「近くに魔物はいないようだ」
「やっとだねー……」
ウーファンの索敵によって、ようやく一息つける状況となった。
走りっぱなしでシウアンもへとへとのようだ。年下の女の子より先にへばるわけにはいかないと、ずっと取り繕っていた呼吸も少しくらい崩していいかもしれない。流れる汗は誤魔化せないけど。
「魔物の素材の回収などしなければもう少し余裕はあったのだがな」
「別にいいじゃないですか。余裕がありそうなときは回収しておきたいですし、今後の役に立ちますよ」
ベルンド工房に売却した素材がもう枯渇しているっぽいのだ。またイシュが剣を壊したりしたら次はショートソードになってしまう。どうせならいい剣がいい。あと頑丈なやつ。
「これとかすごい価値がありそうですよ。溶岩の魔物の素材。すごい硬いですし、武器の素材としてもいい予感が!」
黒く変色し、凝固した魔物の素材を見せつける。
これを使えばきっといい剣になるのではないだろうか。それにあの魔物は強そうだったし、素材価値は高い状態のはずだ。
「ただの石屑にしか見えないが……」
「冒険者素人ですもんね、ウーファンは」
「貴様も大して変わらんだろう」
たとえわずか数日の差であっても私のほうが経験は上なのだ。
そんな冒険者としての勘が、この素材は良い値段で売れると告げている。
「あ、もうすぐみたいですよ。イクサビトの里」
ウーファンを無視して壁に書かれてある文字を見れば、この先の角を曲がればイクサビトの里だとあった。
魔物が近くにいないのはイクサビトの力によるものかもしれない。
里の入り口は池に囲まれているようだ。
その上に簡易な橋が架けられている。橋の向こうに見えるのは、牛の人ではないイクサビトの戦士。
……今度は馬頭だ。
この分じゃ牛や馬以外もありそうだ。
大きい動物以外の頭とかもいないのかな。リスみたいなのとか。リスなら可愛らしそうだし、目の保養に……
私たちが来たことに気付いたのか、馬の人はそれまでリラックスしていたのに急に体中に力を入れだした。
「! ……ぼ、冒険者とやらでござるな? こ、ここ、このような洞窟によくこそ。歓迎いたしますぞ。きゃ、客人ひょ」
いかつい風貌からは想像しづらいほどのどもり様。
その姿を見せられただけでこちらの緊張感が自然となくなってしまう。ひょっとしてこの人を入り口に配置しているのはそれが狙いだろうか。
ある種マスコット的な。いや、それはこの人に失礼か。
「汝に問う。石盤の在り処を知らないか」
「せ、石盤? あ、あなたがたはそれを探しておるのか? しかし拙者に心当たりはないでござる……」
「ふむ、ではこの里の代表者はどこにいる」
「キ、キバガミ殿ならば里の奥におられるだろう」
イクサビトの里は門を広く開けているようだ。
初対面でも里の代表者の居場所を教えてくれるなんて、懐が広いのか、それともただ単にこの門番の人がちょっと抜けているのか。
いろいろ考えてみたけど、タルシスだってここと似たようなものかと考え直した。辺境伯の場所なんて尋ねたらすぐ教えてもらえるし。
それはそうとして、代表者の名前はキバガミというらしい。
いったいどんな人なのか、まず頭は何の動物だろうか。考えても何もわからない。とりあえずあまり怒らない人であることを願おう。
「それじゃ、中にお邪魔して大丈夫です?」
一応入っていいか聞いてみる。いいとはわかっているけどやっぱり確認はとりたい。
なお、イシュは返事を待たずに先に入ってしまった。
「も、もちろんでござる。里の中には魔物が入らぬよう、拙者がここで見張っておりゅ……おる。だから安心して入られよ」
「ありがとうございます」
「れ、礼には及ばむ!」
「およばむ」
「……及ばぬ!」
馬の頭で顔色を窺うのは難しいが、恥ずかしがっているのがすごいわかる。
もうちょっとこの人とお話しもとい、からかってみたかったけど、シウアンに背中を押されて仕方なく里へと入ることにした。
イクサビトの里。
やはりというか、すでに何組かの冒険者が訪れているため、あちこちにイクサビト以外の姿がある。ウィラフさんやキルヨネンさんの姿もあった。中には以前碧照で共闘したメノウさんたちもいた。
里、というよりは洞窟内の広間といった環境。
壁には点々とたいまつに火が灯してあり、何かの壁画やオブジェが置いてあることから、普段からここで生活しているのだろうと思わせる。
それにしてもこの里に広がる香ばしいにおい。
見れば冒険者もイクサビトも、それぞれが手に皿を持ち、何か食べているようだ。もしや料理をふるまってくれているのだろうか。大歓迎すぎる。
「あなた方は、今しがた里に来られたばかりのようですね。あなた方もお腹は空いてませんか?」
優し気に話しかけられればそこにもイクサビト。
女性のイクサビトだ。その頭部は白兎のように白い毛並み。
「あ、ありがとうございます」
配膳でもしているのだろうか。魚の切り身を煮た汁物を私たちに人数分渡し、香りの原因だと思われる鍋の元へと戻っていった。
この暑い洞窟内で熱い食べ物は……
しかし受け取ったからには食べなくては。意を決して口に入れると不思議な感覚。確かに熱く、体の芯からさらに暖められるような感覚だけど、不快さはない。むしろ心地よくなった。
なんだか自然と汗も引いてくれるような、この気温も気にならなくなったような、そんな気がする。
「なんとも、ここまで歓迎されているとはな……」
ウーファンはわずかに戸惑い気味のようだ。
ウロビトの価値観としてはそうなってしまうのも仕方ないかもしれない。この辺りは種族としての気質の違いもありそうだ。イクサビトの人たちは見るからに戦うのが得意そうだし、一方でウロビトは戦うとしても後方からが基本だろうから、里の門は堅くなっても仕方がない気がしてくる。
キバガミさんという人を探しにあちこちを歩いているであろうイシュを探すため、里の中を適当に歩いていると怒号が聞こえた。
「世界樹が悪魔の樹だと!?」
「お、おい、落ち着けって」
声の主はウロビトの冒険者のようだ。それを周囲がなだめている。
怒りの矛先は、イクサビト。
「シウアン、少し行ってくる」
「ウーファン?」
「大丈夫だ。何があったかはわからないが、あのウロビトをなだめてくるだけだ」
「私もいく」
「しかし……」
「私だって、ウロビトに喧嘩してほしくないもん」
二人仲良く騒動の元へと行ってしまった。
私だけぼへーっとしてたけど、このままじゃダメだよね。このままだと、あいつパーティメンバー放置して魚貪ってやがる、とか言われちゃいそうだ。
あああ、でもイシュも探さないとなのに……
「汝は何を悶えているのだ」
「ってイシュ! こっち、こっちです!」
イシュがいつの間にか横にいた。
ならばとばかりにイシュの手を掴み、ウーファンたちの後を追う。これでパーティ一丸となっている状態だ。
「落ち着け。一体何の騒ぎだ」
「ウーファン! それに巫女様も!」
興奮した様子のウロビトでは話を得られないと思ったのか、ウーファンはイクサビトへと向きなおった。
「……すまない。私の同族が何やら迷惑をかけたようだが、一体何があったのか聞いてもいいだろうか」
「うーむ。それがしが考えるに、我らイクサビトと其方らウロビトの伝承に齟齬があってな。それがその方には許せぬ齟齬であったようだ」
怒りを向けられていた、門番とはまた違う馬頭のイクサビトは、まるで気にしてないかのように事情を話しだした。
伝承の齟齬。
ウロビトは世界樹を神樹と崇めている。そして先ほど聞こえてきた悪魔の樹という単語。
イクサビトに伝えられている伝承では、世界樹は悪しき者ってことだろうか。それならウロビトが怒っているのも納得がいく。納得はするけど理解は出来ない。私も世界樹は悪者派だ。
しかしちょっと不味い。事情を聞いてウーファンまで怒りだしたら不味い。
「伝承の齟齬……すまないが、私にもその伝承を聞かせてくれないだろうか」
「うむ、それがしは構わぬ。我らの歴史を聞かせてしんぜよう」
「ありがたい」
「ウーファン! この者たちは世界樹を悪魔の樹と言ったのだ! そのような者たちに───」
「方陣師たるものが感情をみだりに表すな。それに我らの伝承とて真実とも限らない。伝承を妄信した曇り眼では何も見出すことはできないと心得よ。貴様のそのような振る舞いでは、多くの者に迷惑をかけることもな」
誰だあれは。
ウーファンがウーファンらしくない。
騒いでいたウロビトは少し冷静さを取り戻したのか、うつむき静かになった。
そういえばウーファンは方陣師を束ねる者とか言ってたっけ。実は結構ウロビトの中でも立場があるのでは……
ただのシウアン過保護勢ではないとは……
「すまないな。たとえどのような伝承であろうと、聞かせてほしい」
「あいわかった。では我らイクサビトに伝わる伝承を語ろう」
その話は以前、ウーファンから聞かされた聖樹の護りの伝承と酷似していた。
突然、巨人が現れたこと。
人間によって創られた種族たちが力を合わせ戦い、巨人に打ち勝ったこと。
しかし決定的に違う点があった。
ウーファンから聞かされた内容では、巨人が世界樹を隠した。巨人を倒したことによって、世界樹が再び姿を現した。
その一方で、イクサビトから聞かされた内容はというと、
「世界樹が、かの巨人……」
「細かに言えばあの大樹は、世界を滅ぼす巨人の住処。それがしはそう聞いておる」
「それで悪魔の樹か……」
イクサビトは目を伏せながらも話を続ける。
伝承を語るだけにしては、やけに力が入っているような。
「巨人は邪悪にして不死身。歩けば地は割れ、近づく者は巨人の呪いにより……その身を変えられる」
呪い。体を変えられる。
「呪いを受けた者は、体を樹や草に変えられてしまったのだ」
世界樹の呪いと一致している。
同じことを思ったのか、一瞬ウーファンがこちらを見た。
「しかし、我らの祖は諦めなかった。そして遂には巨人を長き眠りにつかせたのだ。巨人の不死たらしめる三つの象徴、心臓、心、冠を奪うことによって」
いきなり不死の象徴とか出てくると困る。
心臓と心と冠? 心臓はわかる。心と冠ってなんだ。心を奪うってなんか違う意味に聞こえそう。
「その後、巨人が再び目覚めぬように、三つの象徴はそれぞれが保管することとなった。我らイクサビトは巨人の心臓を。智に長けた同胞は巨人の心を。肩を並べ共に戦った戦友は巨人の冠を」
智に長けた同胞とはきっとウロビトのことだろう。
だけど巨人の心とは……いや、一人心当たりがある。
世界樹の声を聞くことができる、世界樹の巫女。それは言いかえれば、巨人の心を理解できる存在だ。
共に戦った戦友というのは……他の種族だろうか。
それとも人間? だけど人間は聖樹の護りにおいて逃げだしたと聞かされたし……いや、ここも齟齬のうちかもしれない。人間が逃げたとなれば、これほどイクサビトから歓迎はされていない。
「その戦友っていうのは……?」
「其方ら人間のことだ。どうやらその様子では、人間の里に伝わる伝承とも齟齬が生じているようだな」
話の大筋は同じなのに、いくつものズレがある。
共通点としては、どちらもかつて巨人と戦ったということ。
イシュはどう考えているんだろうか。
隣にいることだし、と小声で尋ねることにした。
「イシュ、今の話ってどう思います?」
「伝承など尾ひれがつくものだ。巨人というのは世界樹を見立て、時代とともに話の中でも姿を変えていっただけのものか、もしくは世界樹が生み出す魔物の脅威を巨人と評しただけかもしれぬ」
イシュの中ではただ尾ひれがついただけという結論のようだ。
「不死身とかは……」
「世界樹が生み出す魔物はしばらくの時を経れば蘇る。我がハイ・ラガードでしたことと同じだ」
聞けば聞くほど、巨人は世界樹が生み出した魔物。そういう方向性で固まりつつありそう。
「だが……今では蘇らないことを鑑みるに、まだわからないことがあるということだろう」
蘇る不死となった人たちを死なす。それが目的に含まれているイシュにとっては、聖樹の護りは興味を引くに充分なようだ。
「聞かせてくれて、感謝する」
「構わぬ。それがしは創造主たる人間から残された言葉を果たしたにすぎない。外から来た者に、イクサビトの歴史を語れ……という言葉にな」
「それでも感謝することに変わりはない」
「ではその感謝、受け取ることにしよう」
伝承を聞き終わり、満足したのかウーファンは感謝を示していた。
それが腑に落ちないのか、最初に騒いでいたウロビトが口を挟む。
「ウーファンは今の話を信じるつもりか!?」
「話を聞かせてもらったというのに、すまないな……」
イクサビトに一言謝罪を入れてから、ウーファンはウロビトに向きなおる。
「ウーファン!」
「完全に信じるわけではない」
「ならば感謝など───」
「だが、貴様と違って私はウロビトの伝承も、信じれないようになったのだ」
「なっ……! ウロビトの方陣師ともあろう者が何を!」
「我らウロビトはいい加減、里の外にも目を向けるべきだ。いつまでも己が正しいなどと妄信していては、体が外に出ているだけで心は里に閉じこもったままだ。貴様も里で教えられたことだけでなく、様々なことを見聞きして、自分の正しいものを見つけろ」
ウロビトは何かを言おうとしたが、言葉が出てこなかったのか、やがて目をそらしその場を離れていった。
「本当に我が同胞がすまない」
「なに、場所が変われば考えもまた変わる。さすれば主張がぶつかり合うことなどよくあることよ。我らイクサビトはそれでよいと考える。それに其方らウロビトは智に長けた者、ならば争いなど無意味だとすぐに気づくだろうよ。あの若者も、しばらくすれば冷静さを取り戻すであろう」
そう簡単にいくものだろうか。
少し斜に構えてしまったが、考えれば何人か他にウロビトがいるのに、騒いでいたのは今の人だけだった。
少しずつ、ウロビトの意識も外へと向けられつつあるということかもしれない。
ぼんやりと考えていると突然、後ろから肩に手を置かれた。
「アルメリア」
「ひぃ!?」
すぐさま聞こえてきた壮年の男性の声。
「わ、ワールウィンドさん」
変質者かと思いかけました。
ワールウィンドさんもすでに里に来ていたようだ。
「そこまで驚かれると傷つくよ」
「す、すみません」
「我らに何か用か」
またいつもの如く、言い争いでもするつもりだろうか。
さっき言い争いが収まったばかりだというのにやめてほしい。
「ああ。君たちに来てほしいところがある。巫女の力をある人物に見せてほしいんだ」
「シウアンの?」
世界樹の声を聞くことができる様子を見せてほしいとは。
あ、違うか。
牛の人から知ったことを考えるにきっと、
「うん、この里は呪いに苦しめられているからね」
呪いを抑えることだ。
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