「その様子だと、展開は悪い方向に転がったようだな……」
金剛獣ノ岩窟、イクサビトの里まで戻った私たちを見たギルド長の言葉である。
あの時のウーファンの方陣は部屋だけでなく、気球艇にまで届くほどに広げられていた。そのためノアに対して攻撃は受けていない。空に待機していた軍艦は皇子とローゲルさんを乗せて北へと行ったとは交易長の談だ。
「彼らの提案した意見は到底受け入れがたいものだった」
辺境伯は会合であった話について、その場にいなかったギルド長と交易長、キバガミさんとウーファンに説明しだす。
その間に私はイシュの服をどうにかしよう。体の再生はできても服はできないだろうし。
イクサビトの寝所を貸してもらい、イシュにはそこで横になっててもらう。
「一応確認ですけど、服は再生しませんよね?」
「うむ」
堂々とした返事である。
服など不要だ、とか言ってごねてこなくてよかった。そこに羞恥心も付け加えてくれたら完璧である。
イクサビトも鎧とか服を着ているし、余った布や服を譲ってもらえたらいいんだけど。あ、キバガミさんに頼もう。話が終わったら頼もう。
いかん、やることがなくなった。
「……イシュ」
「なんだ」
「彼らの言ってた計画、イシュはどう思いますか?」
会合での話は辺境伯たちが今やっている。
その話に参加すればいいのだが、その前にイシュの意見を聞いておきたく思えた。
シウアンとウロビト、イクサビトの犠牲を前提とした世界樹の起動計画。
「馬鹿げた計画だ」
はっきりと示された否定の意見にほっとする。
あの皇子はウロビトとイクサビトは人間のために創られた種族と言った。それに賛同してしまうんじゃないか、という不安があったのだ。
「あの者たちは世界樹に幻想を抱き過ぎている。アレは厄災だ。自ら厄災を起こすなど愚かにもほどがある」
……ウロビトとイクサビトを犠牲にするのが許せないから、という理由ではなさそうな反対の仕方がちょっと不安だ。
だけど変にその点を尋ねて藪蛇となっては嫌だしそっとしておこう。
「でももう計画は阻止できましたよね。伝えることができましたし」
あの会合から抜け出すことができたおかげで、ウロビトとイクサビトの各種族に計画を伝えれた。だから帝国の計画が成就することはなくなった。
あとはシウアンを取り戻すだけだ。
「まだだ。世界樹の起動のカギとなる存在がまだ向こうの手の内にある」
「はい、辺境伯もこのままにはしないはずです」
「絶対に世界樹の起動を許してはならない。すぐにでもあの者どもに我が神罰を下してくれる」
「はい、もうちょっと寝ててくださいねー」
やる気がどんどんと満ちてきたのか、体を起こして動き出そうとするイシュを引き留める。まだ裸なんだから。服が手に入るまで待っていてほしい。裸で恰好をつけられてもダサいのだ。
「もう体は再生した」
「全裸だといくらイシュでもちょっと……かなりダサいですし」
「む……」
「今はここでゆっくりしててください。キバガミさんからイクサビトの余った鎧か服を譲ってもらえないか聞いてみますから」
辺境伯たちの話が終わるまで待っていようと思ったけど、こちらから出向くことにしよう。
ダサいという言葉は自尊心がちょっと傷ついたのか、大人しくなったけどもいつまで持つかわからない。
……そういえばキバガミさんも、辺境伯も交易長も、果てはギルド長もイシュの裸を見たわけだけど、何のリアクションもなかったのはいったい……
ひょっとしてイシュは外見すら女の子扱いを受けていないのでは……深く考えるのはよそう。
キバガミさんを求めて里の広間に戻る。
広間では絶賛話し合い中だった。
「万が一辺境伯が捕らえられてたら、知らず知らずのうちにワシらは計画に協力させられていたかもしれんな……」
「でもよ、辺境伯に計画を正直に話す理由なんてなくねぇか? 帝国の皇子がどっかのボンクラみてぇに頭のネジが抜けてるって言うなら別だけどよ」
「計画が成された場合、犠牲になるのは我らイクサビトとウロビト。騙されたという事実が今後の付き合いに響くと考えたからではないか?」
父さん、母さん。
真面目な話し合いの最中に服ください、と言いに行く度胸を私にください。
「もしもの話はそこまででいいだろう。シウアンは未だ奴らに捕らえられているのだ。シウアンを助け出すことに集中すべきはずだ」
「それもそうか」
お、話が切り替わるタイミングが訪れた。
ここを逃せば時間がかかる。今しかない!
「キバ───」
「ギルド長! 偵察に行った方々が戻ってきました!」
「おお、そうか。全員無事だったか?」
「ええ、大丈夫そうでしたよ」
ああっと!!
元気のいい兵士に私の言葉はかき消されてしまった。
偵察ってなにさ服より大事なのかそれは。
普通に大事そうだ。
「偵察? ギルド長、何かしていたのかね?」
「ウム。辺境伯らの会合の結果を待つだけではと思ってな。絶界雲上域の地理を調べさせていた」
そこで広間に何組か団体が戻ってきた。
見知った顔ばかりなのは、金剛獣ノ岩窟で足止めを食らった仲だからだろうか。
「お前たち、全員無事だな。良く戻ってきた!」
「ええ、気球艇も問題なく飛べたよ」
「帝国の軍艦が飛んでいて一部調べることができなかった。わかった範囲内はこの地図に」
ウィラフさんとキルヨネンさんが地図をギルド長に渡した。
キルヨネンさんが書いた地図はちょっと見てみたい。優雅な人の書く地図なのだ。きっと上品で綺麗な地図に違いない。地図書きとしては参考にしたい。
ちょっとした好奇心と使命感に駆られ、さりげなくギルド長の斜め後ろに移動する。
広げられた地図は想像と違うものだった。
「ウィラフさんの地図?」
「え? あ、うん。そうだけど、どうしたのアルメリア?」
「いや、ちょっとがっかりしちゃっただけで……気にしないでください」
「……気になる反応をありがとうね」
ウィラフさんの地図は雑ってわけじゃないんだけど、色合いとか線の太さとかとかがちょっと私と合わないのだ。キルヨネンさんの地図が見たかった……
「ふむ……水道橋に囲まれた場所が白紙だが、ここに軍艦がおったのか?」
「はい。最初は二隻だけでしたが、途中から会合場所から二隻合流しました。計四隻の軍艦が東西南北を見張るように飛んでいます」
「途中誰かそこで降ろしてたから、その中で何かしているのかも」
なんというかそれは、
「あからさまだな……」
大事ですと言わんばかりの配置。
補足するようにキルヨネンさんが説明を続ける。
「それ以外の建築物は南東に一つ、西に一つ。それぞれ会合場所と似たような建物だった。そこは放置しているのか軍艦も帝国兵の姿もなかったよ」
「ふむ……む? 北東についている印はなんだ?」
「それは……」
「あー、それよくわからなかったんだよね」
言いよどむキルヨネンさんに代わり、今度はウィラフさんが答えた。
「なんだか魔法陣みたいな変な絵があってね、その中央に石像が置いてあってさ。何かあるとは思うんだけどよくわかんなくて、とりあえず書いておいたってわけ」
地図に書いてあるメモには『翼のある石像、竜?』と自信なさげに書いてある。
「竜の石像、ですか」
「私は見たことない形のね」
竜殺しの家系のウィラフさんが知らない竜の形の石像。気にはなる。
気にはなるけど、
「状況が状況でなかったら調べたいものだな……となると、目ぼしい所はやはり水道橋の中央か」
辺境伯の言う通り、この状況じゃ調べるのは後回しだ。
「相手さんは皇子自ら出てきてるってことは、護衛は必須だよな。あからさまでも本命なんじゃないか?」
「ウム。それに罠であろうと挑むしかあるまい。こうしている間にも巫女殿がどのような目にあっているか……」
「……会合の結果、敵対したって感じ? ってことは魔物相手じゃなくて国になるんだよね」
ウィラフさんとキルヨネンさんはそういえば状況を把握していなかった。だけど話の流れからわかったのだろう。頭を抱えながらぼやいた。
そんな彼女に声を掛けたのは辺境伯だ。
「いや、彼らと戦うつもりはない」
迷いのない断言。
その瞳は決意に燃えているかのようだ。
「彼らの生活圏は追い詰められているらしい。だからこそ、今回のような強硬手段に出たのだろう……」
「っても向こうはやる気満点だしな……ん? そういやなんでだ?」
「港長、何か気づいたのかね?」
頭を捻る交易長は何かが引っ掛かったようだ。
問われて疑問に思ったことを口にしだした。
「こうして俺たちに計画がバレたんだ。もうウロビトもイクサビトも協力なんてするはずがないだろ? なのに向こうは見張るように軍艦を飛ばしてる。その理由がわからねぇ」
「そんなもの、シウアンを手放したくないからだろう……」
「そりゃあんたの話だろ。他の理由として、呪いを解くためにってならわかるけどよ、それなら警戒する理由もねぇ。計画は諦めるから呪いの件だけは協力してほしいって頼めばいいだけだ」
一蹴されたウーファンは置いておいて、交易長の疑問。
向こうにはこちらのことを知っているローゲルさんがいる。呪いを解くためならこちらも協力するという予想は難しくないはずだ。いくら計画が非人道的なものだったと露見したとはいえ、呪いに関してはまた別と考えるのが難しかったのか。
この疑問に対する答え、というか予想は、それまで静かだったキバガミさんから出てきた。
「……計画を実行するつもりなのかもしれん」
「む? だがウロビトもイクサビトも協力はしないはずだが」
「自分たちだけでも計画を実行することはできるはずだ。地図を見たところ付近に人里はない。自国の民を巻き込まず、民の利益となるために自らを計画の礎とする。追い詰められているのであれば、拙者ならそうしていた……」
沈黙が訪れる。
10年タルシスで活動していたローゲルさんが強硬するほどということは、10年前から帝国はピンチだった。ずっと細々と生きながらえていたとすれば、愛国心が強ければ計画を行う可能性がある。彼らの気持ちの強さはここにいる誰もわからない。だから、誰も今の話を否定できない。
「……だが彼らだけでは制御ができない。自国を滅ぼしかねない行為だ」
「僅かな時間は制御が可能ならば、自国に被害がでないように、巨人の進行方向を示すだけでいいのだろう」
「……世界樹より南へ、最果てと呼ばれる地に巨人を進めれば帝国に被害はない、ということか」
わなわなと震えながら辺境伯自身が辿りついた結論は、あんまりなものだった。
しばらく目をつぶり、天井を仰ぎ見るようにしたあと、咳ばらいを一つ。
「彼らの目的がどうであれ、我々のやるべきことは変わらない。巫女殿の救出が最優先だ。それが彼らの計画の阻止にもつながる。重ねて言うが、彼らと戦う必要はない」
「戦う必要はないというが、お主の街にも被害を及ぼしかねないのだぞ」
「そうですな。だが彼らと争ったところで何も実らない。彼らの抱える問題、それを解決しない限り遺恨が続く。問題を解決するためにも手を取りあう必要があるはずだ」
「だが───」
「キバガミ殿。これがワシらの大将だ。髭面が似合うようになっても心は青臭い輩でな」
ギルド長の発言に対して、辺境伯は見せつけるように髭を撫でながら笑った。
髭二人がちょっと濃いです。
「そんな青臭い輩だからこそ、ここまで来れたのだとワシは思う。であれば、ワシは辺境伯の理想に尽力するまで」
それに、と続ける。
「先を見据える力はこの男が一番だからな。ワシら武闘派は、難しいことを考えるのは性に合わん!」
「脳筋じゃ───ご、ごめんって!」
ウィラフさんの野暮なつっこみが聞こえた気がしたけど気のせいである。
咄嗟に頭を庇った姿を見るに、ゲンコツをよく喰らってそうだなとか思ってしまった。
「だが辺境伯よ、降りかかる火の粉を払う程度は許してもらえるな?」
「もちろんだとも」
返事を聞くやいなやギルド長は、ここは冷えていかん、と言いながら立ち上がり体を動かしだした。
「アルメリアよ、イシュを呼んできてくれんか? あやつを交えて話がしたい」
「あ、はい……ってそうだ。キバガミさん、余った服とか鎧ってあります? イシュの着替えがなくて」
「あやつに恥じらいなどないだろう」
「そうかもですがギルド長もデリカシーを持つべきです!」
「そ、そうか。すまん……」
あんまりな言い様にデリカシーの欠如を怒鳴りながら指摘する。ちなみにイシュとキバガミさん、交易長と辺境伯も含まれている指摘だ。
「服か。イクサビトのサイズだと合わんだろう。里の者に急ぎ準備させよう」
「ありがとうございます」
「なに、拙者はお主のギルドに所属させてもらっている身。気が効かなかったことに申し訳なく思うほどよ」
簡単な服でもできるまで時間がかかるだろうし、それまでは毛布で体を隠してもらおう。
やや私もデリカシー配慮が足りない気もしたが、時間がないのだ仕方がない。
「辺境伯と港長よ、お前たちはタルシスに戻れ」
「あん? ……まぁ俺がいたところで何もできねぇか」
「いつまでもタルシスを空けているわけにもいかんだろう。ここはワシに任せよ。お前たちはタルシスに残された兵士や冒険者たちに正式な説明をしてやれ」
「……私は諸君に命令権を持っていない。ゆえに、今回の件もミッションとして発令する。無事にことを終えたら、必ず報酬を受け取りに来るように」
周囲に言い聞かせるようにした後、辺境伯は何人かの兵士と交易長と共に去って行った。
ミッション、ニーズヘッグが受けるのは熊騒動以来かもしれない。なんやかんやで協力したことによって報酬をもらったりはしたけど、正式に発令を受けたのは久しぶりというか二度目だ。
熊の時も命の危険があった。今回も当然ある。
しかし、必ず帰るように、という意味を込めた今回の発令。これもしっかりと応えなくてはならないものだろう。
小さな決意とともに握り拳を作り、ひとまずイシュを連れてくることにした。
結局裸ではないか、と文句を垂れるイシュには毛布で体を隠してもらいながら里の広間へと来てもらう。
「イシュを連れてきました!」
「おお、すまんな。では作戦会議といこうか」
辺境伯と交易長がいなくなったとはいえ、結構な顔ぶれである。呼びにいっている間にも人が戻ってきたのか、人口密度が上がっている。
「端的に言おう。ワシらと帝国、正面切ってやり合うのは不可能だ」
ギルド長の消極的な言葉に対し、誰も動揺は見せなかった。
相手は軍艦。対してこちらは武装のない気球艇だ。近づく前に撃ち落とされるのが見えている。むしろここで正面からぶつかるぞ、とか言われたら逆に動揺する。
「そもそも争う必要がない。ワシらの狙いは一つのみ。巫女の救出だ」
辺境伯の希望は帝国とも手を取りあうこと。
帝国とだけではなく、すべての種族と、というレベルである。巫女の救出。ウロビトとイクサビトの無事。帝国との和解。欲張った目標だが、できてしまいそうなのは何故なのか。人柄か、偶然か。
とにかくそれらを達成するためにも、確実にやるべきことはシウアンの救出だ。
「水道橋の中央にある建物を守るように帝国の軍艦が配置されておる。巫女の居場所は其処のはずだ。奴らにとっての計画の要、重点的に守るだろう」
床に地図を広げ、上に軍艦と見立てた小石を四つ置いた。
全員に見やすいように大きい地図を新たに描いたのだろう。
……これ描いたの絶対ギルド長だ。なんでこんなに線からはみ出た地図ができちゃうのだ。神経を疑う。
「建物の中はわからん。だが周辺には魔物の存在も確認しておる。ゆえに中は魔物も蔓延っているだろう」
空には軍艦、地上には魔物、内部は不明。
なんとも困難だらけな前提だ。
「軍艦の目を掻い潜り、内部へと侵入、内部の魔物や帝国兵とも渡り合う力が必要となる」
ギルド長は地図から目を離し、イシュへと、いや、私たちへと目を向けた。
「ワシらは総力をあげてニーズヘッグを中へと送りこむ。今回の肝は、お前たちだ」
ニーズヘッグというギルドが立ちあげられて、まだ一ヶ月も経っていない。いわば新参ギルドだ。
この作戦会議の場にはもっと古くからの、熟練のギルドがいくつもあるというのに選ばれた。
しかし、反対の声はどこからもあがらなかった。
私自身は自信がないが、ギルドとしての自信はすごくある。
イシュを筆頭に、方陣師のすごい人っぽいような気がするウーファンと、イクサビトのリーダーキバガミさん。私はあれだ。火の印術が使える一般人だけど。
「他の者は軍艦の気を引き付けることに専念してもらう。ワールウィンド……あの男が最も警戒していたギルドを奴らの懐に送るためにも頼むぞ」
それぞれが思い思いの返事を返す。
ある者は力強く任せろと胸を叩き、またある者は私たちに、自分たちの分だけ暴れ回ってこいと激励した。中にはワールウィンドをぶん殴ってこいという過激な激励もあったほどだ。
気持ちが昂ってきたのかそのボリュームは膨れ上がっていく。正直うるさいレベルだ。
「落ち着かんか! 今のはまだ方針だけだ。細かい打ち合わせをするから一度沈まれ馬鹿共!」
「細かい打ち合わせなど不要だ。我さえいればどうとでもなる。相手が誰であろうと、我の独壇場だ」
ギルド長のなだめる声もなんのその。それぞれ激しく盛り上がってしまっていたが、イシュの言葉が聞こえた途端何故か静かになった。
冒険者の勘、というものだろうか。今の発言はヤバイという謎の勘が働いたようだ。かくいう私も今の発言はなんだか危険な気がした。具体的な根拠はない。勘である。
「作戦の続きをお願いします」
「ウム」
「だから我の独壇場だと……」
「イシュ、ここは念には念を入れましょう?」
この作戦の失敗なんて、あってはならないものなのだ。
不安要素が勘というものであっても、極力排除はするべきである。
駄目だと思いつつも
ああっと!!とか、独壇場って言いたかったんだ。
サブタイはゲーム中のミッション名
それはそうと、次回から数話ほど視点が変わります。