ある人物の視点に。というかしばらくこの子の視点になります。
私にとって、その日はいつもと変わらない一日になるはずだった。
朝から快晴で、空には雲と気球艇が浮かび賑やかな街並み……から離れた町外れの一軒家で独り一日を終えるはずだった。
独りなのは理由がある。決して性格に難があるからとかではない。そのはず。
独りでいる理由は、原因不明の奇病に冒されているからだ。
その病には、街にいる医師も匙を投げた。巫師にもすがったがダメだった。
感染するものかどうかもわからない。
わかるのは、確実にこの体を蝕み、変容していくことだけだ。
奇異の視線に晒されるのも、腫れ物を触るように扱われるのも嫌なので、今ではこうして町外れに隠れるように暮らしている。
もうこの病を治すことにほとんど諦めていた。
誰も訪ねてこない独りぼっちの家。そこで独り、人ではなくなるものに変容してしまうのだと。
暇潰しに本を読んでいると、誰も来ないはずの家がノックされた。
「……だれ?」
誰も来ないと言ったが、特定の人物、二人だけ来る。だがその人物は、片方は常に忙しく滅多に来ないし、もう片方も滅多に来ない。来るときはどちらも決まった日にくる。
つまり、今ノックしたのは知らない人だ。
もう一度ノックがされる。
迷子かもしれない。このまま放置するわけにはいかない。
姿見で自身の服装をチェック。問題なし。
裾からは人の手が出ているだけ。他は出ていない。
扉がまたノックされた。さっきよりやや音が大きいのが少し怖い。
「……どちらさまですか?」
扉越しに尋ねると……
「我の名を尋ねるのであれば、まずは汝が名乗るのだ」
やたらと傲慢な態度の声が聞こえてきた。
え? 本当に誰?
というかなんで私が名乗らないといけないの? 表に表札あるじゃん。名前書いてるはずなんだけど。
「どうした。名を名乗ることを許すと我が言っているのだ」
「えぇ……」
なんなのこの人。
声からして男の人だ。どこか重く響くような低音の声は威圧的に感じる。言ってる内容も凄まじく上から目線だ。どこかのお偉いさんだろうか。でもそれがなぜ私の家に。
「……アルメリアですけど」
「そうか」
……
え、名乗らないの?
「はやく扉を開けるがいい」
「えっと……あの…………どちらさまですか?」
なんなのこの人。こわいこわいこわい。
色々と諦観した最期を想像してたけど、こんな怖い人に関わるなんて想像してないし避けたい。
「ふむ……我はハイ・ラガードから来たものだ。このタルシスで世界樹の調査をしたいため冒険者登録とやらをしたいのだ」
……は?
「えと……それは辺境伯の……」
「うむ、そのため辺境伯に会いに来たのだ。わかったのであればはやく開けるがいい」
迷子か、この人。
何故こんな町外れの一軒家と、辺境伯のいるマルク統治院を間違えれるの。
それとも辺境伯が不在だったとかで、それで辺境伯の自宅に直訴に来たとか? それでもこんな辺鄙な場所にある家が辺境伯の家と思う理由がわからない。
色々と訳がわからないけど、一番厄介なのは……
「いつまで我を待たせるつもりだ」
この傲慢な態度の本人に、迷子の自覚が一切ないこと……
どうしよ。ここは違いますよって言ったら逆上されそうな……でもこのまま放置したらもっと怒りそうだし。
ていうかなんで私がこんなに悩まないといけないの。私は何も悪くないよね。
よし、言うぞ。辺境伯はここにはいないと言うぞ。
「えっと……辺───」
「はやく開けるのだ」
「はひ」
と、扉を開けるようずっと言ってたし、まあこれくらいはいいや。開けたら言うぞ。絶対言うぞ。
扉を開ければやたらと傲慢な態度の声の主とご対面。
一度深呼吸をし、いざ扉を開ければ……
「え? 女の子?」
赤い三角巾で金の髪をまとめた女の子が立っていた。
あれ? あの怖い声の男の人はどこに……?
「ようやく開けたか。さあ、この紙を受けとるのだ。我ははやく世界樹の調査に赴きたいからな」
「ほひょ!?」
思わず奇声を発してしまった。
だってさっきまで聞こえてた男の声が、目の前の女の子から出てきたのだから。
これはあれか。男の娘というやつか。
いや、やたらと低音な漢女だろうか。
全然わからない。聞いてもいいんだろうか。いや、でも怖いし。
というかやっぱり迷子の自覚ない。もしかしたら道を尋ねるために出てきてほしかったとかかも、って期待をちょっぴりしてただけに残念だ。
「あ、あの!」
「なんだ」
「へ、辺境伯のいる場所はここじゃなくて、マルク統治院です!」
「……」
どうしよう。怒っただろうか。
いや、私は事実を言っただけだし、怒られるか不安になるのっておかしくないかな。
「……ふむ、ではマルク統治院とはどこなのだ」
逆上してこない……!
よかった。態度はともかく思いのほかまともなのかもしれない。
「あの小高いとこにある、一番大きな建物です……い、入り口にたぶん兵士がいるから、そこからは兵士に聞いてくれたら……」
ていうか、普通お偉いさんの建物っぽい場所として真っ先にあそこに行くものだと思うけど。
それに看板とかあるはずだし……
「……灯台もと暗し、か」
「?」
何やらよくわからないが、特に問題なくこの予想外な交流は終わりそうだ。
これで私はいつもの日常に戻ることになる。
「では、頑張ってください?」
「待て」
「ふぉわぁ!?」
扉を閉めようとしたら逆に引っ張られるほどの力でこじ開けられた。
見た目より遥かに力強いこの人……。それとも私が弱すぎるんだろうか……どちらもありえそう……。
「な、なんですか!」
さすがにここで弱気にはなれない。怖いけども。
「……」
「あの……なんなんですか?」
無言で私をじっと見ている。
何か言うかと思えばそんなリアクションでこちらとしても対応に困る。
さらに数秒ほど間をおいて、ようやく目の前の人物が口を開いた。
「袖をまくれ」
「え?」
「汝の袖をまくれ」
袖をまくれ。
今着ているローブの袖をまくれということか。でもなんでそんなことを。それよりも……
「い、いやです……」
先程までとまた違った別の怖さを感じる。感じるが、その言葉通り応じるわけにはいかない。
───だって袖の下まで、もう拡がっているんだから。
「……汝の体から妙な物質が分泌されている。我がかつて幾度となく観測したものと似た物質だ」
「は……?」
何を言っているんだろう。物質? 分泌?
フェロモン的な?
ひょっとして袖をまくれっていうのはこの人なりのナンパだったとか?
ハイ・ラガードから来たって言ってたっけ。ハイ・ラガードは変わった文化があるんだ……
思考が意味不明な方向へ飛んでいくほど混乱していたが、次の言葉は聞き逃すことができなかった。
「汝の体、植物に変質しているのだろう」
なんでそのことを
この病を知っている?
この、体中を植物に変えていく、呪いのような病を?
誰も知らなかったコレを、この人は知っている?
「この地の世界樹計画は制御に心血注がれたはずだったが、今の時代にまで影響が残っているあたり期待はずれかもしれんな……」
「計画……? 影響……?」
「しかし進行が遅いのを見るに、少なからず他とは違う何かがあるか……。個への影響を減らした代償に今の時代にも続いているのか? しかしこの娘以外には変質していなかったようだが……」
「ちょ、ちょっと……」
「む……? 汚染の影響がない……? 確かに精神に異常はきたしてなさそうだが馬鹿な……いやこの数値は正常……」
「あ、あの……!」
「汚染を取り除けるということか? いや、やはりなんらかの制御が働いて……やはり調査はするべきだな」
「ちょっと!! 待ってください!!」
「む?」
やっと呼び掛けに気づいてくれた。
諦めきっていた手掛かり。その人なんだ。なりふり構ってられない。藁にもすがる思いでどんな情報も聞かないと……
「あ、あなたは、この病気について知ってる……ということでいいんですよね?」
「病気……つまり汝は、いや、この時代のものはそれを病気と考えているのだな」
「……病気じゃないんですか?」
病ではない? なら呪いの類?
でも高名な巫師でもお手上げだった。
「病気などではない。それは古の時代が創りだした希望の植物だ」
希望の、植物……?
こんな、こんなものの、どこが───
「どこが希望だって言うんですかっ!!」
人を植物に変えていくものが希望だなんてそんなの、おぞましすぎる。それに古の時代のものが、なんで私の体にあるというのか。
「まったくだ。我も希望になど到底思えぬ。それは、災厄から逃れるために、新たな災厄を創ったにすぎん」
「……」
「本来はその災厄、古の時代で終わるはずだった。何故汝の身に残されているかは我もわからぬ」
「……っ!」
唯一の手掛かりの人も、私の体が蝕まれる理由がわからない。
古の時代の災厄。
ただの奇病などではない、災い。本来は今の時代にないものということは、治療法もあるのか怪しい。
下手に見せられた希望があっという間に絶望へと変わった。中途半端に見た希望のせいで、より心までも蝕まれてしまう。
結局、人でなくなるのは変わらないのだ。
たとえ絶望が知れただけだが、それでも情報をくれた人にせめてもの感謝を告げよう。いつか人ではなくなってしまうが、人でいる間は、人の道理から外れたくはない。
いざ感謝を告げようと口を開く、その前に───
「だが、我ならば治すことができる」
───え
気休めならよしてほしい。
「我は世界樹による災厄を打ち消すために、この地の調査に来たのだ。我が救うべき者たちの名誉を守るためにも」
絶望感のせいだろうか。先程まで、傲慢で怖かった喋りが、今はその自信に溢れた物言いに思えてしまう。希望のように感じてしまう。
ついさっき、希望から転落したばかりだというのに。
この人にすがっても、いいだろうか。助けを求めて、声をあげてもいいだろうか。
「私の体も、治る、んですか……」
「我ならば治せる。しかし、我が治す理由は見当たらぬ」
「……え?」
理由? え? 理由がないから治さないってこと? え? ええ?
……あ、そっか!
「お金なら払います!」
「いらぬ」
「そ、そんな……それじゃあ……」
お金はいらないとなると、後は何を欲しがるの。
……この人、見た目は女の子だけど、声や話し方からして男の人だし……
「じゃ、じゃあ…………か……か、体で」
「だから我が汝を治す理由などないと……いや、待て」
く、食いついた……!
藁にすがる思いで言ってみたけど、こんな効果があるなんて。正直嫌だけど、嫌だけど……植物になるより遥かにマシなんだし……!
「汝、我の研究に協力するのであれば、その体を治してやろう」
「け、研究……? 研究って……? あれ? 体はいいの?」
「先も言ったように、我は救うべき者たちの名誉を守るため、世界樹の調査にこの地へ来た」
「はぁ……」
そういえば、救うべき者たちの名誉ってどういうことだろう。その人たちを直接救うんじゃないってこと?
「調査、および研究をし、ハイ・ラガードへ戻る。しかしその研究結果のテストは我ひとりではできぬ。そのためには世界樹に蝕まれているもの、つまり汝に我の研究のテストサンプルとなってもらおう」
サンプル……それはつまり、実験台ということ?
どんなことをするかはわからない。だけど、今を逃せばこの植物から逃れることはできないのだと、なんとなく理解した。
だから返事はすぐさま決まった。
「それでこの体が治るんなら」
その言葉に、この人は満足げに頷いた。
初対面の人物だ。そんな人物をすぐさま信じるのはおかしいのかもしれない。
だけど私はこの日、この人のことを信じてついていくことに決めた。
「それで、どうしたらいいですか?」
「うむ。まずは世界樹の調査のためにも辺境伯のところへ行く」
「あ、迷子だったもんね……」
「……とにかく世界樹の調査にはまず辺境伯と会い、冒険者登録が必要らしい。それに辺境伯から古の時代のことについて知っているか調べたい」
ということは、つまり……
「今はまだ何もわかってないって状態ですか?」
「この地の世界樹についてはな。だがすぐに全容がわかろう。我がいる限りはな」
やっぱりすごい自信だ。
このタルシスには多く冒険者が訪れているにも関わらず、何年も世界樹には誰もたどり着いていない。
それなのにこの自信満々な姿。
「この時代のものに、我のことは信じられぬかも知れぬがな」
自信満々、というわけではないのだろうか。表情こそあまり落ち込んでいるようにも、自信なさげにも見えないがどこか自嘲気味にその言葉は聞こえた。
「私は信じますよ。まあ、あなたの他にすがるものがないっていうのもありますけど……」
「汝の信用などどうでもよい」
「ひどい!?」
少しは親しみやすさを見せてきたと思ったらやっぱり怖い人だ。
だがひとまずは、こんな怖い人を辺境伯のいるマルク統治院に連れていくのが私の役目だろう。
それにしても何か忘れている気がする……
「あ!」
「なんだ」
「あなたの名前聞いてません!」
ずっと『この人』だの『あなた』だの『怖い人』だのと言ったり考えたりしてたけど、一緒に行動するのなら名前は知っておいた方がいいはず。
「汝に名乗る必要など……いや、よいか。我のことはイシュと呼ぶがいい」
「ちなみに私の名前は覚えてます?」
汝、なんじ、ってばっかりで最初に名乗った私の名前を覚えていない気がする。
っていうか汝っていつの時代の人よ。
「……アルメリア」
「まさかの正解……」
記憶力が予想外にもいいようだ。
「ちゃんと名前で呼んでくださいね」
「何故そのような指図を我がされねばならぬ」
「だってちゃんとその人の名前を呼ばれないと、誰なのかわからなくなりません?」
「……我にはわからぬことだ」
「ま、とりあえずマルク統治院に行きましょうか。私も冒険者登録しますし」
「汝もか」
「……」
「では案内は任せよう」
「……」
無言で名前を呼ぶように催促してみたが伝わらなかった。
一緒に冒険する、でいいんだよね? それともサンプルとしての役目以外期待されてない?
これは根気との戦いになりそうだ。
見た目について描写する機会がなさそうなので、アルメリアは世界樹4のルーンマスターの見た目です。
水色髪のルン子です。
理由はあれです。世界樹Xの追加グラがくっそかわいかったから。
オリキャラとしてはこの子が最後です。あとは既存のNPC達をなんとかかんとか。
すでにバーロー自体魔改造されてオリっぽいですけどね。