世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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三人称、ほんの少し時間を戻してタルシスの様子です。





55.崩れゆく日常を崩さぬために

 

 

 

 

 

 ──────マルク統治院。

 

 

 外から聞いたことのない神々しくも恐ろしい声が聞こえ、執務室の窓から辺境伯は北の空を眺めた。

 

 そこには見慣れた大樹の姿はなく、遥か遠景からでも人型とわかる巨神の姿があった。

 その光景に、何が起きたかを彼は悟った。

 

 帝国が計画していた世界樹の力の発現、この大地を緑で呑み込む悪夢を。

 

 

「始まってしまったな……マルゲリータ」

 

 

 マルゲリータと呼ばれた愛犬は、辺境伯の顔をしばらく見つめたと思えば執務室の扉に顔を向ける。

 

 誰かが向かってきているのがわかったのだ。

 

 巨人の進行方向からせめて住民を逃さないとならない。領主としての最後の命令となるだろう。その命令を下すために誰かが訪れるのは丁度いいと思えた。

 

 

「辺境伯! 世界樹のあった場所に巨人のような何かが───!」

 

「ああ、見えているとも。伝承の巨神、楽園に導くと言われていた存在だ」

 

「……あれが、各地で語られている……あ、今言うことではないかもしれませんが、碧照ノ樹海の祭壇報告なのですが」

 

「本当に今言うべきか悩むことだな……祭壇の調査はすぐに辞めるように。兵士は一度集合し、二つの部隊に分けてくれたまえ。一つは住民を避難させるために。もう一つは北に向かった者たちの撤退の手助け、及びウロビトとイクサビトの里の避難の手助けを」

 

 

 少しズレているのだろうかこの兵士は。それとも職務に愚直なのか。

 もっともその程度のことは怒ることではない。状況が状況でなければ笑い話にしていただろう。

 

 そんなことを思いながら辺境伯は指示を出す。

 北にはすでに多くの冒険者や兵士が向かっている。彼らの救出をしなくてはならない。見捨てることなど、彼にはできない。

 

 

「了解しました! あとニーズヘッグの方から祭壇の調査時に伝言を受けてまして」

 

「うん? 彼らから?」

 

「はい。まだ間に合う。報酬はお金が嬉しい。この二点を辺境伯に伝えるようにと言われておりました」

 

 

 それはアルメリアからの伝言。彼女がこの伝言を頼んだのは、巨人の復活の阻止がまだ間に合う、ということを伝えるためだった。その伝言が今になって辺境伯に届いた。

 

 伝言を受けて、辺境伯は思案に耽る。

 

 まだ間に合う、とはどういう意味か。報酬はお金が嬉しいとは。

 

 この状況でこの伝言。本来意図された内容はこの場にいる誰もわからない。だからこそ、勘違いが起きた。その勘違いは決して悪い方向ではなかった。

 

 

「……そうか。ふふふ、そうか! まだ間に合う、か! 君、先の命令は一部取り消しだ」

 

「はい?」

 

「北に向かう部隊は、ウロビト、イクサビトの里の避難にだけ注力してくれたまえ。絶界雲上域にまではいかなくていい。あとわかっていると思うが、赤竜には警戒するのだよ」

 

 

 数時間前から、世界樹が倒壊後少ししてからか、赤竜が奇妙な動きを見せていた。思えばあれは巨人の出現の前兆だったのか、今となってはわからない。よっていつも以上に竜に関しては警戒するよう促す。

 

 まだ計画を止めれるということだろう。

 報酬を受け取りにくるつもりなのだろう。ならば、それに応えないといけない。信じなくてはならない。

 

 一介の冒険者の言葉に己の命運を委ねつつ、住民の避難指示は出しておく。

 指示を受けた兵士は慌ただしく走りながら執務室を後にした。

 

 

「私のモットーは、慎重に! かつ大胆に!」

 

 

 以前ここで少女に言った言葉を愛犬にも言って、窓に映る巨人の姿を見た。

 

 そして彼は静かに呟く。

 

 

「だから私はここで、諸君を信じて待っていよう」

 

 

 その言葉とともに、領主として住民の避難準備を進め、個人として彼らの帰還をここで待つ決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────踊る孔雀亭。

 

 

 普段なら冒険者なり兵士なり、誰かしらいる店内には今日は誰もいなかった。

 先ほど聞こえてきた不気味な声に皆外へ飛びだし、北にそびえる人型にパニックに陥ったからだ。

 

 他の店員も家に帰らせた。よってこの店内に残っているのは店主の女性一人だけだった。

 

 

「こんなに静かになるものなんてね……」

 

 

 誰もいない店の中で一人ごちる。

 

 普段であれば、店内の騒がしさで外の音など聞こえなかったのに今日は逆だ。

 店の中が静寂で、外の音は慌ただしい。

 

 外から聞こえる兵士の言葉に耳をすませば、避難指示が出ているようだ。そのため荷物を最小限にまとめて集合するように、と。

 

 彼女も避難指示に従うべきだが、何故だか移動する気になれなかった。憧れであった自分の店を手離すということに抵抗があるのだろうか、命より大事なのだろうか、と自問するもわからずじまい。

 

 客がいないのなら今のうちに依頼書を整理するのもいいかもしれない。古いものと新しいものを仕分けするかと依頼ボードに目をやると、

 

 

「うわぁ……そんな風に消えるのね……」

 

 

 ここ最近彼女の頭を悩ませていた黒い依頼書が、煙のように形を無くし消えていく瞬間を見た。

 

 ここ数時間の間、赤竜がやけに騒がしいと聞いていたが誰かが石柱を破壊したのだろうか。それとも地響きによるものか。

 黒い依頼書がなくなったことは嬉しくある反面、不安でもある。

 巨人の出現したタイミングとは偶然なのか、それとも必然か。これ以上嫌な方向に転がらなければいいと祈りながらボードを整理する。

 

 すると店内に誰かが入ってきた音が聞こえた。

 

 

「あら? こんな時にいらっしゃい。どうしたの?」

 

「こんにちは。ちょっと新しい依頼を出そうと思いましてー」

 

 

 セフリムの宿の女将だった。

 女将がこの店に来ること自体は珍しくもない。宿に出している料理の食材調達は依頼を通していることが多いからだ。

 だが今は非常時。マイペースな女性だとはわかっているがここまでとは、と店主は面食らう。

 

 

「世界樹がなくなって巨人が出たっていうのにあなたねぇ……」

 

「……巨人? なんのことです? あ、それより聞いてくださいよ。最近疲れが溜まっているのか世界樹が動いているように見えるんですよねぇ……こう、ゆらゆら~っと」

 

「そう……。まぁ気づいてないならいいわ。でも避難指示だって出てるのよ?」

 

 

 巨人の声も女将は疲れが聞かせた幻聴と思っていそうだと考え、別の方向から指摘をする。

 

 

「そうですねぇ……なんでも緊急事態だとか」

 

「そうよ。だから依頼なんて出してる暇はないんじゃないの? どんな依頼かは知らないけど」

 

「そうなんですよ、頼みたい依頼がですねぇ」

 

 

 どんな時でもおっとりとした雰囲気を崩さない女将はひょっとしてかなりの大物なのでは、と彼女は呆れながら話の続きを待つ。

 こんな時でも出したい依頼。よっぽど大事なものと普通は考えるが、こと女将相手ではいつも通りかもしれない。

 

 

「ご飯を作るのを手伝ってほしいんですよ。今」

 

「……今?」

 

「はい、今です」

 

 

 ご飯作りを手伝ってほしい。今。

 時間指定の依頼は珍しくないけど何かが違う。絶対違う。

 

 

「頑張ってくださってる兵士さんたちや不安になっている方たちにご飯を作りたいんですよー。でも私だけだと手が足りなくて」

 

 

 世界樹が無くなり、巨人が現れてパニックな中の避難指示。誰もが不安になっている最中だ。

 そんな中でも自分ができることを、女将は見つけて行動しようとしている。人々を安心させようと。マイペースさが作った偶然かもしれないが。

 

 

「……まぁ、避難指示が出てるとはいえ動かせない病人や怪我人もいるし、そんな人たちのために作るのもいいかもしれないわね」

 

「ありがとうございます。報酬はどうしましょう?」

 

「そうねぇ……今度あの子にご飯を奢ってもらう予定だから、その時あなたに腕によりをかけて作ってもらおうかしら」

 

 

 孔雀亭を後にしてセフリムの宿へ二人は向かう。

 

 先のことを話せばそれが現実になると願って、という気持ちはなく、ただの日常のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────カーゴ交易場。

 

 

「どうもー! ベルンド工房から来ました!」

 

「相変わらず元気いっぱいだな嬢ちゃん」

 

 

 カーゴ交易場にベルンド工房の看板娘が訪れていた。

 

 交易場として工房の品を扱うこともあり、工房関係者が来ることはそれほど珍しくはない。しかし、それは普段ではの話だ。

 

 

「こんな時にどうしたんだ? 避難指示が出てんだろ?」

 

「そういう港長だってこんな時に何してるの?」

 

「俺は仕事だよ。ま、もう終わっちまったけどな」

 

 

 交易場の作業員たちの緊急の仕事、一人でも多く乗せれる馬車や気球艇を作れ。

 避難のために使うのだろうが、ゼロから馬車や気球艇を作るには圧倒的に時間が足りない。よって現存している気球艇や馬車に外付けの篭を作っていた。

 

 だがそれでも限界がある。気球艇でも馬車でも、重量とバランスの問題に詰まる。無理な設計をして気球艇が途中墜ちるなどあってはならない。馬車が途中壊れて魔物に襲われてはならない。

 

 よって手を尽くせる限界までの作業とはいえ、すぐに終わってしまった。

 

 

「工房にも避難指示出てんだろ? 嬢ちゃんもさっさと行ってこいよ」

 

「出てるけどだーれも避難しないんだ。もちろん私もそのつもりだよ!」

 

「素直に避難しとけ。兵士が困るだろうが」

 

「私もやれることをやりたいもん。それより余ってる廃材とかないかな? 簡易な武具にできそうな素材で」

 

 

 工房の娘の姿に、こんな時にもまだ何か作ろうとしているのか、生粋の職人気質なのだろうかと交易長は愉快な気持ちになった。

 彼にも避難指示が出ている。だが避難する気はない。多くの気球艇を生みだしてきた作業場から離れたくないのだ。最後まで気球艇と関わって終わりたいという気持ちがある。

 

 

「街の外で魔物もたっくさん暴れてるみたいで武具が足りなくなるかもなんだって。今から打つには時間が足りないからあるものでなんとかしようってなってね」

 

「……どこもそうだよなァ」

 

「それでそれで! 何か余ってるのないかな!」

 

 

 どこも時間が足りない。そんな中で精いっぱいやらねばならないのだ。

 

 街の外の魔物もパニックに陥っていると聞いて、さらにはこんな娘も精いっぱいやっていると知った。

 余っている素材ならある。いや、あった。

 

 だが今は余っていない。

 

 

「すまねぇな。何にも余ってねぇわ。仕事がまだ終わってなかったからよ」

 

「ほえ?」

 

「嬢ちゃんは工房に戻りな。武具がなくても医薬品とかならあんだろ。それか兵士のために飯でも配ってやれよ。何気にあんた、人気なんだぜ」

 

「へ? へっ?」

 

 

 魔物の暴走に対して、馬車や気球艇の補強も視野に入れてもう一度働かないといけない。収容人数を増やし、なおかつ強度を高める。ギリギリまで、やり遂げなくてはいけない。限界と考えたラインは本当なのか、再度考え直し、絞りだし、動かねばならない。冒険者や兵士の戦場とは違う、気球艇の作業員としての戦場に本気であたるのだ。

 まだ作業員たちは残っているはずだ。諦めている時間などない。

 

 彼は避難の準備をしていた作業員たちを呼びとめた。

 こんな時でも最後までつき合わせてしまうのは申し訳ないが、一人では限界がある。

 

 混乱している工房の娘は置いといて、自身にも喝を入れるように声をあげた。

 

 

「おいボンクラども! 休憩は終わりだ、さっさと持ち場につけ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────街門。

 

 

 街門では冒険者や兵士、魔物と入り乱れている状況になっていた。

 

 うろつく跳獣の拳に合わせてカウンターを放ち、一呼吸空いた隙を見逃さずギルド長は兵士たちに指示を出す。

 

 

「三人一組で一体の魔物を相手にするのだ! 魔物どもは正常な判断はできていない! 落ち着いて対処せよ! 絶対に中に入らせるな!」

 

 

 巨人の出現と咆哮により、大地中の魔物がパニックに陥り暴走しているせいだ。

 

 どの魔物もただ巨人から遠ざかろうとしているだけだが、街の中に入れさせるわけにはいかない。

 ただでさえ巨人の出現により馬が興奮している。そんな中魔物が近くにいればまともに動けない。住民の避難もままならない。

 

 

「まったく……街を通らず逃げればよいものを……!」

 

 

 跳獣のような大地をうろつく魔物は川を越えてまでタルシスに向かってくる。それだけでなく、近くの廃鉱からも魔物が流出している状態。

 すべての魔物が街に向かっているわけではない。全体の数割程度。しかし一体でも避難に大きな影響が出かねない。

 

 街の死守のために数多の魔物と戦うというのは、なかなかにしんどいものだとギルド長は感じた。

 

 

「神経を使い過ぎてかなわん……巨人を相手にする方が面白そうだな」

 

「ギ、ギルド長! そんなこと言ってないで前! 前!!」

 

「む?」

 

 

 何頭もの狒々と共に迫ってくる魔物がいた。周囲の狒々よりも二回りは大きな存在。さながら狒々の王。

 廃鉱の魔と呼ばれていた彷徨う狒狒より上の存在。

 

 森の廃鉱の奥深くに狒々の王がいるのでは、という話はかつて何度か上がったことがあった。新米の試練として使われている廃鉱にて、ごく稀にとてつもない力で押し潰された死体が出てくることがあったためだ。

 

 力試しの試練、そこに現れる理不尽。その元凶が巨人によってあぶり出てきた。

 

 

「巨人騒ぎは悪いことばかりではないな……力を試すことすらできず散っていったヤツらの無念、それを晴らす機会が訪れるとはな!」

 

「ギルド長!? ですが門を守らなくては!」

 

「む……それもそうか……」

 

 

 門を守るためにも彼はこの場を離れられない。確実にあの魔物の息の根を止めてやりたいが、それに尽力すれば守りはおろそかになる。兵士たちは魔物との戦いには不慣れなため彼がいなければ決め手に欠けてしまいジリ貧に陥る。

 冒険者もこの場にはいるが、腕に自信ある者は絶界雲上域に行ってしまっている。

 

 せいぜい痛手を与えれる程度に終わりかねない。口惜しいが耐えねばなるまいと彼は堪えようとした。

 

 せめて腕利きの者があと一人、この場にいれば。

 

 

「……僕に手伝わせてくれないだろうか」

 

 

 堪える彼に、凛とした声が協力を申し出た。

 

 彼にとっても聞き覚えのある声だ。木偶ノ文庫攻略のために軍艦の囮になり、世界樹倒壊時にタルシスに戻るはずだった冒険者。

 

 

「キルヨネンか。お前、今までどこにほっつき歩いておった」

 

「……それは」

 

「それにお前、少し臭いぞ」

 

「……」

 

 

 決して彼はふざけて言ったわけではない。

 実際にキルヨネンから変わった匂いがするのだ。泥や汗の匂いでも香水の香りでもない。

 

 キルヨネンは沈んだ顔をしながら背嚢から小瓶を取りだした。

 

 

「竜が嫌う香りを出す薬品です……」

 

「……赤竜に使ったか」

 

「……言い訳にしか聞こえないかもしれませんが、タルシスへ戻る途中、急に意識が途切れました。そして気づけば、赤竜の石柱を破壊していました……」

 

 

 竜の石柱。

 突然現れた孔雀亭の黒い依頼書に関するもの。未だに学者たちも全容を掴めない不気味さと人を惑わす力から、触れないように通達は出ているものだ。竜殺しの家系の出からも言われていた危険物。

 

 自らの意思ではなく、件の惑わす力によって操られてしまったのだろう。

 その力のせいであってキルヨネンのせいではない、と声を掛けたところで意味はなさそうだとギルド長は判断する。

 

 キルヨネンの先の申し出は、罪悪感によるものが大きいだろう。

 普段のキルヨネンであれば巨人に迷わず向かうはずだ。

 

 

「勝手に石柱を破壊した件についてはワシからは何も言えん。破壊したところで、それがどう響くかはわからん」

 

「……」

 

「だが今、確実に言えることがある。全力で門を守れ。フォートレスのあり方を示してやれ!」

 

 

 今やるべきことを彼は言った。

 そして、とさらに続ける。

 

 

「誰にだって間違いはある。それをフォローする者がいれば問題はない。ワシの今からする行動とて間違いだからな! というわけで、ワシは勝手にあの狒々を仕留めさせてもらうぞ!」

 

「ギ、ギルド長!?」

 

「キルヨネン! 門は任せたぞ!!」

 

「……は!」

 

 

 戸惑う兵士をよそにキルヨネンは力強く返事をした。

 自分がやった失態がどう響くかわからない。それをいつまでも引きずるわけにもいかない。

 

 巨人が現れた北の地では今頃、多くの冒険者仲間が戦っているのだろう。その戦いに参加したいという気持ちはあるが、今自身がやるべきことは、城塞騎士としての使命は、

 

 

「騎士としての名誉を求めず、無垢なる者を守ってこその城塞騎士だ」

 

 

 ギルド長が剛腕の狒狒王に掴みかかり、揉み合いになりながら何度も頭突きを繰り出している姿に若干引きながら、キルヨネンは己が使命を務めんと武器を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 タルシスでは各々が各々のやり方で巨人の現れた世界と戦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 

街の様子もいれたくなったのです。
実際1階進むごとに街の会話チェックってしたくなりますよね。

竜が嫌う薬品はゲーム中で氷竜関係の依頼の際に使われていた奴です。
Q.依頼主から貰うものでは?
A.(無言の目そらし)
そんなこんなで赤竜石柱破壊はキルヨネンさんでした。

次回、冥闇に堕した者戦です

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