世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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15.群れ統べる狩猟者の庭

 

 

 

 血の裂断者を追い掛けたワールウィンドさんを追って、さらに樹海の奥深くへと進む。

 

 イシュだけでなく、ワールウィンドさんも戦闘技術で言えば規格外な人だ。あの血の裂断者といえど、ワールウィンドさんに敵うとは思えない。

 まともにやりあえば、だけど……

 

 いくらイシュと渡り合える実力者とはいえ、彼は普通の人間の体だ。たぶん。確かめてないけどそのはずだ。

 

 血の裂断者どころか、森の破壊者相手でもまともに一撃をもらえば簡単に死んでしまう。良くて重症だ。

 

 今回の熊騒動は今のところ悪い状況だ。こちらの想像を上回るように、あの手この手で奇襲をかけてきているのだ。

 ワールウィンドさんがどれだけ強くても、奇襲を受ければそれは……

 

「階段……」

「さらに地下へ潜れるようだな。この調子ならば懐かしき大地まで降りれるかもしれぬな」

「懐かしき……? それより急ぎましょう! ワールウィンドさんにもイシュの、ほら、戦いぶりを見せるためにほら!」

「その必要はない」

 

 イシュの言葉はよくわからなかったため、流して救出に急がそうとしたがダメだった。さすがにチョロイシュ期間は終了……?

 

「いかなる芸術品であろうと、知性のない者には素晴しさを理解できぬものだ」

「……」

 

 意訳するとあれだろうか。

 ワールウィンドなんてキライだから見たくもない!

 って感じだろうか。

 

 この様子だと下手に煽てて急がせようとしてもなおさら動きが遅くなるかもしれない。やりすぎて怒られたら最悪捨てかれない。

 

 階段を降りながらできることは、ただただ悪い想像を頭から追い出すことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 碧照ノ樹海、地下三階。

 冒険者ギルドで受け取った地図はおそらく調査が届いていた範囲。つまり、地下二階の途中までしか解明してなかった。今回の騒動で熊たちが壁を破壊してできた道、それが奥へと続く通路を作ったのか。なんにせよ、この先は人は誰も足を踏み入れたことのない本当の未知の樹海だ。

 ワールウィンドさんの方が一足早いけど細かいことは置いておく。

 

「……」

「イシュ?」

 

 いきなり立ち止まった。

 まさか赤熊との戦闘よりもワールウィンドさんに会いたくないという気持ちが強いのだろうか。そこまで毛嫌いしてないと思っていたけども。

 

「熊の首領は赤熊ではないようだ」

「?」

「静かにせよ。どうやら我らには気づいておらぬ。どう動くか、少し様子を見る」

 

 イシュの目には何か見えているようだ。

 私にはイシュの見ている方角は、草木生い茂るただの景色だ。

 嘘をつく人ではない。となれば、赤熊よりヤバそうな熊がいるということ?

 

「少し近づくか。我から離れぬようにするのだ」

「は、はい」

 

 赤熊よりヤバい熊。

 赤熊は、奇襲だったとはいえ、イシュの腕をちぎるほどの力を持っていた。それよりも危険な存在がいる……

 

 きっとイシュも警戒している。声音や口調こそ普段通り高慢だけど、いつもならズカズカと存在を主張しながら突き進んでいる。

 

 幸い進行方向からの向かい風。私たちのにおいは気づかれにくいはず。ていうか樹海の地下でも風が吹く意味がわからない。

 不自然な音を立てないように、そして前を行くイシュから離れすぎないように慎重に進む。

 

 

「……!」

「……」

 

 

 あぶなかった。声が漏れかけた。

 木々の隙間から、イシュが見ていたものが私にも見えたのだ。

 

 森の破壊者や赤熊の倍以上の体躯。熊の魔物特有の、異常に発達した両腕。その両腕に釣り合うように全身を支える筋肉が遠目からもわかる。前のめりが基本の姿勢だった他の熊と違って直立していることも異常性を感じる。

 明らかに今まで見た魔物と桁違いの存在だ。

 あれも挑んではダメな存在だ。あれは捕食者だ。

 

 異常な魔物は何かを見ているようだ。視線はずっと同じ方角に向けられている。

 だからこそ私たちの接近に気づいていないのかもしれない。

 

 

 木々のざわめきと獣の唸りだけが聞こえる中、轟音が辺りに響いた。

 

 

 ───!

 

 ……大丈夫だ、声を押し殺せた。バレてない!

 なんだ今の爆発音みたいな馬鹿でかい音は。危うく悲鳴をあげかけたじゃんか。

 

 今の轟音に反応したのは私だけではないようで、異常な魔物も音に反応したのか、動き始めた。

 まるで大きく息を吸うように体を仰け反らせ───

 

 

「ひゃ───!」

 

 

 空気の震えが見えそうなほどの咆哮をあげた。

 距離があるにも関わらず、思わず耳を塞いでしまう激しい叫び。

 

「イシュ……今のなに……」

「我に獣ごときの考えなどわかるはずがない」

 

 心臓が激しく音を立てている。耳奥がジクジクと脈打つのが感じる。

 自分が生きているという証拠の音であり、命の危機を教える激しい警鐘の音なのだな、とぼんやり思った。

 

 大咆哮の余韻が消えないうちに、ひとつ、ふたつと別の方角から咆哮があがる。

 

 三つ、四つ、と咆哮の数が増えていく。

 10を越えた時点で数えるのを止めた。ただ気が狂いそうになるだけだ。

 今は逃げないと。ここにいてはダメだ。今だって危険なのだ。あれほどの数、いつの間にか後ろにいてもおかしくない。地下二階の熊の数でさえ兵士を壊滅させたのだ。その時を軽く凌駕する数だ。ここにいたら死んでしまう。

 

「アルメリア」

「……、…………!」

 

 イシュと逃げないと。声を出したいのに声が出せない。自身の声が、熊に居場所を教えてしまうのではないか。居場所がバレたら死ぬ。死んでしまう。

 

「…………、……!」

「……行くぞ」

「…………っ!?」

 

 イシュはひどく哀れむような目をしたあと、来た道を引き返すことなく前へ足を進めた。

 追いかけなくては、と思うが動けない。衣擦れの僅かな音を立てることすらこわい。

 

「……アルメリア。汝は声が大きいだけの獣どもに、我が遅れをとると思っているのか」

「……」

 

 イシュが振り返り私に声をかける。

 私は動けない。声を出せない。

 

「我は天の支配者。地を這う獣ごときがいくら集まろうと敵になりえぬ」

「……」

 

「汝は我を信じれぬか?」

 

 

 なんでだろう。

 それまではずっと不敵な表情だった。自信溢れる喋り方だった。

 

 信じることができるかどうか、それを尋ねるときだけなんでそんなにも、寂しそうな顔になるんだ。

 

 イシュを信じてついていくと、独りぼっちだった家から出るきっかけになったあの時に決めたじゃないか。

 始めはただの直感と、体を治すためという打算もあった。

 これまでずっとイシュは嘘をつかなかった。

 信じることができる要素しかないのに、少し熊がうるさかったからって、信じれなくなるなんてどうかしていた。

 

「……ごめんなさい、少し取り乱してた。でももう大丈夫」

「そうか」

 

 ようやく声を出せるようになった。イシュがいるから大丈夫、なんて考えたからかもしれない。

 それともうひとつ、動けるようになった理由がある。わかったことがある。これは知られたら否定されそうだ。いや、それどころか怒られそうだ。

 

 

「イシュのことを疑うなんて、ありえないよ」

 

「それでいい」

 

 

 イシュは──────承認欲求の塊なのだ。

 

 

 あ、間違えた。寂しがり屋なのだ。

 思えばよく『この時代の者には我を信じられぬか』とぼやいていた。アンニュイにもなっていた。

 

 頼られること、信じられることが本当に嬉しいのだ。

 

 そこに気づいた途端、先程の寂しそうな顔にすごく納得がいってしまう。

 信用がなくなることがこわいのだ。

 

 

「……そういうところは見た目相応なんだから」

 

「む? 何がだ?」

「なんでもありません、はい!」

 

 あぶないあぶない。口から自然と漏れていた。バレたら絶対否定されたり怒られたりしちゃう。

 

「あれ? あの熊っぽい大きいやつは?」

 

 パニックになってしまっていて気づかなかったけど、いつの間にかあの魔物がいなくなっていた。

 

「奥へと消えて行った。気は進まぬが、あの男と合流する」

「あの男って……ワールウィンドさんの場所がわかるんですか!?」

 

 そこにいる、と指で示すイシュ。

 

 うん、私には見えない。

 古代パワーと現代もやしの差は目にまで表れるということだろうか。

 

 邪魔な葉っぱを払いのけて進むイシュの後ろについていく。

 まともな道にようやく出れば、そこには言っていた通りワールウィンドさんがいた。

 

「アルメリア、無事でなによりだ」

「ワールウィンドさんも! よかったぁ……」

 

 いつも通り締まりのない顔のワールウィンドさん。この地下三階にいるということは、彼もあの熊たちの叫びを聞いているはずだ。

 

 ……もうちょっとキリッとした表情になれないのだろうか。

 

「汝は熊の主を見たか」

 

 イシュからの問いかけで無くなりかけた緊張感を取り戻す。

 そうだ、今は無事を喜ぶ場面じゃない。ヤバい魔物がいるのだから。

 

「いいや、俺が見たのは血の裂断者だけさ。やっぱりさっきのは本当のボスの吼え声だったのか」

「そういえば、ワールウィンドさんは赤熊……血の裂断者を追いかけてここまで来たんですよね」

「あー、それなら……」

 

 何故か言いよどむ。

 これは……赤熊には結局逃げられたということだろうか。

 

 この事は触れない方がいいかな。ワールウィンドさんのプライドのためにも。そっとしておこうか。

 

 別のことを話そうとして、ワールウィンドさんの背後の惨状に気づいた。

 

 

「赤熊の、腕……?」

 

 

 赤熊の腕だけが落ちている。

 いや、腕だけではない。

 

 腕から離れた場所には赤熊が、その体を大きく抉られている姿を晒していた。まるで内側から爆発させられたかのように、あたりに血肉をぶちまけている。

 

 

「汝がやったのか」

 

「まあ、ね。先に言っておくよ。これは俺の切り札だからおいそれと見せるわけにはいかないよ」

 

 

 廃鉱の狒々も同じような死に姿をしていた。あの時もワールウィンドさんの仕業だった。

 人の技でこんな風にできるものなのか。

 

 

「それよりも、どうするか決めないか? どうも相手の数はかなり多いみたいだ。一方の俺たちはここにいる三人だけ。俺としては一度報告に戻るべきだと思うね」

「数が多いといえど所詮は獣だ。ものの脅威ではない」

「君が勝手にやられるのはいいけど、アルメリアまで巻き込むのは見過ごせないな」

「我がやられるだと?」

 

 死体を眺めている私の背後で喧嘩が発生しかけているんですが。

 

「百歩譲って君が負けないとしても、俺たちの目的達成は難しいんだよ。敵の首領に逃げられたら無駄に終わる。逃げられないように包囲陣が必要だ」

「地下二階の兵士は壊滅した。森の破壊者相手にだ。あの街の兵の練度では包囲陣にもなりえぬ」

 

 後ろの言い争いに参加するべきなんだろうけど、赤熊の死体が気になってしまう。決してグロッキーな姿に魅力がとかではない。ただの怪力や剣技ではない、何かが掴めそうな気がしたからだ。

 

「……中が、焦げてる? 皮膚は焦げてない……」

 

「兵士だけでなく冒険者も募ればいい。熊の討伐ではなく包囲陣を組むためなら危険度はぐっと減る。それなら参加者も増えるさ」

「先の作戦が失敗している以上、集まるとは到底思えぬな」

 

「右斜めから一回斬りつけて……そのあとに体内に爆弾? ってそれはないか……」

 

「それは君の考えだろ? 実際はどうなるかわからない」

「その言葉、そっくりそのまま返そう」

「らちが明かないな……」

「汝が戻ることに我は何も言わぬ」

「俺だって君が進むぶんには何も言わないさ。だけど」

 

 斬撃は一回のみ……爆発する剣? イシュのリンクフレイムの爆発するタイプみたいな? でもワールウィンドさんはイシュのような古代パワーを持っていないし……

 

「アルメリアを巻き込むのはやめるんだ」

「アルメリアは我の被検体。汝が決めることではない」

 

 おおぅ、いきなり私の名前を出さないでください。

 

 これ以上赤熊を観察してもわかることは少なそうだ。ソードマンが使う薬品をなんやかんやしたとかならさっぱりだし。

 それより私も話に参加しないと。名前が出てることだしね。

 

 しかし、私の所属ギルド的に考えたらリーダーはイシュだ。イシュの決定に従うものだし、私の意見は要らない気もする。

 

「ワールウィンドさん、私は大丈夫です」

 

 ワールウィンドさんに私の意思を示す。

 納得がいかないような顔をされた。心配してくれるのは嬉しいけども。

 

「アルメリア、無茶はよくない。その意思がイシュの機嫌を損ねないためとかなら、認めるわけにはいかない」

「そういうのも少しありますけど、無茶ではないですよ」

「何を根拠に……」

「決まりだな。我らはこのまま探索を行う。汝は街に戻るといい」

 

 苦虫を噛み潰した顔とはこういうのを言うんだろうなぁ。ワールウィンドさんの表情に申し訳なさがいっぱいだ。

 

「……、わかった。だが絶対に」

「無茶はしませんし、危なくなったら逃げます」

「……約束してくれよ」

「はーい!」

 

 私の親ですといわんばかりの心配ぶりだ。

 ワールウィンドさんは赤熊を仕留めた証として、千切れた腕を背嚢に入れて帰り支度を始めた。

 

「あ、そうだ。ワールウィンドさん」

「どうしたんだい?」

「ちょっと待っててください。熊のボスの姿を今から描きますんで」

 

 街に報告するならボスの特徴とかも知らせてもらった方がいいかもしれない。

 隠れながら見たあの姿を忠実に、なおかつ簡易に描いていく。赤毛が髭のようになっていた。あと下半身も他の熊と違ってがっしりしてた。他には……

 

「上手いもんだね」

「いひひ」

「……」

 

「珍妙な笑い声だな」

「そ、そうですか?」

 

 調子に乗った途端に手酷い言葉だ。褒めてくれたワールウィンドさんも無言になったということは、そんなにもヘンテコな笑い方だったんだろうか。ちょっと傷つく。

 

「……思えば、アルメリアの笑うところは久しぶりに見たかもしれないな」

「おおぅ……しみじみ言われると照れ臭いです」

 

 ワールウィンドさんはいったい何目線になっているのか。そうこうしているうちに完成した人相書き。人ではなく熊の魔物だけど。

 

「ありがとう。それじゃ、俺は報告に一度街に戻るけど……助太刀ができるよう、なるべく急ぐよ」

「好きにするがいい」

「ワールウィンドさんも無茶しないように、ですよ」

 

「俺は無茶してもいいのさ」

 

 

 なにそれズルい。

 ふざけた返事だったが、その声音はいつもよりほんの僅かに沈んでいるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ワールウィンドさんも街に戻ったことにより、今この樹海にいる人間は私とイシュのみ。

 

 赤熊の死体を貪るためにか、気づけば蠍の魔物が死体に群がっていた。

 

 熊だけでなく、当然他の魔物もいる。

 気を張り巡らせて挑まなくては。

 

「アルメリアよ、準備はできたか」

「へ? あ、はい。いつでも?」

 

 準備って探索の準備ってことだよね?

 

「ではまず、この階層の地図を完成させる」

「ほへ? 熊のボス探しじゃないんです?」

「それも兼ねる。だが、地形を知らぬままでは確かに逃げられかねん。よって、地下一階にあったような抜け道も探す」

 

 それに当初の目的は熊探しではなく樹海の調査だ。とイシュは続けた。

 

 つまりは地下一階の時のように、廃鉱の時のように、とりあえず探索しつつ地図を描きつつ、といった具合に初日のようにいけということか。

 

 ただ初日と違うのは、

 

 

「では行くか」

 

 

 イシュが私のペースに気遣ってくれている点だ。地図を完成させるため、そしてその地図をイシュも期待しているため。そんな思惑はあれど、これがなかなかに嬉しい。

 

 

「はいっ!」

 

 

 

 少し前に感じていたの怯えなどすっかりなくなった私は、軽い足取りでこの地下三階を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 






バーローは頼られたからこそ、2ではあんなのになるまで研究に没頭してしまったって印象があるんです。なのでこのお話のバーローの行動の根幹は、期待や信頼に応えたいというのが大きいです。

今回のお話は獣王さんの御披露目でした。
実際あの獣王さんは他の熊と違って姿勢が良すぎですよ。そしてXの獣王を見てると結構な潜伏技術と奇襲能力を持ってそうなので、能力的にはX寄りのイメージでいきます。
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