アルメリア視点です。
イシュと牛の人が心臓回収のために出発して一時間ほどのこと。
イクサビトの里は微妙な雰囲気である。
牛の人についてくるなと言われたイクサビトの人たちはずっと沈んでおり、奇妙に思った冒険者が何かあったのか尋ねたのだ。その結果、里の呪いについて冒険者たちも知ってしまったということも、里の微妙な雰囲気の原因のひとつかもしれない。
かといって今は特に目立った問題があるわけでもなく、私たちは里の中でただただ時間を潰していた。
望んだわけではない空いた時間、持ってきていた凶鳥烈火の術式書の解読にあてることにした。結構読んでいるし、術式の形もわかっているのだけど、
「出ないんだよねぇ……」
「何を唸っているんだ貴様」
思わず漏らした言葉にウーファンが気づいたようだ。
正直に話せば嫌味でも言われそうな相手である。
しかしウーファンは方陣師のお偉いさん。さらにいえば聖樹の護りについて知っている。凶鳥烈火についても何か知っているかもしれない人物だ。
ここは素直に聞いてみるかと考えた。
「この術式書なんですけど……ほとんど解読は済んだのに術が発動しないんですよ」
「これは……凶鳥烈火……貴様が持っていたのか」
「え? ま、不味かった? あ! これは辺境伯から貰ったものなんで! 私は盗んだりしてないですから!!」
反応的にウロビトの大事なモノだったのかなと不安になったので、すぐさま保身に走る醜い私の図。
「何を焦っている。別に責めたりはしない」
「はぁ」
「しかしほとんど解読が済んでいるんだったな」
「そうですそうです。なのに術が発動しないんですよ……」
凶鳥烈火の術式。解読した通りならば、発動すれば業火の壁をもって敵を焼き払うものだ。
だが試しに何もないところで使っても発動はせず、まるで術式書自体は偽物のようである。
「古代の術式、それも特別な術式だ。私も似たものを持っている」
そう言ってウーファンは自身の鞄から一冊の本を取りだした。
「幻豹黒霧の術式書だ。これも聖樹の護りにおいて、巨人を封じるために編み出された術」
「なんだかすごそうな」
「ウロビトの方陣師はみな、この術式書の解読は済んでいる。だが使えた者はいない」
聖樹の護り関係の術式書は皆胡散臭い疑惑が芽生えつつありそうだ。
使えた者がいない術式書って詐欺なのではないだろうか。
「馬鹿丸出しの顔をするな」
「はぁ? 誰も使えたことがなかったら偽物じゃんこれ」
「少しそれを貸してみろ」
代わりにとばかりに幻豹黒霧を渡される。
ものは試しに読んでみるが、理解しようという気持ちは一切ない。だって詐欺じゃん。
「凶鳥烈火にも書いていないか……」
「なにが?」
「里にあった書物に、古代の術は精神力ではなく使命を持って用いるとあったのだ」
「使命? ふわっとしすぎじゃない?」
言っておいてなんだけど、精神力もたいがいふわっとしている。もっとこう、理解と体力とかこう、他に言いようはないだろうか。
「まだその時ではないだけか、それとも強い使命感に駆られなくては使えないのか。凶鳥烈火も幻豹黒霧も聖樹の護りで用いられた術だ。使命感に駆られようはずだ。もしくは……」
「もしくは? 何? もったいぶらないでよ」
「……貴様は一度口が悪くなると面倒臭いな。もしくは大きな戦いでの高揚感が使わせているのではないかと思ってな。我らウロビトは感情を抑えて戦う。高揚とは真逆での戦いを主とする。それが術を使わせない正体なのでは、と考えた。根拠の弱い話だがな」
高揚感? 戦いでの興奮で術が使える? 聞いたことのない話だ。だけど、
ウロビトの方陣師の戦い方は詳しく知らないけど、印術師も戦いはできる限り冷静が基本だ。術式を編むためにも落ち着くことが前提。
根拠の弱い話とは言ったが、ちょっとした共通点でもあるわけだ。
「今度興奮しているときに試してみるかな……」
「結果が出たら聞かせてくれ」
「自分で試す気ないの?」
「幻豹黒霧は攻撃する術式ではない。試しがたい術だからな」
それなら凶鳥烈火の術式書あげるから自分でも試してほしいところである。
しかし、これなら却火の術式書解読に努めたほうがよさそうだ。凶鳥烈火はこれ以上わからない。
今度は鞄から却火の術式書を取りだして、そちらを読むことにした。
読むことしばらく。
正直あまり頭に入ってこなかった。
あまり集中できなかったので、これ以上は意味がないと判断。だからといってできることはあまりない。冒険者同士での情報交換とかも考えたけどどこかピリついている。
それは冒険者たちだけでなく、イクサビトも同じようだった。
なんとも嫌な雰囲気だ。
こういう時、辺境伯のような統治者がいてくれればマシになっただろうか。
早くイシュたちは戻ってきてくれないだろうか。
「先に行った二人が心配かい、アルメリア」
「ワールウィンドさん」
振り向けばにやけ面である。
悪意があるわけじゃないとわかっているけど、キリっとしてほしい顔である。
「イシュたちは大丈夫だと思うんですけど、それよりこの里の雰囲気が……」
「ああ、確かにね」
イクサビトの人たちは力量不足と言われたようなものだ。里の大事の時に言われて、悔しさや惨めさを堪えているのかもしれない。
だからといって勝手に飛びだしたりしないのは、忠義に厚いからだろうか。
「今はまだ彼らも耐えているけど、そのうち何人かは我慢の限界を迎えてしまうだろうね」
「え?」
「彼らだけじゃなく、冒険者の中にも同じような気持ちを抱えつつあるんだ」
冒険者が?
呪いのことを知ったとはいえ、彼らは呪いを受けてはいないのになんでまた。
続きが気になってワールウィンドさんの顔を見る。無精髭剃ればいいのに。
「呪いを解決するために自分たちも協力したいとさ。彼らはアルメリアが呪いを受けていることを知らないはずなのに、出会ったばかりのイクサビトのために何かしたいそうだよ」
お人よしだよな、とワールウィンドさんは疲れたように笑った。
確かにお人よしだとは思うけど、その前に誇らしくも感じた。呪いを知ってなお、恐れず助けようとしてくれているのだ。タルシスで引きこもってた頃、少しでも彼らを信じていればもっと外を見れただろうか。
「イクサビトは代表の言葉があるからすぐには動くことはないだろう。けど、冒険者は止める者がいない。今でこそ堪えているけど、時間の問題だ。そしてひとりでも心臓に向かおうとすれば、あとは雪崩のように続くだろうね」
さて、と言いながらワールウィンドさんはイシュたちが向かった先、そこで待機しているイクサビトの元へと視線を向けた。
「冒険者が義憤に駆られて暴走すれば、里長の言葉を守るイクサビトと衝突してしまう。その前に俺はちょっと小細工をしてくるよ」
「小細工? 何か企んでるんです?」
「ひどい言いようだね……衝突を避けるための努力だよ」
イクサビトの元へと向かうワールウィンドさんの後をなんとなくついていく。
里から出ることはシウアンに禁止されているけど、里の中ならある程度自由なのだ。とはいえすることがあまりなく、それならワールウィンドさんのする努力というのがどんなものか見てみようと思った。
「待たれよ。この先は危険な地……客人に怪我をさせるわけにはいかぬ」
近づいてくる私たちに忠告をする馬のイクサビト。
その言葉からは怒りが伝わってきた。番をすることしかできない自己に対しての。
「怪我は覚悟の上だよ。命すらも、覚悟の上で旅に出るのが俺たちだよ」
「さようか。だがこの先を行くのは許可できぬ。お主もあの話を聞いていたであろう?」
「聞いていたからこそ、俺は君に……いや、君たちに聞きたいことがある」
ワールウィンドさんの言葉に訝し気な視線を向ける馬の人。
顔が獣だからわかりにくいけど、絶対怪しんでいるというのがわかった。
「本当に君たちはこのままでいいのかい?」
「……どういう意味であろうか」
「わかっているだろ? 里の存続を賭けた状況で、君たちはお留守番だ。そんなの君たちも嫌だろう?」
衝突を避けるための努力とか言ってたワールウィンドさん。しかし、なんというか挑発のようにしか聞こえないのはなぜだろう。顔のせいか、喋り方のせいか、両方か。
己自身に向けていた怒りが私たちにも向けられたのがわかった。空気がさっきよりもはるかに重たい。
「……我らはキバガミ殿から里の守りを頼まれた。ゆえに、ここにいるのだ」
「確かに里の守りは重要だ。帰る場所がなくなるなんて最悪だからな。だけど、守りにそんな多く必要かい? 俺が見たところ、この里の出入り口からして十人、いや、八人いれば充分だと思うけどな」
「……」
冒険者が暴走する前に、イクサビトの人たちを説得して一緒に暴走しようという作戦なのだろう。だけど彼らは、里の代表の言葉を背くようには見えない。見るからに忠義者みたいな種族だし。
ましてやその説得が胡散臭い人筆頭のワールウィンドさんである。
ここは意図をくみ取った私も協力しないと。
「あの、ワールウィンドさんはすごく胡散臭いですけど、何かと隠し事をしてそうですけど、悪い人ではないんです。ただ……見た目がちょっとアレなだけで」
「アルメリア、さすがに傷つくよ」
酷いことを言ったなとは自覚しているけど、見るからに武人肌な相手には馬鹿正直に話したほうがいいのだ。だいたいの物語譚とかでも、武人肌相手にはそういう手がいいのだと書いてあった。
「あー……とにかく、だ。主君の……いや、里長の言葉を厳守するだけで本当にいいと思ってるのか? 長だって君たちと同じ種族だ。部外者である俺が言うことじゃないかもしれないけど、長の言葉を妄信して、取り返しのつかないことになる。そんなことだって世の中はありえるんだぜ」
「お主の言いたいことはわかる……このまま任せ、ただただ待っていて本当によいものか……」
「それなら───」
「だが、キバガミ殿と並び立てるほどの腕前は誰も持っておらんのだ……それで我ら自身が危険に晒されるのは構わぬ。力及ばなかっただけのこと……しかし、キバガミ殿は優しすぎる……我らを庇い窮地に陥りかねん。なによりもそれだけは避けねばならんのだ」
助けに行って、逆に足を引っ張るかもしれないと恐れている。
キバガミっていうのはあの牛の人、だよね。たぶん。一応あとで本人に直接確認するとして、とにかくこの人たちの不安は理解した。
豪胆そうな見た目だけども、思慮深いというか、どこか弱気な考えが根付いている。過去に何かあったのか。それとも呪いでずっと沈んだ気分にさせられていたのか。
私も呪いで引きこもっていたころはずっとネガティブだった。体験談からできることは、イシュのように強引に外へ連れ出すもとい、牛の人の元へ向かわせる?
方法を考えてみたけど思いつかない。案外難しい……
「何事も試してみなくてはわからないだろう」
「おおぅ、急に入ってこないでくださいよ」
馬の人とワールウィンドさん、そして私の三人の場に、急に四人目となって現れたのはウーファンだった。
試してみないとわからないってそんな無責任な。いや、それぐらいのほうが今はいいのかもしれない。
「そのようなことをして、失ってからでは遅いのだぞ」
「このまま考え込んでいたところで何も進展などしない。己だけで悩んだところで、正しいかなどわからないそうだ」
何故そこで断言でなく伝聞形式。
急に入ってきたけど説得するという目的があることは悟れていないのだろうか。
ウーファンを止めるべきか悩む私を無視してウーファンは続きを言う。
「私もかつて、思い悩んでいた。自分のすることは本当に喜ばしいことなのか、何もしない方がいいのではないかとな。だが……奇妙な奴らの言動や、その時の状況が悩ませてくれなかった」
「助言に感謝致す。だが、その時のお主の状況と、今の我らの状況。同じと考えていいものであろうか」
「当然すべてが一緒とは言えないだろう。だがここで悩み続けても私の時と同じく答えはでない。それなら下手に考え込まずに、馬鹿みたいに後先考えず行動した方がいいときもあるはずだ」
何故今ちらっとこっちを見た。馬鹿代表とでも言わんばかりに私を見るな。このタイミングで何故私への悪態を混ぜようとした。
やはりウーファンはダメだ。任せてはダメだ。
「私の知り合いが言ってました。竜を倒すには知恵と技、それと束ねられた力って。誰か個人に任せずに、皆で協力すれば竜すらも倒せる力になるんだって」
「イクサビトの問題だと貴様らは言うが、ウロビトもタルシスの人間も協力したがっている。どうか、その想いに応えるためにも頼む」
ウーファンが頭を下げた。それに釣られるように私も慌てて頭を下げる。
「……頭をあげてくれぬか。お主らが頭を下げる道理はない」
そうだろうか。そうかもしれない。
よくわからないまま、雰囲気に流されるまま頭を下げてしまった。私としてはイシュがいるならまあ大丈夫だろうっていう楽観視があったりするからしっかり考えれていないだけかもしれない。
「頭を下げるべきは、協力を願う我らのほうよ」
「なら……」
「我らはいつまでもキバガミ殿の背に守られるわけにはいかぬよな」
「長の言葉に背いたって怒られたら、胡散臭い男に騙されたって言いな」
馬の人の言葉にワールウィンドさんが反応する。あ、ワールウィンドさんだけ頭下げてない。私も戻そう。
ワールウィンドさんの言葉に、笑いながらこくりと馬の人は頷いた。
その後、大きく息を吸い、
「これより我らイクサビトは! 先行した彼らの助太刀に向かう! 客人も含め、我こそはと思うものは種族を問わぬ! 得物を持ちてここに集え!!」
びりびりと里中に響くような大声をあげた。
その叫びは里全体に広がり、やがて少しずつ溶け込んでいった。
叫んだ言葉の意味をじわじわと理解してきたのか、小さなどよめきと各々の武具が立てる金属音が聞こえてくる。なんともこれは、ワールウィンドさんの言った通りかもしれない。一度動きがあれば、雪崩のように後を続いていく。切欠をみんな待っていたのだろうか。
各々準備を終えたのか、どんどんと集まってくるイクサビトに冒険者。その中にはあの時揉めていたウロビトもいた。
「客人……いや、我らイクサビトの恩人たちよ。里の存続に繋がる光明だけでなく、此度の協力。まことに感謝致す」
「気にすることはないさ。俺たちは俺たちの目的があって動いているんだ。今回もそのひとつだよ」
「この男の言う通りだ」
ワールウィンドさんとウーファンの物言いに、それでも、と感謝を告げる馬の人。
「あ、わかっていると思うけどアルメリア。君はここで待っていてくれよ」
「やっぱりですか……」
「当然だろ。それにここの守りは薄くなる。いざという時は君が巫女を守るんだ」
「はい」
ワールウィンドさんに釘をさされ、大人しく返事をしておく。
そういえば里にはどれくらい残るんだろうか。
「安心されよ。イクサビトのモノノフすべて出払わせるわけにはいかぬ。守りに必要な人数を回すとも」
ということは、私はあまりさっきまでと変わらず退屈かもしれない。
みんなが戦っている最中に不謹慎なことではあるけども、そういう時間になってしまいそうである。
残るイクサビトの戦士のモノノフとやらを誰にするか決めている間に、ウーファンに質問をしよう。
シウアン関連でなら頭を下げまくりそうな彼女だが、シウアンが関わらなければプライドが高すぎて頭を下げない。そんな人物像がぶれてしまったのだ。
いったいどういう考えで説得などを行ったのか聞いてみたくなった。ちょっとした好奇心である。
どうして頭を下げたのか、そんな問いをかければ、
「他意はない。このまま放っておけば諍いが起きる。その時、伝承の齟齬をやり玉に上げて騒ぐウロビトがいないとも限らないからな」
おおむねワールウィンドさんと同じような理由だ。少し違うのは伝承の違いにも問題が移るかもしれないと危惧している点か。
「おそらく、あの辺境伯はイクサビトとも友好を取りあうだろう。その時は当然ウロビトもそこにいる。互いの悪印象はなるべく抱かないようにさせたいだけだ」
「ほぁぁ」
「馬鹿みたいな声を出すな。いや、馬鹿だったか」
「少しは感心したのにこいつ……」
「それよりも、私も彼らと同行する。シウアンを頼むぞ」
「それよりもじゃないんですけど……え?」
あれ? ウーファンも行くんだ。
「私は方陣師を束ねる者だ。ならば方陣師の代表として彼らに助力する。今後のためにもな」
「打算こみこみじゃないですか」
「だから言っただろう。目的があって動いているんだと。それに……」
何故か途中から照れながらウーファンは言った。
「私が誰かのために行動することは、シウアンにとっても嬉しいことらしいからな」
「あ、はい、そっすね」
シウアンの入れ知恵つきだった。
子離れならぬシウアン離れも少しはするべきではないだろうかこいつ。
「まあ、そういうことならすごい納得です」
「とにかくシウアンのことは頼んだぞ。それと私の防寒着は持っていないか?」
「はい?」
「なんだか冷えてきた……」
「確かにそんな感じもしますけど……防寒着はノアの中ですよ」
「そ、そうか……」
ウーファンに言われて初めて気づいた。確かに少しずつ温度が下がっている。というか結構下がっている。
このまま下がり続けるようだったら、あれである。
ウーファン寒がってまともに動けないんじゃない?
方陣師の代表とやらの、この先が不安になった瞬間である。
バーストスキルのコツは気持ち、みたいなニュアンス。
戦闘中にゲージが上昇ですし、稀少種と遭遇時も上昇するので緊張とか高揚が影響してそうなのでそんな解釈でいきます。