41.黒き砲口が示す道
月明りに照らされ降り注ぐ雪の中、銀嵐ノ霊峰にて緑の気球艇、ワールウィンドさんを探す。
今は寒いとか言ってられない。全員がゴンドラに入らず望遠鏡でそれらしい気球艇を探した。
「うむぅ……! もうこの地にはおらぬのか! あの者が行きそうな場所はお主ら知らぬか!」
「タルシスに戻ったとは考えづらい……ウロビトよ、巨人の心臓を回収したとき、石盤は誰が回収したか知っているか」
「……あの男だ。やつは北に行ったのか!?」
北の谷に望遠鏡を向けると、谷を覆う濃雲はなくなっていた。
「雲がなくなってます! 谷を抜けたのかも!」
「イシュ、急げ!」
「向かっている」
……あの人は国に帰ると言っていた。君は連れていかないとも。
谷の北、世界樹の近くにあの人の国があるということだろうか……
もしもそうだとすれば、シウアンを連れていった意味はなんとなく想像がつく。彼の国でも呪いが蔓延しているのだろうと。でもそれならそれで話してくれたら良かったのに、強行する意図が掴めない。
今はいくら考えても答えは出ない。会って話を聞かないと。
決してノアが遅いわけではない。だけど先を行った気球艇を追うには歯がゆい速度。
気球艇の速度がこんなにももどかしく感じたのは初めてだ。
谷を進むと雪が少なくなっていく。また気候が、大地が変わるのだ。
平時であればワクワクしたその景色の変化も、今じゃ楽しむ余裕なんてない。
谷を抜けきると、大きな水道橋が西から東へと伸びていた。その橋の下から覗く景色もまた水道橋。
少し視線をあげればタルシスが追い求めていた、世界樹の姿があった。
その麓まで、阻むものはない。
自然の阻むものは、ではあるけど。
世界樹と私たちの間には、気球艇が浮かんでいた。
ワールウィンドさんの緑色の気球艇ではない。
「黒い気球艇……?」
月明りに照らされた三隻の黒い気球艇が、谷から抜けたノアを囲むように近づいてくる。
それはタルシスの気球艇と比べてはるかに大きく物々しい。
「大砲が積まれてますよ……あれ……」
「球皮の紋様の統一性、どこかの軍艦だな」
「なんだって構わん! シウアンを探すことに変わりはない!」
望遠鏡で黒い気球艇をよくよく見れば物騒なものが見えた。
ノアには、いや、タルシスの気球艇に武装はない。大砲なんてなく、装甲もなく、完全に旅をするために、散策するために作られたものなのだ。
そんなノアが軍艦に囲まれる。攻撃を受けようものなら一発で木っ端微塵。
怒り状態のウーファンを置いておき、場が緊張に包まれる。キバガミさんも状況が危険だとわかっているようだ。
「イシュ……」
「突然攻撃はしてこないはずだが、我らからアクションは起こせない」
「イシュ殿の言う通りだが、あまり友好的には見えぬな……」
ノアをこの先に進ませないとでもいうかのように配置された黒い軍艦。
そのどれもの砲口からイシュの言葉も気休め程度にしか感じれない。
【警告する。貴殿らは我ら帝国の領地に足を踏み入れようとしている】
突然、何重にも重なって聞こえるような大音声が響き渡る。聞いたことのない人の声。軍艦に乗っている人の声だろう。大きなメガホンでもこれほどまで聞こえるものなのか。
【貴殿らがこの地に訪れるであろうことは既に聞き及んでいる。ついては、我らが大騎士の取った行動について説明し、平和的に事態を解決する準備がある】
【そこで明日の正午に貴殿らの主、タルシスの辺境伯にお越しいただきたい】
【それまでの間、貴殿らにはこの絶界雲上域での行動を許可できない】
重く響き渡る声の内容は、随分と一方的なものだった。
いくつか聞き逃せない点がある。私たちが来ることを聞いていた。大騎士の取った行動について。この二つ。
これはつまり、
「……ワールウィンド殿はこの者たちの一派のようだな」
「こいつらがシウアンを攫ったのか……!」
ウーファンは未だに怒りで頭に血が上っている。イクサビトの里で見た立派な方陣師は幻だったようだ。
「気に食わない話ではあるが、今は従うしかあるまい」
「何を言っている! イシュ、貴様シウアンを見捨てるつもりか!」
「巫女をこの者たちから奪い返したいのならば冷静になれ」
わけのわからない黒い軍艦の言う通りにするしかない状況。私だって腹が立つ。
それにしたってウーファンは取り乱しすぎだ。
「ウーファン、今私たちがやられたらシウアンを助けることができません。だからまずは従うしかないんです」
「くっ……」
頭の片隅では理解していたのだろう。悔しさを噛みしめながら、ウーファンは黙りこんだ。
ノアは元きた道を戻り、谷へと入っていく。
後ろを確認すれば、谷の出口には未だ黒い軍艦が浮かんでいた。
谷を抜け、辺境伯に報告と同行を願うためにタルシスへ向かう途中の銀嵐ノ霊峰に戻ったときだった。
「イシュ殿よ、すまぬが一度金剛獣ノ岩窟につけてもらえぬか」
キバガミさんの申し出に怪奇な表情を浮かべるのはウーファンだ。シウアンを救出する最短を行きたがっている彼女には寄り道などしている時間は許されないのだろう。
そんな彼女が何かを言う前に理由を話しだした。
「イクサビトの里に残った者たちに説明をせねばならん。それに、彼らも助力してくれるだろう。そのためにも一度金剛獣ノ岩窟に降ろしてほしいのだ。そして勝手だが、お主らが再び敵の元へ向かう時に拙者を乗せてほしい」
「あの軍艦相手の囮ぐらいには使えるか」
「その扱いでも構わん。もっとも、ただの囮で終わる気はないだろうがな」
なんだか二人の話の流れが、完全にあの軍艦相手に敵対することを前提としている。
「い、一応あの軍艦、話し合いで平和的解決とか言ってましたけど……」
「確かにそう言っておった。だが、砲口を向けながらそのようなことを言う輩の言葉、信じれるほど拙者は素直ではないのでな。だがまあ、心配なさるな。話し合いとやらを壊す気は毛頭もない」
「汝の望み通り、金剛獣で降ろす。汝の一族が先走らぬようにしておけ」
「任されよう」
イシュとキバガミさんは話し合いが平和的解決にならないと予想しているようだ。ウーファンは無言のまま。私は私自身、よくわからない。シウアンを無理やり連れていったのは呪いに追い詰められているからだと思っている。そのため、話し合いも酷いことにはならないのではないかと。そりゃあ砲口向けてるのは腹が立ったけども。裏を返せばそれだけ切羽詰まっているとも思えたし。
呪い……ワールウィンドさんの国も呪いに侵されている。
何故話してくれなかったんだろう。イクサビトのために危険を承知で戦った彼らが、信じられなかったのだろうか。10年も顔を合わせていた私までも、信じられなかったのだろうか。
いや、私に関しては違うか。
何度か考えてしまった、憶測。
もしかして、という引っかかりが今回の件で、やっぱり、という形に変わった。
──────彼は今までずっと、後ろめたさがあったんだろう。
キバガミさんを降ろしてからタルシスに到着する。
当然というか、緑色の気球艇はそこになかった。
とにかくマルク統治院、辺境伯がいるであろう執務室に急ぐ。
一応、あの軍艦は話し合いをする姿勢は見せてきている。明日の正午に連れてこいと言っていた。真っ直ぐ移動すれば充分に間に合う時間。だけど内輪で話し合うには少なすぎる時間だ。
「辺境伯よ、異常事態だ」
イシュが呼び掛けながら扉を開ける。
もう夜遅い時間。だけど辺境伯は執務室に残っていた。机の上にはさまざまな書類と紅茶の入ったカップが置いてある。中身がまだまだありそうなところを見るに、まだ仕事を頑張る予定だったようだ。
「こんな時間にどうしたのかね? 随分と慌てているようだが……まさか、金剛獣ノ岩窟でイクサビトと何か問題が起きたのかね?」
「あの男、ワールウィンドに巫女が拐われた」
「……うん? ふふ、おかしなことを。イシュも冗談を言えるとはな」
「辺境伯! 冗談なんかじゃ───」
「冗談でもシウアンを拐うなど許せるものか! 今の話は真実だ!」
鬼気迫るウーファンの怒鳴り。
辺境伯もウーファンがシウアンに関して嘘は言わないと知っている。
先程まで困った集団を見る目だったが、状況を噛み締めつつあるのか、戸惑っている表情になってきた。そばにいたマルガリータちゃんは尻尾が股に挟めるかのように垂れている。
「まさか、本当に……? いや、君が巫女殿に関して嘘を言うはずがないか……どういうことか、順に報告してくれたまえ」
私たちの知っていることを辺境伯に話した。
金剛獣ノ岩窟で呪いを払った後に、ワールウィンドさんがシウアンを無理矢理連れ去ったこと。追いかけようとしたが、ノア以外の気球艇は壊されたこと。追いかけた先に黒い軍艦があったこと。明日の正午に辺境伯と来るように言われたこと。
余すことなく伝えた、と思う。
「……なるほど。私が行かなくては説明もしないか」
「巫女は奴らの手中にある。表面上は従い、隙を見て奪い返すべきだ」
イシュの提案に辺境伯は渋い顔をした。
「巫女殿を拐ったことは問題だ。だが、拐った理由は予想できなくもない。平和的解決の準備があるというのなら、それを信じて動こうと思う」
「砲口を向けて一方的に条件を呑ませる無法者を信じるだと?」
「それだけ彼らも追い詰められていたということだろう。それなら互いに手を取り合うことができるはずだ。そのためにも、まずは信じてみないと始まらないのだよ」
辺境伯は真っ直ぐイシュの眼を見ながら言い切った。その言葉に嘘はないとでも主張するように。
少しして、空気を弛緩させるように辺境伯は笑った。
「とはいえ、保険はかけたいものだ。私のモットーは慎重に! かつ大胆に! ……私は大胆に、彼らの話し合いに従おう。そして慎重に、諸君に護衛を頼みたい。話し合いが破綻し、力で訴えてきたときのために」
少し前の言葉と比べて……なんというか、
「信じてみないと、って言ってましたけど信じきれてなくないですか?」
「ふっふっふ、アルメリア君。私個人で終わる話ならば護衛は頼まないがね。タルシスの領主としては頼まざるを得ないのだよ」
「はぁ……」
いや、いいんだけどね。全然いいんだけど。
私の微妙な反応を流して、辺境伯は紙に何か走り書きし、マルガリータちゃんに咥えさせた。
マルガリータちゃんはすぐに走り出して部屋を出ていった。
「明日の正午まで13時間。諸君は今のうちに休んでくれたまえ。移動時間を多めに考えて、明日の9時にまたここに来てくれるかね」
「……マルガリータちゃんに何か頼んだんですか?」
「マルゲリータだがね。招集を頼んだのだよ」
名前を間違えてた。
それよりもこんな時間に招集。絶対に明日について何か関係することだ。
果たして私たちはこのまま休んでいいものか。
「明日の準備か? ならば私も残ろう。シウアンを助けるためにも休んでいられない」
「ならばなおのこと休んでくれたまえ。諸君の正念場は明日だ。諸君は彼らの言う平和的解決が、許容できないものであったときのための切札なのだよ」
それはつまり、魔物相手ではなく人間と戦うことになる可能性があるということだろうか。
その言葉を聞いても、なんだか実感というか、未だに地に足つかない感覚のような、イメージがつかない。
辺境伯は一息つくかのように紅茶をひと口飲み、私を見たあとにイシュに視線を向けた。
「イシュ、アルメリア君の体は治ったのだね?」
「そうだ。その体にはもう呪いはない」
話が急に変わった。
この流れの行き先は予想がつく。
「アルメリア君、君は───」
「私は冒険者を続けます」
遮るように行った宣言に、辺境伯は言葉を途切れさせた。
冒険をする理由、呪いが体からなくなった。ワールウィンドさんから言われた時は少し迷ったけど、今は迷うことはない。だってやらなくてはいけないことができたのだ。ここでやめたら後悔し続ける。
「私もシウアンを助けたいです。それに……ワールウィンドさんともう一度、話さないといけないんです」
「……彼らの話次第では、剣を向ける相手は人間になるのだよ」
「それは……辺境伯も言ったじゃないですか。信じてみないと始まらないって。なら、そうはならないと私も信じてみます」
私は辺境伯と違って立場なんてないのだ。保険なんてかける必要もないのだ。うん、開き直りだこれ。
辺境伯は諦めたように溜め息をついた。
「……私自身の言葉を否定するわけにはいかないな」
「ですです」
私の意志が通じたようだ。少し嬉しくなって、イシュにピースサインを送ってみた。
イシュは無反応である。そりゃそうですよね。
「アルメリア君……いや、ニーズヘッグ。明日はよろしく頼むよ」
「……」
「……」
「……」
全員無言である。
ギルドへの頼みなんだから、リーダーであるイシュが答えるべきだろうにイシュ無言。
どうしようこの空気。辺境伯もちょっと困ってるのか視線が迷いだした。
「イシュ……?」
「なんだ」
「いや、ここはイシュが返事するべきかと」
「汝が意志を示したのだ。ならば汝が答えるものだろう」
「え? でもギルドのリーダーはイシュですよ」
「だが辺境伯は汝に呼び掛けた。ならば汝が答えを返すべきだ。早く答えてやれ」
え、私が悪いのだろうか。
いやいや、そんなはずがない。
「締まらない奴らだ……」
「他人事みたいに……!」
ウーファンも同じギルドだと言うのにこの反応。
キッと視線を向けたがどうでもよさげである。
取り残され気味の辺境伯が咳払いをした。
「とにかく、明日の9時にここに来てくれたまえ。それと休む前にベルンド工房へ行くといい」
「工房にですか?」
「明日の朝までに新しい武具は間に合わないだろうが、良い武具を融通するように通達しておいた。今回だけだがね」
それはなんともうれしい話である。
「ではまた明日に!」
「ああ、明日は頼んだよ。ニーズヘッグ」
「……」
「……」
「…………はい!!」
やけくそ気味に私が返事をした。絶対リーダーであるイシュの役目だって、これ。
なんだか最後の方はぐっだぐだな報告の印象となってしまった。
まだ四章書き終えてないのにあとちょっとだからと我慢できず投下。
ということで、四章終わりまで3日ごとの更新でいきます。
つかの間の平和回みたいなノリが続きます。