30.白き大地で温もりを消さぬ為
タルシスの外れにある我が家。その近くには小さな公園がある。
壁で囲まれた公園は、昔子供たちがスナイパーごっこで、弓で遊んでいたなごりで壁に的が書いてあるのだ。今の利用者は基本的にいない。
だけどここ一週間。
「とやあ!」
「また当たった! すごいよ!」
利用者がいなくなった公園に、私とシウアンが常連となっている。
「ナイトシーカーに今からなっても遅くはないかな……ふふふん」
「ナイトシーカーって前衛でしょ? アルメリアには無理じゃないかな?」
「ひどい」
雑談をしながら、的に当てて落ちたナイフを拾ってまた練習を開始する。
今更練習して意味があるのか。
ていうかそんな余裕があるのか。
以前の私ならそう考えたかもしれない。だが今は違う。
ひとつ、呪いの進行を抑えてくれるシウアンがいるので時間の余裕が生まれた。
ひとつ、爆炎の術式を使えるようになったが、精神的に消耗が激しい術式なので温存手段があった方が調査がスムーズになる。そのため練習には意味がある。
そしてなにより、
ここ一週間、世界樹の調査に出れなかったのだ。
明日も出れるか未だに不明である。
遡ること一週間前。
石盤を嵌め込み、次の大地を見る前に街へ戻ることとした。
理由はイシュの剣が一本ダメになったため、新しい剣が必要となったのだ。
ベルンド工房でイシュが店番の子に怒られていたのはちょっと面白かった。
「ふっつう一日で壊さないよ!? なんで!?」
「敵が壊したのだ。我ではない」
「じゃあなんでファルクスまで痛んでるの!?」
「……言うほど痛んでないではないか」
「頑丈な素材をさらに頑丈に加工されてたんだよ!? 外装剥がれてるよこれ!?」
「……」
こんな具合だった。
結局ファルクス(ボス熊の爪の剣)も加工し直しが決定。
新しい剣をと思ったが、深霧ノ幽谷では魔物の素材をイシュは一切拾わなかったのだ。状況が状況だったしそれはまあいい。そのためスクラマサクスをまた打ってもらうこととなった。
「前に売ってもらった素材分はこれでおしまいだからね。新しい剣が必要ならまた素材持ってきてよ。っていうか壊さないでよ!」
「問題ない」
「問題しかないよ!」
二人とも金髪ということも相まって、音声さえなければなんだか姉妹に見える微笑ましい光景だった。音声さえなければ。
そんなこんなで、新しい剣およびファルクスの加工まで一日は最低でもかかるとのこと。
まぁたまには、ということでゆっくりしようとしたのだ。
その空いた一日で、世界樹の調査が躓く事態発覚となった。
それを知ったのは旅に出ようとした時だった。
シウアンとウーファンがパーティに入ったため、今までのように家を拠点としていては狭い。
辺境伯から今回の報酬金も受け取り、お財布も余裕ができたため四人ともセフリムの宿で寝泊まりをすることとした。
イシュの剣もできたことだし、世界樹の調査に今日からいくぞーと宿を出ようとしたとき、珍しい来客が訪ねてきたのだ。
カーゴ交易場の交易長。
赤い髪の人相こわめのお兄さんだ。考えたらタルシスで人相優しそうな人って少ない気がしてきた。
「動力が凍るだと?」
「ああ。あんたらはまだ丹紅ノ石林より北の大地を見てないから知らないだろうけどよ。そこは寒くて寒くて仕方ねぇらしい。一面雪景色だそうだ」
交易長はイシュに話があってきたそうな。
その内容は、気球艇の問題。起きている問題とは、気球艇の動力が新しい大地に厳しい状態らしい。
「雪景色って、雪が降ってるの?」
「ん? ああ、あんたがウロビトの里からきた巫女だな。そうらしいぜ。見てきた連中が言うにはずっと雪が降り続けてたらしい」
雪。タルシスでは雪は降らない。
本での知識で、雪とは白くてとても冷たい粉のようなものと認識している。
そんなものがいっぱいな景色。
……爆発とかしないだろうか。
「動力が凍るなど欠陥もいいとこではないか」
「……そう言われちゃ何も言い返せねぇが、あんたも知ってるだろ。今の動力は鉱石だ。水につけることによって浮力の高い気体を発生させる特殊な鉱石。突風で気球艇が揺れても零れたりしないよう、水と鉱石の密封性は高くしてあるけどよ。気温変化には対応できてねぇ」
「水が凍りつき、浮力が気球口にいかないか。それで、我にその話をした真意はなんだ」
「あんた、結構技術屋としても優秀だろ。頭のネジが何本か抜け落ちてるけどよ。だから気球艇の改造を手伝ってほしいんだわ。色々と考案はしてんだが、どうも上手くいかなくてな」
イシュに何かを頼むとき、まずは褒めるとたいていの場合はすんなりいくのです。
そのことを理解して言ったわけではないと思うけど、それをうまくついた交易長の言葉にイシュはそりゃあもう、ふんぞり返るレベルでドヤってから了承したのです。我が優秀とはよくわかっているではないか、みたいな感じで。
イシュと交易長の話が終わり、ニーズヘッグは気球艇の改造までお休みということが決まった。
急に予定がなくなりどうしようと思ったところ。
「やあ、碧照でのミッション以来だね」
「キルヨネンさん」
中性的すぎて性別がわからないキルヨネンさんに話しかけられた。
この人もセフリムの宿利用者のようだ。
「聞いたよ、ウロビトの里での騒動を君たちが解決したとね。それに仲間もできたようでなによりだ。おっと、申し遅れた。僕の名はキルヨネン。以後、見知り置きをいただきたい」
後半の台詞はシウアンとウーファンに向けられたものだ。
「私の名はウーファンだ。見ての通り、ウロビトであり方陣師でもある。人間の街には未だ慣れていない身ゆえに迷惑をかけてしまうかもしれないが、他のウロビトともどもよろしく頼む」
「シウアンです。こちらこそよろしくお願いします」
「……こう言っては失礼だと思うが、イシュの仲間にしては存外まともなのだね」
「すっごい失礼だ!?」
「す、すまない」
うっかり漏らした本音のような評価が耳に痛い。
考えたらキルヨネンさんはイシュの悪癖部分を目の当たりにしているのだ。そこからイシュ基準となればそうなっても仕方ないかもしれない。
「やはりあいつは人間の街でも浮いているのだな……」
「で、でもちょっとずつ街に馴染んで来ているんです! た、たぶん……!」
その証拠にさっきも交易長と話盛り上がってたし!
「君たちは丹紅ノ石林のさらに北の地、銀嵐ノ霊峰についてもう知っているかい?」
「あ、はい。名前は初めて聞きましたけど今さっき、交易長が来ててそれについて教えてくれました」
「それなら話が早い」
「?」
何か追加情報でもあるのだろうか。
交易長が知らないような追加情報とか。それともまた別の何か?
キルヨネンさんは話を続ける。
「気球艇の動力が凍りつく問題には、僕たち冒険者も交易場の彼らも頭を悩ませている。気球艇について、僕たちはあまり知識がない。だからといって甘えてばかりではいられないと思ってね」
「はぁ」
「これから冒険者ギルドで勉強会を開こうと思うんだ。君もどうだろうか」
「是非ともお断りします」
条件反射のように言ってしまった。
だけど仕方ないことだろう。だって意味がわからないし。
「そうか……アルメリアにも悪くない話だと思ったんだが……」
「勉強会が必要なほど私って頭悪そうに見えます……?」
気球艇の知識がないから勉強会をするってことでしょう。今から気球艇について学んでも、専門家に任せたほうが断然いい。
ひょっとしてキルヨネンさんは天然さんなんだろうか? 残念系なのだろうか? でも美人の天然とか得しか感じないのは何故だろう。
「私は空いた時間……少し投刃の練習でもしたいんで、勉強会は断固拒否です」
「アルメリア、そこまで嫌がらなくても……私もその練習見てていい?」
「いいよー」
シウアンもさりげなく勉強会から逃げる口実として私に便乗してきた感がする。
世界樹の巫女もちゃっかりものかもしれない。
「アルメリアとシウアンは不参加か。二人にも参加してほしかったが……ウーファン、君はどうする?」
「その前に勉強会と先の話、繋がりが全く見えないのだが」
「ああ、すまない。勉強会と言うのは」
説明しながらキルヨネンさんは鞄から一冊の本を取りだした。
物語本ではなさそうな表紙。少し古い感じのものだ。
「氷の聖印、その術式書を僕が所持している。それを多数の冒険者が扱えれば動力を凍てつく寒気から守れないかと思ってね」
え。
「氷の聖印……印術師の技術か?」
「ああ。魔物の凍てつく息吹から仲間の身を守る術。これを応用すれば気球艇の動力にも効果があるかもしれない。それで術師の才がありそうな冒険者を集めて勉強会でもと思ってね」
え。
勉強会の内容って術式書なの? え、行きたい。
「私も参加していいだろうか。印術師ではないが、印術には興味ある」
「もちろんだ」
私も参加したい。
うん、今からでも前言撤回していいよね。うん、言うぞ。参加するって言うぞ。
「あ、あの、私も───」
「では、私はキルヨネンと同行する。シウアン、アルメリアからはぐれないようにな。あと貴様、シウアンに怪我をさせるなよ」
「ウーファンったら過保護なんだから。ちゃんとアルメリアと一緒にいるから大丈夫だよ。勉強会、頑張ってね!」
ああっと?
シウアンったらそんなに私と一緒にいたいのかしら? せっかくだし三人で勉強会に行きましょ行きましょ?
「シ、シウアン、私も勉───」
「では二人とも、ウーファンを借りるよ。また後ほど」
まじか。
「それじゃアルメリア! 練習にいこっか!」
「……」
「投刃ってナイフを投げて攻撃するんでしょ? すごいカッコよさそう!」
「……うん、期待して、見ててね……」
キラキラな目線を向けるシウアンのためだ。
うん、そのためだ。
いいもん。私は火の印術師だもん。
そんなわけで現在もなお気球艇改造計画中であり、氷の聖印応用会進行中である。
そのため冒険には出れず仕舞い。
とはいえ気球艇改造計画は現在、全冒険者の気球艇を改造しているわけでなく、まずは何隻かだけである。そのため冒険者全員お休みというわけではない。
気球艇を動かせる者は近くの森や樹海、廃鉱などを調べ何か気球艇の改造に使えるものを探したり、気ままに冒険を続けていたりいろいろだ。
氷の聖印応用会は気球艇改造計画の保険だそうだ。
そもそも冒険者のパーティすべてに印術師が含まれているわけではない。それに術師の負担が大きすぎるので最悪の保険。頻繁に聖印を組み直す必要があるそうなので、ややその保険も頓挫しかけらしかった。
しかし思わぬ発見。
ウロビトの術師はかなり長時間聖印を使うことが出来たらしい。
今では勉強会は勉強会兼ウロビトの冒険志望者引き抜き会になっているそうな。
勉強会に参加したウーファンも何度か声を掛けられたそうだが、断固拒否したらしい。シウアンがいるところにしか行かないとかなんとか。過保護極めり。
しかし一週間目立った変動がないのが何とも言えない。
セフリムの宿でイシュやウーファンと顔を合わせるが、二人ともあまりべらべら話してくれない。どちらも弱点をつけば教えてくれるけど。
イシュは煽てればあっさり話すし、ウーファンはシウアンが聞けばあっさり話す。
それによると一応順調ではあるそうだが、まだ確実性が薄い、というのが現状とのこと。
「そろそろ休もう? 一度呪いを抑えないと」
また一本、的に刃の部位を当てて落ちたナイフを拾っているとシウアンからの休憩の提案。
もう少し腕力があれば本気でナイトシーカーかスナイパーの凄腕になれた気がする。
「うん、それじゃいつものお願いー」
「はーい」
ナイフをすべて拾って公園のそばの家に入る。一週間、宿で寝泊まりしてばかりで我が家の使い方が、練習後のシウアンによる祈祷場所となっている。
蛍のような明かりが漂い、体内に入ってくる。
何度やってもらってもよくわからないものだ。
「どう?」
「すごい楽になってくぅ……」
疲労が取れるわけじゃないけども、この瞬間は確かに楽になっていく。普通の体に戻れたような錯覚が起きるほどに。
と言っても抑えているだけだし、祈祷が終われば十分としないうちにまたいつもの体の感覚に戻るけども。
もしもこの祈祷がなければ今頃どうなっていただろうか。
進行速度がよくわからなかった呪いだけど、シウアンならある程度わかったりするのかな。
疑問に思ったのでそのまま聞いてみることに。
「シウアン、もし抑えてもらえなかったら呪いって今頃どれくらい進行してたかわかる?」
「本当に聞きたい?」
「なんで勿体ぶるの……不安になるんだけど……」
「たぶん、もう人の形は保ってないかも」
勿体ぶったかと思えば割と素直に教えてくれた。まぁ内容は残酷だったけど、やっぱりかぁという気持ちもある。それと同時に幸運だったなとも。
人の形を保っていない。
改めて言われると薄ら寒さを感じる。もしも、の話とはいえ、かなり可能性の高い話だったのだし。
人として生まれたのに、人ではないモノに変えられる。
ハイ・ラガードでの話を思いだしてしまい、少し気分が沈んだ。
だけどシウアンには悟られないようにしなくては。ハイ・ラガードの件はシウアンには無関係だ。それにこのタイミングでどんよりすると、シウアンの話のせいって勘違いされかねない。
自分もシウアンも誤魔化すためにとニヤけながら、ふざけることにした。
「……シウアン様々だわ。あ、巫女様だっけ」
「普通に呼んでよ、もう。今のアルメリア、なんだかワールウィンドみたいだったよ」
「えっ、そんなに老けてそうだった?」
「雰囲気が不真面目って意味」
ここにワールウィンドさんがいなくてよかった。
老けているだの不真面目だのと評価されている彼が少し不憫である。
「……アルメリア」
「? どしたの」
のんびりと笑い合ってたのに、急に真面目な顔に切り替えられるとびっくりする。
とはいえシウアンはある意味私の主治医状態だ。真面目な話になるのなら、私も真面目に聞かなくては。
「……抑えている分だけ、日に日に強くなっているの」
何が、とは聞かなかった。
「それはいつか……抑えきれなく、なるってこと?」
「ううん……抑えて落ち着かせても、だんだんと侵食する間隔が早くなっているの」
「えっと、今は一日一回の祈祷で済んでるけど、いずれ一日二回必要になる的な?」
「うん……だから私からあまり離れないでね」
真剣な面持ちで聞かされた話に対して、なんだそんなことか、という感想しか出てこなかった。
もとよりシウアンから離れるという考えはあまりない。というか離れようもないと思う。ウロビトの里の事情でシウアンが戻らなくてはってなったとしても、その事情を解決しに行けばいいだろうし、それでもなお里にいないとってなったら、私が里に行くか、イシュが誘拐騒動を起こすだろう。後者はやめてほしいところである。
「もちろん。それにしても、私から離れないで、かあ。ウーファンが聞いたら嫉妬に狂いそう」
「ふざけないでよ、もう」
頬を膨らますシウアンの頭を撫でながら笑う。なんとも平和な日である。
宿への帰り道、時々すれ違うウロビトの人には巫女様をお願いしますと何度も頭を下げられたり、筋肉質なギルド長にもっと筋肉をつけるようにと言われたりしながらシウアンと歩いていく。
「あ、どこか行ってたんですか?」
「む? 汝らか。新たな気球艇の素材を求めて少しな」
街門から出てきたイシュと遭遇した。
いつもの恰好に、背中には大きな袋がいくつも。見るからに重量がありそうな袋だ。
背負った大袋から紫色の魔物の皮を見せてくる。やたらとゴツゴツしている硬そうな皮だ。というか行くのなら一声かけてくれたら手伝ったのに。大した戦力にならないとは自覚しているけども。
「いっぱいあるね。これで空を飛べるようになるの? 重たそうだけど」
「まだ実験段階だ。断言はできない」
「動力が凍るのが問題なんですよね。この皮で解決しそうなんです?」
「まだ実験段階と言ったではないか」
それにしてもこんな皮の魔物を見た覚えがない。
あの幽谷の魔物だろうか。それとも他のどこかの森の魔物?
イシュは皮の有用性について教える気はないようだが、煽て作戦に切り替える。
「でもイシュの予想なら正確だと思うんで聞きたいんです」
「ふむ……予想程度ならばまあいいだろう。動力の根本的な問題は冷気だ。ならば単純に冷気が届かぬ構造にするか、熱で温めればよい。熱を、火を使うにしても気球艇の安全性のため、然るべき措置が必要だ。そこでこの皮だ。この皮はワニの魔物のもの。耐熱性は優れたものだった。冷気にひどく弱かったがな」
ものすごーくべらべら話しだーす。なんてチョロイシュ。
「えーっと……この皮で火を囲って、動力を温めるってことです?」
「うむ。それと、構造と球皮も変更を加える。早ければ三日後には完成しているはずだ」
「予想から急に具体的な数字が」
「早ければ、だ。多少延びることもある。だが準備はしておくのだ」
「はい」
準備。
準備と言っても何があるだろうか。地図を描くためのものは常備している。医薬品も入れっぱなしだ。あ、防寒着とかいるかな。寒い地らしいし。
あとは……あ、そうだ。踊る孔雀亭にあとで寄っておこう。
何かついでにいい依頼がないかを探すのだ。
そういえば、前回の依頼の報告ってもうしているんだろうか。イシュがひとりで行動していた時の依頼。というかその内容の顛末を聞いていない。黒い依頼書と光粘菌の木だっけ。
「イシュ、前受けた依頼って報告しました?」
さすがにしているだろうと思いながらも、念のため聞いてみる。
依頼は成否どちらであろうとなるべく報告しないといけない。理由としては報酬のこともあるけど、多方面に迷惑が掛かるのだ。色々と。
「していないが?」
そっかー。
そっかぁ……していないのかぁ……
孔雀亭、行きたくなくなってきたなぁ……
三章開始です。
三章は全体的にゲームと諸々の設定が異なりがあるので注意です。
あと気球艇知識は私もさっぱりです、ごめんなさい。