けたたましく叫びながら、白く長い剛腕を振り回す魔物の懐へと強く踏み込む。
そのままその白い猿の魔物、シロショウジョウを砲剣で斬り捨てた。
世界樹から特に近い位置にある木偶ノ文庫は、魔物が多く巣食っている。
殿下の計画成就が近いというのに、魔物ごときに妨害されるわけにはいかない。
「お見事ですローゲル卿。ドライブを使わずにあのシロショウジョウを討つとは……以前よりもはるかに腕を上げられたのではないでしょうか」
そばで控えていた帝国兵が囃したてるように褒め言葉を述べてくる。
腕をあげたのは、ここ一ヶ月ほどの間に気に食わない奴と手合わせを何度かしたからだ。
「……この程度で褒めるのはよしてほしい。それよりも守備はどうなっている」
「はっ。依然、タルシスの気球艇は近づいておりません。数刻ほど前に周辺を飛び回っていたようですが、こちらの防衛を見るや否や引っ込んだようです」
「外は今のところ問題ないか……中の門番たちは問題なく動いているのか?」
「それが……やはり古いためか敵味方の区別がつかないようでして……」
「そうか。門番が配置されているフロアは空けておけ。それと魔物以外との交戦は控えるように。侮辱するつもりはないが、君たちの体では戦えない」
帝国兵の練度であれば、一介の冒険者相手に後れをとることはまずない。だがここにいる兵士のほとんどが訳アリの体だ。
……殿下には、辺境伯との会合が決裂することも想定の範囲内だったということだろう。
「しかし本当に来るのでしょうか……彼我の差は歴然。よしんば飛行船から逃れて中に入ろうとも、魔物蔓延る木偶ノ文庫です。敵となりえるとは思えませんが……」
「相手はただの人間じゃない」
「イクサビトとウロビト、ですか。武に長けた種族と智に長けた種族。組めば恐ろしい敵でしょうが───」
「相手は千年前の人形だ」
「───は?」
千年前の人間が創りだした人間の形をしたもの。人形だ。
会合の時に砲剣のドライブと暴発で深手を負わせたが、規格外の化け物だ。恐らくはもうすでに治っていると考えたほうがいい。
奴に関しては常識で考えては駄目だ。首が飛ぼうとも斬りかかってくると見たほうがいい。
「最も警戒するべきは金髪の女みたいな剣士だ。声は男だが」
「なおのことわからないのですが?」
「言葉通りに聞いてほしい。警戒すべきは金髪の女剣士、そいつの乗っている気球艇はオレンジの球だ。それの接近だけは絶対に阻止するように外の兵士にも伝えておいてくれ」
「了解しました」
考えれば考えるほど、あのギルドは危険だ。
千年前の人形イシュといい、方陣師の有力者ウーファン、会合時を見るにあのギルド所属となったのだろう、イクサビトの頭キバガミ。
ウーファンの方陣によって、南の聖堂ではほとんどの兵士が動けなかったらしい。あの時陣に捕まっていれば、自分は今こうしてここにいることはなかっただろう。
キバガミの実力はホムラミズチとの戦いで少しばかり見せてもらった。その戦闘技術から、単体での脅威で言えばイシュを上回るものだ。技をよく磨いた武。正攻法による攻略を得意とした者だ。
そしてイシュ。見た目にそぐわない怪力と常識に収まらない体。腕を飛ばす、足を切り離して飛ぶなどの予想外な行動によってペースに乗せられれば最後。取り戻す間もなく破滅へと追いやられる。隠し種が他にないか調べるために手合わせをしたが、不明なままだ。あの性格は強がりなのか隠し種があっての自信なのか、判断がつかない。
一応アルメリアもあのギルドのメンバーではあるが……彼女は何故まだ冒険者を続けるのかわからない。もう危険なことはしなくてもいいのに。関わったからには何らかの力になりたいと思って行動しているのだろうか。そういうところは本当に両親に似ている。
だが、彼女の実力は脅威となりえない。仮に火の印術をどれほど巧みに扱っても、間合いを詰めれば大火力は出せなくなる。
よって警戒に足る相手ではない。
とはいえそれでも危険な相手が三人だ。
三人相手に立ちまわれる場所を確保するために、木偶ノ文庫の地下へと足を進めた。
木偶ノ文庫、地下三階。
ここに降り立ち階段のそばを陣取る。
方陣の警戒のためだ。
一度方陣に捕まれば、自由に動くことができずに敗北を喫する。だが深霧ノ幽谷でウーファンの方陣を見る限り、地脈というものを読むため少し時間が必要だということはわかっている。
階層の変化により読んでいた地脈をリセットさせる。そのためにも戦いの場は階段のそばだ。
奴らの侵入は必ずここで食い止める。
もっとも、外の警戒を掻い潜って来ればの話だが。
以前、森の廃鉱で落としてしまった首飾りを取りだす。
その中には10年前の仲間達の小さな肖像画が入っている。だがそれを開けて中身を見ようとは思わない。
今開けてしまえば、仲間たちを深く思いだしてしまえば、どうなってしまうかわからない。
今回の計画が成った暁には帝国の領土が拡がることだろう。
資源は溢れ、作物にも困らず、まさに豊穣の神樹の恩恵を受けれることだろう。
その帝国の姿を拝む日が訪れることは、この作戦の参加者には来ないものだが。
殿下も死を覚悟されている。
臣下として、止めるべきなのだろう。だが自分にその資格があるのか、わからない。
10年だ。
10年の間に、罪を重ね過ぎた。
殿下の父君、アルフォズル陛下を守ることができずにのうのうと生き延びた。
タルシスに辿りつき、過ごした10年。
許されないとわかっていながら、そこでの生活は決して悪いものではなかった。そんな心の驕りが、10年もの月日を経たせた。
死に物狂いでやれば10年も碧照で足踏みをすることなどなかったのではないか。
現にイシュはタルシスに訪れて数日足らずで碧照の突破を果たした。方や俺は10年何も成果を上げられず。
その10年の間、殿下はどれほど苦しんでいたことか。
帰ってこない父。
幼き皇子の力を疑う臣下。
政敵だらけの上層。
飢え苦しむ民の嘆き。
やせ細っていく帝国の大地。
それらすべてを、たったひとりで背負い、戦い続けてきた殿下だ。
この10年、間違えてきた俺とは違う。
殿下の選択を否定できるはずがない。ならば俺は、殿下の剣となり、計画の邪魔をする者を排除する。
俺は、いや───俺たちは、殿下を信じてついていけばいいのだ。
静かに精神統一するかのごとく、目を瞑っていると階段から鎧がかち合う音が聞こえる。
兵士が急ぎながら降りてきているのだろう。その慌て方からある程度の予測がついた。
「ローゲル卿!」
「……奴らが動いたか」
「は、はい。東西南北あらゆる方角から気球艇が現れました」
「オレンジの気球艇は?」
「まだ確認しておりません。どこかに隠れているのか……」
このままじっとしているとは思っていなかったが、とうとう動きだしたか。
現れたタイミングが一致していることからして、誰かしらが指揮を取っているのだろう。キバガミか、ギルド長か。辺境伯自らという可能性もあるか。
全方角から気球艇が出たということは一見我武者羅な作戦だが、すべてが本命を隠す陽動という可能性のほうが高い。
数刻前の偵察を考えれば大勢押し入るのは不可能と判断するはずだ。送りこめて一隻か二隻。
迷宮内部で継戦能力を誇るギルドでないと無理だろう。となると、街の兵士では荷が重い。
「…………駄目だな」
「はい?」
「いや、何度考えてもあのギルドが来る気がしてな……」
「オレンジの気球艇、ですか?」
「ああ、俺の予想では本命はそれだ。他は陽動と考えろ」
欲を言えば、オレンジの気球艇は撃ち落とさずに捕らえたい。だがそれは難しいだろう。
10年守っていたアルメリアを撃ち落とすことになるが、殿下の目的のためやる必要がある。
いくら警戒したところで、崩れた水道橋に囲まれた地だ。死角は多い。
上で頑張ってくれている彼らには悪いがあまり期待はしていない。
中継の彼はまた階段をどたどたと走ることとなるだろう。彼の体のことや年齢のことを考えると酷なことだ。
そう思うやいなや、またも階段から聞こえてくる慌ただしい金具音と足音。
「ローゲル卿!」
「……オレンジの気球艇に侵入されたか」
「金色です! 趣味の悪い金色の気球艇に侵入されました! オレンジの気球艇は近づいたと思えば逃げるばかりで……!」
「金色? そんな気球艇……いや、そうか。俺としたことが単純なことに引っかかってしまったか……」
俺が相手の情報を知っているということを、向こうも知っている。
警戒を向けるのがオレンジ色の気球艇だと知られてて当然だ。ならばオレンジ色の気球艇を逆に陽動に使えばいい。本命は乗っている奴らなのだから。
「外の奴らには引き続き警戒を。これ以上の侵入を許すな。侵入した奴らは放っておけ。魔物か門番が排除するだろう。それで止まらなければ、俺がここで迎え討つ」
「はっ!」
「あとそれから、以降はここまで報告に来なくていい。君も大変だろう? 敵はすべてここで止めるさ」
中継の兵士は鎧で隠しているが、その両腕はもう使えなくなっているのだろう。ずっと腕が固定されている。その鎧の中はもう、
「……いえ、もうまともに戦えない身ですが、足は動きます。兵士として、帝国のために最後まで戦えることは誇りになりますゆえ、引き続き中継を行いますよ」
「……そうか。それなら頼んだよ」
雨上がりの森のにおいのような、濃厚な植物の香りを漂わせながら中継の兵士はまた階段を上がっていった。
果たして中継も、あと何回できるだろうか。
鎧姿で動き回れば呪いが悪化する。今の彼は腕から重点的に拡がっていることから、次は胴体だ。肺に伸びるか、気道に伸びるか、なんにしろ動ける時間は少ないだろう。
「計画が成れば、この地にいるものは皆同じところへ行く……」
無駄死にはなりえない。自分たちの犠牲が、帝国の未来を掴み取るのだから。
それから数時間。
中継の兵士は戻ってこなかった。
階段を降りてくる複数の足音が聞こえる。
帝国の兵士ではない。
数は四人。
やはり魔物では止められなかったか。
木偶ノ文庫の門番でも止められなかったか。
眼を開ければ、タルシスで見慣れた彼らの姿があった。
多少の装いの違いはあるが、いつもの姿だ。
違うのは敵として立っている点。
「ワールウィンドさん……」
アルメリアの声が聞こえた。
今更彼女に取り繕うつもりはない。その必要も、ない。
「俺の名はローゲル。帝国騎士ローゲルだ」
「それがお主の本当の名か」
かつて名乗っていた名前は、ワールウィンドはもういない。
ここにいるのは殿下の剣となりし騎士ローゲル。
「シウアンはどこだ」
「……この先には行かせない。ここが君たちの終焉の場だ」
「この先というわけだな」
方陣の展開には杖を地につき集中する必要があるのは確認した。
ついてすぐ発動するわけではない。今はまだ杖を構えているだけだ。
だが優先的に警戒すべきなのに変わりはない。
「ローゲルさん……世界樹の起動なんてやめさせてください」
「……その言葉を聞く理由がない」
「理由はどう考えてもあるでしょう!? みんな呪いの犠牲になるんですよ!?」
呪いに蝕まれていた彼女には恐ろしい計画だとはわかっている。わかっているが止めるわけにはいかない。
「だが、帝国は生き延びる。この計画は殿下が決めた答えだ。殿下は帝国のために行動されている。殿下の行動に従うことは帝国のためとなる。俺は祖国のためにも、殿下を信じて動く」
「……!」
砲剣を向けてもなお、武器を構えようとしない彼女の姿にもどかしい想いが募る。
今更言葉で止まるはずがないと、なぜわからないのか。やはり彼女は戦いの場にいるべきではない。だが、もうこの場に来てしまったのだ。
「イシュ。キバガミさん、あとウーファンも」
アルメリアが仲間たちに声をかける。
心優しい彼女のことだ。この場に及んでまで、俺を傷つけないように戦ってくれとでも言うつもりだろうか。もしくは少しズレたところもある点を考えれば、奇妙なことを言うのかもしれない。
たとえ彼女が相手でも、どれほど温いことを言おうとも、その甘さに付け込んででも俺の砲剣の前に散ってもらう。
「先に行ってください」
…………三人に、先に行けと言ったのか?
……本当に。
本当にどこまで、覚悟が足りないんだ。この娘は───!
アルメリア一人で俺を封じれると思っているのか。それとも親しい者が言葉を尽くせば俺が止まるとでも思っているのか。10年の付き合いで、俺の忠義が揺れるほどに親しくなったとでも思っているのか。
「アルメリア殿、何を言っておるのだ」
「シウアンはこの先で、急いで計画を阻止しないといけない。ここで止まってるわけにはいきません」
「それはそうだがしかし、この男は強者だ。それに意志の固い目をしておる。言葉で止まる相手ではない」
「大丈夫です」
キバガミが考え直すように彼女に言い聞かせているが、先に行くようにと一点張りの彼女。
10年、外を知らない子供には都合のいいことしか見えていないのか。呪いが解けたことも、必然と思うようになってしまったのか。
「何か勘違いをしているようだが、俺は誰であろうと斬るつもりだ。それに、誰も通すつもりはない」
「何も勘違いなんてしてませんよ。大丈夫です」
大丈夫です、だ?
何が……
「何が大丈夫だ!!」
思わず怒鳴ってしまった。
だが止まらない。どれほど無謀なことを言っているのかわかっていない彼女に対して激情が止まらない。
「君一人で本気で俺に敵うと思っているのか!? それとも俺が情けをかけるとでも思っているのか!?」
「……」
「確かに10年、君の世話をした! だがそれと今は別だ! 俺は、君たちの敵なんだ!!」
怒鳴っても、彼女の表情は変わらない。怯える様子もなく、言葉を撤回する様子もなく、怒鳴り返すわけでもなく。
ただ淡々と、冷静な姿を見せていた。
「私一人で大丈夫です。だからイシュたちは先に行ってください」
「まだわからないというのか……!」
「あの男の言う通りだ。アルメリアよ、汝一人では死ぬだけだ」
「大丈夫です。イシュもたまには私を信じてください」
どうしてだ。
敵である俺の言葉も、味方である彼らの言葉でも、彼女は意思を曲げないのだ。
10年の付き合いが、彼女を妄信させているのか。
ワールウィンドという男に幻想を持っているのか。
「ならん。汝では───」
「世界樹の起動阻止と私の命、比べるまでもないと思います」
「……何を言っている」
「世界樹の起動までどれくらいの時間があるかわかりません。それなら一秒だって惜しいはずです。イシュは、世界樹の起動を許すつもりですか?」
「……」
「イシュ、ここで揉めている時間が惜しい。アルメリア、貴様は本当にそれでいいんだな?」
「はい」
こいつらは、何を言っているんだ……
誰も通さないと言ったはずだ。情けをかけないとも言った。
アルメリアを一人残したところで、すぐに殺せる。
彼女は戦力足りえない。
「イシュ、キバガミ。行くぞ」
「───! ちぃっ!!」
ウーファンの呼びかけとともに、地面が光りだす。方陣だ。
意識の誘導だったか。
完全に注意を逸らされた。いきなり手札の一つを切らされることとなるとは。
砲剣を光り輝く床に突き刺し、剣の中に仕込まれた術式を起動、ドライブを放つ。
「なにっ!?」
爆音とともに、床の破片が飛び散り周囲に散らばった。
それとともに方陣が途切れ、足に自由が戻る。
ホムラミズチ戦の時に熱で地脈を歪められ、陣が持たないと言っていたことから陣が発動しても弱点があると思ったが、ビンゴだったようだ。
ドライブを放ったことによって砲剣を冷ます必要になってしまったが、足の自由を取り戻すためだ。
「なっ───!」
ウーファンに斬り込もうとした足を止める。
突然目の前に業火の壁が走ったからだ。
見たことがない火の術式。
彼女しかいない。これほど強力な術が使えるようになっていたとは知らなかった。あながち一人でやれるという言葉は自信に裏付けされたものだったのかもしれない。
「三人とも! 私は大丈夫です! 先に行ってください! 計画を止めるためにも!!」
「……っ! 誰も通さないと言っただろ───ぐっ!」
業火の壁に踏み込もうとした途端、膝もとに鋭い痛みが走った。
見れば鎧の関節部にナイフが突き立てられている。深くまで刺さってはいないようだが、肉に届いていた。
このナイフは投刃用のもの。飛んできた方角は……
「アルメリア……!!」
投刃用ナイフの練習をしていたことは知っていたが、ここまで精密なコントロールができるとは。
だが手がわかれば脅威ではない。
最大の脅威は炎の壁の向こうにいる三人。
「三人に手を出させません!」
炎の壁が効果が切れて無くなると、そこにはもう三人の姿はなかった。
あたりを見渡してみても、いるのはアルメリア一人。
問題ない。すぐに彼女を始末して、追いかければいい。予想より火力は高いが間合いさえ詰めれば大火力は出せない。すぐに殺せる。
ここは迷宮だ。奴らは道がわからない。先回りは充分可能だ。
「……悪いが手加減は一切しない。君には死んでもらう」
「……私も先に謝っときます」
アルメリアが奇妙な短剣を構えながら言った。
「これからローゲルさん。あなたに八つ当たりをします」
言葉を終えると同時に、彼女を中心に爆炎が起き、部屋中を炎で満たし始めた──────
ローゲル視点でした。
原作みたいな説得は諦めてください。