千年前の厄災。それを解決するために創られた世界樹。
世界樹に呑み込まれる国々。
次代のためにと自分たちの命を諦め、次に託した人々。
命を諦めきれず、世界樹から空へと逃げた人々。
逃げた先ですら、安全ではなく、それを打ち破るために研究を重ね続けた。
それがイシュ。
何故私がその話を聞かされたのか、なんとなくわかった。
私が似ているのだろう。命を諦めきれず、逃げた人々と。イシュに頼り生き延びようとした人々と。
話はそこで終わるわけでなく、続いた。
イシュを信じ、ついてきてくれた人々は空から地上に降りることを選んだ。空であっても、逃げることができないと考えたから。
イシュはその人たちを引き留めなかった。その人たちの考えを尊重した。そして、心変わりしていつか戻りたいと思った日のためにと、合言葉を決めて見送った。
それからもずっと彼は研究を続けた。
研究の内容は、彼を信じ、ついてきてくれた者たちが死から逃れる方法を。
研究の方法は日に日に過激になっていった。
いつからそんなことをしたのかは正確に記憶を引きだすことができないらしい。ついてきてくれた者たちがいたころからその過激さを持っていたのか、いなくなってからなのか、今となってはわからない。
「───そしてある日、狂った我を打ち倒した者たちがいた。だが我は完全に消滅することはなかった。予備としてあった体に我のデータが引き継がれ、紆余曲折を経て今に至る」
その声には打ち倒された悔しさも、止めてくれた感謝も、何も込められていない。
「我の今の目的はかつてとは違う。我が魔物にしてしまった哀れな成れ果てを世界樹から解放し、我の狂気の遺産を消すことによって、我を信じ、ついてきてくれた彼らの名誉を守ること」
だけど、今の言葉だけは強い意志が込められていた。
それが最善なのだと疑わないような決意の言葉だった。
イシュと出会った時に言っていた「救うべき者たちの名誉」
その意味がわかった。
「ここまで聞いた汝に問いたい。今の我は、狂っているのかを。汝の率直な答えを我は求めている。それがたとえ、我を貶す言葉だとしても構わぬ。そのことで汝にくだらぬ仕返しなどしない」
過去の所業。それだけ見れば確実に狂っている。
私の今まで見てきたイシュ。そこだけ見れば性格をこじらせすぎた変な人。
そして、今のイシュの目的を知った私には、
「…………狂ってます」
「そうか」
イシュを正気だと思うことができなかった。
狂ってなんていない、と言いたかった。だけど無理だ。
イシュは嘘をつかない。今話された内容は嘘が一切ない事実なのだとわかってしまう。だからこそ、狂っているとしか思えないのだ。
だって、イシュの目的は
「イシュによって魔物に変えられた人たちを…………救いたいわけじゃないんですよね」
今もなお、苦しめられている人たちを見ていないのだ。
人でないモノに変えられるおぞましさ。植物に蝕まれている身としては他人事ではない。
それがなくとも、正気であれば変えられた人々を救いたいと思うのが普通なんじゃないだろうか。
「……そう、だ。汝の指摘、確かにそうだ。そう考えるのが正常か」
だが、とイシュは続ける。
「指摘を受けてもなお、哀れな彼らを救いたいと思えない。あくまで我を信じ、ついてきてくれた者たちの名誉を守るための手段としか考えられない」
一緒だ。遺品について、この時代に合わせてくれた時と一緒のような答えだった。
いや、あの時よりひどいのかもしれない。
「我は彼らのためにある。たとえ狂気と言われようと、これだけは変えることができない」
「イシュ……」
イシュの中で固定されている優先順位。
一番は、千年前にイシュを信じ、ついてきてくれた人たち。その人たちのために人の体を捨てたイシュ。
「その人たちは、イシュから離れていったじゃないですか……そんな薄情な人たちをいつまでも───!」
人の体を捨ててまで、尽してくれたイシュを見捨てた人たちを、いつまでも想う必要なんてない。
そう言いたかった。だけど、言葉が続けられなかった。
「いくら汝とて、彼らを侮辱することは許さぬ」
喉元に剣を突きつけ、冷酷な眼差しでイシュは言った。
イシュに怒りをぶつけられたのは初めてだ。それも、ワールウィンドさんと喧嘩しているときの怒りとは全くの別物。この人にとって、千年前の人たちは絶対に触れてはいけない逆鱗。
「───」
「……次に彼らを侮辱すれば、汝の喉笛を裂く」
「…………はい」
ゆっくりと、剣は鞘に納められていった。
縮まったと思っていた。
一緒に冒険をして、一緒に過ごして、一緒に危機を乗り越えて。
だけど、縮まってなどいなかったのかもしれない。いや、縮まってもなお、この距離なのだろう。
まるで埋まる気がしない。
イシュとの心の距離が。
「汝は今後どうする」
「……え?」
先ほどまでの怒気が一切なくなり、唐突に予定を尋ねられた。
そういうところも狂っていると思います。あ、違った。変な性格だと思います。
「汝の言う通り、我は狂っているとわかった。ならば狂人と共にいることなどないだろう。我はひとりでも世界樹を調べ上げる。汝がついてこなくても問題ない」
「い、いや! ついていきますよ!」
「ついてこなくても世界樹の調査が済み、実験の段階で汝に協力させるつもりだ。ゆえにタルシスかウロビトの里で待つという手もある」
「ですからついていきますって!」
「無理する必要はない」
「だーかーらー!!」
普段言葉の裏とか一切読まないくせに、なんで今回はやたらと言葉裏を読もうとしてるのか。何も込めてないよ言葉の裏に。
あれか。狂っているって言われて地味に結構傷ついているのか。私だって傷つけちゃうなって不安になりながら答えたんだ。っていうかそういうところは全然狂ってなんかいないよ。メンタル強いのか弱いのかよくわからないよイシュは。
「汝はわかったのだろう。我が狂人だと」
「そんなの! 初対面の時から! 変人だとわかってましたよ!!」
「……む? 今へん───」
「だけど私はついていきたいんです! そりゃイシュのやってきたことを聞いて思うことがないわけじゃないですけど……だからってついていくか、ついていかないかは話が別です!」
「そ、そうか」
「ていうか私が辺境伯に言った言葉、覚えてますか!?」
「いったい何の話だ……」
今の話で狂人とわかった。だけどその前から、イシュは変人で、メンタル弱めの承認欲求超強めだとわかっている。あと寂しがり屋だということも。
今更狂人だとわかったところで私の行動は変わらない。変わるはずがない。
言葉の勢いのままに強く言う。
「たとえどんな考えがあっても、当事者にとっては治してほしいって思うものなんです! 魔物に変えられた人たちだって、今更と思う前に治してほしいと思っているはずです! 自分たちを治すためじゃない、別の人たちの名誉のために治されるとしても、それでいいんです!」
治す行為に意思なんて、高潔さなんて、正常な想いなんて求めていないのだ。
「イシュは確かに狂っているけど……だからって、私にとって離れる理由にはなりません! わかりましたか!?」
「……ふむ」
ふむ、じゃないよ。わかったのかどうかそれじゃ私がわからないよ。
「わかっていたことだが、汝は変わり者だな」
「今の流れでその結論!?」
「狂人とわかっていながらもついてくるなど、変わり者としか言いようがない」
とりあえず、ついていくということをわかってもらえた?
何故か変わり者認定を受けたけども。
……勢いで一気に言ったけども、ひとつだけ言わなかった理由がある。
イシュから希望をもらったはずの千年前の人たちは、イシュから離れていった。私はその人たちのことが嫌いだ。
イシュから希望をもらったのに、狂人だからとここで離脱することは、千年前の人たちと一緒になる気がしたから。
言えば確実に今度こそ、喉を裂かれる。
だから言わない。
だけど、この考えはずっと変わることがない気がした。
イシュとの話も終わり、ウロビトの里で色々と見て回る。
ウロビトは錫杖と弓で戦う種族のようで、剣を用いて戦うことは滅多にないらしい。
さらに言えば、あの方陣術が主体。印術主体の私と似ているのだ。
何か冒険の、さらにいえば戦いの手段が増えないかと思い色々見て回ってはいるのだけど。
「……弓って案外硬いんですね」
ウロビトから渡された弓を試しに引いてみようとしたが、全然弦が引っ張れない。ちょっとこの弓壊れてるんじゃないだろうか。子供用のおもちゃの弓なら引けたんだけど、ここまで違うものなのか。
「汝の非力さでは弓など扱えるわけがないだろう。大人しく短剣の練習をしていたほうが有意義だ」
「ぐぎぃ……お返しします……」
弓を貸してくれたウロビトの手元に戻す。
苦笑しながら「印術で頑張れ」と言ってくれた。せめて鍛えたら弓も使えるよ、みたいなフォローが欲しかった。
「アルメリアー! イシュー!」
胸の前で手のひらを合わせ、互いの手のひらを押すように力を込めてみる。バストアップのためではない。筋肉のためだ。
そんなことをしていたらシウアンの声が聞こえてきた。こちらに向かって走ってくるシウアン。その後ろには辺境伯とウーファンの姿が見える。
「話し合いは終わったようだな」
「ですね」
それも良い方向に終わったのだろう。
向かってくる彼らの顔を見ればわかりやすすぎる。
「ウロビトとタルシスで今後交流が開かれることとなった。諸君の尽力のおかげだ」
「と言っても、まだ様子見といったところだがな」
辺境伯が話し合いの結果を言い、補足するようにウーファンが続けた。
「様子見、ですか」
「ウロビト全員がタルシスとの交友を賛成というわけではないのだよ。だが、全員が反対というわけでもない。そのため人間の街に興味があるウロビトや、悩んでいる者だけでも互いの生活圏を見てみないかとなったのだよ」
「そして、タルシスから訪れる冒険者に対してもウロビトの扉は開放する。よほどの無礼者でないものに限るがな」
「それで充分だとも」
完全に友好状態というわけではないけど、始めを思えばかなり前向きな状態なのだろう。
マルゲリータを抱きかかえ、撫でながら不敵に微笑んでいる辺境伯はとても嬉しそうだ。惜しむべくは、その表情が知らない人から見れば悪だくみをしているようにしか見えない人相という点である。
「それでね、それでね。私とウーファンがアルメリアたちについていくことも許可されたんだよ」
嬉しそうに報告をするシウアン。
その点は本当によかった。いや、もちろんタルシスとウロビトの友好もよかった点だけど、シウアン関連は本当に。
最悪またイシュがシウアン誘拐とかして、タルシスとウロビトの間に溝を作りかねないから本当によかった。
「ニーズヘッグだったよね! 二人のギルド名! これからよろしくね!」
「私からも、よろしく頼む」
二人に頭を下げられたけど、私じゃなくてイシュにいうべきではないだろうか。一応この人がリーダーなんです。
というかギルド名そんなんだったね。忘れていたよ。忘れたかったよ。
「お、辺境伯。話し合いは終わったのかい」
「ああ、ワールウィンド。すまないがタルシスまで私を送ってもらえないかね? あまり長く空けるわけにもいかないからな」
「辺境伯は忙しいことだね。わかったよ。それじゃ君たち、またな」
ワールウィンドさんが合流と思いきや、すぐさま離れていった。その後を辺境伯がついていこうとして、その前に。
「アルメリア君、イシュ。巫女殿はウロビトの代表者と言っても過言ではない」
世界樹の巫女だからかな。
ということは、シウアンに何かがあればそれは友好に傷が入ることになりかねないということだろうか。つまり全力で守れ、と。しかし守るには力が必要で、その力を持つのはイシュであって私ではない。
イシュが守るかどうか……とにかく辺境伯を安心させよう。
「シウアンを何がなんでも死守ですね。わかりました!」
「少し違う。巫女殿を守るだけでなく、諸君自身も守るのだよ」
辺境伯は私とイシュの肩を叩いて、ワールウィンドさんの後を追いかけて行った。
なんともあの人らしいというか。だけど少し、いつもより言葉が重かった。
二人だけだった時と違って、今度は四人だ。人数の分だけ責任が重くのしかかったということだろうか。イマイチわからない。
「では出発するか」
「は、はやいですね……」
イシュが人数もそろったことだしと言わんばかりに出発を告げる。
だけどこう、シウアンとウーファンはこれからウロビトの里を離れるのだから、お別れとかを……
「構わない。私たちはいつでも里を出れる」
「うん、みんなと離れるのは一時的なことだもの。冒険が終わったらちゃんと帰ってくるって約束したから」
今生の別れにするつもりはさらさらない。そのことは彼女たちも同じだったようだ。
それなら惜しむようにお別れ会、なんてする必要はないのかもしれない。10年引きこもりにはわからないけどそういうものなのだ。
「異論はないようだな。ではノアのもとまで行くか」
「は、はい!」
「まずは北の谷に石盤を嵌め込む。その後、一度タルシスに戻る」
二人から四人になったパーティ。
そんな中、これからの予定を話しだしたイシュが今までになくまともに見えた。
「タルシスに戻る理由はあるのか?」
「武器を新調する。ホロウクイーンに剣をひとつ破壊されたからな」
ウーファンの疑問にも返していく姿はリーダーっぽい。
そういえばイシュは指導者だったことを考えるとできて当然なのかもしれない。何故私と二人のときはできなかったのかが謎だ。あ、実験動物としてしか見てなかったからか。
そう考えると、埋まる気のしなかったイシュとの心の距離は、確実に、少しは縮まっているのかもしれない。
「では、行くとするか」
イシュの声に、私たちはそれぞれ返事を返した。
ある者は世界樹を助けるために。
またある者は世界樹の巫女を助けるために。
そして私は、自分の体を治すために。それと、寂しがり屋から離れないために。
第二章終了です。
活動報告に全体の後書き書いたら第三章書き始めなのです。そしてまたも書き溜めしたいため次の更新は遅れます。
三章も視点変更しちゃうのです。もう流れから予想つけられそうだけど、次の視点はあの人がメインです。
それに伴い色々とアレンジ……できるかなぁ。
そういえば話数増えてきましたし、章管理とかしたほうがいいでしょうか。
章タイトルとか思いつかないのでそのままでいいやってしてますが。そこのとこは悩んでます。