世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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54.戦いの狼煙をあげて

 

 

 

 

 雷竜の呪われし遠吠え。

 氷竜の微睡みの叫び。

 

 竜の咆哮が終わると共に、気球がいくつも墜ちていく。

 突然操舵していた者がいなくなったかのように。

 

 いや、まだ間に合う。間に合うはずなんだ。

 

 

【起きて!】

 

 

 耳を塞ぐのが間にあった人だって乗っているはずだ。あるいは死なずに氷竜の咆哮で眠ってしまっただけかもしれない。ならばすぐに起こせば間に合う。墜落する前に。

 

 

【早く起きてください! じゃないと……!!】

 

 

 どんどんと高度が落ちていく。あるいは崖壁に向かって進んでいく。

 

 まだあの気球の人たちは、戦えてもいないというのに。こんな終わり方などさせていいものか。

 

 もう一度拡声機に叫ぶも、妨害するようにまた別の咆哮があがった。

 

 

【起き───!?】

 

 

 巨人の咆哮。

 竜とは違う純粋な大音声。ただ声を出しているだけなのに、地響きを想像させる音。

 

「……っ! ア、アルメリア! 見るんだ、持ち直した!」

 

 巨人の馬鹿みたいな大声で起きた?

 

 なんで巨人が叫んだのかわからないが、今回ばかりは感謝しよう。まぁ倒すけど。

 でもなんで叫んだんだあれは。あのタイミングで叫ぶ理由は、竜への威嚇?

 

 それとももしかして、シウアン……?

 

 巨人の心として取り込まれたシウアンの意志がまだ少し残っている?

 

 夢見すぎだろうか。だけどそんな夢を見て何が悪いと言うのか。

 希望を持って今の状況を抗いたいと思うのは当然だ。

 

 突然現れた竜に滅茶苦茶にされそうだ。だけど雷竜と氷竜はどう見てもあの漆黒の竜と敵対している。というかあの二体が現れた理由は絶対黒い竜だ。

 黒い竜の目的はわからない。けど二体の竜と戦いは避けられないはず。

 

 それならば、

 

 

【竜から離れてください! あの竜は、少なくとも雷竜と氷竜は巨人と私たちに用はなさそうです! 変な乱入者がありますが、私たちは巨人を倒しましょう!】

 

 

 気球も持ち直し距離を取りだす。

 そして予想通りというか、雷竜と氷竜は黒い竜に襲いかかっていた。

 

「アルメリア、貸してくれ」

「へ? あ、はい」

 

 ほっとしたら、ローゲルさんが手のひらを向けてこの発言。

 拡声機の話しかける道具のことかなと思い手渡す。

 

「ありがとう。ところであの時の炎の壁、また撃てるかい?」

「え? あの時の……?」

 

 あの時とはいったい。

 思い至らないでいると教えてくれた。

 

「俺と戦った時のだよ。あの馬鹿みたいな炎」

「馬鹿みたいなって……ま、まあたぶんですけど。今のこの状況なら撃てるはずです」

 

 イクサビトの里でウーファンが言ってた通り、感情に呼応する術式だと思う。実際あの時ものすごく興奮状態だったし。

 だから今の状況は撃てる。場合によってはあの時以上に出るかもしれない。

 

「そうか。まぁそれがなくても戦いやすい場所はやっぱり水道橋の上かな。急な変更は混乱を招くし丁度いいか」

「?」

「ん? あー、まあ、あの巨人と戦うのなら、だよ」

「あ、はい。そうですね。気球艇や軍艦の上からはちょっと危ないかなと」

 

 しかしそれがどうしたというのか。

 ひょっとしてあの火にすごく期待しているのか。

 

「あ、あの、あの術式はすごかったですけど、あれだけじゃ巨人を倒すには……」

「ああ、大丈夫。わかってるさ。さ、降りてくれ」

「え」

 

 ぐいぐいと押されて軍艦から降ろされた。

 私を降ろしたあと、軍艦は飛び立っていく。

 

 うん? うーん??

 

 東の空では三体の竜の激しい攻防。北を見れば巨人、が少しおかしい。

 

「巨人が、西に移動してる……?」

 

 皇子が最後に出した命令は南を呪いで満たすことだった。

 だから真っ直ぐ、ゆっくりと確実に南下していたはずなのに、ずれていく。

 

 木偶ノ文庫を、いや、水道橋を避けて行動している?

 シウアンがやっぱりまだ残っている?

 

 いや、きっとどれも違う。

 

 シウアンは言ってたじゃないか。

 世界樹が怯えていると。黒い影に怯えていると。

 

 今まですっかり忘れていたけど、ウロビトの里でシウアンは言ってた。

 黒い影とは何か。どう考えたってあいつだろう。あの漆黒の竜だ。あれは夢で見た竜だ。そして黒い依頼書に関わった人たちが魘された竜だ。

 

 南下していく命令と竜への怯えが、巨人の動くルートをずらし始めたのだ。

 

 ある意味竜の争いに巻き込まれにくい位置となって嬉しいけど、水道橋のようないい場所が西にはない。この立地は巨人を囲んで数に物を言わすのにちょうどよかったのに。

 もう贅沢は言ってられないか。別の場所で戦うしかないか。っていうか私軍艦から降ろされてるからさすがにどうしようもない。

 

 

【俺は帝国騎士ローゲル】

 

 

 私を置いていった軍艦からローゲルさんの声が響いた。

 

 あれ? 拡声機使わないんじゃなかったっけ。あ、やらないのは演説だけか。

 

 

【巨人を止めようとする志を持った帝国兵に告ぐ。これより巨人を木偶ノ文庫周辺の水道橋まで押しやる。あの場所以上の戦いに有利な場所はない。確実に押しやるために、同志は力を貸してほしい】

 

 

 軍艦から降ろされた理由は押しやるからここで迎え撃てと。

 なんだかとんでもない過大評価を受けている気がする。凶鳥烈火でも限界があると思います。

 

 でもやるしかないかぁと青ざめながら決意を固めると、そばに気球艇が降り立った。

 

「アルメリア!」

「ウィラフさん、良かった。無事だったんですね」

 

 わーっと駆け寄ってきた彼女と謎のハイタッチ。

 見ればウィラフさん以外の気球艇も続々とこの水道橋に集まろうとしている。

 

「驚いたよ! 急に変な声が聞こえてきたんだもの! 神話を再現しようって! でも具体的な方法は教えてくれないし、わからないからこうして来たんだ」

「ナチュラルに変な声扱い……」

「いいじゃんいいじゃん。それで、私たちはどうすればいい?」

 

 他の気球艇の人たちも同じ気持ちでここに来たということか。

 しかし何か違和感。

 

「うーん?」

「え、もしかして何も考えてなかったとか? 神話を再現するとか元気いっぱい言っておいて?」

「あ、いえ、それも考えてませんでしたけど、なんか皆さんの姿に違和感というか……何か足りないというか……」

 

 少し考えて、ああ、とウィラフさんは何か納得が言ったように答えた。

 

「ここに来たのはタルシス組だけだからじゃない?」

「タルシス組て」

「ウロビトもイクサビトも、それぞれで動いてるみたいでさ」

 

 ほらあそこ、と示された場所は水道橋の上ではなく、その下。

 絶界雲上域の大地に二ヵ所。イクサビトの集まりとウロビトの集まりが見えた。

 

「なんであんなところに……」

「わからないけど、きっと何か意味があるはずだよ。それより私たちもどうにかしないとね……」

 

 テキトーに各自が動くのはきっとダメだろう。みんなそう考えたから、こうして来た。私がこの戦いの旗となったのだ。しっかり考えないと。

 

 巨人が少しずつ西、いや南西へと舵を取り始めたのに対し、軍艦はさらに西へ回り込むように動きだしている。

 

 さっきのローゲルさんの声を思いだせ。押しやると言っていた。砲撃でもするのだろうか。

 砲撃で動かせるかはわからないけど、最初の攻撃は帝国になる。その起点から、どう動くべきか選べ。

 

 それぞれが自分たちのやるべきことを選んでいるんだ。わからない、なんてことはない。考えろ。

 

「……」

「アルメリア?」

 

 軍艦の動きの意味、イクサビトの位置、ウロビトの位置、巨人の力。

 

 

「気球艇を三つ……いや、二つに分けて飛ばしてください! それぞれ帝国、イクサビトに! 帝国に飛ばす気球艇は何か梯子かロープを!」

 

「わ、わかった!」

 

「ウィラフさんはここで待機! 状況が動き次第、ローゲルさんとキバガミさん、ウーファンを連れてここに!」

 

「動き次第ってどういう状況に?」

 

「動き次第!」

 

「……オッケー!」

 

 

 思い浮かべた通りの展開になるかはわからない。自信もない。けど自信のない姿なんて見せてはダメだ。そんな姿で指揮を取れば、不安が伝播してしまう。

 

 これ以上、世界樹のせいで不安を広げてたまるもんか。

 

 二方向へ飛んでいく気球艇を見ながら、巨人に対しての不安要素と別の不安に思考を回す。

 

 東の空。

 

 竜たちの争いだ。

 竜の咆哮は明らかに異常を起こす。先の影響を受けた気球艇の分布から、距離が開いていれば効果は薄いようだけど、いつまでもあそこから移動しないとは限らない。

 

 黒い竜の目的は世界樹だ。敵の敵は味方、なんて単純な考えはできないだろう。

 それに見てるだけで畏怖と嫌悪を感じさせるあの姿に、好意的な考えなど持てない。

 

 東の空の乱戦に目をやれば、黒い竜に雷竜が纏わりつきながら大口を開けて噛みつこうとしていた。その口を片腕で掴みながら妨げているものの、黒いのの背後からは氷竜が腕を青白く光らせながら振りかぶり殴りかかろうとしている。

 多勢に無勢の状況。

 次の瞬間には、黒竜は噛み千切られ、叩き潰され、命を失うと予感させる光景だった。

 

 しかし牙が届く前に、氷の腕が振り降ろされる前に、黒竜が吠えると同時に黒い煙が噴き出た。

 

 煙は意志を持つように蠢き、竜たちの体に纏わりつく。

 

 ただそれだけで異変が起きる。

 

 翼もなく空を飛んでいた雷竜が、まるで飛ぶ力を失ったかのように地に落ちた。首をもちあげようとしているが、纏わりつく煙に重みでもあるかのように動きが鈍い。

 

 氷竜も同じだ。その両腕は重しでも持たされているかのように下がり、膝をつきながら動けないでいる。三つの首が恨めし気に黒竜を睨んでいるだけだった。

 

 倒れた二体の竜を見下ろすのは、黒い竜。

 

「嘘……三竜のうちの二体が負ける……?」

 

 私と同じく東の空を見たウィラフさんが、信じられないとでも言うように呟く。

 黒竜は動けない敵をまるでとるに足らない相手とでも言うように無視し、巨人に視線を定めた。

 

 

 今この状況で乱入はさせるわけにはいかない。

 この神話にお前の席はないのに。

 

 

 黒い竜が動きだす直前、東の空を業火が包みこんだ。

 業炎の中、紅き巨体が飛び込んでいく。

 

「赤竜……! は、はは……三竜勢ぞろいって何これ」

「赤竜って確か怪力の竜ですっけ」

「え、ええ。力が赤竜、魔法が氷竜で呪いが雷竜」

 

 まるで現実感のない悪夢を見せられている、そんな気持ちなのだろうウィラフさんも。

 もう笑うしかないといったリアクションとともに、こちらの確認の言葉には丁寧に教えてくれた。

 

「赤竜がどこまで持つか……あの黒いのがこっちに来たら最悪ですね……」

「……三竜が負けるなんて、思えなかったんだけど」

 

 巨人の起こす地響きと、竜の起こす地響き。

 竜がいた丘の上は、赤竜の咆哮と共に崩落するように崩れていく。

 

 足場が崩れ落ちていく中、雷竜と氷竜も一緒に落ちていくのが見えた。

 業炎に包まれていた丘が無くなり、黒竜と赤竜は空中で掴み合うように戦っている。

 

 さすがに怪力な竜だけあるのか、赤い力は黒を投げ飛ばした。さらに追撃を掛けようと大きく息を吸いこむ動作を見せる。

 

 その仰け反りの間に、黒竜から青白い塊が飛びだし赤竜の体に触れた。直後に赤竜の姿が凍りつく。

 

 それで終わったかと思えば、凍りついた体を内側から割るようにもがき、体の自由を取り戻す姿。しかしその間に現れていた黒い煙が、他の二体の竜の動きを奪った煙が赤竜を包み込んだ。

 それだけで赤竜からも動きが奪われ、地に堕ちていく。

 

 竜が堕ちる音は、見ている者に重く刻まれた。

 

「赤竜まで……」

「……ウィラフさん、巨人の力の源は顔にあるそうです。そこにシウアンと巨人の心臓が入りこんでるんだとか」

「え……?」

 

 あの黒い竜は巨人との場に来てはダメだ。

 赤竜を一瞬で凍らせた魔法染みた力を持ち、雷竜の力を片腕で抑え込む肉体の力、すべての竜の動きを封じる呪い染みた黒い力。

 

 三竜を超えた力を持つ黒竜が、今度こそ邪魔ものがなくなったとばかりにゆっくりと翼をはためかせた。

 その進む先は、巨人。

 

 少しでも時間を稼がないといけない。

 

「秘策ってわけじゃないですけど、凶鳥烈火っていうすごい術式があるんです。それで少しは時間を稼げないか、やってみます」

「アルメリア、何言ってるのさ。あれは挑んじゃダメ。絶対に」

「そうですけど、そうも言ってられません。とにかく巨人の弱点は顔です。大変ですけどお願いします」

「ちょっと───え?」

「ほい?」

 

 ウィラフさんが引き留めの最中に間の抜けた声をあげる。

 それにつられて私も微妙な声をあげてしまったが、まあいい。何が見えたのかと視線を辿れば、黒竜の飛ぶ先に趣味の悪い金色の気球艇。

 

 その気球艇から、何かが落ちていく。人型の何かが、飛び降りるように。

 

 気球艇の飛ぶ高さから飛び降りれば、死ぬ。

 そんなもの普通は死ぬ。

 

 普通であれば。

 

 あの人は普通じゃない。だから死ぬことはないだろう。

 だけど何故、動いてしまったんだ。

 

 見ているだけで良かったのになぜ。

 

 

「イシュ……!」

 

 

 落下していくイシュの姿。

 そして向かってくる黒竜の姿。

 

 タイミングを計ったかのように、両者が接触した。

 

 接触と同時にイシュが黒竜を足蹴にしながら幾度と斬り刻んでいく。何度も舞うように。

 あれは熊騒動のときに見た───

 

「如く舞う……」

 

 その攻撃によって黒竜が堕ちたわけではない。だけど、動きは止まった。

 

 巨人から視線を外し、竜から離脱し落下していくイシュに向ける。

 

「イシュ、どうして……」

「……アルメリア。イシュと何があったか知らないけど、あっちは任せよう」

「……」

 

 落下していくイシュを追うように黒き竜は降下していく。

 自身を傷つけた小さな存在を叩き潰しに向かったのだ。

 

 自然落下よりも速く降下していく竜に小さな体は追いつかれる。

 

 まるで嘲笑うかのように並走したのちに、見せつけるように黒い腕を振りかぶり──────余裕たっぷりの竜の顔を、イシュの腕が飛んでぶん殴った。

 

 竜にも奇襲って通じるんだ。そんな感想が浮かんだ。

 

 黒い大きな体と小さな体、その両者はそのまま地に落ちる。

 

 二度も自身の体を傷つけた小さな者に、怒りを隠さないような黒竜の咆哮があがった。

 

 遠目からでも恐ろしい存在と悟れる相手を前に、小さな体で対峙する剣士の姿。

 震えもなく、二振りの剣を悠然と構えて何かを言った。

 

 さすがにその声は届かない。

 

「アルメリア」

「……はい」

 

 トラウマの世界樹相手ではないなら頼ってもいいのではないか、と考えてしまって自己嫌悪に陥りそうになる。

 しかし、あの人以外はあの竜を止めることはできないとも思える。竜が巨人との戦いに混ざるのは危険だ。巨大な力と凶悪な力が一つに合わさりかねない予感がする。

 私の我儘で全てを終わらせてはダメだ。

 だからあの竜だけ。あの竜だけ、お願いしよう。

 

 理論武装をして、私たちの戦う相手を見据える。

 

 

「私たちは私たちの相手にかかりましょう」

 

 

 東で黒き竜と千年前の指導者が争い、西には巨人と軍艦の最初の一手が打たれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 




 

ゲーム中でも世界樹が「力の発現を望む妄念の闇、空より来たりて我が身を欲す」って言ってると巫女が教えてくれました。
表だけなら帝国のことなんでしょうけど、裏も含めたらドM竜も含めれるんですよね。
第六迷宮のアレは力を望むというより食的な意味で欲しているので除外。空も飛べないですしね。

次回、三人称でいきます。
街の様子を少し。
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