空を飛ぶノアの前にも後ろにも、気球艇が並んでいる。
金剛獣ノ岩窟までは大所帯の空の旅である。どこかの気球艇にギルド長がいるのだろう。
ちなみにノアには交易長と辺境伯が乗っている。
「結構安定した飛び方じゃねぇか」
「当然だ。我の腕にかかればこのレベルの気球艇など、玩具に等しい」
と、操舵しているイシュと楽し気な交易長。
「アルメリア君、困ったことにマルゲリータがもよおしたようで……トイレはどこだろうか?」
「え、ええ……そんなの備えてませんよ!?」
「なんと……」
「なんとか耐えさせてください!」
こんな時でも犬を連れてきた辺境伯と、落ち着きがない状態のマルゲリータちゃん。
「……何故こうも緊張感がないのだ」
「イシュー! マルゲリータちゃんがー!!」
「あ! 辺境伯! いくらあんたの犬でも気球艇になんてことしてんだ!」
「す、すまない……」
「本当にこいつらは……なんともやかましい……」
新しい杖に慣れるためにと一人瞑想をしていたウーファンが、心底面倒くさそうにつぶやいた。
マルゲリータちゃんの排泄物は掃除用の雑巾と汚れた布で包むこととなった。
「なんとも気の抜けた話であるな……」
金剛獣ノ岩窟でキバガミさんと合流後、彼が放った第一声がこれである。
ゴンドラから漂う臭気について説明したらこれである。
「締まりのない話で申し訳ない。あなたがイクサビトの代表、キバガミ殿ですね?」
「いかにも。拙者はキバガミ。イクサビトを率いる者なり。お主は、見たところ冒険者とはまた違った身なりのようだが……貴殿が人間の長、辺境伯殿か」
随分とご機嫌なマルゲリータちゃんを横目に辺境伯とキバガミさんが挨拶を交わした。
「はい。あなたの里については彼らから聞いております」
「我らは巫女殿に恩がある身、イクサビトは巫女殿のためにも貴殿らに協力を申し出たい」
「ありがたい申し出……感謝いたします」
少し前までのゴタゴタが嘘のように真面目な雰囲気で二人話し合っている。そのまま今日の話し合いでの動きについてキバガミさんを交えて改めて打ち合わせを開始した。
もっとも、私たちにとっては出発前に聞いた内容と一緒だ。キバガミさんへの説明が大部分の意味を占めた話である。
「では、拙者もイシュ殿たちと共に護衛としてついていっても構わぬだろうか」
「大人数にならなければ恐らくは可能だと思うし、私は構わないのだが……イシュ、君はどう考えるかね?」
「……誰がいようと変わらぬ。ゆえにいようがいまいが、どちらでも構わぬ」
少し返答に間があったが、いつも通りの答えである。
以前キバガミさんと何かあったようだから反対するかもと少しだけ思ったけど。
「おーい、そろそろ谷を抜けるぜ!」
操舵していた交易長が少しテンション高めで言った。
状況が緊迫していても、新天地というのは人を惑わせるものなのかもしれない。あの人なんか浮かれてそうで不安だわ。
前回見た時は三隻の軍艦がお出迎えしていた世界樹の麓の大地。
今回は一隻だけが砲口を向けてのお出迎えである。
【辺境伯はおられるか。疑うわけではないが、念のため甲板にお姿を見せてもらいたい】
指示通りに辺境伯が甲板へと、軍艦から見えやすい位置に立った。
【……確かに辺境伯の特徴と一致しているな。ではここより東にある建物に向かってくれ。そこで我らの主が貴殿に説明される】
「変な動きをしたら撃ち落とすって感じだな……」
「今は従う他あるまい……」
東には年季の入った建築物があった。隣には軍艦が一隻着陸している。その上空にはまたも黒い軍艦。
「それじゃあ着けるぜ……辺境伯、気合入れていけよ。ニーズヘッグは変なことしすぎんなよ」
「任せたまえ」
交易長と辺境伯がキリっとした雰囲気でやり取りしている中、キバガミさんが何とも言えない表情で私に声をかけてきた。
「……ニーズヘッグというのはお主らのことだな? お主ら、日ごろから妙なことをしているのか?」
「キバガミさんも今は私たちと同じ変人の仲間入りですね」
「なんと……」
シウアン奪還の間だけだろうけどもキバガミさんも仲間入りである。
メンバーは常識のない高圧的イシュ、高慢なウーファン、平凡な火の印術師の私、ちゃっかりものな世界樹の巫女シウアン、そして脳筋っぽいキバガミさんだ。
私が気絶しているときに起こそうしたあの馬鹿力は忘れてなどいないのだ。
話し合いの場の建物は所々風化しているようだが、崩れる雰囲気は微塵も感じさせない。手入れが行われているようには見えないが、こういうのも歴史的建造物というのだろうか。
建物の入口には青銅の全身鎧の兵士がいた。
その背中には見たことのない大きな剣がある。
「タルシスの代表者、辺境伯ですね。お連れの方々もどうぞ中に」
そう言って扉を開けた。中は多くの本棚が並べられているのが見えた。ここは図書館だったのかもしれない。
「俺は留守番だ。いつでもノアは飛べるようにしとく」
「わかりました」
交易長の発言を聞いても兵士は特に動かない。
目の前でこのやり取りって不味いんじゃと思ったけど、気に留めるほどじゃないと思ったのだろうか。それだけ話し合いが決裂しないと確信できているのか、微々たる抵抗とでも思っているのか。
「ここは、図書館のような施設に見えるが……」
辺境伯の感想に答えたのは入口の兵士ではなく、私たちでもなく───
「ここはかつて学び舎だったそうだ。もっとも、帝国が建国するよりもさらに前の時代の話だ」
黒い鎧に身を包み、背中には大きな剣、いつもは何の手入れもされてないような白髪の頭髪は、今は整髪剤でオールバックに整えられていた。
だけど、口元には変わらず無精髭が生えていた。
ああ、もう。
いつものヘラヘラした雰囲気はどこにいったのだ。親しみやすいだらしなさはどうしちゃったのだ。
「ワールウィンド、貴様……! シウアンを返せ!!」
「ウーファン止まって! 今は落ち着いて!」
私も言い寄りたい気持ちがあったけど、その前にウーファンが暴れだしたおかげでなんとか堪えれた。
暴れるウーファンを私とキバガミさんで抑える。キバガミさんの常識人ポイントアップである。
「ワールウィンド……」
「辺境伯殿、こうして会合の場に足を運んでいただき感謝します」
「……らしくないじゃないか。いつもの君ならそんな形式張った挨拶などせずに───」
「余の騎士ローゲルは、その姿こそが本来のものである」
聞きなれない声が間に入ってきた。
その声は、この場にそぐわないと思えるような少年の声だった。
「よくぞ参られた、辺境伯。余はバルドゥール。皇帝アルフォズルの長子、皇帝の代理人である」
ワールウィンドさんや他の兵士と似たような鎧を身につけた少年は凛とした佇まいのまま話す。
皇帝の長子、ということは皇子。
整えられた白髪の一部が栗色になっており、若々しさを感じる大きな瞳。見たところ、歳は多く見積もっても10代後半といったところか。その若さで皇帝の代理人を名乗るとは。
「貴公ら人間の同胞と再会できたこと……帝国の代表として、心より嬉しく思う」
「前置きはいい。巫女はどこだ」
「……貴公は? いや、貴公がイシュか。ローゲルから話は聞いている。古代の人間だと」
「我が問いに答えよ。巫女はどこだ」
イシュの態度に入口の兵士とワールウィンドさんが剣に手を掛けたのが見えた。
それらを抑えるように皇子は手のひらを向けて言った。
「よい、手を出すな。巫女はここにはいない。別の場所にて来賓として扱わせてもらっている。無下な扱いはしていないことを約束しよう」
「イシュ、抑えたまえ。我々は争いに来たわけではないのだ」
「正式な話は奥で行いたい。辺境伯よ、こちらに」
「我にもその話を聞かせよ」
イシュの言葉に僅かに沈黙が流れた。
いくらよその国とはいえ、皇子相手にあの物言いはそう滅多にないのだろう。だけど今はあの物怖じのしなささは本当に頼りになる。向こうのペースにならずに済むのだ。
「イシュ、殿下の───」
「よい、ローゲル。許可しよう。だが多く交えて話をするつもりはない。よってそこのイクサビトとウロビトは待っていてもらいたい」
どうやら辺境伯から引き離されずに済みそうだ。
だけどウーファンとキバガミさんは留守番。キバガミさんはあの見た目から、どう見ても武闘派という感じがわかるからそばにいてほしくないとしても、ウーファンは……まあ興奮しっぱなしだし話し合いの場にいても騒ぐだけになりかねないからだろうか。
「ローゲル、お前も会合の場に。よいか、辺境伯よ」
「ええ、構いませんとも。それとマルゲリータも連れても?」
「う、うむ。ではついて参れ」
マルゲリータちゃんに少し戸惑った様子を見せたが快諾してもらえた。そのまま彼は奥の部屋へと向かった。
その後に続くようにワールウィンドさんが、そして辺境伯とイシュが進む。
「アルメリア」
「はい?」
私も行こうとしたらウーファンに呼び止められた。
「幽谷でのことを覚えているか」
「は、はい? まぁ忘れようがないですけど」
「私たちは外で待っている。必要なときは同じことをしろ」
そう言って小さな物を渡してきた。周りに見えないように。
「……これ」
何か言う前に扉に向かって押される。
これ以上話すことはないということだろう。それと同時に入口が開き、外から全身鎧の兵士が何人も入ってきた。
「私はキバガミとともにここで用意して待っている。わかったな」
「……はい」
「拙者には何が何かわからんのだが」
「貴様は私を守れ」
キバガミさんだけ置いてけぼりだけど、説明している暇はない。
あとはウーファンに任せよう。私は締め出される前にと奥へと向かった。
奥の部屋の景観は先ほどと全く変わっていないと言ってもいい。部屋の中央に大机があり、それがなければ壁のように並んでいる本棚である。
ちょっと本が多すぎではないだろうか。学び舎というよりやっぱり図書館だ。
どうやらみなさん待っていたらしく、まだ話は始まっていないようだった。
皇子を待たせた一庶民って結構やばい。
「さて、まずは改めて紹介しておこう。余の忠臣たる騎士ローゲルだ」
「はっ」
紹介を受けたワールウィンドさん、いや、ローゲルさんだろうか。本当の名前は。
「ローゲルは10年前、皇帝アルフォズルと共に結界越えを行った。そしてタルシスにて名を変え、使命を果たしてくれた」
「……いくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」
「構わない。貴公の問いに答えよう」
「ワールウィンド……いえ、ローゲルの使命とは何か聞かせてほしいのです」
「ローゲル」
辺境伯の問いに対して、そばに控えていたワールウ……ローゲルさんに答えるように示した。
「課せられた使命、それは世界樹の起動に必要な三つのアイテムを見つけ出すこと」
世界樹、三つのアイテム。
真っ先に浮かんだのはイクサビトから聞かされた伝承。その中の巨人の不死の象徴である三つのアイテムだった。
巨人の心臓と心、それと冠。
心臓はシウアンが持っていた。心はおそらくシウアンのこと。冠は……なんだろ。
三つのアイテムについて聞く前に、ひどく冷たい声が聞こえた。
「愚かな……世界樹の起動だと? 汝ら、何を考えている」
千年前にも世界樹の起動を目にしたイシュだ。
祖国が世界樹に呑まれていくのを見たと語ったイシュは、その恐ろしさを深く知っているのだろう。
「帝国は荒れ果てた大地にある。作物はまともに育たず、周囲は魔物も多く存在する地だ。さらには世界樹の呪いの影響も少なくない。それらを打開するためには世界樹の力が必要だった」
「世界樹の力があれば確かに荒れた大地であろうと緑は生まれよう。だがその緑は汝らの国をも……いや、この大陸すらも塗りつぶすものだ。全てを巻き込み自ら滅ぶつもりか」
イシュとローゲルさんがにらみ合う中、補足するように皇子も口を挟みだした。
「千年前から存在する古代の者よ。貴公の言い分は余もわかっている。だがそれは、世界樹が暴走すればの話」
「汝らごときが、世界樹を制御できるとでも言うのか」
「できる。そのために我ら帝国はあらゆる努力を重ねてきたのだ」
「思い上がりを───!」
「イシュ! 抑えたまえ!」「落ち着いてイシュ!」
「っ…………糧になりえぬだろうが、続きを話せ」
席を立ちかけたが、ぎりぎり思いとどまってくれたようだ。
腕を組み話を聞く姿勢を見せた。
それを見て、同じく席を立って武器を抜きかけたローゲルさんも座り直し、説明をしだした。
「世界樹の起動には三つのアイテムが必要だ。それはウロビトが守る巨人の心たる世界樹の巫女、イクサビトが祀る巨人の心臓。そして、タルシスに受け継がれていた巨人の冠」
タルシスに冠があるなんて聞いてない。
確認するように辺境伯を見たら、なんか「あっ……」って感じの顔である。ものすごい心当たりありそうな顔である。
「へ、辺境伯……?」
「う、うむ……家宝として硝子細工の冠があって、気球艇の進展の功績としてワールウィンドに渡したことがあるな……」
「だ、大事なモノなのに!?」
「し、知らなかったとはいえ、すまない……」
マルゲリータちゃんが辺境伯の腕元を蹴って私の胸へと跳び込んだ。なにかと思ったら顔をやたらとペロペロと舐められた。
普段そんなことしないくせに、可愛さで主人を守ろうというのかこの子は。
「ま、マルゲリータちゃん、やめなさい! やめなさい!」
「アルメリア君から離れなさいマルゲリータ!」
「くくっ……」
ぐだぐだ雰囲気を纏いつつあった私たちの耳に、ワールウィンドさんの頃のような、聞きなれた雰囲気の笑い声が入ってきた。
「……殿下の前で失礼しました。辺境伯とその付き人よ、話を戻しても構わないだろうか」
だけどその雰囲気も一瞬で霧散し、帝国騎士としての顔が戻る。
「世界樹の起動。それ自体は巨人の心臓だけでも可能だ。心と冠、この二つは巨人の制御に使われる。巨人の冠を携えた者の言葉を、心が聖なる言葉に置き換え世界樹へと囁くことによって制御が可能となる」
「……イシュ、私は世界樹について君ほど詳しくない。今の話は事実だろうか」
「この地の世界樹は制御に力を注がれていた。ゆえにある程度は事実だろう。だが……」
私たちの中で一番世界樹に詳しいのはイシュだ。
イシュもこの地の世界樹については特別詳しいわけではないにしても、一番参考になる人物。
そのイシュが、今の話に異を唱えた。
「この地の世界樹は一度暴走している。各種族に伝えられた伝承がそれを物語っているではないか。伝承では、心臓、心、冠を揃えて起動したのだろう。にもかかわらず聖樹の護りとやらが起きたのだ。その点はどう説明するつもりだ」
「それは……」
ローゲルさんが言い淀んだ。
反論ができないこと。つまり、世界樹の起動はやはり危険ということだ。
「その点も問題ない」
言い淀むローゲルさんに代わり、皇子が言った。
その場しのぎのような、迷いのある言い方ではない。確固たる自信を持っての物言いだった。
「殿下……」
「ローゲル。お前がいなかった10年の間、計画を洗い直した。ここからは余が説明しよう」
「はっ」
暴走の問題をローゲルさんがいない間の10年で解決したということだろうか。素直に凄いと思う。
イシュの方をちらりと盗み見る。無表情に腕を組んでいるため、何を考えているかよくわからない。怒ってないか不安だったけどさっぱりだ。
「世界樹……巨人の制御というのは向かう先を決めれる程度のものである。行き先を聞かせるために、冠を携えた者は巨人のそばにいる必要がある。しかし巨人は呪いを振り撒く。冠を持つ者も例外なく、呪いを受けて草木と変わる。冠は巨人に回収され、制御できる者がいなくなり暴走したのが伝承の正体だ」
説明を受けて、辺境伯が言葉をあげる。
「……では、指示を出してはすぐに距離を取り、接触を最低限に抑えれば良いと?」
「馬鹿らしい。大地を浄化するために起動するとなれば、呪いの力は最大限に発揮される。距離をとる前に辺り一帯を植物へと変えるだろう」
「イ、イシュ。言葉をもっと優しく……!」
これはイライラしてそうだ。最初に愚弄する言葉が出てきたあたりが特に。
冠を持つものは巨人のそばにいないと言葉を聞かせれない。そばにいれば呪いを受ける。
草木となる前までは制御できても、草木に変貌すれば制御を失う。
距離をとる前に草木に変えられるということは、よくて数分? たった数分は制御できるなんて、制御と言えるものなのだろうかそれは。
しかし皇子の話はまだ終わっていない。
「冠を携えた者の死は世界樹の暴走に繋がる。冠には長く生きてもらわねばならない。そのために、ウロビトとイクサビトの力を用いる」
「……? 彼らの力で何が変わるのですか?」
「ウロビトの扱う結界は呪いに抵抗できるものだ。伝承で巨人に立ち向かえたのもウロビトの力あってのもの。そしてイクサビト。彼らは強靭な肉体、そのため生命力も強い。その肉体をウロビトの術によって守る。冠を持たせてな」
「ふむ……かなり危険ではあるが、呪いを受けたとしても完全な草木と変えられなければ、後に巫女殿に治してもらうことが可能、か」
辺境伯の言葉。
それを否定したのはイシュではなく皇子だった。
「それは無理だ。世界樹の巫女は巨人に取り込まれることとなる。ゆえに呪いを治す手段はない。彼らはすべてが終わり次第、呪いが広まる前に処分する。その前に結界が持たずに草木と成り果てるとは思うが」
──────なにそれ
「殿下、何を───」
「ふざけるな!!」
辺境伯の怒号が部屋に響く。
荒れる辺境伯に対し、皇子はまるで言い聞かせるように言った。
「辺境伯よ、ウロビトもイクサビトも、我ら人間の祖が人間の手助けとなるように創りし種族。ならば我らのために犠牲になってもらうのも、彼らの役割であるぞ」
「犠牲になる役割などあるはずがない! あってなるものか! 彼らは私たち人間と変わらない。家族がいる。仲間がいる。私たちと同じくこの地に生きているのだ!」
「タルシスは今でこそ豊かな地なのだろう。だがいずれ帝国と同じく荒れた大地となるだろう。そうなる前に、我らが手を取り合わさず何とする? 理想郷を作るためにも貴公には理解してもらいたい」
「私には理解などできない……屍の上に築く理想郷にどんな価値がある!」
皇子は辺境伯の様子から説得は無理と判断したのか、ため息を小さくつきながら言った。
「貴公にはより詳しい説明が必要と見える……ローゲル、辺境伯をお引き留めしろ。護衛の判断は任せる」
「……はっ」
一瞬だけローゲルさんが戸惑った気がした。だけどすぐさま席を立ち、背中の大剣を素早き抜き放った。
その斬撃の先にいるのは、
「剣とは言い難いものだな。このような粗末なもので、我を倒せるとでも思ったか」
イシュは迫り来る大剣を右腕で受け止めた。
……いや、そこは剣で受け止めてほしかった。
「……君の腕は切り離しが可能だったか」
「それがどうした。だからといって、重量に任せた剣で我の腕を断つことなどできん」
「少し試してみるか」
ローゲルさんの剣から、低く響く駆動音が鳴りだす。
その刀身は震えだし、熱を持ちだしたのか変色しだした。
「辺境伯、こっちに! イシュ! 剣から術式が! 離れて!!」
術式が漏れ出ていた。道具に術式を込める方法もある。起動符にあたるものがそれだ。並大抵な術式ならイシュに対して効果はない。
そのことを、ローゲルさんは知っている。にもかかわらず術式を起動するということは───
危険な予感がしたので辺境伯を二人から遠ざける。いつの間にか皇子は部屋から出ていったようだ。
離れて、という言葉を聞き入れてくれたのか、イシュがローゲルさんを蹴りつけた。それと同時に駆動音が一気に高くなり──────
「ぐっ……!」
「ひょあっ!」
──────轟音のような粉砕音が部屋中を響き渡った。
立ち上がる土埃によって、よく見えないが人影が二つ。硬質的な音を立てているということは、戦っている。
「いつものように余裕ぶって受けないとはな……」
「つけあがるな!」
土埃が晴れた先に見えた姿は今までに見たことのないものだった。
ローゲルさんの剣は高温を帯びたように赤熱していた。
一方でイシュの右腕は繋がっている。繋がってはいるが、その中身が完全に露出していた。
──────肉を抉られた。
銀色の骨のようなものだけで体と辛うじて繋がっているが、まともに機能していないのか右腕は使わず左手のみで応戦している。
「イシュ! 撤退しましょう!!」
「殿下の命令だ。逃がしはしない!」
「汝ごときが、我を止めれるものか!」
ダメだ、イシュが暴走気味というのもあるけど、撤退の余裕がなさそうである。
イシュの手助けをと思い印術を起動しようとして、ウーファンから渡された物を思いだした。
『私はキバガミとともにここで用意して待っている。わかったな』
きっとそういう意図なのだろう。
用意は済んでいるはずだ。時間はかなりあったはずだし、大丈夫。
これで違う意図だったら全力で文句を言ってやる。そう心の中で呟きながら思いっきり息を吸って
───渡された白い笛を全力で吹いた。
「アルメリア君!?」
突然の私の奇行に反応したのは辺境伯だけだ。戦っている二人は余裕がないようである。
辺境伯が何かを言う前に、地面が白く輝きだす。合図に応えた証。
「これは……! くそっ!!」
地面の異変に気づいたローゲルさんは跳びはねるように退き、地面に足をつける前に剣を床に突き刺し、それを足場にした。
「この部屋にまで届く方陣を準備していたとはな……」
足蹴にしている剣をいじりながら忌々しそうに方陣を見るローゲルさん。
まさか封じるの失敗したとかだろうか。ウーファン何やってんの。
だけど地に足つければきっと封じる、はず……。方陣を知られていたからいち早く反応されたのだろう。
足場が制限されたローゲルさんは迫るイシュの攻撃を凌げない。
攻撃が当たる前に足の剣を蹴り、今度は本棚へと飛び移る。猿か。
「さすがに分が悪い。悔しいがここは引かせてもらう」
「汝の言葉を返すとしよう。逃がしはしない、とな」
「いいや、逃げるさ」
地面に足をつけずに逃げれるとは思えない。
だけど妙に自信がある姿が嫌な予感をまたも誘わせる。
途端にまた聞こえてきた駆動音。
あの剣はローゲルさんの手元にはない。イシュのそばだ。
またも刀身は振動しながら発光し、術式が起動している。手元から離れても爆発する───?
「イシュ! そこから離れて!!」
「───むっ!?」
「次に会う時は容赦しない」
先と比べ、より強大な爆発音。
しばらく耳鳴りが続き、ようやく落ち着いたころにはローゲルさんの姿はなかった。
「イシュ!」
代わりにあったのは、爆発の被害を最も受けたイシュの───
「…………服、脱げたんですね」
見事な裸だった。
背中が抉れているが、前は無事だ。だけど服は完全に吹き飛ばされ、そりゃもう裸だった。
ていうか本当に人間にしか見えないけど、機械の体なんだよね。抉られた箇所見なかったら裸の少女だよ。
「武器を暴発させるとは……」
「イシュ、大丈夫なのか? その傷は……」
「数時間もすれば再生する。それまで少し動きが阻害されるが問題ない」
出鱈目再生力である。
少し落ち着いたが、部屋の外からは怒号が聞こえてくる。
ウーファンとキバガミさんが戦っているのかもしれない。そっちにも向かわなきゃ。
扉を開けた先には───
方陣によって身動きが取れなくなった帝国兵を申し訳なさそうに一人ずつ気絶させていくキバガミさんと、方陣に集中しているウーファン。
身動きが取れない状態でせめてもと、卑怯者ーとののしり精神的ダメージを与えようとしている帝国兵たちだった。
「お主ら、無事か。すぐにノアに戻ろうぞ! なんというか、心痛む戦いで辛かったのだ」
「やっと戻ってきたか。ここにシウアンはいない。ならばこんなところに用はない」
「あ、うん……そっすね」
こうして、会合は終わりを迎えたのだった。
シウアンは取り戻せないまま、決裂という形。
一方的な展開をして申し訳なさげなキバガミさんと、不機嫌そうなウーファン、裸のイシュ。私と辺境伯という奇妙な心境と状況のままノアへと戻り、ひとまずイクサビトの里まで戻ることとした。
初戦からドライブぶっぱ。暴発ぶっぱ。
あと書いてて思ったのは、やっぱり方陣は発動すると小説だとチートです。