鎖が切れる音がしたとき、意識が遠のくほどの不気味さを感じた。
なんだったんだ、あれはいったい。
ウロビトの人たちも何が起きたのかわからないらしい。ワールウィンドさんや辺境伯もだ。
それどころか二人は音が聞こえなかったという。
「鎖が切れる音、か。ウロビトの方でも聞こえたやつと聞こえなかったやつで別れてるみたいだな」
「聞こえた者には何か共通点でもあるのかもしれないな。今はもう大丈夫かね?」
「はい……」
少しぼやっとするが、今はもう問題ない。
遠雷が聞こえるということは、今の鎖の音も竜に影響があったのかもしれない。イシュは大丈夫だろうか。
ここにはいない、女の子と呼んでいいかわからないイシュの身を案じていると袖をくいくいと引っ張られた。
「ほい? あ、えっと、ミコちゃ……巫女さん?」
「あ、そっか。自己紹介してないね。私の名前はシウアンって言うの。お姉ちゃんたちの名前はなんていうの?」
ヤダこの子、礼儀正しい。
ウーファンとは大違いだ。
「私の名前はアルメリアです。で、こちらのお髭の方が……」
辺境伯の紹介をしようとして思った。
名前なんだっけ。
辺境伯って言うのもぶっちゃけあだ名らしいからなぁ。もう辺境伯でいいや。
「辺境伯です。で、こちらの白髪の人がワールウィンドっていう人です」
勢いで辺境伯は辺境伯と済ませる。
紹介を受けた本人も訂正する気はないようだ。辺境伯って呼ばれ方を気にいってるみたいだからいいことなんだろう。
「シウアン殿、よろしくお願いします。先ほどの音の影響はもう大丈夫ですか?」
「もう大丈夫。アルメリアに辺境伯、ワールウィンドだね。こちらこそよろしくね!」
笑顔を浮かべる巫女に、近くの兵士が小言を言う。
「巫女様、まだこの人間たちが信用にたる存在かわかりません。あまり近づかない方がよろしいかと」
「もう、ウーファンみたいなこと言うのね。この人たちは大丈夫だよ」
「ですが」
「むー、ここじゃゆっくり話せないや。アルメリア、一緒に来てほしいの」
「へ? 私?」
突然の個別指名である。
見たところこの子は、シウアンはウロビトの里の中でもお偉い立場のようだ。他のウロビトの反応を見る限りは。世界樹の巫女らしいからそうなのだろうけど、そんな人物が私を個別指名だ。
「巫女様」
「大事な話があるから、お願い」
巫女に強くは出れないからか、兵士は言いよどみながら私をじろじろと見……
「……その人間とだけですよ。そこの人間、念のため武器となるものはそこに置け」
私に対して力がないと判断したのか、一応は許可が出た。ひよわ認定はうれしくないけどまぁいいや。
武器といってもワンドは武器に含まれるのだろうか。とりあえず投刃用ナイフはワールウィンドさんに預ければいいかな。ワンドも置いておこう。
ワールウィンドさんはそれらを受け取りながら、少しだけ真面目な顔をして小さく言葉を漏らした。
「ここに来る前、君の家で話してたことを覚えてるかい?」
「え? えーっと? 砂糖が無くなってた?」
「……この里にはもしかしたら、呪いをなんとかするものがあるかもしれないって話だよ。それがどんなものかは俺もわかってないが、巫女なら知っているかもしれない」
「っわかりました!」
さりげなく聞いてこいってことだろう。ここに呪い解除の方法がある根拠は聞いてないけど、聞かせてもらえなかったけども、まぁベテランの勘とかそんなのかもしれない。もしくは……いや、今はいいや。
「えっと、巫女様? お待たせしました」
「シウアンでいいよ。あっちで話そう」
そういって手をひいた先は小さな家だった。
中には誰もいない。壁に掛けられている服はシウアンに似たサイズの僧衣のようだ。というかシウアンのだろう。つまりここはこの子の家かな。
「それでシウアン、話っていったい?」
誰にも聞かれたくない話だろうか。家にまで連れこむなんて。
しかしなおさら私を選んだ理由がわからない。
「へ? はい?」
シウアンは私の手を両手でつかみ、瞑想でもするかのように目を閉じだした。
話じゃなくて唐突な瞑想である。戸惑っている私を置いてけぼりにするかのように、状況はさらにわけのわからないものになる。
彼女の、いや、彼女と私の周囲に、小さな明かりが灯りだしたのだ。
蛍や火ではない、と思う。
明かりはふよふよと周囲を漂い明滅していたが、だんだんと私に向かって近づいてくる。
これ、あたっても大丈夫なんだろうか。
「大丈夫だよ」
見透かされたかのように、優しく話すシウアン。
そのまま明かりは私の胸に触れて……
「え……? あれ……?」
明かりは消えていった。
だけど、明かりが消えたことよりも奇妙な感覚がある。
呼吸が楽だ。
息苦しさがない。
今まで感じていた腕の痺れもない。じくじくとした痛みもなくなっている。
袖をまくればそこには…………見慣れた、植物に変わりかけの腕があった。
「ごめんね。世界樹にお願いしたんだけど、世界樹でもこれ以上は無理だって」
「……ど、どうなってるの? 治ったわけじゃないのに、楽に……世界樹にお願い……? どういうこと?」
治ったわけではない。未練がましく腕に植物がひっついてる、というわけでもない。引っ張ってみたら痛かった。だけど明らかに今までと違う。今朝なんて息苦しさが付きまとうほど悪化していたのに。
世界樹にお願いした? 世界樹がお願いに応えた?
そんな馬鹿な。世界樹は遠い地にある。いや、碧照ノ樹海を思えばここも世界樹内部という可能性があるけど、そもそも世界樹に意思があるみたいな言い方じゃないか。
世界樹の巫女だから世界樹と疎通が可能? ただの巫師か何かじゃない? ワールウィンドさんが言ってたのはこの子のこと?
「えっと、ごめん。ちょっと、混乱してて……」
疑問しかない。
だけどその疑問より先に、確認しないといけないことがあるはずだ。
「この、植物になる呪いは……治ったってわけじゃない……?」
「……うん。今は世界樹にお願いして、少しだけ止めてもらったの」
やはり治ったわけではない。
その事に落胆などしてられない。治ったわけではないが、今までにない事態なのだ。呪いに対しての有効手段となる切欠が見えたのだ。
「えっと……世界樹にお願いって言ってたけど、アレって意思疎通とかできちゃうもんなの?」
「うん、でも私しかできないみたい。ウーファンたちは世界樹の声が聞こえないんだって」
「それで、世界樹に頼んで私の体を楽にしてくれた?」
「うん。あの子がね、あなたたちのこと、気にしてるの」
事情などを把握しようと努めてみたけど、なおのことわけがわからない。
世界樹の声? それは聞こえて大丈夫なものなの? 幻聴とかじゃない? 聞いてたら記憶を奪われて洗脳されたりとかしない? 世界樹が私たちを気にしてる? 何を言っているんだこの子は。
「世界樹が、あなたたちが来ることを教えてくれたんだ。今、世界樹は何かに怯えてるの」
「えっと、ちょっと待って。全然わけがわからないんだけど。いや、本当にわけがわからないんだけど」
「あ、いっぱい色んなこと話されたら驚いちゃうよね。ごめんね」
世界樹が怯えているとか、いったいなんのことだろう。というか、もっと怯えてしまえ。そう言いたくなるけど世界樹の巫女の前でそんなことは言えない。
怯えているといえば、以前見た夢を思い出す。
この体の植物が黒い影に怯えていた夢を。
世界樹の呪いの植物だからこれも世界樹に入るのだろうか? だとしたら怯えている対象は影? 幽霊に怖がる子供か世界樹は。
「怯えているって黒い影みたいなのに?」
「世界樹の声が聞こえたの!? すごい! すごいすごい!」
「おわおぅ!?」
「アルメリアにも聞こえたんだね!」
「ち、ちがうんです! ちがうんです! ごめんなさい違うんです!」
「え? 違うの?」
ものすごい勢いで詰め寄られた。世界樹の声が聞こえる仲間が見つかったという喜びだったのか、それに配慮せずに正直に話してしまったけどよかっただろうか。いや、騙し通せるものじゃないし今のでいいはず。
「この、呪いの植物が怯える夢を見たことがあって、その怯えてた相手が黒い影だったから……」
夢の内容を出会って間もない少女に話すのってすっごい恥ずかしい。
「そうだったんだ。でも、たぶん世界樹は同じものを怖がっているよ」
「でもその怯えているのと私たちに何の関係が……」
「……あなたたちの仲間に、すごく長生きの人っている?」
「なんでそんなことを?」
「世界樹が言ってたの。懐かしい存在がいるって。その存在がもしかしたら助けてくれるかもって」
長生き。世界樹が言う懐かしい存在。
心当たりがある人物は一人。千年は生きているイシュだ。だけどイシュはハイ・ラガードの世界樹としか関わりがない。世界樹を創った時代の人物だから懐かしいということだろうか。
さらに言えば、イシュが世界樹を助けるなんて想像できない。あの人も私も、世界樹のことが嫌いだし。いや、そもそも助ける云々は予言じゃなくて願望っぽいから違うか。
「その体の植物については……ごめんなさい、それはあの子の力によるもの。あの子の力の影響は谷を越えてないはずなのに……」
考え事をして黙り込んだのをどう思ったのか、シウアンは呪いを謝った。
この呪いが世界樹によるものだとは知っている。今の言い分だと、何故私の体に呪いがあるのかはわかっていなさそうだ。谷を越えていないはず、というのは丹紅ノ石林よりさらに北の谷を言うのだろうか。
「……私はこの体を治す方法を探してます」
謝られたって困る。
いいよ、だなんて許せるはずもない。かといって、よくも呪ってくれたな、って恨み言を言おうにも、向こうさんも知らず知らずにって状態だ。っていうかシウアンは板挟みになるだけだし、ただの八つ当たりになってしまう。
だから私からは、治す方法を知っているなら教えてくれ、としか言えない。助けを求められてもそんなのは後回しだ。
「だから、それ以外のことに力を注ぐ余裕はありません」
「そっか……」
……
…………
………………いや、そっか……、じゃなくて。
こう……他にないのだろうか。それなら呪いを治す方法知ってるから教えてあげる、みたいなのとか。それとも解呪方法を知らないってことだろうか。そういうの本気で困る。
でも安らげることはできていたし、弱めることと解呪することは全然違うってこと? 巫師じゃないからさっぱりだ。
それとも子供だから、こういった言葉の裏を読むのが難しいとか? そもそもこの子は見た目通りの年齢なのだろうか。イシュという例外がいるんだし、それに世界樹の巫女なんだし。
うん、そうだ。本当に人間なのだろうか。ダメだ、どんどん気になることが増えてくる。余計なことを考えずにもうストレートに聞こう。
「この呪いは治せないんですか」
「……わかんない」
……ふりだしに戻る。そんな感じだろうか。
いや、少しだけ制限時間が伸びたのだ。その分だけプラスなはずだ。
「でも、治せると思う……さっきの感覚、何かが足りないだけで、それさえあれば治ると思う。それが何かはわからないけど……」
「何か、ですか」
曖昧すぎて気休めの言葉にも感じる。世界樹の巫女って言われてるし、そんな気休めとか言わなさそうだけど、年齢的には言いそうな気がするし判断に悩む。
「でも、抑えることならできるよ。そばにいないとだけど……」
「さっきのみたいに、ですか?」
「うん。その場合、アルメリアにはこの里に居てもらわないとだけど……」
冒険はやめてここにいれば制限時間は無限になると。
正直すごい魅力的な話でもある。里の中なら冒険による危険もないだろう。制限時間の恐怖もない。
イシュはどう言うだろうか。
世界樹による災厄を打ち消すためにタルシスへ来たイシュ。シウアンはある意味それに最も近い存在だ。なにかが足りないというのであれば、イシュはそれを探しに行くだろう。そして本当にそれで災厄を打ち消せるかどうか、テストのために私が必要となるだろう。となると、私が死なれては困るはずだ。そのためたびたび守ってもらってた感があるし。
あれ? これひょっとして、私は里にいるべきなのでは。
というか冒険時の私って何か役に立ったことあったろうか。こないだなんて気球艇墜落させたよ。あれ?
イ、イシュは寂しがりだから一緒にいてやらないと? いや、でも目的一直線タイプでもあるし、この話に賛成しそうだ。私の存在意義とはいったい。あ、実験のテストか。じゃなくて、冒険的な意味では……あれ?
「ええっと……」
というか私はなんでこんなにこの話を拒否する理由を探しているんだろう。
利点しか見当たらない。悪い点はせいぜいウロビトの里の排他的雰囲気くらいだ。そんなのは10年近く引きこもってた私に効果が薄い。
考えてた以上に、あのめちゃくちゃな冒険が好きになってたのだろうか。
イシュと私の目的を思えば、この話は乗るべきだ。冒険が好きだとかそんなのを優先してすべてがダメになってはひどすぎる。
「…………返事は今じゃなくても、いいですか?」
乗るべきなのに、返事は後回しにしてしまった。
結構私は優柔不断なのかもしれない。イシュと相談して決めよう。うん。勝手に決めちゃ怒られそうだしね。
「うん、いつでもいいからね。でも、この里にいる間は私と一緒にいたほうがいいよ」
「そうですね。シウアンが良ければお願いします」
「うん!」
世界樹を助けてほしいみたいな話を断ったのに、この子ったら優しい。
「アルメリアさえ良かったら、いろんなお話聞かせてくれない? 私、この里から出たことないんだ」
「箱入り娘とな。いいですよーって言っても私も引きこもってたし……ここ一週間の冒険の話ならできますよ」
「聞きたい聞きたい!」
どうせなら図鑑や地図を持ってきて、それらを見せながら話を聞かせたいところだ。今から取りに行こうか。でもあのウロビト兵士さんに邪魔されそうだしなぁ。
仕方ない。ここは私の話術で頑張るしかない。あとは持っているものでなんとか……何か魔物の素材でも入れてないかとポケットをまさぐれば、出てきたのは白い笛だった。そういやこれポケットに入れっぱなしだった。
熊騒動のとき、ギルド長から受け取った笛だ。ローラー作戦のためのものだったが結局吹かず仕舞いでずっと忘れていた。
しかしこれはなんの変哲もないただの笛。話を盛り上げるには難しい。熊の話になったら小物として出そう。
それから私はシウアンに、今までの冒険譚を聞かせた。
──────警鐘が鳴り響くまでは。
熊のポーズを取りながら冒険譚を聞かせている最中に、突如鳴り響いた警鐘。それと同時に聞こえてくる怒号。
「ホロウが入り込んだのかも……」
「よくあることなんですか?」
今の私に武器はない。なくても印術を使うのには問題ないけど。
そもそもウロビトの兵士がいることだし、何もしなくてもよさそうではある。
「何度かあったよ……だけどなんだか、いつもよりおかしい……」
家の外からは激しい音が聞こえる。怒号に悲鳴、戸惑いの声。
背筋に冷たいものが走る。
どうするべきだ。そうだ、辺境伯。あの人を守らないと。
家から出ようとしたが、外から抑えられているのか開けられない。
「誰かそこにいるんですか!」
「開けるな! ホロウの襲撃だ!」
「私も戦えます!」
「ホロウ相手に人間の力が通用するものか! 人間がどうなろうと構わないが、巫女様に危険が及ぶ可能性があるのだ! お前はそこにいろ!」
あの兵士だなちくしょう。
ほっそい腕のくせに案外力が強い。私が弱いのか。
「……やっぱりおかしい」
シウアンは目を閉じ何かに集中しだした。
私としては辺境伯が無事か気になりすぎて落ち着かない。ワールウィンドさんがいるから大丈夫だとは思うけど。相手はホロウ。
ホロウといえばあの奇妙なやつらだ。結局説明は受けてないが、まるで人影と霧を混ぜたような存在。目からは血涙のようなものを常に流していた不気味な存在だ。
幻術が得意であり、それとは別に背後から迫る攻撃をも感知してみせた。
「ホロウの数が……多い……? それもすごく……」
シウアンが戸惑うように言った。
ウーファンと同じように、敵の感知技術があるのかもしれない。
「そいつらを止めろ!」
外から聞こえる声が、争いの音がどんどんと近づいてくる。
押されている……? 落ち着け、焦るな。
ホロウが何かわかっていないけど、情報はいくつかある。幻術を使うこと、回避能力が高いこと。遠距離攻撃を扱うこと。
そしてここは家の中だ。入ってくるとしたら、扉からだ。
前の戦いでは、ホロウの幻術にいつの間にか嵌っていた。それならホロウを見ないように、扉に向かって印術を放てばいい。
外から兵士の叫び声が聞こえる。
いよいよだ。
扉のきしむ音とともに、火球を投げつける。
小さな爆発音。
いくら回避能力が高くても、幻術が関係ない状態で避ける場所もなければ当たるのだ。
聞いたことのないような悲鳴とともにホロウが倒れた。
数が多いのだ。まだ気は抜けない。
次のホロウが見えたと同時に、同じ場所に向かって火球の印術をぶつける。それをひたすら繰り返す。中に完全に入られたら危険だ。
繰り返すこと何回だろうか。早くもきつくなってきた。
頭がぼーっとしだした。一回でも不発になれば終わるというのに、集中力が途切れかけている。
外ではまだ争う音が聞こえる。
助けを回す余裕はなさそうだ。あるいは、助けに向かってはいるが足止めを食らっているか。
次が来る。
入ってこようとしているホロウは今までのやつより大きいやつだ。ホロウのボスだろうか。それなら、倒せばきっと熊の時と同じように散っていくかもしれない。
希望が見えてきた。火球もうまく起動ができている。
「クイーンまで……!?」
シウアンの驚く言葉が聞こえる。やはりボスクラスの存在のようだ。
ならば、倒せばこの戦いも終わりが見える。
放った火球は外れることなく、ホロウのクイーンにあたり小規模な爆発を起こす。
──────倒せていない。
ホロウクイーンが家の中に入り、その姿の全容が露わになる。
輪郭はまるで豪華なドレスを着こんだ婦人のようで、その白く何も写していないような不気味な眼からは、ほかのホロウと同じく血の涙のようなものが見える。
頭の髪なのか、飾りなのかわからないが、その装飾は他のホロウと違い翼のごとく広がり、もしも人間であれば王族か何かと思えそうな立ち振る舞いだ。
ホロウクイーンの足元から影が伸びる。
伸びた影は途中で千切れ、意思を持ち出したかのように形を変えて蠢きだす。
影は大きくなり、人の形を取り出した。腕が生え、眼が生まれ、血の涙を流しだす。
「……なにそれ」
ホロウを生み出した……?
どれだけ倒しても、このクイーンを倒さないと意味がないってこと?
それなら、ここまで来た今が最大のチャンス。
「ぁ……」
ホロウクイーンと眼が合った。
それだけで脳を揺さぶられるような感覚が起きる。
体から色が失われていく。まるで影と霧を混ぜたかのように、暗くて透明な紫色に。
自身の眼からは血の涙が溢れだす。自分という個がなくなっていく。
「アルメリアに手を出さないで!!」
クイーンの前には保護すべき子が立ちふさがった。
保護すべき? なんだっけ。そうだ、お守りしなくてはいけない。それが私たちの使命。
周囲に小さな灯りがともる。これは保護対象の……
いや、私たちの使命ってなんだ。
私は何を見てたんだ。何を考えてたんだ。
手を見る。普通の人間の手だ。服の内側はともかく。
幻覚……?
「シ、シウアン!」
呆けている場合じゃない。シウアンがホロウクイーンと対峙しているのだ。
「シウアン下がって! 危ないから!」
「アルメリア、ごめんね。こんな状況になっちゃって。一緒に呪いを止めたかったけど、ごめんね……」
「シウアン!」
ホロウクイーンが動き出す。体をかがめ、視線を合わせるように。
あの眼はまずい。さっきのことを思い出すだけでおぞましい。自分を見失わせるような強力な幻術。
不味いとはわかっているけど、対抗策が出るわけもなく。
「シウ……」
シウアンが倒れ、私もまた倒れてしまった。
「あ、れ……?」
意識を取り戻したとき、見慣れない台座の上だった。
「───!」
周囲を見渡すと、前にいるのはゆらゆらと揺れているホロウクイーン。隣にはシウアンがいた。
どういうわけか私はまだ生きている。シウアンも生きているようだ。寝息がかすかに聞こえる。
ホロウクイーンは唄を歌っている。鼻歌のように、歌詞などのない唄だ。どこかで聞いたようなリズム。
周囲を見渡せばクイーンの他にもホロウが数体。どういうわけか襲ってくるわけではない。
あの襲撃は誘拐が目的だったのだろうか。未だにホロウとウロビトの関係がわからないから予想も立てにくい。
なんにしろ、今は無事だけどいつまた襲ってくるかわからない。何らかの儀式の準備とかをしている最中、なんてこともあるかもしれない。
まだ少し頭がぼんやりするが、印術は使える。
このままいるより、強引に突破を目指すべきか。
『絶対に無茶しないって約束してくれ』
ワールウィンドさんとの約束が脳裏によぎる。
印術の起動は中止した。
さすがに無茶すぎる。現在地がわからない状態で、敵地の真ん中。自分だけでなくシウアンもいるのだ。
少なくとも今は待つべきだ。
ウロビトの里にはワールウィンドさんがいた。あの過保護な人のことだ。今頃助けに向かっているかもしれない。
ならば、今の私がすることはひたすらに待つことだ。
次回からまたウーファンさんに戻ります。
視点コロコロ。だって一人だけの視点だと情報偏るもの……!
この先もこういうことが多々あります。先に謝りますごめんなさいん。
ちなみに今回のホロウクイーン、幻惑の邪眼使用のイメージ。ゲームなら全体混乱付与です。
影からホロウが生み出されたのは、ゲームなら仲間を呼ぶなんですけどね。
たしか原作中でクイーンがホロウを生み出すってあった気がしたので、それを使ってみたり。