なぁに? 恥ずかしいの? 本当に夏樹くんは可愛いなぁ」

 姉さんはそう言って僕の頭を優しく撫でた。

 小さな子どものように扱われ、内心反応に困る。

 こうやってじゃれつくのはそろそろ卒業してもらいたいのだけど、その兆しは未だ一向に見えない。

 ただ、姉さんが僕に対して異様に甘いのも仕方がない、と思う部分もある。

 母さんが他界した後、父さんは僕たちに不自由をさせない為に仕事に力を入れ始めた。

 面倒を見てくれる親戚というのもいなかったから、幼い僕の面倒を見るのは姉さんの役目だった。

 姉さんもまだ甘えたい盛りの年齢だっただろうに、姉さんは嫌な顔一つせず僕の為に色々と手を焼いてくれた。

 多分、姉さんにとって僕は弟であると同時に子どものようなものなんじゃないかな、と時々思う。

 加えて、姉さんには同年代の友人というべきものが存在しない。

 姉さんは早くから小学校へ行く事をやめていた。

 そして十二歳の時に単身で米帝へ渡り、父の知り合いの家族に世話をしてもらっていた為、日本における姉さんの交友関係は希薄という一言に尽きる。

 時々、お世話になった米帝の家族とメールを交換しているらしいけど、それ以外で姉さんに知り合いと呼べるべき人は僕は知らない。

 だから、ひょっとしたら寂しいのかもしれない、とも思った。

「うーん、充電完了。朝ごはん、食べよっか」

 気が済んだのか、ようやく抱擁が解かれた。

 先に立ち上がると、姉さんが手を差しだす。

「手、貸して」

 何も考えずに姉さんの手をとると、姉さんはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 危険を感じて咄嗟に差し出した手を引く。

 しかし、一歩遅かった。

 差しだした手を強引に引き寄せられ、再びベッドに引きずり込まれる。

「……充電完了したんじゃなかったんですか」

「最近、バッテリーが調子悪くて、すぐに電池切れるんだよね」

「姉さんはバッテリーというか、脳みそを交換するべきです」

 飄々と言う姉さんに言い返すと、まあいいじゃない、と軽く足払われてしまった。

「休みなんだからゆっくりしないと」

「以前にそれを信じたら昼過ぎまで寝てたような」

「え? 最近耳も調子悪くなって夏樹くんの言葉が聞こえないわ」

「姉さん、やっぱりそれ脳みそに原因があります。交換しましょう、新しいのと」

 今日も冷めたコーヒーを飲む事になりそうだった。

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