銀嵐ノ霊峰対策のためか、手袋やコート、毛糸の帽子にマフラー。防寒着の品ぞろえがどこも充実しつつある。雪と無縁のタルシスでは珍しいラインナップだ。
とりあえずコートと耳当てだけでいいかな。
そんなわけで、ウーファンの防寒着は真っ赤になりました。
血とかではなく、単純に服の色の話である。耳当てはピンクに。
シウアンはその逆。防寒着が淡いピンクで耳当てが赤。微妙にお揃いという感じの説得で乗り切った。ウーファンに対しての嫌がらせ目的ではない。純粋な善意である。
私は白色、イシュは落ち着いた緑色という無難な配色。耳当ても同じ色だ。
「アルメリアさん、この間のことですけど」
「はい?」
防寒着を買うという予定もあっさりと終わり、シウアンは街をぶらついてくると言ってどこかへ行った。
そんなわけで予定もなくなり、宿で凶鳥烈火の術式書でももうちょっとよく読もうかなと思ったら女将さんに呼び止められた。
「あ、竜のことですか?」
「はい、それですよー。その人が今日のお昼ごはんでも一緒にどうかと。その時にお話してもいいとのことです」
「直接会って話すってわけですね」
別に伝言形式でも良かったのに。
ご面談である。それなら私ではなく酒場の彼女とか、辺境伯とか学者さんとかと話してくれればいいんだけど。
「それなら一番知りたがってるのは私じゃなくて別の人ですし、その人を呼んで……」
「うーん、アルメリアさんのお知り合いですし、他の人には話さないかもしれませんが」
「あらまあ」
私の狭い交友関係の中に竜について知っている人がいるとは。さらにいえばセフリムの宿の利用者。だいぶ絞れてしまうではないか。
ワールウィンドさんは確か別の宿。だとすれば、ウィラフさんかキルヨネンさん。どちらかである。
女将さんに言われた部屋までのんびり歩いていく。
部屋までご飯を持ってきてくれるそうだ。もしもシウアンが戻ってきたらウーファンのところへ行くように書置きはしておいた。
いざ扉の前まで来たらなんだか緊張してきた。
知り合い、おそらくはウィラフさんかキルヨネンさん。どちらであれ竜に関して知っていて、冒険者となれば竜殺しと関わりがあるということだ。そう考えたらすっごい人ということだ。
そういう目線のハードルが嫌で言いふらさないのだろうけど、自然と身構えてしまう。
いつも通り、いつも通りを心がけるのだ。
胸に手を当て深呼吸。ちょっと苦しい。
ノックをすると中から声が聞こえた。
「どうぞ」
あ、ウィラフさんだ。
聞こえてきた声はよく聞いたもの。見た目や立ち振る舞いからは竜に関係する知識を持っているとは思い難い人だ。だからこそ秘密にしたがっているのだろう。
中から入室許可をもらったことだし扉を開ければ、
「や、いらっしゃい」
「お邪魔しているよ」
「あれ? あ、こちらこそお邪魔します」
気軽な挨拶をしてくるウィラフさんと、優雅な雰囲気を漂わせているキルヨネンさんがいた。
中に入りながら考える。ウィラフさんはひとりギルドだったはずだ。しかしここには二人。
ひょっとして二人は一緒のギルドになったのだろうか。さすがにひとりは辛くなって、とか。それならありえるか。
「お二人は同じギルドになってたんですか?」
まだ早とちりの可能性もあるし、いきなり本題に入るのもなと思い簡単な話題として選択。
「ううん、違うよ。キルヨネンも竜について色々調べてたからね」
「僕のほうはアルメリアと違う目的だけどね」
「キルヨネンさんも竜について……」
「ま、私が二人の知りたがっていることに答えることができるかはあんまり自信ないけど。食べながら話そっか」
アワビのような茸と香草のバター焼きと黒パン、卵スープが三人分用意されていた。
話の参加者はこれ以上増えないようだ。
にしても、キルヨネンさんがいるってことは氷の聖印は完成ということだろうか。
「氷の聖印の応用はもうだいぶ出来上がってるんですか? かなり佳境みたいなイメージありましたけど」
「ああ。あとは各々が習得するだけになっているからね。ラメントという印術師が暴走して全身しもやけになったくらいで、特に問題はないよ」
「ラメントさんに問題大ありじゃないですか」
問題ないと言われちゃうラメントさんが不憫である。誰か知らないけど。
「今は工房も交易所も、術師たちも大忙しみたいだね。冒険稼業しかできない私は退屈で仕方がなかったけど」
「気球艇の問題が解決すればウィラフも忙しくなるさ」
「私も術師なんですけどね……あまり手伝わず申し訳ないです」
自分のトレーニングばかりで依頼報告も遅かった私はもう、謝ることに慣れてしまったよ。言い訳や弁明より先に謝るようになってしまったよ。
「気にしないで大丈夫さ。ニーズヘッグのウーファンにはかなり助けてもらったしね」
「というかアルメリアたちはかなり貢献してるからね。碧照ノ樹海といい、丹紅ノ石林の突破といい……私のほうが冒険者としては先輩なんだけどなー」
ここにイシュがいたらドヤ顔もとい得意顔を盛大に披露していたに違いない。
イシュは謙虚と言う言葉を千年前に置いてきてしまったから。いや、千年前から元々持っていないかもしれないけど。
「アルメリア、ニヤけてるよ」
馬鹿な。
「そ、それより竜について話しません?」
私まで謙虚さがないという認識をされてしまったらニーズヘッグはとんでもない集まりになりかねない。高慢イシュに高圧的ウーファン、常識人たる私とシウアンというギリギリのバランスなのだ。
蒸し返される前に本題に突入することにした。
「そうだね、雑談はこれくらいでいいだろう。ウィラフ、聞かせてくれるかい」
キルヨネンさんも私に同意してくれた。どうでもいいけどこの人まつ毛長いなー。ほんと美人さん。
あ、しまった。
雑談ついでにキルヨネンさんの性別確認しとけばよかった。私から聞く勇気がないからウィラフさんにしてもらう形で。もう雑談する雰囲気じゃないしまたの機会かなあ。
「いいけど、その前に約束してもらっていい?」
「はい?」
「私の出自とか、秘密にしてほしいんだ。あんまり知られたくないしさ」
「ああ、言いふらしたりはしないよ」
こくこくとキルヨネンさんの言葉に頷く。
「私の家ね。竜殺しを家業としている家なんだ。変な家でしょ」
「竜殺しか。騎士にとって魅惑の響きだ。変な家などでなく誇れるものだと思うよ」
「ま、兄さんとかはまさに竜殺しの戦士って感じだけど、私には重すぎるものだよ」
「お兄さんがいたんですね」
ウィラフさんの人懐っこさは兄がいたからだろうか。末っ子属性的な。
その点キルヨネンさんは一人っ子なイメージ。
「うん。兄と、姉が一人ずつ。家業は兄さんが継いだよ。だから私は竜殺しの戦士ってわけじゃない、ただの冒険者、ウィラフ」
「君がそう扱ってほしいというなら、僕も当然そのようにしよう」
「私もです。ウィラフさんがすごい家の人って言われても、ピンとこないし……ウィラフさんは、リアクションが面白い冒険者ウィラフさんですよ」
「……」
「…………家業は兄が継いだとして、ウィラフは竜についての知識はあるのかい」
私の場を和ませる努力の言葉は流された。
私には冗談の才能がないのだろうか。しばらく黙っていたほうがいいかもしれない。
「うん。父さんからいろんな竜について聞かされてきたよ。竜を超えるには、人の知恵と技。そして、束ねられた力ってね。技も力もないけど、知恵なら任せて」
「それなら聞かせてほしい。蒼い異形の竜……氷嵐の支配者について」
氷嵐の支配者。
孔雀亭の彼女が言ってた氷竜。つまり、三竜のうちの一体。
その姿形については私は知らないけど、キルヨネンさんは異形の竜と言った。ということは何らかの理由で関わることがあったのだろうか。それでウィラフさんの話を聞きたく?
「……ずいぶんとまた、とんでもない所からだね」
「僕の仕えるべき王、その方の息子の命を奪った存在だ」
キルヨネンさんの手が硬い握り拳を作る。もしかしたら、その子供と親しかったのかもしれない。
「氷嵐の支配者について、幾度となく調べた。三つの首を持ち、十二の瞳を持つ異形の竜。その名の示す通り、氷の世界を君臨する存在。だがそれ以上はわかっていない。奴と我が王の戦いを見たが、僕の理解を超えるものだった」
「仇討ちなんだろうけど、あまりお勧めできないよ。私の情報を聞いて、挑んで死なれちゃ困るし」
「聞けなかったとしても、僕は氷嵐の支配者を探しだして挑むつもりだよ」
石林の先は白銀の世界。
氷嵐の支配者がいる可能性が高い。というより確実にいるだろう。あの黒い紙にも書いてあったのだから。
私は竜に挑むつもりはない。知りたかった理由は色々あるけども、護身のためというのが大きい。
竜についての知恵があっても、勝てるとは思えないのだ。
このままではキルヨネンさんは死ぬ道を行きかねない。
「イシュから聞いたんですけど、三竜は各地にある世界樹付近にいるかもって……この地の竜はキルヨネンさんの探している個体とは違うんじゃないでしょうか」
すぐに竜に挑まないように、対象が違うのではということを言ってみた。結局竜探しをやめさせるわけではないが、問題先送り大作戦だ。
「そうかもしれない。だが、そうじゃないかもしれない」
「氷嵐の支配者を全滅させるまで戦うつもり?」
「さすがにそこまでうぬぼれてはいないよ。僕の探す竜の瞳は我が王の攻撃によって一つだけ潰れている」
さらっととんでもない王情報である。
「……仇を見つけても挑まないでほしいっていうのが本音だけど、教えなかったら情報なしに挑むつもりだよね」
「ああ」
「すっごく気は進まないんだけど……わかったよ」
ウィラフさんはため息をひとつついてから話し始めた。
「氷嵐の支配者は、他の三竜と違って魔法みたいな力を持ってるの」
「……魔法?」
「そう、魔法。斬りつけた方が何故か傷を負ったり、突然氷柱が出てきて人を貫いたりするんだって」
氷竜の説明を聞いた私は、私だけでなく、きっとキルヨネンさんも同じことを思ったのだろう。
「それは、竜が印術を扱うということだろうか」
「いや、違うけど」
なんだ、違うのか。
でも氷柱とかを出すって氷の印術にあるんだけども。あ、ウィラフさんは印術師じゃないから印術の種類なんて知らないか。
「まぁ印術も魔法みたいなものだよね」
「印術は印術ですよ。魔法とは違います」
「ああ、ルーンを扱った術だ」
「ごめん、全然わかんない」
イシュと同じような反応をし出すウィラフさん。
イシュも印術は魔法と同じじゃないかとブツブツ言ってた時があった。ちょっと懐かしい気持ちになれる。
「魔法じゃないですよねぇ」
「ああ」
「魔法にしか見えないんだけど……」
2対1だ。多数決により印術は魔法ではないと証明された。
「一応言っとくけど、タルシス近辺以外じゃ印術なんて存在しないからね?」
「そうなのか? 名称が違うだけとかではなく?」
「アーモロードなんかじゃ占星術師っていう術師がいるらしいけど、そっちはエーテルを利用して星の力をなんかしているって。詳しくは知らないけど、岩を飛ばしたりとか」
「魔法じゃないですかそれ」
「私から見たらどっちもどっちなんだけど」
岩を飛ばすってなんだ。エーテルってなんだ。星の力ってなんだ。
「……アーモロードは確か、世界樹がある街だったね」
「そうそう。姉さんがアーモロードに行っちゃってね」
世界樹がある街、というか国といえば、ハイ・ラガードもだよね。
他は知らなかったり。
キルヨネンさんはどこか自信なさげに言った。
「世界樹の近辺以外には魔物は存在しないらしい……」
「うん? そうだね」
「魔物の生態については不明な点が多い。だが、通常の動物と類似点が多い存在がほとんどだ。世界樹近辺でばかり目撃されることから、まるで世界樹によって動物に特殊な力を与えられた存在だ」
そこで一度言葉を区切り、
「僕ら印術師も、占星術師も……方陣師も、世界樹によって魔物と似たようなことになっているのかもしれないね」
キルヨネンさんのその言葉を最後に、室内に沈黙が訪れた。
「それで、他に氷嵐の支配者について何かあるだろうか」
「いきなり話を戻されてどう返したらいいのさ」
「与太話だよ。確かめようがない話だし、事実であっても術師は術師である前に人間であることに変わりはない。考えても仕方のないことをいつまでも考える気はないさ」
「ま、まあそうですよね……」
確かめようのない仮説だ。
否定する材料が見当たらなかったけど、仮説なのだ。
世界樹の影響があるとしても、人間は人間だ。私にとっては印術は普通の技術だ。
「まあ言い出しっぺがそう言うならいいけどさ……といっても氷嵐の支配者については、最大の特徴がその魔法みたいな力。あらゆるものを一瞬で氷漬けにしたりするとか。あと、氷嵐の支配者の咆哮は、まどろみに沈ませるらしいってくらいかな」
「とにかくやばいってことですね」
「アルメリアって結構ざっくりしてるよね」
「そんな!?」
私への評価が気になる言葉である。
「魔法に咆哮……ありがとう、参考になったよ」
「どういたしまして。今でも挑むのはやめてほしいけど、ダメだよね?」
「ああ。僕の使命だからね」
「……じゃあせめて、挑むのは瞳が足りない氷嵐の支配者だけにしときなよ。関係ない奴に挑んで死んじゃったりしたら笑い話でしかないからね」
「ふふ、そうだな」
優雅な微笑みをいただきました。私の周りの人たちってだいたい笑顔が胡散臭かったり悪人面だったりが多いから新鮮。
「それで、アルメリアは何が知りたいんだっけ」
「私は竜なのかどうか、わからないんですけど……大雑把に言えば孔雀亭の黒い紙についてですね」
「うん、大雑把すぎてよくわからない」
聞きたいことはなんだったか。色々あったけども。
黒い紙について。黒い竜は存在するか。人を操る竜は存在するか。石柱と竜について。
「じゃ、じゃあまず、黒い竜って知ってます?」
「黒い竜? うーん……」
「孔雀亭の黒い依頼書で、黒い竜を幻視したそうでして、何か関係あるかなーと」
「うーん……ごめん、黒い竜についてはさっぱり」
黒い竜は知られていない? それとも存在していない? 元々幻視だから存在していないというのもありえそうだけど、私だけでなく何人も見たらしいし……果てには世界樹の巫女たるシウアンまで言っていた存在。知られていない存在と思った方がいいのかも。それか別の姿とか。
とりあえず黒い竜については後回しだ。
「じゃあ呪いとかと関係ある竜とかって知ってます?」
「呪い……」
「これも黒い依頼書関係なんですけど。呪いとかありそうですし、あれは何故か竜に関する依頼だったので」
「雷鳴と共に現る者。呪いだったらその竜かな」
雷鳴と共に現る者といえば……雷竜。丹紅ノ石林の竜だ。
「三竜のうちの一体、か。僕も他人のことは言えないが、三竜に関わるのは危険だ」
「私は関わらずに済むように知りたいだけですよ。黒い依頼書について、ちょっとでもわかればってのもありますけど」
知ることによって避けることができるかもしれないしね。
「雷鳴と共に現る者って雷竜ですよね。氷竜と違って魔法じゃなく呪い専門家?」
「専門家かは知らないけど……うん、翼を持たずして空を飛び、長い体躯を持つ黄金の竜」
「翼がなく長い体……竜というより蛇みたいですね」
「それで、呪いを扱う竜というのかい?」
「うん。最近で有名な話なら、南西の国でかの竜を討とうとした国があったんだって。だけど、竜を討つと決めた日から毎夜、悪夢に魘されるようになって日に日に衰弱していったとか」
竜を討とうとするなんて破滅願望の持ち主にしか思えない。今の話だと呪いというよりその国の人が変だっただけではないだろうかって思ってしまう。
「雷鳴と共に現る者は実際、呪術のような力だそうだよ。曰く、その遠吠えを聞いた者は狂死する。曰く、その尾に触れた者は命を奪われる。曰く、その姿を見た者は体の自由を奪われる。いろんな話があるよ」
「見ただけで体の自由が奪われるとかズルすぎません?」
「私に言われても……」
氷竜も攻撃した側が被害を受けるとか言う出鱈目っぷりを考えると、やっぱり竜はおかしい。
「魔法のような力を持つ氷竜に、呪いを扱う雷竜か。赤竜も似たように何かあるのかい?」
「赤竜は単純に圧倒的な肉体の力。足踏みで地を割ったりとか」
「まるで役割分担している感じですね……」
前衛に赤竜、後衛に氷竜と雷竜とか想像してしまった。悪夢以外の何物でもない。
「竜は人間への理不尽な試練とも言われているからね。それぞれの分野が違うのがまた試練みたい……って話が逸れてるか。とにかく呪いに関しては雷竜だけど……黒い依頼書と関係あるかって話でもあるんだっけ」
「あ、はい」
「私も黒い依頼書の変なウワサは聞いてるけど、雷竜とはまた違うと思うよ」
「黒色ですしねぇ……」
「色とか関係なしにだけど……私が聞かされた雷竜の呪いは衰弱と束縛。人を意のままに操ってるんじゃないかって話でしょ、黒い依頼書は。……でも石柱だっけ、依頼の内容」
石柱を破壊。
竜と戦えって言わないだけ優しいと思うべきだろうか。いや、人を操っている疑惑があるし優しさなんてないか。
「推測でしか言えないんだけど、絶対にやったらダメだからね。その依頼」
推測と言う割には強い語調。
孔雀亭の彼女もやってはダメな気がすると言っていた。ひょっとしてみんな、第六感的なのがすごいんだろうか。
「竜を封じた伝承とかもあるんだけど、その時に使われるのは石柱」
「石柱によって何かが封じられているかもしれない、と?」
「三竜とはまた違う危険な何か……まぁ、そもそも竜がいる場所だから危険だけど、イシュが変なことしそうだし……」
ウィラフさんとキルヨネンさんの頭の中で、イシュが暴走でもしているんだろうか。二人ともため息をついてしまった。
……すでにイシュが石柱をひとつ壊していますって言っちゃダメだろうか。
ま、まあ3つあるみたいだし、3つとも壊してなかったらセーフなはずだ。
ラメントさんはクエストに出てくる依頼人さんです。
覚えなくてもいい情報です。
結構前にアルメリアが聞いた、家が全焼した印術師もラメントさんです。
覚えなくてもいい情報です。
氷竜の情報を一部、ウィラフさんは伏せてます。