石像を完全に撃破し、大広間を見渡せばどこにもシウアンと皇子の姿がなかった。
最後に見たのは広間の奥に向かう姿だったが、奥には扉らしきものはない。あるのは奇妙な紋章のある祭壇のようなものだけだ。
「貴様! シウアンはどこだ!!」
ウーファンがワーゲルさんに……ローゲルさんに掴みかかる。
そういえば彼の説明をしないと。それに彼から色々聞きださないと。
「シウアンはここにはいない……おそらく世界樹の中だ」
「貴様……!」
「アルメリア殿よ。この男がお主と共にいるということは、ひとまずは敵対関係ではないと思ってもよいのだろうか?」
「は、はい」
キバガミさんの問いかけに答える。ウーファンが怒り心頭だが、なんだかんだで冷静さをすぐ取り戻すだろう。熱しやすく冷めやすいタイプに思えてきた。
「ローゲルさん、シウアンのところ、心当たりは───」
シウアンの場所、皇子の向かった先について、聞きだそうとした瞬間だった。
全体が大きく揺れたのだ。
地震とはまた違う、たった一度の大きな揺れ。
「ごべっ」
あまりの揺れに、転倒してしまった。鼻が痛い。思いっきり打った。
「……もう実行に移したというのか」
揺れに対して心当たりが浮かんだのか、ローゲルさんが神妙な顔で呟いた。確実にろくでもないことだ。
「どういうことだ。答えよ」
「殿下が、心臓を世界樹に返した……のかもしれん。確かめるためにも外に出るぞ!」
鼻を盛大に打ち付けた私を無視し、イシュとウーファン、ローゲルさんが駆け出していった。
キバガミさんだけが起こしてくれた。
今回は鼻血は出ていないようだ。私もキバガミさんと一緒に、三人の後を追いかけた。
外に出るまでの道中、そこら中に血の痕があった。
それは魔物の血であったり、帝国の兵士の血であったり、実に様々な状態だ。
途中で魔物にも遭遇したが、狂乱状態なのか近づく者すべてに襲いかかっていた。同族の魔物にさえも。
それによって兵士や魔物の血があちこちにあるのだろう。
明らかに異常事態だ。先ほどの揺れが、世界樹になんらかの変化が引き起こしているのか。
外に出ればもうすっかり夜になっていた。横には趣味の悪い金色の気球となったノアがそばにある。入った時と変わらない姿だ。
周囲を見渡しても大きな変化はない。いや、軍艦がなくなっている。
「な……世界樹が……」
ウーファンの唖然とした呟きに、北にそびえる世界樹へと目を向けた。
そこにあった姿は、今まで見慣れた姿ではなく───
「枯れてる……?」
生命溢れるような碧の大樹はなりを潜め、見る見るうちに葉は枯れ落ち、樹の表面は弱々しく色あせていく。その変化はあまりにも急激で、まるで世界樹の時間だけがおかしくなっているかのようで。
「悪魔の樹が……」
やがて世界樹は、自身の重みに耐えられなくなったのか、中頃から大きな音を立てて傾いていく。思わず耳を塞ぎたくなるような亀裂音は、この大地どころか遠くのタルシスにまで届くかのように思えた。
いや、きっと届いているだろう。あの街はずっと世界樹が見えていたのだ。
私が生まれた時から、世界樹が見える景色と共にあったのだ。
その世界樹が今、
「崩れ落ちたか」
完全に崩れ落ち、轟音と強い突風を生みだし、やがて沈黙した。
何が起きているのかわからない。
世界樹の起動を阻止するのが目的だった。その世界樹が枯れた。崩れ落ちた。
これはどういうことなのか、全然理解できない。
「ローゲルさん、これはどういう……」
「……世界樹の起動が、巨人の復活が近づいている」
「なっ!? 悪魔の樹は枯れたのだぞ!? まだ終わらんと言うのか!」
「世界樹の力のほとんどが根に送られただけだ。そこに巨人がいる。シウアンと殿下も、な……」
もうすぐ巨人が蘇る。
かつて神話で呪いを振りまいたとされる、巨人が。
「……率直に答えよ。阻止はまだ間に合うのか」
イシュがローゲルさんを見つめながら聞いた。
今この場で、あの世界樹について詳しいのはイシュではなくローゲルさんだ。
「まだ間に合うはずだ……力が根に集まっているが、次に巨人へと移る段階がある。それが終わるまでに心臓を取り戻せば間に合う」
「そうか。ならば問題ない」
趣味の悪いノアに乗りこみながら、いつも通りの言葉をイシュは言い放った。
問題ない、確かにそう、なのだろう。うん、そうなのだ。問題ない。まだ間に合うのだ。これは問題ないと言うこと以外見つからない。
「早く乗れ、置いていくぞ」
「ま、待ってくれ!」
いつものように返事を返そうとしたら、先にローゲルさんが声をあげた。それも待ったである。
「なんだいったい」
「俺も乗せてくれ。虫のいい頼みだとはわかっている。許されないことをしたということも。だがそれでも、乗せてほしい……殿下が追い詰められていることに気づかなかったような奴だが……これ以上、手遅れになりたくない……」
「帝国とやらの計画を最も知っているのは汝だ。情報源としての価値がある以上、汝は連行するに決まっているだろう」
聞きようによってはツンデレとも捉えれそうな言葉だ。
まぁイシュのことだし言葉通りの意味しか込めてないだろうけど。
「ほら、ローゲルさん。早く乗りますよ」
「昨日の敵は今日の友と言う。後ろめたいと思うのであれば、共に戦いこの苦難を越えようではないか」
「……ここで言い争う時間も惜しい。それに、貴様には幽谷での借りがある。いいな、次はないと思え」
「本当に……お人好しな奴らばっかりだな。まるであいつらみた───ぐぉ!?」
まだ何か言っていたローゲルさんに、イシュの堪忍袋の緒が切れたのだろう。喋っている途中に強引に引っ張られ、情けない悲鳴をあげたローゲルさんだった。
乗った時に小声で彼は「やっぱりあいつは嫌いだ」と呟いたのが印象深い。
折れた世界樹の根元を見れば、ウロが広がっていた。ノアを降ろすには充分すぎるスペースである。ノアだけではない、もっと大きなものでさえも……
そこまで考えて、理解する。これはきっと巨人に合わせたサイズなのだろう、と。小さな街程度なら覆えるほどのサイズ。
ローゲルさんがみんなに向かって一言。
「先に言っておく。中はどうなっているか俺もわからん」
「使えん奴だ」
「全くだ」
「ま、まぁそういうこともあろう」
「ちゃんと調べておいてくださいよ」
なんとも微妙な表情を浮かべているが、正直な感想を述べたまでだ。キバガミさんもきっと本音では同じようなことを思ったはずだ。
「し、仕方ないだろう。俺は元々肉体労働派なんだ。多少は計画のことを知るために学舎に足を運んだことはあるが、専門的なことはわからない」
「知っていることを洗いざらい吐け」
「尋問……わ、わかったよ。といっても、この中にはかつて滅んだ人間の都市がある。煌天破ノ都、と学者たちは呼んでいた」
ウーファンに睨まれながら情報を言うが、名称なんて正直あまり……
「名前なんて全然参考になりそうにないですね」
「全くだ」
私とウーファンの言葉にわなわな震えているが、自身もそう思っているのだろう。特に言い返すことはなかった。
「だがそれはつまり、人工物があるということだろう。侵入者を排除する罠などがあるやもしれん。それがわかっただけでも御の字よ」
「キバガミ……あんた、いい奴だな」
キバガミさんは甘やかしてしまうタイプのようだ。
ローゲルさんからの感謝の眼差しに、やや居心地の悪そうなキバガミさんだった。
やや緊張感が欠けた状態となってしまったが、ノアはどんどんと沈んでいく。
外の明かりが届かない暗い場所へと進んでいるはずなのに、澄んだ月明かりが未だに届く奇妙な場所。
碧照ノ樹海で体験した違和感と同じだ。それがあそこも世界樹の一部だったことを証明するかのようで。
樹の内側はすでに植物ではなく、完全に都市の形を残していた。過去の住居だろうか、あちこちに小窓が見える。当然誰も住んでいない。
ようやく降りれる広さがある場所が見えてきた。
ノアをそこに着け、煌天破ノ都に足をつける。
キバガミさんとローゲルさんが正面に目をやる。
「ローゲル殿、あれは……」
「……俺もわからん」
二人が示したのは巨大な門だった。
門には各地で見た紋章が書いてある。門は固く閉ざされており、押しても引いてもビクともしない。
「イシュ、君の馬鹿力でどうにかならないか」
イシュは門の前に立ち、大きく剣を振りかぶった。また剣が壊れるんじゃないだろうか。
「山行水行」
なんだか久々に聞いた技名である。
しかしただの超大振りな山行水行でも門はビクともしない。
「我の力でも壊れぬか。他の入口を探せ」
「もしくは手掛かりだな」
そう言って近くの小部屋や通路、壁を細かく探す。
ここで足踏みをしている暇はないというのに、これでは人手が足りない。
「アルメリアー! イシュー!」
突然後ろから、いや、後ろの上の方? から声が掛けられた。
振り向き見上げれば、
「ウィラフさん……と、軍艦?」
「帝国の……」
赤い気球艇と黒い軍艦、他にも気球艇があるが、特に目を引いたのは軍艦である。
まさかまだ抵抗するつもりかと思ったが、軍艦から兵士が全力で手をこちらに振っている。
「ローゲル卿!」
「彼は……そうか、自分の気持ちに素直になったってわけか……」
その声には私も聞き覚えがあった。
あの人は、ローゲルさんに砲剣を渡した兵士だ。
「……大丈夫だ、あいつらは敵じゃない。心強い味方だよ」
「なるほどね。まだヤバイ状況ってわけね」
合流した人たちへの説明は、私とローゲルさんが担当した。
イシュたちはその間に別の入り口を探している。
ウィラフさんは話を聞いて、未だ危険ということをわかったようだ。それにしても、ウィラフさんがいるのにキルヨネンさんがいないのはなんだか珍しい。
「キルヨネンさんは帰ったんですか?」
「別に私とキルヨネンはセットで行動してるわけじゃないんだけど……ギルド長とタルシスに戻ったよ。世界樹が倒れたから辺境伯の指示を聞きにね」
どうせなら合流してから戻れば良かったのに、と思わなくもない。
「おい、手掛かりのようなものがあったぞ」
そこにウーファンのぶっきら棒な声が入ってきた。
まだイシュとキバガミさんは戻ってきていない。
「向こうに古い言葉で門について書いてある壁画があった」
「へ、壁画……」
「なんて書いてあったんだ?」
周囲の視線を一身に受けながら、つまらなさそうにウーファンは言った。
「四人の王の認証を受けろ、とあった。そうすることによって門は開かれるとな」
「四人の王って誰ですか……」
「それについては書いていない。王というのはなんらかの比喩だろう。人物ではないはずだ」
四つの何か、と言い変えてみればいいのか。
人物じゃないとなると、少しだけ予想が出来上がる。
「……祭壇」
「それしかないな……」
私とローゲルさんの予想が一致した。
碧照ノ樹海、深霧ノ幽谷、金剛獣ノ岩窟、木偶ノ文庫。
この四つの最奥には祭壇があった。そしてその祭壇にある紋章は、門と同じもの。
碧照から見ていたからすぐに結びついた。
しかし祭壇をどうすればいいかはわからない。とにかく行ってみるしかないんだろうか。手探りの状況。時間の余裕はそれほどないというのに、だがそれを愚痴っても仕方がない。
「何かわかったか」
「あ、イシュ! この紋章があった各地にある四つの祭壇に行けば何か、わかるかも……? って程度のことが」
いざ口に出してみるとなんと不安要素しかない判明なのだろう。
これはわかったと言えるレベルなのだろうか。
「各地の祭壇……石盤のあった場所か。なんとも準備のいい話だ」
「はい?」
「ここから西に樹海地軸が備えられていた」
「ジュカイ……なんですそれ?」
急に専門用語のようなものを出されても困る。
素人を苦しめる第一歩が専門用語なのだ。術式書も特定の分野を知っている前提で書いていくから困る。
「汝に理解できるように噛み砕くならば、世界樹内の特定地点へ瞬時に移動できる装置だ」
「なるほど、わかりません」
全然わからん。
「それを使えば、深霧ノ幽谷にも瞬時に移動が可能なのか」
「うむ。幽谷にある地軸の元まで移動ができる。幽谷の地軸がどこにあるかまでは、まだ調べていないがな」
イシュはそこまで言って、西へ歩きだした。
ペースがやや遅めなのは、ついてこいということだろうか。
「私たちは私たちで門の向こうへいく方法を探してみるよ。状況が良くないし、色々と試してみないとね」
「わかりました。それじゃあ」
ウィラフさんを残してイシュについていく。
イシュはそのまま振り向かずに話を続けた。
「あの門が創られた時代を考えれば、我の知る時代より後だ。となれば門の開閉は、我の知る科学とはまた違う技術を混ぜたものによってなされている」
「……つまり、君の知識は使えないわけだ」
「我とてすべてを瞬時に理解できるわけではない。時間さえあれば別だが」
正直未だにさっきの樹海地軸とやらがよくわかってないんだけど、瞬時に移動って言っていたけどもそのままの意味だろうか。だとすれば移動時間は短縮される。
辿りついた小部屋、というより小さな広間となっている場所には何もない。
キバガミさんがいるだけだ。樹海地軸とやらはどこなのか。
「全員そろったな」
そう言いながらイシュは広間の壁に手を掛ける。
すると壁が音を立てて横にズレていった。
隠し扉とか初めて見た。
中にあったのは、奇妙な桃色の光、の柱。
「これが樹海地軸というやつかい」
「そうだ。碧照、深霧、金剛獣、木偶。そのどれもに移動できるように設定する。事態が思いのほか悪化している。一つ一つ回る時間は惜しい」
地軸に手を掛けながらイシュは振り向き言い放った。
「それぞれの場所に、汝らを一人ずつ送る。そこで各自、鍵を解除せよ」
言わんとすることはなんとなくわかる。
鍵というのはあの門を開ける認証のことだろう。だけどその鍵がどんなものか、全くわからない。どうすれば解除になるのかもわからない。
わからないだらけのこの指示。
「わかりました。私は碧照にお願いします」
ウーファンも、キバガミさんも、ローゲルさんも戸惑う中、真っ先に自分の希望を言った。先手必勝的な。
碧照はタルシスと近い場所。そして私の初めての冒険場所だ。思い入れもあるというもの。あと今なら熊程度、焼き払える気がする。
「アルメリア、今の話ではまだわからないことが多い。もう少しよく考えてから……」
「いくら考えたってわかりませんよ」
「これ以上説明したところで汝らにわかるはずがない」
「らしいですし」
絶句みたいなリアクションをされたが、ローゲルさんも散々イシュを見てきただろうに。これくらい普通と思ってもらわないと困る。
それにイシュに頼り切りというのは私は避けたいのだ。ならばこの展開は願ってもない状況だったりする。切羽詰まっているという点を除けばだけど。
「ならば私は深霧ノ幽谷に頼む」
「拙者は金剛獣に。やはり縁ある地がよい」
次いでウーファンとキバガミさんが希望を言った。
二人とも生まれ育った地だ。正確にはその中にある里だけど。
「では木偶は汝が赴け」
「……あー、わかったよ。それで、君はどうするんだい」
余った木偶はローゲルさんに決定した。
帝国騎士として動きまわった木偶ノ文庫は、彼にとっても馴染みのある地だしいい采配な気がする。
あとはイシュがどうするかだけど。
「我は地軸の制御でここから離れられぬ。本来これは、設定された同一箇所のみを行き来するものだ。汝らに設定を操作できる知恵があれば別だが……」
そう言って地軸に顔を向けながら、チラリと目線をこちらに向ける。
それに対して私たちは、
「無理です」
「悪魔の技術など知らん」
「拙者は力仕事ぐらいしかできぬ……」
「俺もさっぱりだ」
「元より期待していない。はやく行け。ここに戻るときはその地にある地軸に触れよ。それだけでいい」
どことなく冷めた眼でイシュが言った。
あとはなるようになれ。いや、確実にやることをやり遂げればいい。簡単な話である。
樹海地軸と言われる光の柱へ近づく。
「まずはアルメリアか。……碧照に設定した。行きも帰りも同じだ。触れるだけでよい」
「はい。それじゃ、行ってきます」
光の柱に触れると、視界が輝きでいっぱいになっていく。あまり繰り返したくない感触だ。
ひとりで樹海へ赴く。
考えたら初めての経験だ。ゲン担ぎというわけではないが、行ってきますという言葉を言った。行ってきますと言ったのだから、ちゃんと戻ってただいまを言わないといけないのだ。
「うむ、気をつけて行くのだ」
「ほぁ───」
予想外の見送りの言葉に、間抜けな声が出てしまった。幻聴ではと、確認したい衝動に駆られたが視界が戻ったころはそこにイシュの姿はなく、
耳に届く音は、声などではなく。
揺れる葉の音、流れる水の音。
鳥が囀り、虫が囁き、遠くから獣が吠える音が聞こえた。
「碧照ノ樹海……」
かつて熊の魔物が多く暴れた森の迷宮。
世界樹を目指したタルシスの人たちを邪魔していた最初の奇妙な樹海。
あらゆる動物や魔物が生活する樹海に、私は戻ってきた。
四章終了です。
Q.樹海地軸は出さない予定だったのでは?
A.気球艇の問題を排除できるなら出します。ハイラガでも出しましたしね。
地軸の行先指定ですが、新世界樹1にてサイモンが弄ってグラズヘイム行きにも行けるよう設定していたので、知識があればいじれる設定でいきました。
五章では三人称をちょっと混ぜていきます。
一人称だけだと頻繁に場面転換&視点変化になりかねないので。
あ、感想返しか後書きだったかに、「4に出る竜は全部出します」と言いましたが、すみません。あれは嘘だ。一匹だけ完全に忘れてた竜がいました。そいつだけは出せません。
四章あとがきは五章と混ぜて行います。
五章の更新は明日から1日置きにします。たぶん途中アレなのでスラっと明日から連続更新。