世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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今回はウロビトのウーファンさん視点です。




21.深い霧が隠すは道か心か

 

 

 

 

 

 

『ウーファン、今日は世界樹が起きてるの!』

 

 

 巫女は、シウアンは、とてもうれしそうだった。

 

 

『それでね、あの子が教えてくれたの。下の森に懐かしいものが来てるんだって!』

 

 

 世界樹の巫女。

 世界樹と意思を交わすことができる、神聖な方だ。人間でありながら、我らウロビトと共にあられる方だ。

 

 他のウロビトがいるときは毅然と務めているが、私と二人きりのときは無邪気な様子を見せてくれる。それはとても嬉しくあり、それとは逆に心苦しくもある。

 

 自由を許されないウロビトの里にいることは、シウアンにとって果たして幸せなのか。

 

 

『ね、ね、わたしが迎えに行ってもいい……?』

 

 

 シウアンは私と二人きりでも、何かをおねだりすることはなかった。

 

 このときが初めてのおねだりだった。

 

 しかし、世界樹の巫女を里の外に出すわけにはいかない。

 

 だから代わりに私が、その懐かしいものを迎えに行くことにした。

 

 

 巫女の、シウアンの初めてのお願い。それすらも叶えることのできない私は──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉のノックする音で目が覚めた。

 

 うたた寝していたようだ。昨日から心身が疲れているかもしれない。

 原因はわかっている。

 

 今いるこの場所が、いつものウロビトの里ではなく、人間の街だからだ。

 

 

「失礼します。送迎の準備が整いましたので、ご足労をおかけします」

「ようやくか」

 

 何も言わずに一日空けてしまった。そのためシウアンに心配をかけてしまっている。

 今は一刻も早く里に戻りたい。

 

「ウーファン殿、ゆっくり休めたかね」

「……悪魔が潜む人間の街で安らげるものか」

 

 辺境伯と呼ばれていた人間が声を掛けてきたが、どうでもいい。

 

「悪魔って……」

「また貴様か……」

 

 辺境伯の後ろにいた人間が、何か不満気にしていた。こいつは昨日も散々突っかかってきた馬鹿な娘だ。

 昨日はいなかったもう一人の男が馬鹿な娘をなだめている。

 

 どうやら今日はあの悪魔はいないようだ。

 

 やつはありえない存在、ありえてはいけない存在だ。

 命を持たずして、命があるかのように振る舞う。

 

 そして人間を甘言で惑わし、心のうちに入り込み破滅へと追いやる。世界樹を陥れ、人間に奇妙な刷り込みをしているのもあの悪魔の仕業だろう。

 

「ウーファン殿、今日は私とアルメリア、そして昨日はいなかったがワールウィンドの三人で送らせていただく。それと今回、私としてはウロビトと友好を交えたい」

「……長老たちと取り次いでほしいと言いたいのだな」

「是非ともお願いしたい。過去に我々とウロビトの間に溝ができてしまったようだが、今の時代までその溝をそのままにしておきたくはないのだ」

 

 すぐにでも拒否したいところだが、私個人で決めていいものではない。

 長老会議による決議が必要だ。

 

「いいだろう。だが里で勝手な行動は許さない」

 

 長老に話すまでもないと、この場で拒絶することもできた。

 それをしなかったのは、もしかしたらシウアンのためになるのでは、という気の迷いでもあった。

 

 

 

 シウアンをこのままウロビトの里に閉じ込めていていいのか。

 

 同じ種族である人間とともにいたほうがいいのではないか。

 

 

 

 巫女の付き人としてあるまじき考えが昨日の朝から幾度となくよぎる。

 

 ウロビトの里を思えば、巫女は里にいるべきだ。

 だが、シウアンを思うのであれば……私はどうするべきなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物珍し気に見てくる視線が鬱陶しい。

 

 街中を歩いている最中はじろじろと不躾な視線が多く感じられた。

 だがそれももう終わる。

 

 空飛ぶ魔物と初めは思ってしまった物体。気球艇に乗り込む。

 昨日もこれと同じものに乗せられたが、あの時と違って手足は自由だ。

 

「誰かを乗せることになるとは思ってなくてね。ゴンドラの中は散らかってて人に見せられないんだ。悪いね」

 

 ワールウィンドと呼ばれていた男がしまりのない顔をしながら言ってきた。

 

 ゴンドラというのが何かはわからなかったが、そこの物置部屋のことだろう。誰も入れないように大きな荷物を扉の前に置いて通さないようにしていた。

 

「組み立て椅子なら人数分用意してあるから、これで好きなところに座ってくれ」

「あ、ありがとうございます」

「マルゲリータの分が見当たらないが?」

「……抱きかかえてたらいいんじゃないか?」

「ふふふ、それもそうだな。マルゲリータ、こちらに来なさい」

 

 奇妙な毛玉の生物は魔物ではないようだ。だが意思疎通はできない。

 

 今のところは、この乗り物に乗っている生物は正常だ。

 あの悪魔のように命がない存在ではない。

 

「……この椅子、どーぞ」

 

 悪魔に良いように騙されている娘が私に椅子を差し出した。

 

 ただの愚かな被害者ではあるが、世界樹に似た気が感じられるのが腹立だしい。

 そしてその気を勘違いしたのか、世界樹の呪いだとふざけたことを主張していた。

 

 世界樹がそのようなことをされるはずがない。

 仮に人間を植物に変えていくのだとしても、それは人間へ下した罰だ。

 

「……もしかして、この椅子の組み立て方がわからないんですか?」

「そんな単純な構造がわからないわけがないだろう」

 

 確かに初めて見るものだが、他の人間が使っている様を見れば理解できる。

 それくらい予想がつくものだろう。

 

「…………やっぱり高慢さはイシュと同じだわ」

「何か言ったか」

「いーえ、なんでも」

 

 何を言ったかはわからないが、愚かな娘のことなどどうでもいい。

 

 空からの景色という、異常な光景を今は楽しむことにしよう。

 

 シウアンへのいい土産話にもなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼下には瘴気の森が見える。

 

 崖を登る必要がないというだけで、想像より早く里に戻れそうだ。

 日が沈む前ならば危険な黒猿もいない。

 

「ウロビトの里ってどのあたりなんだい」

「そのまま進んだ先だ。谷の上にある、深い霧に覆われた森。その中にウロビトの里がある」

 

 この大地で一際大きな森だ。たとえ遠目からであっても目を引くものだというのに、

 

「濃雲の谷……」

「碧照の石碑と同じものまであるぞ……」

 

 愚かな娘はさらに北の谷を凝視していた。辺境伯という男も、何やら奇妙な筒を覗きこみ北の谷を見ているようだ。

 

「ウーファン殿、あの北の谷にある石碑と同じものを知らないかね?」

「石碑なら谷上の森のそばにある。貴様らが何を気にしているかは知らないが、寄り道なら貴様らだけでするのだな」

「そうだな、すまない……む? 谷の上の森ということは、ウロビトの里のある森でもある?」

「それがなんだというのだ」

 

 この人間たちは何を気にしている。

 

「魔物は多いですか?」

 

 そういうことか。

 この人間たちの街と違い、魔物の危険性が多い土地柄だとは理解できているか。

 

「当然、魔物は多い。だがそれは道中までだ。里の中までは入らぬように壁と方陣を敷いてある」

「方陣?」

「我らウロビトが編み出した術だ」

 

 この娘もなんらかの術師だとは思うが、やはり方陣については知らないか。

 

「それにしても深い霧だなぁ。あれは自然発生した霧なのかい?」

 

 今度はワールウィンドとかいう男から質問があがった。

 

「我らの祖が強力な術を用いて発生させた、と私は聞いている」

「祖ってことは今は同じ術は使えないのかい」

「その術に関しては伝承しか残っていない。術の記録は受け継がれていない」

 

「霧を発生させれるって……あの、北の谷の濃雲も術で作ったとかだったり……します?」

 

 

 先程から質問ばかりだな。

 そろそろ律儀に答えるのも馬鹿らしくなってくる。

 

 

「伝承ではそうだ。巨人の進行を妨げるためにウロビトは結界を張った。それがあの谷の濃雲となったのだと」

 

「神話の時代の術ってわけか……」

 

 

 ワールウィンドのつぶやきを除いて他の二人は黙りこんだ。この人間たちはもしや、世界樹に近づこうとしていたのか。だとしたら無駄なことだ。伝承ではあるが、実際にあの谷は結界としての役割を果たしている。

 

「なんで……いや、あの濃雲は消せますか!」

「すでに失われた術だ。消すことはできない。できたとしても、消すわけにはいかない」

 

 今この娘、舌打ちしたぞ。

 

「アルメリア君」

「ごめんなさい、つい……」

 

 咎められた娘は本当に愚かしい。

 この人間たちはウロビトと友好を結ぶつもりで来ているというのに、稚拙な、そして私的な感情で台無しにしかねない。私としてはどうでもいいことだが。

 

 ワールウィンドから声がかかる。

 

「森の中には気球艇を降ろせないな。少し歩くことになるけどいいかい」

「もとよりそのつもりだ」

「私も構わないとも」

「わかりました」

 

 ようやく到着か。

 武器を持つということは、多少は武の心得があるのだろう。魔物に通用しない程度の実力でないことを祈ろう。

 

「この森の案内は任せてもいいんだね」

「ああ。それとこの森は、深霧ノ幽谷という名称だ」

 

 そこらの森と我らウロビトの術が施されている森を一緒にされているようで、我慢できずに訂正をいれた。

 

「深霧ノ幽谷、か。ここにあいつがいないことが残念なような、良かったような、よくわからないな」

「イシュのことですか?」

「ああ、あいつの意見も聞いてみたいと思ってね」

 

 イシュというのは確か、あの悪魔の呼び名だったか。

 

「あの悪魔は里に入れさせるわけにはいかない」

「こいつ……!」

「アルメリア、落ち着くんだ。あいつが悪魔かどうかは置いておくとして、その辺りも長老会議で決めてくれないかい。個人の意見じゃなくてさ」

 

 長老に話すまでもない。魔物の類を里に入れさせる愚者など、我らウロビトには存在しない。

 

「ま、今決めることじゃないか。それよりもこの深霧ノ幽谷には他の森より魔物が多いのかい」

「そうだ。貴様らがどれだけ戦い馴れているかは知らないが、せいぜい油断はしないことだな」

 

「碧照ノ樹海と同じ点が多いのだな。異なる点はウロビトたちの住居も内包されているということか」

「……ウロビトから協力を得られたら、この幽谷の調査もスムーズかも知れませんね」

「そうだな。だがそのような打算は抜きにしても、私は彼らとの友好は深めたいのだよ」

 

 辺境伯という男はずいぶんと聞こえのいい言葉ばかりを言うものだ。それで私から好印象を得て長老たちに上手く取り次いでほしいとでも考えているのか。そんな悪人顔でよく演技するものだ。

 

 この三人について少しわかってきた。

 

 へらへらしているワールウィンドという男は尋問役。そのふざけた態度とだらしなさから、甘く見せて情報を抜き取る役割。

 悪人顔の辺境伯という男は甘言を使い、内に入り込もうとする役割か。

 愚かな娘は……何故いるのか。こいつはよくわからない。愚かだからか?

 

 

 

 

 

 

 ウロビトは地脈を読み、例え視界の悪い濃霧の中であろうと道を見失うことはない。

 私の案内がなければこの人間たちは、濃霧の中をさ迷い続けることとなる。つまり、私からはぐれることは命の危機に繋がることだ。

 

 ……だというのに。

 

「貴様ら、先程から何をしている」

「ん? これかい? 地図を描いてるだけだよ」

「同じくです。でもここ、なんか変ですよね。方角は結構気にしながら描いてるのに……ズレていくというか」

「俺も同じ状況だ。やっぱりこの霧は普通の霧とは違うのかもしれないな。方向感覚を知らず知らずのうちに狂わすなんて、谷の濃雲と同じだ」

 

 何故私はこんな奴らの案内をしなくてはならないのだ。

 

「ウーファン殿、すまない。……諸君、案内を受けているのだから地図を描くのは遠慮したらどうかね」

「冒険者としてのサガというか。次からは案内なしでも行来できるようにしとかないとって建前もあるんだぜ」

「私は最近趣味になってきたというか……」

 

 やはり人間というのは腹立だしい奴らだ。しかし案内するという言葉を翻すわけにもいかない。くだらない奴らに私の言葉を嘘にするなど屈辱でしかない。

 

 それに奴らは、いや、あのワールウィンドという男は、

 

「……魔物だ」

 

 戦士としてかなり優秀だ。

 この濃霧の中、いち早く魔物の接近を悟る。さらには戦闘技術も並大抵の腕ではない。

 

「うげぇ……キノコ」

「印術で頼めるかい? 俺は隣の山猫を仕留める」

「わ、わかりました」

 

 一方で愚かな娘は、魔物の感知は遅く、戦闘技術も拙い。印術という方陣とはまた違う術を扱うが、特異性を除いても戦士としては未熟そのものだろう。

 

 しかし、あの印術というのは方陣より遥かに攻撃性が高い。シウアンを守るためにもあのような術も習得するべきかもしれない。

 

 考え事をしている間に厄介な気が接近してきている。まだ距離は遠いが注意を促した方がいいか。

 

「……面倒なやつが近づいてきたな」

「魔物の増援かね」

「そうだ」

 

 それは、巨大な蛾の魔物、ビッグモス。

 その鱗粉には生物を錯乱させる毒をもち、鎌のような脚で獲物を裂き肉を喰らう虫。

 この幽谷の中でも危険性がかなり高い魔物だ。

 

 幸いにももうすぐ戦闘は終わる。あの虫が来る前に対処の時間がとれそうだ。

 

「貴様ら、死にたくないなら今から音を立てるな。危険な魔物が近い。その魔物は音で獲物を探る。蛾の魔物が見えたら絶対に、動くな」

「その魔物を倒すとかは……」

「なんでも倒そうとしたらこっちの体力が持たない。避けられるなら避けるべきだよ。その魔物は目が見えないってことでいいのかい?」

「そうだ」

 

 この娘はどこまで愚かなのだ。

 有象無象と比べ物にならない魔物もいるということを知らないのか。まあいい。

 それよりも、蛾が近づいてきた。

 

 

 決して早くはない速度でフラフラと飛ぶ巨大な蛾。

 

 一番の不安要素であった小さい獣も、本能で危険を感じているのか身動きひとつしない。

 

 その鎌のような爪には血肉がこびりついている。どこかで他の魔物を捕食したのだろう。ウロビトはこの同族すらも喰らう魔物の危険性、そして特性を学んでいる。

 

 目を使わないため幻術も掛からず、常時飛行状態のため方陣の影響も薄い。ある意味ウロビトと、幽谷の奥に潜む奴らの天敵に近い魔物だ。

 接近を悟れたら決して動かず、それが鉄則。

 

 音の発生源を探っているのか、進む速度は遅い。

 

 人間たちも、あの愚かな娘も息を殺して通り過ぎるのを待っている。さすがに危険性を肌で感じることができたか。

 

 

 

 

 

「もういいぞ」

「気持ち悪すぎる……」

 

 通り過ぎるまで五分近く時間が掛かった。ついには諦めたのか、他の音を探してどこかへ行った。

 

「イシュと一緒にいるせいで感覚が麻痺してたかも……挑んじゃいけない魔物がいるってわかってたのに……」

「また近づかれては面倒だ。里へと急ぐ」

 

 小うるさい娘もいることだ。

 この調子では夜になってしまいかねない。

 

 

 

 

 もう少しでウロビトの里というところで、シウアンの唄が聞こえた。

 

 

 

 

 




 

ウーファン視点でした。
次回もウーファン視点です。一話でまとめたかったのですが長くなったので分けました。

そして完全に主人公不在回。
次回も不在です。しばらく不在です。

あ、このお話では大地間の結界はウロビトのかつての技術と言う感じにしてみましたが、ゲーム中では特に明記されてなかったと思います。
とにかく、ウロビトの術パワーという科学とはまた違ったのでバーローには理解不能モードです。

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