夜も遅いのに、灯りがまだまだ消えないマルク統治院を後にする。
統治院だけでなく、街の灯りも点々と灯っていた。
今の時刻は日付が変わる境目。明日の9時に統治院にと考えれば、体を休めるには充分な時間だ。ベルンド工房に武具を受け取りに行くとしても、時間はそれなりにある。
「汝らは宿に戻って眠ると良い。工房へは我が行く」
ここでイシュのこの発言。
イシュは眠れない体だ。効率とか優先しての発言だとは思う。リーダーの言葉でもあるし、ぞろぞろと全員でいく必要はないけども、
「私も工房に行きたいです。資金に余裕はあると思いますし、私も何か新しい武具を……」
というわけで私も工房に行くと主張。決してイシュだけ行かせるのが不安だからという理由ではない。
結構イシュもタルシスに馴染んでいるのだ。もしくはタルシスの人たちがイシュの性格に合わせてくれているか。
しかし、ベルンド工房ってもう閉まっている気がするんだけど、今から行って本当に大丈夫だろうか。
たぶんマルゲリータちゃんに渡していた紙にそういう指示があったんだろうけど、開店してたらお疲れ様ですと言いたくなる。
「私は明日のためにも早めに休ませてもらおう」
「はい、ウーファンの装備はこっちで選んでおきますね」
「頼む」
あ、そうだ。
「ウーファン、今日は家で休みます」
「そうか。貴様はその方がよく休めそうだな。私は宿に戻る」
「はい。また明日、統治院前で。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
長く過ごした実家で少し落ち着きたい。そんなわけで宿には私は戻らない。
「イシュはどうします?」
「何がだ」
「工房のあと、宿に行くか……私の家に来るか、ですけど」
二人で旅をしていた時のように家に来るかなと思い聞いてみる。
特に深い意味はない。宿にはイシュの興味を引きそうなものはないし、それなら私の家にある古書を読んでた方が良いのではと思っただけである。
「ならば汝の住居に赴こう」
「はい!」
「汝一人では以前のように寝過ごしかねない」
「そんなことしませ……してましたね……」
熊騒動の時のことか。
あれは冒険に全く慣れていなかったため疲労困憊だったからだ。今は違うはずだ。断言する勇気はないけど。
ベルンド工房に歩みを進んで行くが、さすがに夜遅い時間。ほとんどのお店がやっていない。
イシュが家に来るとわかったのだし、ちょっと買いたいものを思い出したんだけど……
「この時間ってほとんどお店閉まってますよねぇ」
「酒場ぐらいか」
「それじゃあ工房の後に寄りません?」
「? また報告が滞っているのか」
「違いますよ。明日の朝食と、砂糖を買い足したいんです。ほら、砂糖がないってイシュ言ってたじゃないですか」
「そうか」
なんというか、落ち着く。
明日を思えばゆっくりなんてしてられないのに、こんな呑気な会話ができることが落ち着く。
ウーファンがいたら緊張感を持てと怒られそうだ。
イシュのマイペースさが落ち着きをくれるとは、出会った当初では考えられない。
まあ酒場で砂糖やらパンは売ってないだろうけど、そこは交渉である。孔雀亭ならそれなりに何度か顔を合わせてるんだし、あの人結構俗っぽいし、少し値をあげてなら売ってくれるだろう。
そんなわけでベルンド工房である。
本来ならもう閉店だというのに、店の入り口まで灯りが漏れていた。
「ふぁ……いらっしゃい~……」
「ね、眠そうですね」
店番の子の、いつもの元気いっぱいな姿は睡魔と戦うためになりを潜めていた。
普段と違うあくび混じりの出迎えも新鮮でたまにならいいかもしれない。やっぱり子供なんだなぁみたいな微笑ましさがあるし。
「あ、ごめんね。いつもならもう寝てるから……詳しくは聞いてないけど、キミたちすごい大変な仕事をするんだよね。売ってもらった素材以外でも工房にある武器とか売るようにって聞いてるよ」
「眠いのなら他の人に任せれば良かったんじゃ……」
工房には他にも従業員がいるんだし、この子は店の重要人ってわけでもないはずだし。
「親方にもそう言われたんだけど……こんなこと初めてだし、きっとイチダイジなんでしょ? だったら私も何かしたいからねっ。まあ……店番しかまだ任されてないけど」
「でもすごくありがたいですよ。話しやすいですし」
「ホント? なら良かった! あ、でも今回だけだよ。次回からはちゃんと素材を持ってきてね! あとお金はちゃんともらうからね!」
話しているうちに眠気も飛んだのか、普段の元気さが出てきた。
そして武器が無料でないことはちょっと残念。いや、当然なことだけども。
「一応魔物の素材をもって帰ってきたんですが、買い取りも今ってできます?」
「ダイジョーブだよ!」
いつぞやのように机の上に素材を置かせてもらう。金剛獣ノ岩窟の魔物の素材である。
と言っても、イクサビトの里までの道中しか拾ってないからそんなにないけど。
「じゃあちょっと値段調べてみるね。それまで欲しい装備考えておいてー」
紙を渡しながら店番ちゃんは素材を持って工房奥に引っ込んでいった。
渡された紙には武器や防具の名称と簡単な説明書き、値段が書いてあった。
急いで書いたようで、インクが滲んでいて読みにくいところもあるが、やれることを精一杯してくれたことを思うと文句よりもやっぱり微笑ましい。
「一番いい剣は……ファルシオン?」
刀身の先が太くなって斬りやすい! と説明が書いてある。
「強度があればよい」
「切れ味とかは……」
「我が使えば全て名刀となる」
「あの子と相談ですね」
イシュのは後にするとして、ウーファンと私の分も考えなくちゃ。
印術師と方陣師。どちらも相手に距離を詰められたら厳しい。となると、剣……
私もウーファンも筋力がなぁ……
「ウーファンは頑丈で軽い杖でいっか」
もしかしたら方陣師は杖が必要不可欠かもしれないし、そうだったら短剣であっても邪魔だろう。
精々咄嗟に身を庇える頑丈なものがいい。
これまた店番の子と相談だ。
後は私の武器。
正直杖はなくても印術は使える。かといって剣やナイフをうまく扱えるかというと……投刃なら……
一応短剣あたりにしておこうか。
あ、ルーンが刻まれた短剣とかもあるんだ。ルーンマスターにぴったりなのでは。
「サンクトゥス……」
随分と武器としては変わった名前だ。
炎の加護があるよ! と説明書きにある。炎の加護とはいったい……だけど火の印術師としてますますぴったりだ。これは運命である。いや、もはや運命を越えてディスティニーである。
私以外の武器はお店の子と相談、というかオススメでも売ってもらおう。話し馴れた相手ならではの結論だ。
「イシュ、防具は……」
「我には不要だ。この体を上回る鎧は我にしか創れぬ」
あった方が良いと思うけど、腕を飛ばしたりするとき邪魔かな。
私とウーファンのは……重い鎧なんて着たら動けないし、普段通りローブと法衣でいいか。
「お待たせー」
お店の子が戻ってきた。その手には小袋がある。中身はお金だと思うんだけど……なんだか想像してたよりもすごく……少ない。
すごい硬い素材とかもあったんだし5000くらいはあると思ってたのに。
「2104enだよー」
「安くありません……?」
所持金はそんなに苦しくはないけども、安い売値だとちょっと怪しんでしまう。
そもそも知らない素材ばかりのはずだ。イクサビトの里まで行かずに戻った冒険者もいるだろうけど、それにしたってまだこれらは希少な素材なはずだ。
「すごそうな素材とか結構ありましたよね? 硬い魔物の素材とか」
「……黒い石屑のこと?」
「あれは溶岩の魔物だったんですよ! 硬いし武具には良いものかと!」
「あのね……あれは素材にならないよ。一応お得意さんだし、1enで買い取りしたけど……ただ硬いだけの石屑だって。加工もできないみたい」
「け、結構強い魔物でしたよ!?」
「素材価値としては強さはあんまり関係ないから……それよりも! 何買うか決めた!?」
「流す気だ!?」
「頑丈な剣を二振り。ファルクスより頑丈なものだ」
「キミはそうだよね……どれも簡単には壊れないから……ファルシオンかなやっぱり」
これ以上買い取りについてごねても仕方ないとばかりにイシュが注文した。まあたしかに、この子にごねても仕方ない。それに時間のかけすぎもあまりよろしくない。
「あ、あと頑丈で軽い杖とかありません? 仲間の方陣師に使ってもらうつもりなんです」
「頑丈で軽い杖……」
「それとサンクトゥスと投刃用ナイフを何本か売ってもらえたら」
「ちょっと待っててねー。持ってくるから」
「待て」
「およ?」
また奥へ引っ込むその前に、イシュが呼び止めた。
「ローブの下に着れる防具を求める。動きを阻害しないものだ」
「ローブの下?」
「アルメリアの防具だ」
「じゃあアルメリアさんはついてきて。寸法合わせないとだから」
ぐぐいと手をひかれて私も奥へ。
私の意見が何一つ出る前に決定していく。今まで防具は買わなかったのに、今更感。
工房の奥は想像していたよりも少し涼しかった。夜だからだろうか。
「心配されてるんだねー」
「心配、ですよねぇやっぱり……」
嬉しいとは思う。しかし……ウーファンの分の防具については言わない辺り、なんだか複雑というか……扱いの差が少し気になる。特別扱いは嬉しいけども、少しだけ不安だ。千年前の人たちと重ねられているような……
「皮鎧も厳しいよね……レッドダブレットなんかがいいかな。動きやすいし、伸縮性もいいし」
「あんまりよくわかりませんが、よろしくお願いします?」
「えっとねぇ……耐火性が高い服みたいな感じかな。着用者の体に熱が届かないようにしてくれるよ」
火の印術師が火に強い装備で火の加護のある短剣を扱う。火に特化しすぎなのでは……
ちょうどいいサイズがあった、と渡されたそれは、どう見ても普通の服である。呉服屋にでも並んでそうだ。たしかにこれならローブの下に着れそうだけど、防具なのこれ?
「耐火性は本当にいいものだけど、布地だから防具としては過信したらダメだからね。けど繊維は布地にしては丈夫だから!」
「ははぁ」
ないよりまし、程度で考えておいた方がいいかな。
「あとね、あとね、頑丈な杖ってわけじゃないけど、これなんてどうかな」
そう言って見せられたのは二つの杖。
ひとつは短く細いが、先端に宝石が埋め込まれている杖。
もうひとつは細長く、先端に羽飾りがある杖だ。
ウーファンが今まで使っていた杖と近いのは羽飾り。だけど宝石の杖も少し気になる。なんかすごそう。
「ジュエルスタッフは見た目より軽いから取り回しは便利だよー」
「でもお高いんでしょう? 宝石ですし」
「宝石じゃないよこれ?」
宝石じゃない?
宝石について詳しいわけじゃないから自信はないけど、こんなに綺麗な石なんて宝石以外考えられないけども。
「蛙の目玉だよ、これ」
「ウィンドロッドでお願いします」
なぜそんなものを綺麗に加工したのか。正直知りたくなかったかもしれない。
「持ち手部分の太さはこのままでも大丈夫?」
「あー……たぶん大丈夫です。使うのは私じゃないですけど、たぶん」
「あとこれ。ちょっと振ってみて」
渡されたのは刃の部分にルーンが刻まれている短剣。たぶんサンクトゥスだと思う。
「柄が太すぎたりしない? 振った拍子にすっぽ抜けたりしなさそう? 明日の朝までには間に合わせれるから遠慮なく言ってね」
「たぶん……大丈夫かと……」
「たぶんってさっきから多くない?」
仕方ないじゃないか。だって短剣なんてまともに振ったことがないんだし。投刃用ナイフは別だ。
「違和感を覚えたらすぐ言ってよー? とりあえずこのまま渡すけどさ」
「はーい」
ついでに投刃用ナイフを何本かもらう。
やっぱり薬品までは渡すわけにはいかない模様。
「それにしても、すごいよねー」
「何がです?」
「冒険者に大事な仕事を任せるならてっきりワールウィンドのダンナが任されると思ってたんだけどさ。キミたちがダンナを押しのけて任されるなんて、破竹の勢いってやつだね!」
杖を布で包みながらそんなことを言われた。ワールウィンドさんのことは何も聞いていないのだろう。
「……ワールウィンドさんは、日ごろニヤケ面ですから今回は外されたんですよ」
「あー、たしかにそうかも。でもダンナはフラフラしてそうだけど、イシュさんも不安なところ多いからなー」
「あの人は我が道を行くタイプですからねぇ……」
購入を決定した武具を二人で持ちながら工房の入口へ移動する。
最近金銭感覚がおかしくなっていたのかもしれない、とそれぞれの値段を頭に浮かべてはため息が少し。
宿を節約のためと大部屋にしてて本当によかった。それぞれ個室にしてたら財布がからっぽになっていたかもしれない。
今回の件が終わったら、報酬は術式書ではなく金銭にしてもらおう。
入り口ではイシュが壁に立て掛けられている武器を眺めながら待っていた。
「お待たせー。イシュさんは今までと柄のサイズ同じで大丈夫だよね?」
「うむ」
ファルシオンを受け取り、代わりにボス熊の剣を引き渡すイシュ。三本も剣はいらないということだろうか。
「今回の購入の足しにせよ」
下取りということだろうか。なんにせよボス熊剣はとうとうお役御免なようだ。
長い間お疲れ様である。最後に財布の足しになってくれるなんて、本当にありがたい剣だ。
しかしボス熊剣の値段はひどく安く、大した足しにならなかった。
次回も平和回。
迷宮で拾う装備? 知ったことか!
というわけで装備が新調されました。