世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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31.其の黒きものに触れるな

 

 

 

 

 踊る孔雀亭が扱う依頼は、指定のない限りダブルブッキングを避けるために、誰かが受諾中は他の人が受けれないよう配慮するそうだ。

 つまり報告が来るまで、依頼主は待ちぼうけである。

 仲介者である孔雀亭も、成功失敗どちらであろうと報告が来るまで待ちぼうけである。

 

 つまり、たとえ失敗であっても報告には行かなくては迷惑をあちこちにかけまくるのだ。

 

 ちなみに依頼受諾者が生死不明の場合、街に戻らず一月経てば失敗と判断されるそうな。死亡が確定している場合も同じ。

 

「黒い依頼書は達成した。もうひとつはする暇がなかったので放置したが、それが問題になるのか? 緊急性も薄そうなものだったが」

「報告していないのが問題なんですよ……」

 

 イシュは、というか私たちは未報告のまま何日も過ごしてしまった。

 しかもひとつは未達成という。

 

 遅ければ遅いほど不味いと思い、セフリムの宿で荷物を下ろしてから孔雀亭へと向かう。

 シウアンは置いて来た。あの子は今回の失態と関係ないから。

 

 お説教とかあるんだろうか。今から既に気が重い。

 

 なんだか世界樹への道が開くたびに怒られる事態が発生している気がする……やっぱり世界樹は敵である。

 

 どれもこれも世界樹が悪いのだと責任転嫁を心の中でしながら、重たい足どりで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 孔雀亭の中は以前と違う様相だった。

 ウロビトが増えたから、というのもあるかもしれないが、街の兵士までも多くいる。非番だとか休憩中に、といった具合ではない。

 依頼ボードのそばで周囲を警戒するようにしている兵士の姿から、嫌な想像をしてしまう。

 

 依頼すっぽかしたイシュを取り押さえるべく、兵士がいるのではないかと。

 

 でもそれならまず催促に来てほしいものである。

 自己責任? 自己管理? 知るか。

 

 心の中でかなり口が悪くなったがお首には出さない。というか出すわけにはいかない。とにかく報告である。

 

「こ、こんにちはぁ……」

 

 怒られる可能性が高いせいか、自然と声が震えてしまった。自分で言うのもなんだけど、冒険で結構図太くなってきた気がしてたが気のせいだったかもしれない。

 ダメだダメだ。

 こんな調子じゃ後ろめたいことがあるんですと自ら言っているようなものだ。追及されるまでは素知らぬフリがベストだ。

 

「あら、いらっしゃい」

「依頼の報告に来ました! ……黒い依頼書は達成で光粘菌の依頼はできてませんキャンセルでお願いします黒い依頼書は達成です!」

 

 一息で言った。しっかりと言った。勢いで誤魔化す大作戦だ。

 報告は果たした。聞き漏らしてたとかなら向こうの責任に少しはなるはず。なので途中のキャンセル云々については聞き漏らしてますように……!

 

「え……? ちょっと待って」

「はひっ!」

 

 あ、ダメだこれ。

 

 勢いで誤魔化しきれてないっぽい。待ったかけられたとかもうダメだ。

 

「あの黒い依頼、達成できたの……?」

「ごめんなさっ……そっち? あ、はい! そうです! だよね!? イシュ、できたんだよね!?」

「うむ。石柱なら破壊した。もう一つの依頼は───」

「というわけで黒い依頼書は達成しました!」

 

 黒い依頼書のほうに話の注目が集まっているのだ。もう一つの依頼なんてどうでもいいのだ。辺境伯が依頼主だっけ。申し訳ないけど今はどうでもいいのだ。

 

 すると周囲から小さなどよめきが起きだした。

 

「本当に……?」

「虚偽の報告をする理由がない」

「そうよね。疑ったりしてごめんなさい。少しだけその話、詳しく聞かせてくれないかしら」

 

 私からは話せない。依頼をこなしていた時の様子はイシュしか知らないからだ。

 

「詳しく、か。破壊対象の石柱があった場所には竜がいたな」

「……やっぱりそうなのね」

「竜が飛び立った隙に石柱を破壊したが、すぐに竜が戻ってきたため撤退した。ゆえに石柱を破壊する意味はわからぬままだ」

 

 タイミング的に、ウロビトの里で雷鳴を聞いていた時だろうか。

 

 そういえばあの時、雷鳴が鳴り始めてしばらくしてから、奇妙な音を聞いて倒れてしまった。目を覚ましたら雷鳴がより激しく鳴っていて……これは関係性があるのだろうか。

 

「それとひとつ、破壊した石柱から黒い靄が噴出した。それは我の体に纏わりついた後、北へと昇っていった」

「黒い靄? また新情報ね……勘弁してほしいわ」

「新情報? 何かあったんですか?」

 

 イシュの報告を聞いた彼女は頭を抱えながら愚痴った。

 黒い依頼書について何かあったのかもしれない。それが店内の雰囲気の変化の理由かもしれない。

 

「ええ……あの黒い依頼書、また増えたのよ……」

「うへぇ……」

 

 兵士のそばに置いてある依頼ボードを見れば確かに黒い依頼書がある。枚数は二枚。

 

「あれ? 前から二枚じゃなかったです?」

「あなたたちが一つ達成したから三枚にならなかったんでしょうね……」

 

 あ、そういうこと。

 じゃああの二枚のうち一枚は、赤竜が飛んでるときに石柱を。

 もう一枚は……流れ的に三体目の竜だろう。たしか、

 

「氷竜か」

「ええ、そうよ。氷嵐の支配者、氷竜が空を飛ぶときに石柱を壊せって」

 

 北の谷が開けるたびに黒い依頼書が増えている。この調子なら次もまたあるのかもしれない。いや、特別な竜は三体だけだっけ。

 しかし、不気味さはすごいけどあまり驚きはない。

 丹紅ノ石林に行けるようになった時も増えたんだ。今更という感じがする。

 

「それでもうわかったと思うけど、石柱のある場所は竜の寝床なのかずっといるみたいなの。当然こんな依頼は危険すぎるから今は誰も受けないようにしているんだけど……」

 

 竜には触れず、が常識だ。

 今までは竜関係の依頼とはいえ、石柱と言う意味不明さ。そして竜が飛んでいるとき、という文言から竜の寝床とまでは考えていなかった。だからこそ受諾可能だったのだろう。

 だけど危険度がひどく高いとわかったから受けないようにしている。それもわかる。

 

「ひょっとして、あの兵士さんたちは黒い依頼を受けないように?」

「そうよ」

「……やりすぎでは?」

 

 危険性が高いから受けさせないようにすると言っても、冒険者って勝手に受けたりしそうである。冒険者の命ははっきり言って自己責任だ。だからこそ私が冒険に出ることを辺境伯やワールウィンドさんは渋ったのだから。

 黒い依頼書が超危険、竜の寝床かもしれない。と受諾しようとする人に言えば、あとは自己責任なのではないだろうか。

 

「あなたも知っているでしょ? あの依頼書を無意識に受けようとした人がいるって」

「あ……はい。私もそれでしたね」

「ひとこと注意をしたら正気に戻ってくれたけど、今はそうじゃないの」

「へ?」

 

 無意識じゃなく、意識的に受けようとするってこと?

 竜関係とわかってて、自分から受けようとする無謀さは意味がわからないけど、それなら別にありなんじゃないだろうか。少し残酷だけど。

 

「黒い依頼書に触れた人はどう見ても正気じゃなかった。いくら仲間が声を止めても……そしてひとりで石柱に向かったわ」

「仲間を置いて……?」

「ええ、まるで操られているかのように……幸い見るだけならまだ大丈夫だけど、あなたも絶対に依頼書に触れちゃダメよ」

 

 おそらくひとりで向かった人は無事じゃないだろう。赤竜のいる石柱なら、骨すら残っていないかもしれない。

 

 前から人を無意識下に操るかのような紙だったが、完全に洗脳レベルになっているじゃないか。不気味さが格段に上がっているじゃないか。

 

 兵士がボードのそばにいる理由がわかった。あの黒い紙は人を殺す紙だ。

 誰かが触ろうとしたら止めるためにいるのだろう。

 

「とにかくあの黒い依頼書については絶対禁止。辺境伯に相談して、今は学者さんたちに竜について調べてもらっているの。赤竜も雷竜も、氷竜も他の地域にも存在しているらしいから」

 

 彼女はそこで一度話を区切り、次の言葉から少し声を落として話し出した。

 

「……この依頼、なんていうか嫌な予感がするのよ……達成してもらったら同じのはなくなるみたいだけど、やってはいけないというか……」

 

 ボードに貼られている黒い紙を睨みながら彼女は呟く。

 仲介者としての勘が告げているのだろうか。達成しても危険なものだと。漠然とした不安を解消するためにも、まず調べるという流れになったのだろうか。

 

「イシュ、何か知ってたりは……」

「竜については我も知らぬ。奴らは世界樹と関係があるのだろうが、不明な点が多い」

「そうですか……」

 

 私のほうでも少し調べてみようか。

 といっても家の本に竜のことなんて書いてなかったけど。というかタルシスは各地から冒険者を集められている。それに最近はウロビトも増えた。

 誰かしら竜に詳しい人がいるかもしれない。

 その人に三竜について、そして黒い依頼書について何か知ってないか聞いてみよう。いれば、だけど。

 

「学者さんたちにもあなたが言ってた黒い靄について報告しておくわ。それで、今日はどうする?」

「ついでにやれそうな依頼をーって思ったんですけど、ちょっとボードに近づくのは怖いですし……今日はもう帰りますね」

「あら、たまには依頼とか関係なしに居てくれてもいいじゃない」

 

 がっしりと手を掴まれた。

 

「あの? ちょっと、手が痛いんですけど……結構握力あるんですね……?」

「ねえ、居てくれてもいいと思わない?」

「あの……?」

 

 さらに手を掴む力が込められている。

 なんかこわい。

 

「わ、私お酒とか飲めないんで、居てもなあって……なので帰りたいなーって……」

「お酒が飲めなくても居てもいいのよ。大事なお話があるもの」

「えと、黒い依頼書についてはもう聞きましたよ……?」

 

 笑顔が怖い。

 手をすごい力で掴みながら浮かべる笑顔は怖い。アルメリア、学んだ。

 

「あなたたちがこの10日間、何をしてたのか知りたいのだけど、教えてくれるかしら?」

「は、はい? えっと、ウロビトの里で色々あって……」

「ああ、そうね。里からタルシスに戻ったのはだいたい一週間前かしら?」

「は、はい」

 

 話の流れが見えない。

 世間話がしたいだけなのだろうか。私たちのここ最近の近況が聞きたいなんて。

 

「我はタルシスに戻ってから気球艇の改造計画を進めていた。それももうすぐ終わりを迎えるだろう」

「そうなのね。街のため、なら仕方がないかしら。で、アルメリアは?」

「え、えと。トレーニングを……」

「一週間ずっと?」

「は、はい! おかげでナイフの扱いは上手くなりまし───」

「光粘菌の依頼報告、なんで遅くなったのかしら」

 

 ……

 

 …………危険な流れだな? これは。

 

「難航していて、なら途中報告がほしかったんだけど、トレーニングをしてたのよね。ナイフの扱いがうまくなるのは冒険者としていいことね?」

「え、えへ……へへへ……」

 

 勢いで誤魔化す大作戦。

 どうやら誤魔化せていなかったようだ。

 

 笑って誤魔化す作戦。希望は薄そうだ。

 

「辺境伯が時々依頼の状況を聞きに来るのよね。まだかねって。まだ報告がないって知ったあと、アルメリア君なら真面目な子だし、きっと今頃頑張ってくれているのだなとか言って帰っていくのよ」

「へへ……へへへ……」

「何を笑っているのかしら?」

「……ごめんなさい」

「それは何に対しての謝罪かしら?」

「依頼報告の遅さと……キャンセルすることと……辺境伯の信頼への……」

 

 

 

 その後、報告の遅延により掛かる迷惑と、依頼放棄による処置などなどを長々と聞くはめになった。

 

 イシュは先に宿に帰っていった。度しがたい。

 

 

 

 私が取れる行動は、ひたすら謝り倒すことしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁアルメリアさん、お帰りなさいー」

 

 セフリムの宿の女将さんの声が癒される。

 責めてこない女将さんに癒される。何故私はこんなにも心労が募っているのだろうか。

 

「なんだかお疲れのようですけど、何かあったんですか?」

「ああ、いえ……ちょっとお説教をくらってまして……」

「あらあら、大変ですねー」

 

 イシュが悪いのにイシュの保護者としてしっかりしろとまで言われてきました。

 私の知っている保護者という分類の中には四桁の年齢を保護している人なんていないのですが。

 

「そんなときはたくさん食べてゆっくり休みましょう。今日のご飯はウロビトメニューですよぉ。ウロビトの里で採れる木の実と香草を使った精進料理です」

「はーい。あ、女将さん女将さん」

「はいはい? どうしました? 苦手なお野菜でもあるんですか?」

「いえ、そうじゃなくて。竜とか呪いに詳しい人とかって知りません?」

 

 このタルシスの宿泊施設の利用者は、ほとんどが冒険者である。

 それもだいたいがよその地域から来た人たちだ。その中に竜について、黒い紙について何か知っている人がいるかもしれない。そういった人に心当たりがないか、宿の主人に聞くのが手っ取り早いと思った。

 呪いについてと言い換えたのは、オカルトチックな雰囲気がしたからだ。

 

「竜と呪いですかー」

「実際関係するかわからないんですけど、孔雀亭の黒い紙がなんだか呪いの紙みたいでして。そして竜にも関係しているかもしれないなーって思って」

「そうですねぇ……竜について何か知ってそうな人はいますけど」

「おおー!」

「その人が言いまわっているわけじゃないですし、勝手に教えていいものか」

「おおー……」

 

 その人は竜について詳しいということを秘密にしたがっているということだろうか。考えてみれば、竜に詳しい冒険者なんて悪目立ちしそうである。学者か、竜殺しの英雄か、高名な騎士か、それとも夢追い人か。そう見られるだろう。良い方向に捉えられてプレッシャーとなってしまうし、悪い方向に取られたら仲間を作りづらい。

 まぁ私も絶対知りたいというわけではない。少しでも孔雀亭が使いやすくならないかなと思った程度だし、心証的にプラスになるかなって打算もあったりするし。

 関われないなら関われないでいいや。そう判断つけようとしたら、

 

「私からその人に聞いておきましょうかー?」

 

 女将さんからの提案である。

 私が直接会わずでいいなら聞いておくと。

 

「いいんですか?」

「いいですよー。その人もここのお客さんですし、答えてもらえるかどうかはわかりませんが」

「それじゃあお願いしたいです。えっと……質問内容は、三竜について、黒い竜について、竜が関係しそうな呪いについて、です。あ、呪いの内容は人を操るもので!」

「なんだかすごそうな内容ですね。わかりました、聞いておきますねー」

「できれば、程度の感覚ですので気楽にお願いします!」

 

 情報が得られたとしても、私たちの旅に関係するかと言われると微妙な所である。なので相手が渋ったら別に聞かなくても大丈夫ですと言外に伝えたつもりだ。

 

 

 女将さんとの話はそれくらいで終え、取っている部屋に戻る。部屋にはイシュはもちろん、ウーファンとシウアンもいた。

 

 気球艇さえなんとかなったら次に行く場所は寒い場所。

 

 明日は防寒着を人数分準備しよう。

 シウアンと一緒に色々選ぼう。シウアンが選んだと言えば、ウーファンは微妙なデザインであっても大喜びしそうだしね。私が選んだって言えば良くて無反応、最悪小姑状態だ。

 そう考えるとウーファンの防寒着選びのときは似合わなさそうな色を勧めよう。ピンクとか黄色とか。

 

 イシュのはどんなのがいいだろう。

 好きな色とか知らないしなぁ。

 

「もうすぐ気球艇もなんとかなりそうなんですよね。明日防寒着を買おうと思うんですけど」

「明日はナイフの練習はいいの?」

「うん。だからシウアンにも一緒に買い物付き合ってほしいんだけど、いい?」

「うん!」

 

 もしもシウアンがここで断っていたら、ウーファンの防寒着選びが面倒だったので了承してもらえて良かった。

 

「防寒着か。私は行けそうにない。聖印の応用ももうすぐ終わるため外せそうにない」

「イシュも気球艇で来れませんよね? なので二人の分は私とシウアンで選んでおきます」

「貴様がか……」

「ウーファンの分はシウアンに選んでもらいますね」

 

 さりげなくピンク色の防寒着を勧めておきますね。

 

「それでイシュって、好きな色とかってありますか?」

「金色だな。次に銀色だ」

「……あれば選択肢に入れておきますね」

 

 絶対ないと思うけど。

 金色の防寒着なんて絶対ないと思うけど。

 

「あったとしても我には不要だ。我は温度を感じぬ」

 

 その言葉に思いだすのは、森の廃鉱で水に手をつけていた時の姿。

 あの時も温度を感じれないと言っていた。

 

「あ……いや、でもひとりだけないっていうのも」

「イシュ、貴様も防寒着を着るべきだ。貴様が温度を感じないのはこの際いいとして、薄ら寒そうな姿では見ている側も気が気でならない」

「ウーファンの言う通りですよ。見ている側もうひゃあってなりますよ」

「うひゃあって」

「うひゃあです」

 

 シウアンの復唱。

 言いたいことはわかるけど上手く言葉にできないときだってあるはずだ。そんなときはニュアンス寄りの言葉になってしまうのは仕方ないと思う。

 

「ならば任せるとしよう」

「はい!」

「神々しさを感じる金色が望ましい」

「はい……」

 

 

 あったとしても買わないでおこう。

 そんな服を着ている人が隣にいると目が痛そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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