世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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10.死を呼ぶ突風

 

 

 

 碧照ノ樹海、地下二階に到着した。

 見た目は地下一階と変わりはない。気持ち悪いことだけど、やっぱり地下とは思えない景色を見せてくれる。

 

 ワールウィンドさんのあの慌てようから、もっと荒れた状態を想像してたんだけど。

 

「雰囲気も、地下一階とそんなに変わらない……?」

 

 耳をすましても、これといって聞こえてくる音も変わりなく───?

 いや、聞こえた。何かが聞こえた。硬質的なものがぶつかるような音。

 

「イシュ、今……」

「西からか」

 

 明らかに戦う音。

 丁度別れ道に差し掛かっていたところ。道は二つ。いや、三つ。

 

 今聞こえた音の元、西に向かう道か、音とは無関係の北の道か、はたまた引き返すか。

 

「どのような魔物なのか、我が見定めてやろう」

 

 交戦中の音に向かって歩みを進めるイシュ。

 そこには当然、人助けという気持ちはない……と思う。あるのは戦闘テスト、だろう。

 

 

 

 

 

 

 

「メノウさん! そこの倒れたやつを避難させてくれ!」

「……無理、今、すごく見られてるもの。隙を見せたら引き裂かれるわ……」

「誰かメノウの援護を!」

「ダメだ! 目の前のやつを相手にするので精いっぱいだ!」

 

 そこはまさに混戦状態だった。

 

 兵士の一団と何組かの冒険者グループ、そして4頭の森の破壊者。

 戦況はあまり良くは見えない。何人かが負傷して戦闘不能状態に陥っている。

 

「森の破壊者、か。どれほどの魔物と思えば……ただ数に押されているだけか……」

 

 期待外れ、と言った風にイシュは呟いた。

 しかしそばにいる私としては気が気でない。森の破壊者が複数いるというのも当然怖いが、今のイシュの言葉が他の人たちの神経を逆なでしかねないのだ。ワールウィンドさんは兵士さんの命優先で無視して行ったが、毎回そういうことになるかわからない。無用な争いなんておっかない。

 

 幸い今のイシュのつぶやきは誰の耳にも入らなかったのか、睨まれるということはなかった。その余裕がないだけかもしれないけど。

 

 そんな折に、ひとりの冒険者が魔物の狂爪にやられた。

 バックラー、小さな盾によって致命傷は避けたようだがどう見ても重傷だ。もう戦えない。だけど森の破壊者は息の根を止めるために、追撃の手を緩めようとしていない。

 

 誰も破壊者の動きを止めにかかれない。そこにいる人たちはみんな自分を守るのに精いっぱいの状況だ。

 

 

 ……大丈夫、間に合う。

 

 印術を起動させ、杖の先に火の球を作りだす。

 

 こんなのじゃ倒せない。でも、目くらましくらいにはなる……はず……!

 

 

「たやああ!」

 

 

 掛け声と共に火球の印術を放った。

 狙い通りに魔物の顔へと飛んでいく。

 

 私のコントロールはなかなかのものじゃないかな。

 一瞬とはいえ、足止めにはなった。これで他の人たちもあの倒れた人を助けれる。

 

 

「ひ……」

 

 

 赤く昏い眼がこちらに向けられた。

 

 狙われた、気がする……

 いやでも大丈夫だ。他の冒険者たちが近くにいるんだし、いきなり私のほうに向かってくるはずがないし……仮に来ても、どうやら兵士さんと冒険者たちは一定のラインで足止めしているのか、陣形を組んで回り込まれないようにしているのだ。

 今さっきひとり倒れてしまったが、この陣形を崩されたままにしているはずがない。

 

 そう考えていたのに……

 

 

「まずい、内側に入られた!」

 

 

 入られた! じゃないよ。

 前線で止めてくれると思ったのに一気に走ってくる。

 

「イイイイイシュイシュシシュ!!」

「普通の人の身ではこの程度の魔物も脅威となり得るか。やはりあの時の冒険者たちが異常だったのか……」

 

 助けてくれるかイマイチわからない!

 

 地下一階の時は離れて見てたけど、近くで見ると本当に大きいのねー……

 

 せめてイシュの印象を和らげつつ、義侠心からの人助けなんてするんじゃなかったかもしんない。自分の身も守れないならやっぱりおとなしくしておけば───

 

 森の破壊者はその巨体をひねり、体のバネを使いながら腕を振るった。

 

 

 

「くっ…………ひ……?」

 

 

 迫る死に思わず目をつぶれば、硬質な音が近くで鳴り響く。 

 

 おそるおそる目を開ければ……

 

 

「イシュ、ありが……じゃない!? 誰!?」

 

 

 線の薄い輪郭に、儚げな印象を受ける金髪。緑のコートを着ながら、その下には重鎧で身を包んでいる人が、森の破壊者の爪撃を盾で受け止めていた。

 

 やだ、美人さん。

 

「僕はキルヨネン。肩書も名乗りたいところだけど、今はそれどころじゃない。印術師だね? あっちの彼女、メノウの元へ行ってくれないだろうか」

「……は、はい!」

 

 示された位置には虚ろな目をしたローブの女性がいる。あの人がメノウさんだろうか。彼女の元へ行って何が変わるかわからないけど、行ってみよう。

 あ、キルヨネンさんにお礼を言えてない。いや、今はそれどころではないんだ。

 

 というかイシュは何をしてるんだろう。

 

「君も、もしよければ力を貸してくれないか。前線はかなり危険だから無理にとは言わないが……」

「我にとってこの程度、危険とは程遠いものだ」

 

 そう言ってはいるが、力を貸す気がまだ出ないのか、剣は収めたままだ。

 

 その様子が見えたのか、メノウさんがぼそりと呟いた。

 

「キミの仲間……変わってる……」

「え、あ……そうですね。あの、私は何をしたらいいですか」

「印術を使う元気は……まだある?」

「は、はい!」

 

 何か作戦があるんだろうか。この状況を打破する作戦が。

 イシュが戦ってくれたらあっさりなんだけども……

 

「力を貸してくれないならすぐに避難するんだ! そして救援を呼んできてくれ!」

「我の被検体がそこにいるのだ。手放すわけにもいかぬ。それに、汝ら冒険者は局面になれば思いもよらぬ力を発揮することもあるようだ。汝ら自身がその力を出せるかはわからぬが、我はそれを観察しよう」

「何を言ってるんだ君は……!」

 

 ダメだ。観戦モードになってしまっている。

 っていうか揉めてる。キルヨネンさんと揉めてる。キルヨネンさんって性別どっちだろう。イシュとはまた違った性別不詳だ。中性的すぎてわからない。あ、ダメだ。イシュがまた問題行動しそうだなって思ったらついつい現実逃避してしまう。

 

「私たち以外の後衛は、みんな倒れてるの……このクマたちの奇襲で」

 

 メノウさんが話し出した。

 

「だけど、罠はしかけてあるわ……」

「その罠で、一網打尽……?」

「罠というか……ただのアイテムだけど、それさえ使えばなんとかなるの」

 

 それなら……! あれ? でも、なんでそれをすぐに使わないんだろう。

 

「そのアイテムが……あそこ」

「え?」

「あそこ」

 

 メノウさんが指をさした先には森の破壊者たちが3頭いる。3頭相手に5人の兵士と冒険者の混合部隊だ。

 

 勝利のアイテムとは、兵士と冒険者の職を超えた友情なのだろうか。

 

 いや、そんなわけない。いや、友情が芽生えないわけがないとかじゃなく、ああああ、ダメだ混乱しちゃう。

 

「えと……友情?」

「キミも変わってるのね……あの人と類友?」

「えぇ!?」

 

 あの人ってイシュのことだろう。イシュは変人と言われても、古代人だからズレてるという言い訳もできるけども私は現代人。言い訳ができない位置だ。なんとか変人認定は避けたい。

 

「今ちょっと混乱しちゃっただけで私は変人とかじゃなくて、そもそも私ずっと引きこもってたし!」

「あの熊たちの少し後ろに、瓶があるの。中身は盲目の香」

「聞いてほしいなー……って盲目の香?」

 

 盲目の香、名前からして───

 

「目つぶし……?」

「……催涙性の霧を散布するアイテム」

「あ、はい」

 

 そんな目で見られても、仕方ないじゃないか。ワールウィンドさんから色々話を聞いてはいるけど、冒険に使う道具を全部聞いたわけじゃないんだから。

 

「ただ、開けられてないの。開ける前に持ってた冒険者が熊にやられてあそこに落としちゃった」

「そんな……」

 

 拾いに行くにはあの3頭をすり抜けていかないといけない。

 今でこそ止めることはできているが、それもぎりぎり、防戦状態だ。前衛の防衛ラインを超えればあっという間に樹海の栄養素になってしまう。

 

「だから私とキミの印術で、盲目の香の入った瓶を壊す」

 

 そう言って杖を握り、見せてくる。その目は熱く燃えて……いない。虚ろなままだ。

 

「氷槍の印術は、使える?」

「……火球しか」

「わかった。じゃあ私が瓶を壊すから、キミは火球であの熊たちの視線を上に持っていって」

「へ」

 

 火球で瓶を破壊じゃダメなの?

 

「火球で瓶を壊したら、爆発で中の香がちゃんと散布されずに空気中に散ってしまうわ。だから氷槍……そして熊に壊すところは見られたくない。氷槍が飛んでいった先から奇妙な霧が出てくるのを見られたら、警戒されてちゃんと作用しないかも」

「で、でも視線を上にって」

「何か投げて、それに空中で火球を当てて爆発させたら視線は釘づけ。完璧」

「難易度すごい高くない!?」

 

 そんなガンマンみたいなことを求められても。

 でも、それ以外方法はないのかもしれない。瓶を壊せても効果が及ばなかったら意味はないのだ。

 

「はい、これ」

「これは……」

「マンドレイクの根。いい感じに投げやすい形のを選んだ。それに、よく燃えるはず」

「……がんばります」

 

 ここでゴネたってどうしようもない。他に方法はないのだ。

 イシュは恐らく言葉通り見てるだけだろう。被検体として私を助けはするだろうが、他の人を助けはしない。もしも他の人を助けたいのであれば、私がやるしかないのだ。

 

「投げる前にみんなに知らせて。私は大声だすの、面倒臭いから」

「理由がひどい……」

 

 杖の先に、火の球を宿す。

 

 大丈夫だ。いけるはず。バッタやネズミ、熊の顔にも火の球を当てれたのだ。外したことなどこれまで一度だってない。

 

 ……よし!

 

「森の破壊者の目を引き付けます! いきます!! ……たやああ!!」

 

 高く投げるように、思いっきり根をぶん投げた。そしてすかさず火の球を放つ。

 

「全然飛んでない……」

 

 耳に痛い言葉だ。

 そんなに飛ばせない自覚があったからすぐに火の球を放ったわけだけど。

 

「当たった……!」

 

 当てれた……狙い通り、上空で火球による爆発が起きる。

 これであとは、メノウさんの氷槍が瓶を破壊すれば……っていうか準備してるの見てないけど大丈夫だったろうか。

 

「みんな、霧が目に入らないように、注意」

 

 メノウさん、もうちょっと声を出してほしい。聞こえにくいわけじゃないけども、それは隣にいるからであって、戦ってる人たちには聞こえてるかどうか。

 というかその言葉が出るということは……

 

「盲目の香か! うまくいったな!」

「全員、目に入らないように注意しろ! 効果が出るまでここで押され負けるなよ!」

「目に入らないように、ですわね! わたくし、どうしたらいいかわからないですが、目薬ならたしか鞄に!」

「何言ってんだこいつ」

「すいません、そいつバカなんですよ」

 

 前線で戦ってる人たちが思い思いの言葉を出す。

 その前にいる魔物の背後には、うっすらと色濃い空気が漂いだした。あれが香だろう。

 

「キルヨネンさん! こっちはなんとかなりそうだ!」

「了解した! ただ、この魔物は香の届くところまで、連れていけそうにない」

「わかった! ここの3匹の目がダメになったらそっちに向かう!」

 

「ふむ。撤退か」

 

 もう観察は満足したのか、今になってイシュが動きだした。

 剣を抜いたのだ。

 

「何をする気だ、君は」

「撤退はもはや成功するだろう。もう結果が見えてるのであれば、観察など時間の無駄だ」

 

 

 あー、これは心証が悪くなる……いや、いいけどさ。どう思われようと私はイシュについていくつもりだけどさ。

 しかし、さっきの私の頑張りはなんだったんだ、って言いたくなるタイミングである。

 

 

 イシュはまず一番近くの森の破壊者、キルヨネンさんが抑えていた熊をあっさりと斬り捨てた。

 

「……!」

「あとはそこの三頭か」

 

 

 そこから1分もかからずに、森の破壊者の群れは死体へと変わり果てた。

 

 

 

 

 

「……協力に感謝する」

 

 キルヨネンさんは何か言葉を飲み込んで、イシュに感謝を告げた。

 

 あんなにあっさり倒せるならもっと早く動いてくれても、って責められてもおかしくないのだけど。

 なのにお礼を言えるのは、よっぽど育ちがいいのか。あ、そうだ。

 

「えと、キルヨネンさん」

「なんだろうか」

「今更ですが、助けてもらってお礼を言えてなかったので、ありがとうございました」

「礼には及ばないさ。僕は聖印騎士として当然のことをしたまでだ」

 

 優雅である。

 なんだかすごい優雅である。

 

「ところで君たちの名前を聞かせてもらえないだろうか。僕はタルシスの冒険者のことをおおよそ覚えているんだが、君たちのことは知らないからね」

「私はアルメリアです。それで、こちらの人は……教えて大丈夫?」

「教える理由などないが、教えぬ理由もない」

「えと、イシュです」

 

「アルメリアとイシュだね。では改めて、僕の名はキルヨネン。ビョルンスタットに仕えし聖印騎士の末席を飾る者だ」

 

 なんじゃこの優雅な人は。

 

「僕は負傷者を護衛しながら街に戻るが、君たちはどうするんだい」

「えっと……イシュ」

「我はこのまま樹海へ潜る」

 

 ぶっちゃけそろそろ疲れているけど、言いだせない。

 まぁ今までずっと運動してなかったのだ。その分を取り返すためだと思えばきっといける。

 

「そうか。では気を付けて───」

 

 

 

 突然、木々の奥からそいつは現れた。

 

 

 それは熊の魔物だった。しかし、その毛並みは鮮血よりも紅く染まっている。

 

 

 他の兵士や冒険者を無視して、そいつは突風のように近づき、イシュに剛爪を振るった。

 

 

 

「───!」

 

 

「イ、イシュ……腕が……」

 

 

 

 右腕が、もがれた。

 

 

 

 狒々の魔物の攻撃も、森の破壊者の攻撃も、平然と受けていたイシュに傷をつけたなんてものじゃない。腕をもぐほどの威力。

 

 

「赤い熊……こいつが兵士たちを壊滅に追いやった魔物か……!」

 

 

 どよめく周囲を気にしていないのか、赤い魔物はイシュにもう一度、破壊の一撃を喰らわせようとし───

 

 

「我の体を傷つけることが出来るとはな。大した破壊力だ」

 

 

 イシュの剣が燃え上がる。

 

 赤い魔物は動きを止め、逃げるように茂みの中へと走っていった。

 

 

「ふむ。我との力量差を見抜くか。魔物の割には知能が高そうだ」

 

「イシュ! 右腕が!」

 

「問題ない」

 

 

 なんでそんなに平然としていられるの。

 右腕が取れるなんて、三回目じゃないか! …………ん?

 

 あ。

 

 取れても大丈夫なのか。そういえば普通に取り外ししてましたね。慌てて損した。

 

 

「すぐに治療班の元へ行こう! メノウ、氷を作れるだろうか!」

「ん……」

 

 しかし他の人は慌てっぱなしだ。

 

 まぁそりゃそうか。

 

 

 

 ……どう説明しよう。

 

 

 

 

 




力溜め、からの破壊の一撃的な
赤熊は狡猾とか老獪とか言われてたので他の熊とは違う感じにしたかったのです。
あと酒場のNPC混ぜてみました。こうでもしないと出番があまりないのだ。

ちなみにわざと分離させたわけじゃなく、単純に耐久できなかっただけの今回の腕外れ。なのでボス戦はまあ、あれよあれ。舐めプを防ぐための布石。

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