世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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ローゲル視点となります。





52.忠義の矛先、呪皇を穿てば

 

 

 

 

 

 巨人の復活を、阻止できなかった。

 

 地表を目指して腕を伸ばし這い上っていく巨人の姿を見ながら、胸中に渦巻くのは絶望ばかりだ。

 

 イシュも間に合わないと判断したのか、アルメリアを連れて去って行った。

 アルメリアだけでなく、イシュも依存と言ってもいいほどに相手を大事にしているようだ。随分と眩しく感じるものだ。

 

 煌天破ノ都の最奥の部屋に残ったのは俺と、キバガミ……そして殿下の三人だ。

 

 この部屋以外に突撃した冒険者たちは、タルシスの兵士たちは、帝国の仲間たちは、今頃避難を開始しているだろうか。

 部屋を満たすような緑の瘴気から少しでも逃れていたらいいが……

 

 

「……?」

 

「瘴気の影響が、ない……?」

 

 

 キバガミも同じことを思ったのか、不思議そうな声をあげた。

 緑の瘴気は間違いなく呪いを濃厚に含んだもののはずだ。先ほどもイシュが瘴気によって植物に変わる寸前だったのを確認した。

 あの規格外の体も例外なく植物へと変える力が、俺たちに何も効果がないとは考えづらい。

 

 

「ローゲル……そしてイクサビトの者よ……」

 

 

 地を這うかのような低い声で、殿下が静かに告げた。

 

 その体は奇怪な変化を遂げながら───

 

 

「貴公らには感謝している。帝国のために10年かけて、使命を果たしてくれた忠臣に……我が父の最期を看取ってくれたイクサビトに。よってせめてもの手向けだ……その姿が変わり果てる前に、余の手でその命を終わらせてくれよう」

 

 

 先のやり取りでも蔦を操っていた姿を見るに、冠による力だろうか。予想以上に細かい調整もできることに驚くが、知ったところですでに巨人は地上を、タルシスを目指そうとしている。

 もうすべてが遅い。

 

 鎧の隙間という隙間から黒い靄と緑の瘴気を溢れさせ、砲剣を掲げながら、体皮を植物に喰い破られるように荒らされる殿下の姿がそこにあった。

 

 もはや──────異形そのもの。

 

 殿下の姿はもう人間ではない。人間を、やめてしまった。アルメリアの言っていた言葉が現実に近づいたかのようだ。

 

 そのことが、なおのこと絶望の後押しをさせる。

 

 

「ローゲル殿」

 

「……なんだ」

 

「あの黒き靄が、神の加護か悪魔の意志かわからぬが……皇子の体は変わりこそすれど完全な変異はまだしておらぬ。あの皇子を救い、巨人を止める。そのためにも絶望などしておられんぞ!」

 

 

 絶望していた心を読まれたかのような台詞に小さく驚いた。

 そしてその内にもまた驚いてしまう。

 

 キバガミは殿下を異形から戻すつもりだ。それだけでなく、巨人をも止める気だ。

 

 そこにはできないのでは、といった不安は一切ない。

 必ずやり遂げるために、俺にも動けとでも言うような発破だ。

 

 そうだ。まだ間違いを戻せる。この身が生きているのだ。間違いを正す忠臣となるためにも、動け。

 

 

「……確かに、まだ冠が殿下の元にある。それを使って巨人を巣に戻せる……シウアンが戻れば呪いによる変異も、命が残っていれば問題ない……」

 

「ウム、そのためにもまずは───!」

 

「ああ! 殿下を無力化する───!」

 

 

 人間の姿を失いつつある帝国の主君に、帝国騎士の証である砲剣を向けて戦いに挑んだ。

 

 

 迫る俺たちに対し、殿下は砲剣を構えて動かない。

 その間にもまた、殿下の肌を体内から突き破る植物。今度は背中を喰い破られた。

 

 殿下の砲剣から駆動音が鳴り始める。ドライブの起動───

 

 内部に仕込まれた術式と触媒を用いた強力な攻撃。

 

「キバガミ、絶対に当たるなよ!」

「承知!」

 

 当たれば致命傷は確実。

 今の殿下は蔦を操る力もある。注意を向けるべきは砲剣だけでなく周囲にもだ。蔦に自由を一瞬でも奪われれば死に繋がる。俺たちはどっかの馬鹿と違って普通の体でしかないからだ。

 

 砲剣の音が大きくなっていく。それと同時に奇妙な変化が起きた。

 殿下の体からまたも黒い靄が滲み出て、砲剣へと入りこんでいき──────内部の術式開放と共に黒い無数の風の刃が襲いかかってきた。

 

 

「な……!?」

 

「ぐぬぅ───!」

 

 

 条件反射のように、砲剣を前に構えて迫りくる攻撃から身を守る。隣ではキバガミも同じように金棒を使い体を庇っていた。

 だが無数の刃から完全に逃れることができず、至る所を刻まれる。首や眼を守れただけでも良しと考えるべきか。

 

 それよりも、今の攻撃はなんだ。

 

 

「名をつけるとすれば、カオスドライブといったところか」

 

 

 砲剣から内部に篭っていた熱を吐き出す音が聞こえるとともに、殿下の言葉も一緒に届いた。

 

 殿下の砲剣はドライブの起動後と同じように放熱状態になっている。だがあんなドライブは知らない。名をつけるとすれば、という言葉から、他の帝国兵も知らないだろう。だとすればあのドライブができるようになったのはつい最近。砲剣の発動直前の黒い靄が原因なのか……?

 あの靄は一体なんだ。呪いの影響で出てきた何かと思ったが、よくよく考えれば違う。

 

 あれは木偶ノ文庫でも殿下の体から滲み出ていた。

 

 キバガミの見立てではあれによって、殿下の体が保たれていると言っていた。

 

 なんらかの力。何かはわからないが、いい気にならないのは確かだ。殿下の行動に、この世界樹の起動計画に、まだ見えてこない何かの思惑が混ざっている。

 

 それが偶発的なものなのか、悪意によるものなのか、何かが隠れている。

 だが、それがなんであれ───

 

 

「殿下、あなたにこれ以上独りですべてを背負わせる気はありません……まずは、あなたを絡め取ろうとしている隠れた思惑からあなたを救います。そのためにも、全力をもって剣を向けさせていただきます」

 

 

 砲剣の切先を殿下に向けて構え直す。言葉で間違いを正されないのなら、目を覚まさせる拳骨が必要だろう。

 俺の拳はどっかの印術師より強烈だ。

 

 

「ローゲル、今更お前が何をしようと何も変わらぬ。お前には何も成せぬ」

 

「そうですね。俺独りの力なんて、たかが知れていることでしょう。人間一人に成せることなんて、限界があります」

 

 

 人にできることには限界がある。わかっていたのに、殿下独りに帝国を背負わせていた。代わりに全てを背負うことなど俺にはできない。誰にもできない。

 

 

「だから、あなたが今後背負うものを、今まで背負ってきたものを、我らは共に背負うつもりです」

 

 

 自身が扱う砲剣の機構はまだ動く。

 この剣は託されたものだ。帝国が一人に頼り切らない方向へと舵をとる切欠となりえるものだ。

 

 

「これ以上の問答など無意味だ。余が余であるうちに、そして貴公らが貴公らであるうちに……この戦いを終わらせる!」

 

 

 殿下の背中から巨大な葉が鎧を砕きながら顔を出した。

 次いで眼から茨が伸びる。

 

 あの様子から見て、時間は少ない。

 

 

「問答が無意味? そのようなはずがなかろう! 拙者もお主も、理性ある戦士であるはず!」

 

 

 キバガミが床を擦りながら金棒をスイングした。金棒の威力を弱めようと蔦が絡みつくがイクサビトの力が無理やり引きちぎり、金棒に絡まった植物が黒く焦げ落ちていく。

 まさか摩擦で熱を持たせたとでもいうのか。一見力任せの強引なものだが、床を抉らず擦って最大限熱を出させる技なのだろう。

 

 

「言葉を無くし戦うことしかできぬようになってはただの獣よ! 帝国を導く者がそれでいかがする!」

 

「うるさい! 余の苦しみも知らずして勝手なことを抜かすな!」

 

「指導者としての重圧、拙者も里を率いていた者として少しは理解できよう! その重みが同じとは言うまい……だが、お主は今、共に背負おうとしてくれている者たちの手を振り払おうとしているのだ!」

 

 

 技を磨いているとはいえ、金棒の重たい攻撃を避けて舌戦と白兵戦を行う二人。

 

 キバガミに充分気を引き付けてもらえた。

 

 砲剣のドライブの起動は済んだ。あとは当てるのみ。

 狙いは殿下の砲剣。剣を破壊して無力化を図る。

 

 

「手を取ったところで何も変わらぬ! もはや楽園への導き手は復活を遂げたのだ!」

 

「ぐぬっ……!」

 

 

 捻じれた蔦がキバガミの体を貫く。

 

 急所は逸れているとはいえ深手。殿下は追撃をするかのごとく砲剣を振りかぶる。未だに放熱が必要な状態にもかかわらず、剣に黒い靄が入りこんでいく──────またあれが、カオスドライブが来る。

 

 あの距離で発動すればキバガミは持たない。それだけではない。あのままでは熱が過剰に篭り暴発する可能性がある。暴発すれば殿下もただでは済まない。

 

 

「殿下ァ!!」

 

 

 声をあげ意識をこちらに向けるように揺さぶり、その振りかぶられた砲剣に向けてフレイムドライブをぶつけた。

 

 爆炎を浴びながら殿下の砲剣が手から離れる。

 その威力に手から抜けてしまったのだろう。

 

 砲剣の破壊はできなかったが、これで大幅に力を削ぐことができた。

 

 落ち着いて話し合いをしたいが、今は巨人のせいでゆっくりできない。どんどんと這いあがっていく巨人によって、建物は崩れ空から落石が止まらない。巨人が遠ざかりつつあるからか、緑の瘴気は少なくなってきてはいるが、落石によって埋まる前に抜けなくてはならない。

 

 

「殿下、まだ間に合います。巨人に戻るように指示を……蝕まれたお体もシウアンの、巫女の力で元に戻せます」

 

「まだ、間に合う、だと……?」

 

「ええ、殿下。ですから───」

 

「冠が残っているから、そう思えるのだな……お前はまだ、立ち上がれるのだな……」

 

 

 小さく呟きながら、彼は額の冠を外した。

 その目に浮かぶは諦めなどではない。

 

 

「殿下───」

 

 

 何を、という前に殿下は冠に向けて拳を叩きつけ───

 

 

「自棄になるでない。一時の感情に支配されるな」

 

 

 ───ることができなかった。

 

 

「は、離せ!」

 

「離すわけなかろう。勝手なことをする坊主の言葉など誰が聞くものか。少なくとも、拙者はそこまで心広くはないのだからな」

 

 

 キバガミが冠を破壊する拳を止めてくれた。

 今回は本当に彼には感謝してもし足りないほどだ。

 

 

「余を坊主だと……!」

 

「事実であろうに。なあ、ローゲル殿」

 

 

 キバガミが小馬鹿にするような言い方で同意を求めてきた。

 なんともまあ、答えづらい状況だ。

 

 

「そうだな。立場上、言いづらいが事実だ」

 

「ローゲル……!」

 

「お主の忠臣から見てもこの通りだ。坊主一人に背負わせる国など未来はない。豊かな大地になろうとも、他を犠牲にした国として周囲から恨まれ孤立し、また弱っていくことだろう」

 

「帝国に対してなんたる侮辱を───!」

 

「その侮辱をさせる切欠が、お主の姿なのだ」

 

 

 キバガミの言葉はなんと耳の痛いことか。

 事実だからこそ辛く感じる。とはいえ、このまま彼の言葉を聞いているだけではさらに帝国を侮辱させることになってしまう。

 

 

「殿下、彼の言葉は事実でしょう。俺たちは、あなたに陛下の姿を求めていた。あなた一人にすべてを背負わせていた。そんな国が、世界樹の力を持ったとしても長く続くはずがない……」

 

「世界樹の力があれば、帝国はさらなる力を手にする……帝国が敗れるはずがない……」

 

「敗れますよ。伝承にも語られているように、巨人もこの地の者たちによって敗れたんですから」

 

 

 誰だったか、アルメリアだったかが言っていたな。

 束ねられた力は竜をも討つと。彼女自身の言葉ではないらしいが、事実そうなのだろう。

 

 帝国が世界樹によって豊かになろうと、周辺の住民を犠牲にした国として諸外国からの心象は最悪になるだろう。周囲は敵だらけとなり孤立する国など……

 

 

「巨人の力は、帝国を滅ぼす力です。殿下ももうわかっておいででしょう。豊かになるのは一時だけだと」

 

「……ではどうすればいいと言うのだ。帝国が滅ぶのはもう時間の問題だ! たとえ一時だけであろうと、生きながらえることの何が悪い!」

 

「助けを求めましょう」

 

「──────助け?」

 

 

 俺は肉体労働派だから、すぐに解決策なんて思いつかない。だからといって殿下に頼りっきりでは何も変わらない。

 ならば他に頼る。それだけだ。

 

 

「ええ、周囲に助けを求めるべきです」

 

「……隙を見せれば食い殺される。政の世界を知らぬ者の言葉だ」

 

「ならば政の世界を知る者に、助けを求めればいいでしょう」

 

「……それが辺境伯だとでも言いたいのか。辺境伯は帝国の者ではない。あの者が帝国のために頭悩ませようか」

 

 

 辺境伯が帝国のために考えてくれる姿を想像する。

 

 きっと彼ならば、いつものように犬を抱えながら兵士に指示を飛ばし、人手が足りないならば冒険者を募り依頼し、それでも手が足りないならば、世界中に知らせを飛ばすだろう。

 初めは世界樹の謎を求めての行動力だったが、それを抜きにしても彼は他人のために労力は惜しまないはずだ。

 

 

「報告したはずですよ。彼はウロビトもイクサビトも受け入れました。帝国だって例外はないはずです」

 

「ウム、辺境伯殿は言っておった。帝国とも手を取りあう未来を、と。それは支配などではない。互いに認め合う形としての提唱であった」

 

「…………余は、本当に誰かに頼ってもいいのか」

 

 

 むしろ頼るべきだ。一人悩み続けたって、必ず答えが見つかるというわけじゃない。

 

 

「ええ、頼りましょう。誰かに頼ることが許されないなんてことはないんです」

 

「余は、帝国を導かねばならぬ……そのような立場で頼っていいと本気で考えておるのか……」

 

「帝国を導くために人に頼る、当然ありでしょう。そもそも帝国を導く立場であろうとその前に一人の人間です。支え合ってしかるべきじゃないですかね」

 

「お前にしては、不真面目な答えだ。ローゲル……」

 

 

 本心の言葉がひどい評価である。しかしなんとなく、殿下の纏っていた空気が弛緩したような気がした。

 

 

「貴公らの言葉を、信じてもいいのだな……」

 

 

 その言葉に笑みが漏れる。もちろんです、と答える直前に

 

 

 ──────黒い風が、吹き抜けていった。

 

 

 ただの風ではない。最初の殿下との立ち合い時に起きた、黒い風の刃。カオスドライブ。

 

 その凶刃が殿下に向かい、

 

 

「なっ……!?」

 

「殿下……!」

 

 

 

 硝子の割れる音とともに、巨人の冠が破壊された。

 

 

 

「な、何者だ!!」

 

 

 キバガミが黒い風の刃が飛んできた方角を見ながら吠える。

 だがその言葉に返答はない。

 

 その方角にあるのは、吹き飛ばされた殿下の砲剣のみ。

 砲剣からは黒い靄がにじみ出て、空へと昇っていく。

 

 

「何が、起きた……ローゲル、冠は、無事か……」

 

「殿下! 大丈夫ですか!」

 

 

 殿下に大きな怪我はない。植物化した部位を除けばではあるが、今の刃によって傷を負った様子はない。

 

 だが冠は……完全に砕かれている。

 

 

「冠……冠が……」

 

 

 砕かれた冠は、すぐに殿下の瞳に映った。

 

 

「あ……あああ…………」

 

「殿下! しっかりしてください!」

 

「冠が……! あれがなければ巨人を止められない! 僕が、僕のせいで!!」

 

「殿下!!」

 

「ローゲル殿! その坊主を連れて脱出するぞ! また次がいつ来るかわからぬ!」

 

 

 キバガミの言う通り、またあの黒い風の刃がいつ来るか全くわからない。

 それにいつ壁が崩れて生き埋めにされるかと言った危険もある。

 

 

「もう、今度こそすべてが終わってしまった……僕のせいだ……僕のせいで……」

 

「殿下、まだ終わっていません! まだです!」

 

「ローゲル……お前もわかっているだろう。もう、巨人を止めれない……」

 

「いいえ、止めれます」

 

 

 立ち上がる気力がなくなっている殿下を背負う。

 

 

 まだ間に合う。油断すれば心が折れそうだが、まだ間に合う。そのためにもここから脱出する。そして、

 

 

 

 

「巨人を追って、必ず止めます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

ローゲル(殿下を殴るタイミング逃した……)

このボス、ドライブ一回しか使ってねぇ!
カオスドライブは皇子の技術以外の何かが混ざったのではと思いこのような形に。
というわけでアレには少し罪を被ってもらいますよ、はい。

次回、アルメリア視点に戻ります。
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