世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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37.猛き炎は愚者の足止める

 

 

 

 

 

 地を滑るように迫る、人より大きな亀の突進を避ける。

 亀は勢いのままに壁にぶつかるが、反動を受けた様子もなくすぐに次の攻撃の準備に入った。

 だがその前に、鎧のごとく堅牢な亀の魔物を、背負っていた金棒で甲羅ごと叩き潰す。

 刀で斬れば刃こぼれは避けらぬ相手。

 

 女子(おなご)は戦いに手を出すことなく後ろで眺めているだけだ。

 

「心臓の在り処はまだ遠いのか」

「ウム、まだまだ先だ。重ねて言うが、お主は手だし無用で頼む」

「わかっている」

「すまぬな」

 

 冒険者とはどういうものか拙者はよく知らぬが、何もせずにいるのは歯がゆく思うことだろう。それでもなお、拙者の頼みを聞き入れてくれる女子には頭が上がりそうにない。

 

「汝は我に気にせず戦うがいい。我も汝の在り方に興味がある」

「拙者に?」

「汝は言ったな。あらゆる害意から守ると」

 

 確かに言った。

 あの言葉には拙者の嘘偽りのない想いが込められてある。

 

「……かつて、同じような言葉を口にした者がいたのだ。その者は失敗に終わったがな」

「拙者がその者に似ていると?」

「我にはそうは思えぬ。だが口にした言葉は同じだ。我が興味あるのは汝のその先、その者と同じように失敗に終わるか、それとも奇跡か偶然で、その者が成し遂げれなかったことを成すのか」

 

 拙者をその何者かと重ねて見ているというわけか。

 

「その者と拙者は違う。拙者は必ずや皆を守る。それがイクサビトのためならば」

「……興味深いものだな」

 

 その言葉は自然と漏れたものなのだろう。

 小さく呟かれた言葉から、遠い誰かと拙者をまた重ねたようだ。もしかすれば、また同じような言葉を言ったのやもしれぬ。

 

「そういえばお主、名は何と言うのだ?」

「何故我から名乗らねばならぬ。知りたくば汝が名乗れ」

「ウ、ウム、確かにその通りだな」

 

 言われた言葉はもっともなことだ。

 だが拙者には名乗れるほどの力があるのか、それを確かめに行くのだ。襲名される前の名ならばと考えたが、それは先代への裏切りに感じて以前の名も名乗れず。

 

「しかしすまぬな。拙者は名を捨てた身。里の者からはキバガミと呼ばれてはおるが、お主に名乗れる名をもっておらんのだ」

「……ならば仕方ない。我はイシュ。そう呼ぶといい……それで、汝は何を拾い集めているのだ。それは今やらなくてはならないことなのか」

 

 イシュ殿は拙者の手に握られたものを訝し気に見た。

 外の者としては当然の疑問。傍から見れば氷でできた杭を物珍し気に拾うモノノフか。

 

「ホムラミズチはこの岩窟を歪めておる。ここは本来、底冷えする冷気の岩窟……奴は冷気を嫌い、この地を熱気篭る岩窟へと変えた。この氷杭はそれを正すのに必要なものよ」

「そのような小道具で環境が大きく変わると思えぬ」

「奴は自らの熱き鱗で岩窟の霊脈を貫き、岩窟全体を活性化させ熱気を作らせておる。霊脈を穿つ鱗から熱を奪えば、しばらくすれば岩窟は本来の姿を取り戻すのだ」

 

 本来の岩窟は奴にとって居心地の悪い環境。地の利を得なくば勝てる戦いも制すことはできぬ。

 

 投げやすい形の氷杭をいくつか見繕い、再度足を進める。

 道順は問題ない。時を経ても忘れることができそうにない道のりだ。

 

 

 

 

 黙々と進み続ける。

 時折遭遇する魔物を時に斬り伏せ、時に叩き潰しながら。その間もイシュ殿はただ見ているだけ。

 拙者が頼みこんだことゆえに、退屈させているのは忍びない。

 

「……道中退屈であろう。どうせなら話でもしながら進まぬか」

「我から話すことなどない」

「ならば拙者が話そう。お主は退屈しのぎに聞き流してくれればよい」

 

 なんともつれない言葉であったが、イシュ殿はそういう性格だということは少ないやり取りでわかっていた。

 

「イクサビトの里に巨人の呪いが蔓延るようになってからのことだった。呪いは体ができあがる前の抵抗が弱い坊主どもばかりを苦しめた」

 

 イシュ殿にとっては、きっと見知った光景なのだろう。

 我らより深く呪いを見たであろう女子には、珍しくもない話。

 

「ある日、剣の腕前だけ里一番の者が義憤にかられた。伝承の戦いにより巨人の呪いはイクサビトを襲った。だが、今の時代の坊主どもにまでその毒牙をかけるのは許せぬ……とな」

「それで、その男は何をしたのだ。ただ喚き散らしただけではないだろう」

「その男は、巨人を討つことを考えた。しかし巨人が眠る悪魔の樹は谷に阻まれて遠い。だが、この岩窟には巨人の心臓がある。男は心臓があるために呪いが蔓延るようになったと考えた」

 

 実際は、心臓を使えば呪いを払えるなどとはな。皮肉な話だ。

 

「男は心臓の破壊を企てた。心臓がある場所には強力な魔物がいるが、男は慢心していた。里一番の腕前となった己の敵ではないと、侮っておったのだ」

 

 あの頃は自信に満ち溢れていた。

 敵を知らぬがゆえに、世界を知らぬがゆえに。

 

「だが、男の慢心を見抜いた者がいた。その者は男を止めようとした。だが、男は止まらなかった……ついには男を止めることを諦め、男についてくることにした。愚かな男はより慢心した。止めようとした者は男の尊敬していた人物。その者と二人でならば、なおのこと負けることはないとな」

 

 火を吹く梟の翼を斬り落としながら話し続ける。

 あの時と同じく、今こうして二人で岩窟を進んでいる。ホムラミズチを目指しながら。

 

 慢心していたあの時とは違うはずだと己に言い聞かせながら。

 

「いざホムラミズチと対峙してもなお、男は愚かなままだった。相手の力量を把握もできず、刀を抜いて斬りかかった。もしも、相手を格下だと愚弄せずに挑めば結果は変わってたかもしれぬ。今となってはすべて遅いがな」

「惨敗か」

「……ホムラミズチの攻撃を躱し、凌ぎ、懐に潜りこんでは斬りつける。あるいは殴りつける。戦いは順調に思えた。だが男の慢心を、油断をホムラミズチはついた」

 

 右目の古傷が、主張するかのように疼く。

 かつてを思いだすように。愚者の罪を忘れさせぬように。

 

「ホムラミズチは長く硬き尾を用いて男の右目に傷をつけた。致命傷には至らぬ傷のはずだった。だが、その尾には猛毒が含まれていた。男は思わぬ激痛に足を止めてしまった……男の異変に気づいた同胞は、男を守るためホムラミズチの気を引き付けた。その間に逃げるように、と」

 

 引け、と言われた。

 だが引かなかった。

 

「男は、愚かだった。里一番の腕前の矜持が撤退を選ぼうとしなかった。痛みを訴える右目を無視し、同胞の呼び止める声にも耳を貸さずに挑みかかった。しかし、愚か者の前に業炎の壁が生じた」

 

 あの壁はホムラミズチが生み出したものだろう。焔蛟の魔物は炎を巧みに扱った。

 

「愚か者は炎の壁に怯み、足を止めた。進めば業炎に身を焼かれる。かと言って引くという考えもなく……」

 

 立ちすんだ結果、炎壁の中から伸びてきた腕に突き飛ばされた。

 突き飛ばされ、尻もちをつきながら、無事な左目で見た光景は、

 

「愚か者は先代に……同胞に庇われたのだ。ホムラミズチの毒尾から……」

 

 ホムラミズチの尾は鎧をものともせず、同胞の腹を容易く貫いた。

 

「そこでようやく、愚か者は敵わぬと悟り、深い傷を負った同胞を背負って逃げることを選んだ。這う這うの体で里まで逃げることができたが……同胞は息を引き取る結果となった。愚か者を止めようとした同胞は命を落とし、愚か者だけが生き長らえた」

「それで、その愚か者が汝というわけか」

「お主は言いにくいであろうこともズバリ言うな……だが、その通りだ」

 

 男だの愚か者だの、まるで他人のように言って聞かせたが見抜かれていたようだ。

 他人のように語ったことも、己の弱さがそうさせたようで嫌になる。

 

「だが心配するでない。拙者はもう二度と慢心せず、油断も一切なく、ホムラミズチを討つと決めたのだ」

 

 

 そうしなくては、できなくては、キバガミの名を託した先代に申し訳が立たぬ。

 

 

「我にとってはどうでもいい話だ。我が汝に期待することは、心臓の在り処までの道案内。それと汝があの時口にした言葉の証明」

「そうであったな。そのどちらも期待に応えてみせよう。お主は拙者の後ろで見ているといい」

 

 もうすぐだ。

 キバガミの名を、名乗れるその時はもうすぐそこなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わずかに広い場所に出る。

 これまでの道と比べ、さらに熱気の篭る部屋の中央には赤熱した巨大な鱗が地に突き刺さっていた。

 

「あれがホムラミズチの鱗よ。奴の熱を未だに内に秘め、地脈を突いてこの地を歪めている原因だ」

 

 周囲の空気が歪んで見えるほどの熱気を持つ鱗。

 拾った氷の杭をいくつか押しあてると、見る見るうちに氷は溶けてなくなったが鱗もまた変色していく。熱が奪われ、明るさすら持っていた鱗はすっかり黒く変色していった。

 

「これでしばらくは正常な状態になる」

「しばらく?」

「熱を奪えるのは一時的なものなのだ。数週間は持つが、やがて再び鱗が熱を持ちだす。そうすればまた岩窟は熱気篭る地となる」

「ならば鱗を砕いてしまえばよいだけだろう」

「そうなのだがな。この地は長く寒暖激しい地となってしまった。魔物だけでなく、動植物もそれぞれの環境に適応しておる。ゆえに鱗はそのままにしておこうという考えがあるのだ」

 

 それに、たとえ鱗を砕いたとしても、ホムラミズチが鱗を置きにここまで来るやもしれぬ。

 それだけならまだいい。他の場所にまで鱗を置きに移動し、里を襲うなどとなってはいかん。

 

「時にイシュ殿」

「なんだ」

「お主、寒くはないか? 話している間にこの階層は凍てつく冷気の岩窟となった」

「問題ない。汝の里も温度が変わるのか?」

「ウム。今頃客人は驚いているであろうな」

「あのウロビトが寒がるだけだ。問題ない」

「お主の仲間のウロビトか?」

「そうだ」

 

 あのウロビト、とは随分と他人行儀なものだ。

 名前を名乗れなかった拙者が言うことではないが、名前を知らぬわけでもあるまい。名で呼んでもいいものだが。

 

「寒暖の変化で魔物も姿が変わるのか?」

 

 唐突なイシュ殿の質問。

 質問をした理由は目の前の魔物にあった。氷塊の獣がそこにいたからだ。

 

「この魔物と溶岩獣のみが姿を変える。他の魔物は寒暖変化に適応しておる」

「そうか。はやく終わらせよ」

「承知」

 

 刀ではなく背中の金棒を用いて叩き砕く。

 一撃では完全に砕くことが叶わず、氷塊の礫が襲いかかった。

 礫を躱すことは無理と考え、そのまま二撃目を振り下ろし、魔物を粉砕する。

 

「その調子で汝は成し遂げられるのか?」

「無論、拙者の言葉に偽りはない……そろそろ頃合いだろう。先へ進もうぞ」

 

 今の戦いでできたかすり傷に薬草を擦りつけながら、奥へと向かう。

 地下へと続く道。そこは熱が篭っている状態では深い池で通れず、無理して通ろうものなら天井に張り付くコウモリどもの餌食になる通路。それが冷気によって氷の道となっていた。

 

 氷の道を渡った先には、さらなる地の底へと続く階段。

 

「これより先は一層厳しい場所となる。命に危険が迫るのは避けられぬと思え」

「我には関係のない話だ」

「ふ……そうであったな。拙者がホムラミズチを討つのだ。ならばお主は大船に乗ったつもりでいるのだ」

「汝が負けようと我には関係ない。我を脅かす魔物など存在しない」

「そ、そうか」

 

 凄まじいまでの豪語。一瞬面食らったが、そのくらいの気概がなくば旅はできぬということであろうか。冒険者たちの認識を改める。人間の街、タルシスとはこのような者が多くいるのかもしれぬ。

 

 

 

 階段を降り、次なる階層は再び熱気篭る岩窟だった。

 

「この階層の大広間に、ホムラミズチがいるはずだ。そしてそこには」

「巨人の心臓だな」

 

 巨人を不死たらしめた象徴のうちのひとつ、巨人の心臓。

 かつては破壊しようと目論んでいた物を、今度は回収のために目指すこととなるとは。

 

「壁画か」

 

 イシュ殿がどこか珍し気に声をあげた。

 その視線の先は祖が創りし壁画。巨人の姿が描かれているもの。

 

「これが汝らの言う巨人か」

「近づく者すべてを草木に変える悍ましき巨人、それとの戦いを描いたものであろうな」

 

 頭部が枝分かれした樹のようになっている巨大な人型が、緑の瘴気を振りまいている壁画。その巨人の向かい側には四つの小さな人型が武器を構えている姿がある。

 

「巨人との戦い、立ち向かったのは四つの種族だったのかもしれぬ。我らの口伝による伝承では三つの種族しか伝わっていないが……残り一つの種族には申し訳ない話だ」

「我から見れば、巨人と戦ったという話は尾ヒレがついたものにしか思えぬ」

「お主の知る呪いは巨人の呪いだろうに」

「世界樹の呪いだ。世界樹を巨人と見立てた作り話、それが汝らの語る伝承だろう」

 

 イシュ殿は巨人の存在を信じてはいないようだ。だがそれも仕方あるまい。呪いは実際に見ることができれども、巨人は確かめようがない。

 伝承、神話の存在。

 それに、ましてや外から来た者に我らの歴史を信じてもらうというのは難しい話だ。

 

 互いの主張をぶつけたところでどうにもならない。

 今の時代に巨人はいない。呪いだけがある。今はその呪いを払うことだけを考えたほうがいい。

 

 並ぶ壁画を横目に見ながら、大広間へと進む。時折現れる魔物を薙ぎ倒しながら。

 

 進めば進むほど、熱気が強くなってくる。

 それは、ホムラミズチへと近づいている証拠ほかならぬ。

 

 奴と戦う前にイシュ殿に話しておかねばならん。

 

「イシュ殿、ホムラミズチは霊脈に鱗を突き立て、岩窟全体を熱くしておる」

「それはすでに聞いた」

「ゆえに、ホムラミズチと対峙した際、拙者はまず霊脈を貫く鱗を冷やすつもりだ。戦いの始めこそ慌ただしいであろうが心配めされぬように言っておこうと思ってな」

 

 今回の勝負、その最大の山場は戦い始めにあるのだ。

 ホムラミズチの得意とする環境を破壊するまでの間、万全の奴の攻撃を凌がねばならぬ。それさえ凌げばあの業炎は出せぬであろう。

 

 始めこそ劣勢に立たされるであろうが、それは予想の範疇だとあらかじめ伝えておきたかったがこの御仁には無用なようだ。

 早く先へ進めとばかりに歩かれる。

 

「待たれよ。すぐそこの門をくぐれば大広間、ホムラミズチのいる場所よ。お主は遅れて入られよ」

「ならば早く行け」

「ウ、ウム」

 

 言葉に出されて急かされてしまった。

 

 少し締まりのない状態だったが、かつて扉があったであろう門をくぐる。

 

 その先には、ほのかに黄色く発光しているような体躯、四肢の先と尾の先端は毒々しさを主張する紫で染められた、先代の仇である魔物。

 

 ホムラミズチがそこにいた。

 

 

 さらに一歩、中へと足を踏み入れる。

 

 招かれてもいないのに訪れた侵入者に気づいたホムラミズチは、狩りの体勢に入った。

 

 仇敵から目を離さず、されど周囲全体に意識を回す。

 今優先すべきは、霊脈を穿つ鱗。

 

 

「──────馬鹿な」

 

 

 さして時間もかからずに、鱗は見つかった。

 しかし、その光景は目を逸らしたくなるかのようなもの。

 

 

「いったい……どれほどの数があるのだ……」

 

 

 十に迫りかねない数の鱗が、至る所に突き立てられていた。

 

 この数すべてが霊脈を刺激しているものとは考えにくい。すべてに氷杭を当てようにも、杭の数が足りない。足りたとしても、冷やすまでに奴の攻撃を凌げるかは怪しいものがある。

 

 持っている氷杭ではせいぜい三つが限界。

 奴の攻撃を凌ぎながら三回。それはいささか厳しい。

 

 ならばいっそ、初めから敵に刀を向けるまで。

 

 

 

 

 己に喝を入れるように咆哮をあげ、炎の魔物に向けて強く踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




 

次回、里でお留守番状態のアルメリア視点に戻ります。

あ、よいお年を。
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