世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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20.たおやかな朝の風景

 

 

 

 

 街はずれの一角にある一軒家。そこに朝日が差し込む。

 

 窓から当たる日の光は眩しく、夢の中から現実へと引き戻してくれた。

 

 

「朝、かぁ……」

 

 

 今日はあの影の夢を見なかった。

 黒い依頼書に触れちゃったから夢に出てくると思ったが、そんなことはなかった。

 

 店主さんが言うには、お祓いに来てくれた人たちは黒い竜を幻視したそうだけど、私も一度見たけど今回は来なかった。よくわからないものである。

 

「……少し息苦しいや。あの依頼書のせい、じゃないかな……」

 

 黒い依頼で気が重いから息苦しい。そんな感覚だったらよかったが、どうも違う。胸に手をあてれば、返ってくるのは柔らかい感触などでなく、ガサリと茂みのような抵抗感。

 それと同時に体に走る痛みと大きくなる不安。

 

 

 あの森の空気のせいだろうか。進行が早くなってる。

 いまだ体を治すすべは見つかっていない。あとどれだけ持つだろうか。

 

 

 窓を開け、朝一番の風で不安を吹き飛ばそうとし……

 

「───しつこいな!」

「猪口才な!」

 

 何故か庭先で争っている二人が見えて、不思議と疲労感が沸きあがった。

 

 

 

 

 

 

 

 今日の朝食は黒パン。何日か置いておいたせいか、少しだけ堅くなっている。

 それにバターと塩。あとチーズだ。

 

「アルメリア、ちゃんと野菜を取らないとダメだよ」

「朝はバタバタしがちなんでこんなもんでいいんです」

 

 庭先で争っていたうちの一人、ワールウィンドさんが口やかましく食バランスについて語ってくる。

 それよりもまず言うことはないのだろうか。具体的には争っていた理由について。

 

「アルメリアよ。砂糖がなくなった」

「もうですか? そんなに使った覚えはないんですけど……」

「こいつさっき砂糖を滅茶苦茶入れてたぜ」

「コーヒーには入れるものだろう」

 

 今度砂糖を買っておかないと。

 というか他に言うことはないんだろうか。具体的には争っていた理由について。

 

 このまま待っていてもダメなようだし、こちらから切り出そう。

 

「あの、二人とも何か言うことってありませんか?」

「ん?」

「む?」

 

 二人して頭に疑問符である。

 

 しばしの思巡ののち、ようやくわかったのかワールウィンドさんが言いだした。

 

「ああ、ごめんよ。いただきます、だね」

「違います。いや、それは正しいですけど違います。いや、ていうか何でワールウィンドさんまで朝食一緒なんですか」

 

 すごい自然といるけども、朝食は宿で取ってないのだろうか。

 

「……我から言うことなどないだろう」

「いや、ありますって。いや、イシュは思いっきり当事者ですって」

 

 二人とも争っていた理由について話さないのはなぜなのか。

 それとも私が気にし過ぎなんだろうか。いや、でも普通気になるものではないか。

 

「朝から二人が庭先で争っていた理由ですよ!」

「ああ、そういうことか」

 

 言われてようやく納得といったワールウィンドさんである。その一方でイシュはなんでそんなことを気にするかわからないといった表情である。

 

「俺がウロビトを里まで送るのは知ってるだろ? それで送る前にアルメリアに会っておこうと思ってね。で、この家に来たんだけど……」

「その男が我に模擬戦をしたいと言いだしてきたのだ」

「全然話の繋がりが見えません」

 

 ワールウィンドさんがウーファンを送るのは知っている。

 なんでそれで私に会いに来たかはよくわからない。まあ過保護だからっていう理由かもだけど。そしてそこからなんでイシュと模擬戦なのかもっとわからない。

 

「ははは、模擬戦についてはなんとなくだよ。冒険者の行動に理由なんて聞いても無駄なことが多いさ」

 

 そういうものだろうか。

 冒険者経験が僅かな私ではわからないことだ。だけど今までのワールウィンドさんはなんらかの意味がある行動しかしてきてないイメージなんだけども。顔の胡散臭さに誤魔化されがちだけど、真面目な人だとばかり。

 

「でも、アルメリアに会いに来た理由は心配だからだよ」

 

 そこは、やっぱり、としか思い浮かばない。

 別に怪我をしたわけでもないのに心配になるってよっぽどだと思うけど、過保護なワールウィンドさんだしなあという納得しか出てこない。

 ワールウィンドさんはそのまま言葉を続けていく。

 

 

「今までずっと碧照ノ樹海で足踏みをしてしまっていた。けど、そいつのおかげで碧照ノ樹海は越えた。気球艇の改善もされた。ウロビトも発見できた。里の場所も把握することができる。一気にことが進んだんだ」

 

 

 そいつ、というのはイシュのことだろう。

 ワールウィンドさんとイシュが仲良くなる日は遠そうだ。

 

 

「もう少しなんだ……もう少し。だけどだからこそ、アルメリアの体が心配だ。冒険に出たことで体の調子がひどくなったりしてないかい? 本来は安静にしているのが一番なんだ。体の疲労が増せば増すほど危険も増える」

 

「確かに、進行は結構進んでます……だけど今はまだ大丈夫で───」

 

「今回だけでいい……今回だけ、俺と一緒にウロビトの里に来てくれないか」

 

「ほひ?」

 

 

 てっきり冒険者活動は休んで家でおとなしくしてろ、とつなげるかと思いきや、一緒に来てくれと言う。

 しかも、よりにもよってウーファンがいるウロビトの里へだ。というかタイミング的にウーファンと同じ気球艇に乗れということだ。

 

 これは遠回しの嫌がらせなのだろうか。

 

 いやいや、そんな意図はないと思ってますとも。だけど本当の意図が全くわからない。

 

 

「えっと……? いったいなんでですか?」

 

「それは…………ウロビトはタルシスの人より世界樹についての知識がある。だから、呪いの進行を止めれる可能性もある」

 

「そうでしょうか……ウーファンを見てる限り、あまり期待できないというか」

 

「俺も詳しくは言えない。言えないが……ウロビトの里には呪いに対抗する何かがあるはずなんだ」

 

 

 その何かがなんなのか。

 詳しく言えないってこれまたなんでなのか。

 そこらへんを詳しく聞きたい衝動にかられる。

 

 

「頼む、今回だけでいい」

 

 

 ワールウィンドさんは深々と頭を下げた。

 

 

「こうでもしないと、俺は……」

 

 

 どうしよう。

 ここまでされたら今回くらいは、という気持ちにもなる。それに何よりも、今日の予定はあの怪しげな依頼をこなすことだった。それを避けるチャンスである。

 

 しかし、イシュは納得がいくだろうか。

 イシュも連れていくとかならって条件を出してみる? それなら納得がいくだろうか。

 

「イシュ、今回だけでも───」

「我はどちらでも構わぬ」

「え」

 

 反対すると思ってた。

 

「ウロビト自身が持つ世界樹の情報は期待できぬ。創造した人間の情報も同じだ。だが、書物などで情報を残しているかもしれぬ。ゆえに全くの無意味とは断じることはできぬ。もっとも、可能性は低いだろう。ゆえに我は予定通り動くがな」

 

 可能性は低いけど、零ではないと。

 そして私がウロビトの里に行っている間に、イシュは丹紅ノ石林の探索、およびあの依頼をするつもりなのだろう。あ、あと光粘菌の木捜索。

 

「じゃあ今回は手分けして、ってことですね?」

「うむ。我はそれで構わぬ」

 

 ウーファンと一緒なのはひどく嫌ではあるけど、あの黒い依頼に関わらないのは嬉しいことだ。まあ、イシュが関わるけども、イシュなら大丈夫だ。

 

「ワールウィンドさん。では今回だけ、お願いします」

「ああ、ありがとう。イシュも、感謝する」

 

 私の体を気遣ってのことだし、むしろ感謝はこちらがするべきだと思うけども、まあいいや。

 

「それで、いつ出発なんです?」

「気球艇の改造が終わり次第。といっても俺のはすぐさ。ウロビトを送るためにも、少しでもはやくってことで俺の気球艇が最優先されているからね」

 

 それじゃ、すぐにでも用意しなくちゃか。

 

「ちなみに君たちの気球艇は一番最後に回すらしいよ」

「え。なんでまた!」

「あの鉱石を見つけ出したのは我だ。その功績をあげたにも関わらず後回しだと?」

 

 さすがにこれにはイシュも納得がいかないようだ。

 私はノアが後回しでも今回は関係ないが、理由を教えてほしいところだ。明らかにあの鉱石の発見は誉められることなのに。

 

「ウロビトの拉致がね……」

「あー……」

 

 私はもう納得しました。

 問題行動ですよねそりゃ。

 

「後回しとは言ったけど、今日中には終わるはずさ。きっとね」

「……」

 

 イシュは納得してなさそうである。

 

「あとで交易長に急がせる」

「……そこは我慢して待ちましょうよ」

 

 あの交易長は急かされたとしても怒鳴り返してきそうなイメージがある。気球艇のことに関してのことだと特に。

 まぁ今回に限っては私は関係ない。ないったらない。

 とりあえずウロビトの里に行って……イシュとの合流場所は……

 

「ウロビトの里ってどれくらいの時間いる予定なんです?」

「ん? 色々調べたいこともあるし、数日は滞在したいところかな」

「け、結構長いんですね……」

 

 日帰りだとしたらあの黒い依頼書に間にあってしまうと心配したけど、まさかの数日。

 

「さすがに何日も里にいる気はないです……」

「……わかったよ。辺境伯も同行することだし、確かに何日もいれないか。だけど最低でも一日はいてほしい。それから滞在期間を延期するか、もう一度考え直してほしいんだ。もしかしたら気が変わるかもだからね」

 

 ワールウィンドさんはいったい何を考えているのだろうか。

 もはや確信めいた何かがあるのではないか。まあ聞いても答えてくれないのだろうけど。

 

「一日経っても考えは変わらないと思いますけど……その時はイシュの元まで送ってもらえますか?」

「……ああ。もちろんだ」

 

 まあイシュの方からウロビトの里に来るかもだけど……いや、来ないかなぁ……

 石林の調査次第かな。

 

 イシュがウロビトの里に来る場合は何か詰まって他に探すものがない状態ってことだし、あまりそれは望ましくない。

 

「それじゃ、食べ終わったら辺境伯の元へ行こうか」

「はーい。イシュは今日のところはこれからどうしますか?」

「我は先も言ったように交易長を急がせる。それに、ベルンド工房に剣を取りに行く。以前渡した素材を剣に加工するために日を開けるように言われていたからな」

「以前……あのボス熊のですね!」

「うむ。あのこざかしい獣だ」

「獣王ベルゼルケルだよ」

 

 立派な名前だったとは覚えてたんだけど、覚えにくいのだ。

 ボス熊でいいじゃないか。

 

 その後は他愛のない世間話をしながらの朝食だった。

 どっかの印術師の家が印術の実験に夢中で全焼したとか。こわい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イシュと別れ、ワールウィンドさんとマルク統治院へ向かう。

 だけど気分はあまり優れない。何故ならウーファンも一緒になるとわかっているからだ。

 

 まあ、別にウーファンとわざわざ話す必要などないし、辺境伯も一緒だし、辺境伯がきっとウーファンの相手をしてくれるだろう。というかずっとだんまりかもしれない。あの女のことだし。

 よし、別のことを考えよう。もっと有意義なことを。

 

 私の歩く速さを気遣って、ゆっくり横を歩いているワールウィンドさん。ちなみにイシュの場合もこちらにペースを合わせてくれるが、頑なに前を歩く。それはともかくワールウィンドさんを見て思う。

 

 いつも肩に引っ提げている荷物の中身はなんだろう、と。

 

 最初はただの魔物の素材や採集品かと思っていたけど、いっつも中に何かはいっているのだ。冒険帰りとかならいっぱいでも理解できるけど、今日はこれからというのにすでに何か重そうな雰囲気である。

 

「ワールウィンドさん」

「なんだい?」

「その荷物ってなんですか? なんだか重そうですけど」

 

 わからなければ聞く。

 私の予想では鎧と見た。

 ワールウィンドさんはかなり軽装なのだ。イシュやウィラフさんのような軽装剣士というのはいるにはいるが、重鎧の剣士だって珍しくない。考えればワールウィンドさんが魔物と戦っている場面を見たことがないし、実は樹海に行くとそこから鎧を取りだして着込んでいるのではないか、そんな予想である。

 

「ああ、こいつは俺の故郷の……お守りみたいなものさ」

「そういえばワールウィンドさんの故郷ってどこなんです? すごい今更ですけど」

 

 考えれば10年顔を合わせているのにワールウィンドさんのことを全然知らない。

 

「そうだな……故郷に戻れる時に教えるよ。それはきっともう少しだ。だから、それまでのお楽しみで頼むよ」

「いや別に楽しみではないですけど」

「手酷いな……」

 

 しまった。ちょっとワールウィンドさんがしょげてしまった。

 

「それよりも目先のことに集中しようか。先のことばかり考え過ぎて失敗なんてしてられないしな」

 

 雑談をまとめたところでマルク統治院に到着した。

 私はワールウィンドさんほど張りきれない。だってウーファンいるし。

 というかワールウィンドさんはなんだかいつもよりも随分と張り切っている気がする。まぁいいことだけど、そこだけ少し気になった。

 

 

 

 

 

 

「おはよう諸君。イシュが一緒じゃないとは、珍しいものだね」

「おはようございます」

「辺境伯、今日はアルメリアも連れていきたいんだ。イシュは別行動でね」

 

 私を連れていくことを事前に話していなかった見切り発車っぷりにびっくり。

 辺境伯は少し思案した後、許可を出してくれた。たぶんイシュがいたら出なかった気がする。

 

 そして辺境伯とワールウィンドさんは今日の打ち合わせを始めた。ちなみにこの部屋にはまだウーファンはいない。

 ふと気になったことがある。聞くなら今しかないと思い、横から話に入ることにした。

 

「辺境伯自ら里に行くのって危なくないです?」

「うん? そうかね?」

「そこは俺も同意見だね。タルシスの領主という立場なわけなんだし」

 

 ウロビトの里がどんな場所にあるかまだわかっていないが、ウロビトは人間を好んでいない。ウーファンが例外という可能性もあるけど。

 とにかくそんな敵地みたいな里へ、親睦を深めるためだなんて危険である。

 

「ふふふ、心配ありがとう。だがこれは私自ら行かないといけないことなのだよ。理由は……誘拐まがいの謝罪の方が重要だからな。誠意ある謝罪をしなくては、彼らとの溝を埋めることができない」

「……まことに申し訳なく思います」

 

 誘拐を手紙ひとつで謝ってさらには親睦をーなんて出来っこないか。そりゃそうか。

 イシュの件は思った以上に厄介なことになってしまっている。イシュ本人が謝罪した方がよりよいのでは、と思うけど……無理だわ。イシュの謝罪とかレアすぎる。

 

「あとアルメリア君、昨日のような言葉は控えるように頼むよ」

「は、はい……」

 

 私もたいがい問題児という認識なようだ。でもあれはウーファンが悪いのだ。私は悪くねぇ。

 

「ウーファン殿が言うにはウロビトの里は崖の上の深い森の中だそうだ。そこには魔物も出る。なので諸君には私とウーファン殿の護衛という名目で一緒に来てもらいたい」

「ああ、問題ないよ。ただ、里についたら少し調べ物がしたい」

「里で自由に動けるかはウロビト次第だが、こちらからも可能な限り善処しよう」

 

「水を差すようで恐縮なんですが……」

「何かね?」

「ウーファンの態度を見る限り、ウロビトと友好は難しい気がします。いくら大昔は一緒に過ごしていたからって言っても……」

「それは調べてみないとわからない。本当に我々とウロビトの関係が、修復不可能なものなのかどうか。それに、ウロビトは複数の長老が大きな決定権を持つらしい。彼らと会話をして手を取りあうことのできるようにする。それが私に課せられたミッションといったところだな」

 

 

 諸君の協力もお願いするがな、と辺境伯はウィンクをしながら言った。茶目っ気たっぷりであるが声音は真剣そのものだった。

 

 話も一区切りついたところで交易場の作業員から、ワールウィンドさんの気球艇の改造が済んだとの知らせが届いた。これでいよいよ、客室のウーファンを迎えに行ったら出発となる。

 

 辺境伯もワールウィンドさんも真剣だ。

 私も真剣に行こう。ウーファンは嫌だけど、真剣に頑張ろう。

 

 

「では行こうか諸君! タルシスとウロビトを繋げるために!」

 

 

 そう力強く辺境伯は言い放ち、マルゲリータを抱きながら歩き始めた。

 真剣であっても犬は連れていくようだ。

 

 

 

 

 

 




 

次回と次々回は視点が変わります。
さらに言えば次回からしばらく主人公不在です。一応主人公はバーローなつもりなんで……

ちなみに今回ワールウィンドとアルメリアの行動を許可したバーローですが、一章の時に拒否したのは

胡散臭いワールウィンドがアルメリアの代わりに我と行動するとかほざいた。
アルメリアと違い、我を信じてる感が全くない。
我を信じずついてくるやつはいらない。

という感じからワールウィンド却下、ってなったため。
今回の許可は、アルメリアとワールウィンドが行動するのは別にどっちでもいい。手分けして探せるならそれでもかまわない。我は単独でも問題ないのだから。みたいな。

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