世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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五章開始です




第五章
50.誰かの墓標


 

 

 

 

 通り抜ける風が、草木を揺らし音を立てて去って行く。

 

 どこからか、水の流れる音がする。

 

 足の裏には柔らかな土の感触。空は月明かりを遮る雲一つない快晴。きっとここは地下だろうに、快晴。

 

 空に関する事情を除けば、なんとも平和だったんだ。碧照ノ樹海というのは。

 本当に深霧や金剛獣、木偶の担当にならなくてよかった。

 

 わけのわからない霧に満ちた森や、寒暖激しい洞窟、襲いかかる石像だらけの木偶と比べれば楽園である。

 こりゃ熊たちも棲みつくのもわかる。

 

 背後には樹海地軸。

 今はまだ触れるときではない。戻れるか試す必要もないだろう。イシュが制御してくれてるんだから。

 

 碧照の雰囲気に呑まれている暇はない。鍵の解除だ。

 

 鞄から地図とペンを取りだし、この場所を記す。

 

「よし、やるぞう」

 

 気合いは充分だ。あとは動くのみだ。

 力強く地面を踏みしめ、樹海の奥へと突き進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩きだすこと数十分、できる限り息を押し殺しながら慎重に進む。

 

 あちこちの木や壁に大きな引っ掻き跡があるんだもの。絶対これは縄張りを示すやつだ。

 この縄張りの主は森の破壊者だろうか。あれから術式は強くなったとはいえ、先制攻撃をされたら私はあっさりバラバラ死体になってしまう。そう思うと慎重にならざるを得ないのだ。

 

「ひ、ひとりがここまで……心細いものだったなんて……」

 

 呟いた途端、そばの茂みがガサガサと揺れる。

 

 咄嗟に短剣を向けて警戒を行った。だが出てきたのは小動物。リスだ。魔物ではない。

 安心とともに神経がすり減っていく感覚が心臓に悪い。

 

 ダメだダメだ。この調子じゃ心が壊れてしまう。

 リスは茂みから飛び出てきたが、その姿を隠すことなくそこにいる。

 

 ここはあれだ。愛らしいリスの姿を見て癒されよう。もしも魔物が来たら燃やしてやる。

 

 そう思ったのだがしかし、リスの様子がなんだか変だ。

 移動するわけでもなく、愛嬌を振りまくわけでもなく、じっとしている。

 

 奇妙に思い、逃げられるかもと考えながらも少し回り込んでその顔を拝もうとして、

 

 

「……っ!?」

 

 

 すぐさま術式の準備をする。敵は不明。とりあえず爆炎だ。

 

 リスは泡を口から吹き出し、生気を完全に失っていた。

 

 パッと見たところ外傷はない。となると、毒か何かだろうか。外傷もなく体内に毒が入り込むとなると……

 

 また茂みから生き物が飛び出した。いや、今度はパタパタと、ゆっくりと揺れるように出てきた。

 

 蝶だ。それも大きなアゲハ蝶……の魔物。それが五匹。

 碧照でよく見た魔物、シンリンチョウとはまた違う色を持っている。

 

 

「鱗粉……」

 

 

 リスの様子を見るに、毒の鱗粉を持っていると考えるべきだ。それも致死性が高いもの。

 

 ぱたぱたと、リスのもとへ、いや、私のもとへと向かうように飛んでくる。

 危険とわかり、なおかつ向かってくるのなら一切の遠慮はない。爆炎を全力で解き放つ。

 

 術式によって起動した炎は毒アゲハを呑み込み消えた後、そこには焼け落ちた虫の死骸だけが残った。

 

 勝ち誇りたいところだけど、完全にやらかしてしまった。

 

 今の爆炎の音はまずい。近くにいるであろう獣の魔物を呼び寄せかねない。

 

 

「と、とりあえず移動しなきゃ……!」

 

 

 とりあえずこのあからさまに歩きやすく、見通しのいい道は不味い。一本道のようだし、ばったり出くわす可能性が高い。

 動物が一切通らない道であれば歩くのは困難。獣道ならばもう少し歩きにくい。

 一方この未踏のエリアはというと、とても歩きやすい。ということは、大きな魔物の通り道だからだ。

 

 せめて隠れれる場所、隠れれる場所。さっきのリスが出た茂みくらいか? ちょっとまだ毒とか残ってるかもだからすごく怖い。

 他は……駄目だ、どこも壁のように隙間なく木々が立ち並んでいる。入る場所がない。

 

「うひ……」

 

 それほど離れていない距離から、獣の咆哮が聞こえてきた。

 響く唸りから一頭だけのようだし、なんとかなる……? いや、そもそも本当に森の破壊者なのか。火に耐性のある魔物やタフな魔物だったら終わりである。

 蝶の魔物ですら命の危機に繋がると今さっき感じたんだ。油断など一切できない。

 

 まだ咆哮の主は見えない。が、色々と破壊しながら向かっているのだろう。木々の裂ける音が聞こえてくる。破壊者っぽい気がしてきたが、嫌な予感が止まらない。

 隠れる一択だ。

 こうなったら茂みに入るしかない。

 

 だ、大丈夫。きっとあの鱗粉はもう散った。でも念のため息は止めて入ろう。

 

「……!」

 

 いざ、と茂みに入れば思いのほかスペースがある。

 というか、ちょっとした通路だ。すごくわかりにくいけど。抜け道、だろうか。

 

 隠れた通路に入り切る前に、茂みの中からそっと外を盗み見る。

 

 縄張りを主張し、あれほど音を立てて迫ってきた魔物だ。

 となるとこの辺りの生態系で上位の魔物。森の破壊者だったらいいな、という確認である。

 

 そこにいたのは、青い毛並みの熊の魔物。毛並みというか、長髪ヘアスタイルと言いたくなる熊の魔物だった。

 

 ……前髪なっが。

 

 しかし前髪の下から時折見える目は、不気味なぎらつきを放っている。森の破壊者よりはるかにヤバイ奴、という印象だ。下手に戦うのはやめた方がいいだろう。

 

 青い熊は置いておいて、できる限り音を立てないように隠し通路を進んでいった。

 

 

 しばらく歩くと行き止まりに狭い穴があった。這って進めば入れそうな穴だ。

 魔物か動物の巣か、それともまだ先へ進める抜け道か。

 

 穴の周辺の地面をよく観察する。このサイズはサソリの魔物が巣にしてそうだけど……サソリの這った跡はない。

 小さな動物の足跡があるが、これはあのリスのだろうか。だとすればここも通り道なのかもしれない。

 

 引き返しても一本道でかつ、あの熊がいる。

 ならば、と這って穴の中をさらに進むことにする。実は行き止まりでした、なんかじゃありませんようにと祈っていると顔に風が当たったので、普通に通り抜けが確定した。

 

 這って進むというのは全身運動すぎる。

 なんとも土だらけになりながらようやく外に這い出ることができた。

 

 外の光が眩しいぜ、と言いたくなる。

 それよりも、だ。ようやく立つことができて開放感を感じていたが、周囲の確認をしなくては。

 

 魔物の姿は……なし。代わりに、

 

 

「……人骨」

 

 

 人骨が二つ、いや、二人、寄りそうように並んで倒れていた。

 

 死体は獣に食い荒らされたわけではないのだろう。残っている布地や皮鎧を見るに、この人たちも毒でやられたのか。白骨化するほどの長い年月の間、ここに晒されていたのだろう。

 死体を荒らされなかったことを考えるに、この辺りは大きな獣や魔物は入り込みにくいのか、気づきにくいのか。骨の人たちには悪いが、少しだけ安心してしまう。

 

 それにしてもここは誰も足を踏み入れていない場所のはずだ。碧照ノ樹海が調査されていた10年分は余すことなく調べられていたのだ。おそらく木々の壁を無理やり越えなくては辿りつけないほどの奥地。

 

 よっぽどの向こう見ずな冒険者だったのか、それとも何か強い目的があったのか。

 

 この人たちの装備を見るに二人とも剣士だったようだ。

 あの毒吹きアゲハ相手に剣士だけではこうなるのも仕方のないことかもしれない。獣型の魔物相手が入り込めず、ここは先の蝶の魔物が棲みやすい場所だったのかもしれない。そんな場所に迷い込んでしまったこの二人は、運が悪かったのだろう。

 

 ここで見つけたのも何かの縁。

 世界樹起動の阻止のために時間はないとわかっているけど、二人のお墓を作りたくなった。何故か、作らないといけないと思った。

 

 サンクトゥスをスコップ代わりにして土を掘る。

 ルーンの刻まれた短剣をこんな扱いするのは私くらいだろう。

 

 そうやって掘った穴は、なんとか二人の骨を埋めれる深さだ。とはいえすぐに掘り返せるほどの浅さでもある。

 

「ごめんなさい、私では深く掘るのは難しいです。それに時間もありませんから」

 

 二人の骨を穴に並べる。

 寄り添いながら最期を迎えたこの人たちは、とても親しい仲だったのだろう。恋人同士だったのかもしれない。

 

 添える花がないのが悔やまれる。欲を言えばタルシスまで連れて帰り、弔ってあげたかった。

 

「それじゃあ、私はもう行きますね。どうか安らかに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中魔物と遭遇することなく、流れの強い川まで辿りつく。

 本当にこの樹海はどうなっているのか。この川はどこから生まれどこへ行くのか。今度イシュに聞いてみたらわかるだろうか。

 

 向こう岸までなんとか行けないものか。濡れるのをお構いなしに行けば……でも足を取られたら不味いしなぁ。

 

「んぁ」

 

 向こう岸とこちらを繋ぐロープがあった。と言っても随分と古そうなロープである。これはあの二人が張ったのだろうか。

 これを持ちながらなら、流されずに渡ることはできそうだ。

 

 ……ロープが持てばの話だけど。

 

 ああ、さっき弔ったあの二人組。弔ったお礼に加護を、どうか私を守ってくださいもといロープが千切れないように祈っててください。

 

 そんな似合わない神頼みをしながら川へと突撃を決めた。

 

 

 

 結果的に無事に渡れた。ロープも千切れていない。つまり帰りも問題ない。きっと私の善行の成果である。

 

 しかし地図の出来がひどい。過去最低の出来ではないだろうか。

 本来の道から大きく外れているせいで、どう繋がるかさっぱりわからない。というかそもそも認証のための鍵はどこなのだ。

 

 とりあえず人工物的なモノがあればそれだと思うんだけど、それっぽいのが全くない。

 

「とか思ってたら見つかるとは……」

 

 明らかな人工物。

 だけど鍵っぽくはない。扉だ。

 

 どうやって開けるのかなこれ。なんか普通の扉と違う。取っ手がないし、押戸ってわけでもないし……

 

 適当にペタペタ触っていると、地響きのような音を立てながら扉が左右に開いていく。開いたことによって、扉の分厚さが数メートルはあるということが判明した。

 どういう意図でこんな扉を作ったのかよくわからないが、ひょっとしてこれは当たりなのではないだろうか。

 

 この先に鍵が……

 

 

「……こ、こんにちは」

 

「……え? あ……、ど、どうも」

 

 

 知らないおじさんがいた。

 そのおじさんの周囲には見慣れた鎧姿。タルシスの兵士の姿があった。

 

「な、何か大きな音が聞こえたと思ったら、ニーズヘッグの……どうしてこちらに」

「え、と。私もあなたたちが何でここにいるのか聞きたいんですけど……」

 

 私の言葉にそれぞれが顔を見合わせる。そんなに変なことを言っただろうか。

 

「我々は世界樹の異変に何かわからないかと、祭壇の調査を改めて行っていたのですが……」

「祭壇……?」

 

 それですそれ、と背後を指さされる。

 

「あ……」

 

 ここ、あのボス熊と戦った場所だ。石盤の置いてあった祭壇だ。

 

 後ろを見れば扉を開けたことによってか、形が変わってしまった祭壇がある。

 

「それで、あなたはいったい何故ここに。それもおひとりで」

「えっと……鍵を探して……?」

「鍵?」

「なんと言えばいいのか……とにかく! 世界樹の起動阻止はまだ間に合うんです! そのために鍵を探してます! 何か知りません!?」

 

 説明をどうしたらいいかわからず、とりあえず勢いで一気に言う。

 しかし目の前の兵士も、おそらく学者であろう知らないおじさんも何も知らないようだ。

 

 背後の祭壇はただの扉、だったのだろうか。それともこれが鍵なのか。

 認証を受けた感じがしない。ダメだ、わからない。

 

「よ、よくわかりませんが、我々は鍵と言うのが何かわかりません。というか世界樹の起動とはいったいなんですか。それに……世界樹が枯れたのと何か関係が───」

 

 この兵士は世界樹計画を聞かされていない? 混乱を避けるため、だろうか。

 だけど世界樹が枯れたのは知っている。まあ見えてたのだろう。

 

 となると、私が勝手にあれこれ言っていいものか判断がつきにくい。

 

「詳しくは辺境伯に聞いてください! 答えるかわかりませんが!」

「は、はぁ」

「あと! この祭壇の先は危険な魔物が多くいます。森の破壊者よりも危なそうなのが。なのでここで引き返してください。ついでに辺境伯に、まだ間に合う、報酬はお金がいいと伝えてくれたら嬉しいです」

 

 祭壇側の扉はそれほど大きくないから向こうから熊が来ることはないだろう。だけど毒吹きアゲハのような大きさの魔物なら問題なく通れてしまう。

 扉の閉め方がわからないから注意喚起しかできない。

 

「猛毒をまき散らす魔物がこの先多いんで、絶対に入ったらダメですから!」

「は、はい。あなたはどうするつもりですか」

「引き続き鍵を探します!」

 

 調査済みの場所に鍵らしきものはないはずだ。

 祭壇の向こうのどこか、だからまた危険地帯へ行かないとならない。

 

 

 再び祭壇の通路を突き進みながら、少し落ち着いて考え直す。

 

 鍵について、だ。

 人工物だろうと考えているが、そもそも何年も、何百年も樹海にあるものだ。適当なところに置いていたら魔物たちが破壊するか持っていってしまいかねない。

 となると、魔物が入り込めない場所だ。頑丈な箱の中に入れてあるのか、もしくは扉と壁に囲まれた部屋。

 

 それと、鍵の意味はなんだ。

 今回あの門が閉ざされていたが、巨人の起動が迫っていることを考えると、門を閉ざしたのは皇子だろう。大昔に、今回と同じように巨人の起動を邪魔されないように作られたのが門だとすれば、なんで鍵が外にある。

 ただの時間稼ぎにしては詰めが甘い。チグハグだ。

 鍵を無くしたときの保険、みたいな合鍵とかだろうか。一気に規模が小さく感じてしまう。

 

 しかしいくら考えても合鍵という意味合いでしか頭に浮かばない。時間稼ぎ兼、保険という意味での。

 

 移動の省略にあった樹海地軸。祭壇の扉。

 これらを使えばあっという間に門の前に行けることを考えると、その途中に合鍵を置くのは防犯上アレだ。時間稼ぎの点を考えるとちょっと不味い。

 

 地図を取りだし、祭壇の通路を描き足して、繋げる。

 空いた箇所は南東、及び西。地軸の位置関係を思うなら南東は除外。

 

 根拠としては弱いが、今は1%でも確率が高い場所を探すしかない。よって、進むべきは西だ。

 

 

 隠れながら、時に魔物をやり過ごしたり、時に背後から奇襲を掛けたり、時にゴリラの物まねをして魔物との交戦を躱したりしながら奥へ進む。もらったバナナが美味しい。

 地図を描き足して確認。問題ない。

 

 起動の時間稼ぎだけでなく、合鍵として考えれば、どんどんと目標が絞れてくる。道から外れることはない。偶然できた抜け道の向こうに置いている、なんてことはないだろう。

 となると、歩きやすい道の先にある。年月によって草木が生い茂ってしまったが、それでも名残があるはずだ。あるいは獣道となったか。

 だから壁に沿って進めば問題ない。

 

「二頭……」

 

 通路の先、水場のそばに二頭の青い熊がいた。番いだろうか、それともただの仲良しさんか。

 お魚でも取りに来たのだとしたら、さっさと取ってどっか行ってほしい。

 

 そんな祈りもむなしく移動する気配はない。

 

 こんな時、イシュならどうしていたか。考えるまでもない。突っ込むだろうな。

 

 というか森の廃鉱の時も似たような場面あったや。あの時も突っ込んでいた。時間が惜しいと言いながら。

 

 …………よし。

 

 

「時間が、惜しい」

 

 

 いつまでもイシュに頼りっきりじゃダメなのだ。

 私もできることを、証明するためにも前へ踏み込め。

 

 熊たちが近づいてくる私に気づいた。

 前髪を鬱陶し気に払いながらこちらを捕捉する。どういう理由でそんな前髪の進化を遂げたのか。

 

 二頭が同時に立ち上がり、聞く者の戦意を削ぐような雄たけびをあげた。

 

 素通りできたらいいなーとか考えてたけどやっぱり無理か。

 

 水場を挟むようにした立ち位置。水を気にせず突っ込んでくるか、回ってくるか。

 どちらにしろ、距離が開いているうちに先手必勝である。

 

「ほやぁああ!」

 

 二頭に向けて爆炎の術式を放つ。なんの遠慮もない爆炎だ。

 大きな音は不味いとか考えてられない。どうせ今のところはこの熊たちがこの辺りの頂点なのだろう。

 だったら出し惜しみせずに燃やしてやる。

 

 できたら今の爆炎で終わってほしい。もしくは怯えて逃げてほしいところだ。

 

 そんな願いとは裏腹に、元気よく駆けだした熊たち。

 どうやら水場を回りこんで来るようだ。それなら、回り込まれて追いつかれる前に、

 

「とやあぁぁあ……あ?」

 

 水場の向こうからの一方的な攻撃を浴びせてやる。

 そんな気持ちで凶鳥烈火を放とうとしたけど、火が上がらない。

 

 ローゲルさんと戦ったときは、絶好調だったのに……

 

「うぎ……」

 

 首をひねっている場合じゃなかった。水場を回りこみ、あとは一直線に距離を詰めるだけの状態の熊たち。

 

 爆炎を一度浴びていながらやる気満点なあたり、距離を詰められたら不味い。巻き込み爆炎なんて意味もなさそうだ。

 これはあれだ。

 

 

「し、失礼しました!!」

 

 

 逃げるしかない。

 まだ距離は空いている。そんなわけで反転して走りだす。

 

 ドシドシと、重量ある熊たちの地面を蹴る音がよく聞こえるものだ。

 振り向かなくてもわかるくらい追いかけている。

 

 全力で走りながら、あてずっぽうに振り向かずに却火を放つ。一直線だし当たってくれるだろう。振り向いた途端に爪が振り下ろされる気がしたので、走りながらだけど大丈夫だきっと。

 

 当たったような業火の燃え上がる音が聞こえ、すぐにまたドシドシといった重い音が聞こえてくる。

 

 こいつはダメだ。やっぱり手を出しちゃダメな奴だった。

 

「……!」

 

 前方に明らかに人工物な扉を発見。

 鍵の在り処の可能性が高い。それにずっと置いてあるということは、すごく頑丈な扉のはずだ。

 

 扉に駆け寄り全力で引っ張る。開かない。どうやって開くんだこれ。あ、押せばいいだけか。

 

 押したと同時に慌てすぎたためか、倒れこむように中へ入った。

 それと同時にゴロゴロと大きな音を立てて別の何かも中に入ってくる。

 

「うそぉ……」

 

 青い熊が一頭、中に入りこんでしまった。もう一頭は中に来ないようだ。

 まるで怒っているかのような荒い息遣いの魔物の様子。熊の物まねをしたところで誤魔化せそうにない。

 

 ドタドタと距離を詰めて剛爪が襲い来る。

 

 みっともなく跳ねるように必死に動く。意地の回避である。あんなの当たったら裂けてしまう。

 

「へ?」

 

 勢いよく振り回された剛爪は扉に当たった。扉の強度がとんでもなかったのかその結果、ポッキリと折れてしまった。

 その事にさらに怒り狂う熊の咆哮が響いた。

 

 今の私のせいじゃない。なのに怒るのは見当違いじゃないだろうか。

 

 思わず後ずさりすると、ゴツリと硬質な何かに当たる。

 木々の壁とは全然違う硬いモノ、石よりも冷たい何か。

 

 確認する前に熊が馬鹿太い腕を振り上げて襲って来た。

 

 掌底のような、張り手のような形で迫る熊の肉球。辿りつく先は私の顔面である。肉球で死亡とかあんまりだ。絶対避けなくてはならない。

 

 肉球パンチ、というには恐ろしいほどの大きな音が響いた。

 頭上スレスレの位置にある剛腕が、もう少し遅れていたらどうなっていたかを想像させて息がひきつる。

 

 次いで聞こえてきた音は、追撃の轟音などではなく、森の中にはそぐわない異音。

 そしてなぜか光りだす私の背後。

 光に照らされた熊は驚きと眩しさのためか、腕を引いて顔を隠した。

 

 案外あの前髪のせいで、光をまともに見るのは苦手なのかもしれない。

 

 後ろから聞こえる異音、駆動音のような、歯車の回る音のような、奇妙な音については今は確認していられない。

 

「うやあああああ!」

 

 短剣を構えながら、なんだか得意になってしまった至近距離の爆炎を放つ。

 

 熊の大きな悲鳴を聞きながら、次の術式の準備。今度は却火である。

 

 さすがに却火となると、サンクトゥスとレッドタブレットでも熱さを感じる火炎。頬がチリチリと痛む。

 

 

 業火をまともに浴び続けた熊は、火が止むと同時にズシンと倒れた。

 

 

 結構私って戦えるようになってる。確実に、頼らなくてもいいほどに。

 

 完全に死んだのを確認し、異音と光を放つ背後のものをようやく確認する。

 

 そこには巨大な祭壇と、あの紋章があった。

 

 これが鍵だろうか。持ち運びはまず無理なサイズだ。キバガミさんよりもはるかに大きい祭壇だもの。

 

 なんだかよくわからないが起動している様子。熊の肉球パンチで動き出したのだろうか。ということは、これで認証は終わったということか。

 

 

「……熊が認証を受けちゃったけど、大丈夫かな……」

 

 

 不安になったので一応ぺたぺたと触ってみるが、特に変化はない。

 

 だが離れて少しすると今度は巨大な鐘のような音が鳴り響いた。それに呼応するように、地面が大きく揺れる。

 世界樹に変化があったときも地面が揺れたせいで、また何かが起きたのかと不安になる。間に合わなかった? いや、そんなはずがない。

 

 やがて音は止み、揺れも収まった。

 

 

 なんだか怖いが、大丈夫だと自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

濁翼の熱砂竜は出しません。出せません。
完全に存在を忘れていたせいで入れる隙間がなかったんですごめんなさい。

リスに慈悲はない。

ゲームにないお墓イベントを勝手に作りました。
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