宙に舞いながら見える景色は情報量が多かった。
遠ざかっていくのは、やたらと真剣な顔のキバガミさんに他人事みたいな顔で安心していたウィラフさん。近づいていくのは、首をさするウーファンと同じく首をさすっているローゲルさん。
きっと私も着地したら首をさする。
遠目から見えた黒い竜とイシュの争いの場所は、なんだかよくわからない色に染まっていた。絵具をひっくり返したかのようなごちゃまぜの色の空間ができており、その中の様子がさっぱりだったのだ。
あの中から巨人を見ているのだろうか。竜にやられてはいない、はず。
どうかこれ以上戦わずに見ていてほしい。
「ぐべぇ」
小さな悲鳴と共にべちゃりと着地して、気持ちを切り替える。
ウーファンが結界を作ったとしても、瘴気を払っていると言えども時間はかけられない。
大樹から創られた巨人ゆえか、自身の体の上にも草や蔦が伸びている。
腕と顔は病的なほどに白いがそれ以外の部位は不気味な森を思わせる色彩。
「ローゲルさん、ウーファン、行こう!」
首をさすりながら進行方向、巨人の顔に向かって爆炎の術式を再度放ち、二人に呼びかけた。
肩から首へ移動する。
しかし首から顔に向けての進路上はわけのわからない深緑マントと硬質な装飾が邪魔をしていた。
でかいマントみたいなあれか。背中には畳まれた翼の葉。絶対その翼を使っても飛べないだろう。それも飾りか。装飾なのか。なんだっていい。
邪魔をするなら爆炎だ。
「とやあ!」
炎が植物の体を焼き払うも、表面が多少焦げただけでどの装飾も落とせていない。
爆炎で駄目ならば、却火だ。
「これも……!」
「アルメリア、ちょっと待ってくれ」
却火でも装飾の破壊に至らない。
ならば凶鳥烈火をと急ぐ私をローゲルさんが止める。その手には駆動音を鳴らす大剣。
「炎で駄目なら砲剣の爆発を使おう」
「でも剣は届きます? 結構高いですけど」
「起動寸前の砲剣を投げる。それに向けて爆炎を直撃させてくれ。暴発させる形でやろう」
「……いっつも暴発させてません?」
この人はことあるごとに爆発させている気がする。
会合の時も、木偶ノ文庫の時も。二度あることは三度あるというけども……
「しょうがないだろ。必要な状況なんだから。それに俺はこの先、行けないだろうからね」
「へ?」
途中離脱をするかのような発言に戸惑う。
その反応が面白かったのか何なのか、苦笑を浮かべて事情を話しだした。
「この首をよじ登るなんてできそうにないだろ。だったら俺もキバガミに倣って君たちを投げることにするよ」
「うへぇ……」
確かに登るのは難しい。
しかし登れても肩より上に足場はないのではないだろうか。今更ながら気づいてしまったやばい事態。
それならいっそよじ登る形で行った方がいいだろう。それならば砲剣もとっておくべきだ。
私やウーファンだけ送られても、へばりつくのが限界でズルズル落ちかねない。
「よじ登りましょう。私とウーファンじゃ投げられても足場が無いんじゃ厳しいですから」
「うーん、とはいえなあ……」
「アルメリア、ローゲルの言う方法しか今はない」
ウーファンがローゲル案を採用するように言ってきた。
ウーファンも私と同じく非力なのにいったい何故。実は筋トレでも隠れてしていたのだろうか。いつの間に。
「ローゲル、私が離れる意味はわかっているのか?」
「……ああ、任せたよ」
「そうか」
私をよそに二人が決定していく。二人の中ではもうローゲル案で確定しているようだ。
───ウーファンが離れる意味……?
「それじゃアルメリア、炎の準備を頼むよ」
「え、あ、はい!」
気になる言葉を考える暇を与えずに、ローゲルさんは高い音を立てている砲剣を巨人の装飾に向かって投げた。
それに向かって却火をぶつける。
以前もこんなことをやったな、と少しだけ思いだした。
あの時はマンドレイクの根を火球で小規模爆発させたっけ。
随分と環境も対象も、炎の威力も変化したものだ。
却火に触れて砲剣は内に秘めていた圧縮された術式を急激に解放する。その爆発の威力は凄まじく、ぼーっとしていたら巨人の体から落ちるほどの空気の衝動を伴った。
落ちなかったのはローゲルさんに庇われたからである。
私とウーファンに覆いかぶさるように庇い、衝撃から守ってくれた。ローゲルさん越しに見えた巨人のマントの装飾は崩壊した。マントの下の姿がさらけ出される。やはり巨体に反して異様に小さな翼が背中についていたが、それ以外は特にない。マントが無くなったのであれば、あとは巨人の顔までの邪魔なものは謎の硬質そうな装飾。
進路上の邪魔なものを一つ破壊された巨人は、いびつな曲線を描く首をさらけ出した。
どういう形だあれは。
首の中にもう一つ関節でもあるのかと言いたいような曲がり方。
蛇のように鎌首をもたげているわけでなく、首だけが不気味な前のめりの姿勢を作り上げている。
マントが剥げ落ちたことによってか、巨人の体が大きく揺れた。方陣からもがき抜け出すように、しかし両手足は動かない。
ただ体が揺れるだけ。
「はは、思ってた以上に派手に壊れたね」
「ですね……ってローゲルさん、ありがとうございます。吹き飛ばずに済みました」
「ああ、だけどお礼はまだ早い。俺は武器もなくなったことだし、ここでストップだ。キバガミみたいな投げ方はしないから安心してくれ」
体を離していくローゲルさんから奇妙な違和感。
この違和感は、そう。なんというか、匂いが違う。
加齢臭というかくたびれた匂いではなく、かといってソードマンが使うオイルなどの匂いでもなく、鎧磨きの匂いでもなく──────濃厚な草木の匂い。
それがローゲルさんから放たれていた。
「え……ローゲルさん……?」
「幸い首の裏になら乗れそうだな。さ、俺の手の上に足を乗せて。タイミングを合わせて自分でもジャンプしてくれよ。思いっきり上に飛ばすからな」
巨人からの匂いではない。確実に今の草木の香りはローゲルさんから放たれていた。似合わなすぎる、彼には加齢臭こそお似合いだ。草木なんて、そんなものは似合わない。
彼の鎧の下はどうなっているのか。
「ローゲ───」
「アルメリア、止まらず進むんだ。時間をかけられないのはわかっているだろう?」
「ローゲル、私を投げろ」
「ああ、それじゃあウーファンからだな」
ウーファンを巨人の首裏に向かって投げ上げるローゲルさん。
そこでようやく、先のやり取りの真意に気づけた。
ウーファンが離れる意味。
それは呪いから身を守る結界が遠ざかるということ。
「ローゲルさん! すぐに登ってください! その体じゃ……!」
「駄目だ、時間をかけられない。それに俺には武器がない。砲剣が残っていても、蝕んでいく呪いがよくわかったよ。この先についていっても俺は足手まといさ」
「でも、ここにいると……!」
「ウィラフからの救出は間に合わないな。降りようにもこの高所、まぁどうしようもないな」
「そこまでわかってるなら早く登って───」
「だから、早く巨人を止めてくれないかい? 俺はすぐに動けなくなる。だけど巨人が止まれば、俺の心臓まで呪いが届かなければ間に合うはずだからな」
その言葉に、言おうとしたものを飲みこんだ。
ここでこれ以上揉めてもダメだ。余計悪化する。もともと時間がないのはわかっているんだ。この地に参戦している人たちは多かれ少なかれ、すでに呪いの影響下にある。
だったら巨人を止めないといけない。何も変わらない。
何も言わなくなった私に、ローゲルさんは屈みながら手を出した。
その手に足を乗せる。
「それじゃ、頼んだからな!!」
「……はい!!」
このやり取りは気休めなんかで終わらせない。絶対に。
首裏に辿りついたとき、下から重たいものが倒れこむ音と、茂みが揺れるような音が聞こえた。
振り向く時間もここまで来たら惜しい。
「ようやく来たか」
「うん、待たせてごめん」
砲剣暴発による衝撃によって首裏まで登れたけど、次は顔の前まで移動しないといけない。
さすがにもうこの先には足場がないだろう。
「ここから前に回り込むことってできない、ですよね……?」
「……」
後頭部に一点集中で攻撃して、後ろからシウアンと心臓の元まで繰りぬいてくれようか。
「ウーファン?」
「……イクサビトたちが幾度も斬りつけてようやく足に傷を負わせれる相手だ。顔を正面から攻撃しない限りは時間の浪費となる。確認したがやはりシウアンは顔の正面、おそらく口の中だ」
口の中、なんとも嫌な場所に入れられているものだ。
ウーファンは話しながら巨人の頭部を登っていく。杖を差し込み取っ手にしては、窪みを作りと登っていく。きっと遠目から見れば、装飾がなくなったつるつる頭だろう。その実白く細かい蔦や根が生え渡っているので滑り落ちることはない。揺れたりしなければ。
頭頂部についた私とウーファンが着き、彼女は告げた。
「私が足場を作る。貴様は遅れて降りてこい」
言い終えると同時に彼女は巨人の顔の前へ──────落ちていく。
降りたなんてものじゃない。ただの落下だ。
何を考えて……
「はぁ!」
ウーファンの珍しい掛け声とともに、彼女の杖が口に入りこむ。突き刺さる。
「まさか足場ってそれのこと……!?」
「もう少し待て!!」
杖を深く突き刺したのだろうが、杖が落ちずとも杖にぶら下がっている彼女の筋力はそれほど持つと思えない。
ダメだ、やっぱり何を考えてそんなことをしたのか理解できない。
ただぶら下がっているだけの状態から何ができるのか、混乱しながら眺めていると巨人の顔に変化が起きる。
それと同時にウーファンの首飾りの水晶玉───ホロウクイーンの眼球らしい───が輝きだした。
水晶玉の変化はわからないけど、巨人の顔の変化は私も知っている。
なにせあれは何度も見てきたのだ。巨人の足元にも今なお広がるものと同じ。
「方陣……!」
しかし方陣を使ったところで───
疑問に思う間もなく、次の変化が訪れた。
輝きだした方陣が外側から崩れていく。しかし崩れていく分だけ、杖のついた陣の中央に光が集まっていく。
方陣は地脈の力を利用するものと聞いたことがある。
巨人の力を利用して強固な結界を、と乗りこむ前にウーファンは言っていた。あの陣は地脈ではなく巨人の力を利用して発動しているのだろう。
あの光は巨人の力を集めたもの。それを攻撃に転じるつもり……?
「必ずシウアンを救え! わかったな!?」
方陣がほとんど崩壊していく。
そして中心の光はより強く、力を発揮しだした。
それはまぎれもなく、巨人の力を利用したものだった。
巨人の力は世界を浄化する力。すべてを植物に変化させる力。
それを彼女は無理やり引きだし、まとめ、束ねて一ヵ所に集中させた。それは杖に、杖をつかむ腕に、力が襲う。
「……はい!」
巨人の口元に、世界樹の力を束ねた効果が現れていた。
杖も、彼女の姿もここからじゃ見えないほどに。
眼下に広がるのは、いくつも太く捻じれた植物の枝や根が絡まった、足場となっていた。
─────体を張り過ぎだ。シウアン馬鹿のくせに。
すぐさま彼女の足場に飛び降りる。
これでようやくだ。
ようやく、このデカブツの顔の前に辿りついた。
体を揺らしてもがくも、巨人は未だに方陣から解放されていない。
しかし巨人の腕からは、ギチギチと不気味な音が生まれだす。
「───!」
巨人の目から怪し気な発光が起きるとともに、全てが捻じれだす。
見える景色が赤黒く染まっていき、瞬く間に白く変化しながら熱を生みだし、私の体は炎に包まれた。
───炎で良かった。
手足が動かせない状態でも、顔だけでも術式のような技を使ってくるなんて。
聖印、レッドタブレット、この二つがなければ消し炭だったろうか。お返しとばかりに凶鳥烈火を放つ。口の中というのなら、頬を焼け落としてパカりと開けてやる。
巨人の顔を炎壁が襲うもまだ足りない。却火も放り込む。
却火が届く前に、赤い壁の向こうでまたも発光が起きた。
光は大きく、私の視界を染めるように広がる───それこそ完全に、視界を紫に染めた。
「ぁ……、ぇ…………?」
舌が上手く動かない。舌だけではない。腕も、脚も動かない。首も動かせない。
膝が勝手についた。
何で体が動かないんだ。
首が僅かに下がる。
見えた自分の手が、炭のように焦げていた。表皮は内側から弾け飛んだように飛び散り、内部から焦げていた。
頭には疑問符しか浮かばない。
何が起きたんだ。何をされたんだ。火ではない。何を。
何を。
手だけじゃなく、全身が、こう、なっているのだろうか。
認識した途端、体中が叫ぶように痛みを訴えだす。痛みに身体をよじろうと動けば、その動きが更に痛みを生み出す。頬に当たる風すらも激痛の引き金となる。
さらには追い打ちのように周囲の温度が下がった気がした。急激に。
───あ。また、眼が光った。
温度が下がったということは、次は氷だろうか。三種の属性でも扱うのか、あの眼は。
じゃあさっきのは、雷?
体中が痛い、いや、痛くない。
痛みが消えていく。
痛覚が無くなっているんだろうか。それはそれでやばい。やばいけど、今は都合が良い。
ブチブチと音を立てる体を無視して首をあげる。
氷槍の術式……に似ても似つかない巨大な氷の槍が、矛先をこちらに向けて穿たれる瞬間だった。
「が───、ぁぁあ───!」
避けたい。防ぎたい。逃げたい。
そんな思いが混ざりあったのと、ヘタレた結果、後ろに倒れこむ。すると先ほどまで首があった位置に規模がおかしい氷の槍が重い風切り音を立てて通過していった。
凌げた。凌いだ。次が来る前に、何もさせる間もなく燃やさないと。
考えと裏腹に倒れたまま動けない。
痛みはないのだ。体もまだ動いた。ならもう少し動かせるはずだ。
力の入れ方がわからないわけではない。だけど動かない。いや、正確には動いている。胴体は動かせている。
手が足場から離れないのだ。
まるで絡めとられているかのよう……に、と思ったら本当に絡めとられてやんの。
手は植物の蔦と根によってなくなっていた。理由がわかれば剥がせばいい。落ち着いて剥がせば……あ。
違う。これは違う。
手がなくなっている。足場と、足場の植物と、同化している。
私の手ではなくなっている。手が、腕が植物へと変わっている。
「……こんな……ときに!」
足も動かない。動かせない。動く気が全くしない。感覚が一切ない。
少し前までは足からも痛みがあった。その痛みがなくなった理由は───呪いの発症。
もう少しなんだ。
もう少しでシウアンに手が届くのに。
動けない体に影が差す。
とどめの前の猶予のつもりだろうか。氷の槍でもまた準備しているのか、その影は動かない。
「もう、少し……なのに……」
悔しさを滲ませた言葉が口から漏れ出る。
ああ、もう。
ここまで辿りついたのに。ここまで託されたのに。
今も皆が下で戦っているのに。止めないとタルシスの人たちにまで被害が出るというのに。
イシュに任せない戦いを、見せるはずだったのに。
葉と葉が擦れる音が体から出る。何度も何度も。
そうか、ウーファンがいないから呪いの進行ペースも強まっているんだ。私の体に呪いがなかった期間って、思えば随分と短い間だ。
「何をしている」
いてはいけない人物の声が聞こえた。
───あー、だめだ。最後の最後にあの人の幻聴が聞こえるとは相当だ。今まで頼り過ぎていたせいだろうか。こんな時にいてくれれば、なんて願望がやっぱり私にもあったのだろうか。
これじゃあ千年前の人たちを怒れない。私も同じ狢じゃないか。
「アルメリア、汝は何をしている」
しつこい幻聴である。
というか最期ならもっと他の幻聴があってもいいのではないか。この際百歩譲ってイシュの声でもいい。交流が狭かったからそれほど候補がいないし。だけど他にもっといい台詞はないものか。なんで威圧感ありありの台詞なのだ。
「ふむ、声が出せないのか……随分と弱っているが呼吸は辛うじてしているな」
まだ消えない。
聞こえてくる台詞も嬉しいものではない。どうせならこう、よくやった、とか、ここまでよく頑張った、とか慰めとかがセオリーなのではないだろうか。
幻聴に心の中で想いをぶつけていると、今度は爆音が聞こえてきた。それもすぐそばで。
何かが近くで燃やされたのだろう。
ひょっとしてその火で私も燃やされてしまうのでは。
え。
え、え……? なんか服をまさぐられている。え、何……なにこわい、誰。
ゴソゴソと服をまさぐられた感触はなくなり、今度は顎を持たれる。明らかに巨人がやってるわけではない。じゃあ誰、え、それともやっぱり幻聴ではなく───
「ぷも」
「む? 発声できるではないか」
口に何か咥えさせられた。
「しかし言葉を話せるほどではないか。ならば聞くが良い、アルメリアよ。肯定ならその笛を鳴らせ。否定ならそのままでいるのだ」
イシュがここにいる。言葉通りなら、なんでか咥えさせられたのは笛なのだろう。
どうしてここまで来てしまったのか。世界樹の力はイシュの最大のトラウマ。向き合えない相手。そして何で笛を、悠長なことをしている暇はないのに。
なんていうか、もっとこう、逃げるとか、戦うとか。どっちかするべきなのに。
そばで轟音と、遅れて耳鳴りがした。
音しか聞こえてないけども何が起きたか想像がつく。雷がイシュを襲ったのだ。
「汝は我に言った。力を合わせて巨人を倒すと」
雷に当たっただろうに、イシュは言葉を続ける。
私の記憶が確かなら雷は苦手って言ってなかっただろうか。それともやせ我慢でもしているのだろうか。
「タルシスの者、ウロビト、イクサビト、果ては帝国の兵士までも汝はまとめあげた」
地面が揺れる。
正確には足場が繋がっている先、巨人の体が揺れている。また方陣から抜け出そうともがきだしたのだろう。
そしてイシュの言葉は少し誤解がある。私はまとめていない。協力をお願いしただけだ。あとはそれぞれがそれぞれのできることをしただけである。
「だが巨人はこうして、今なお存在している。このままでは汝のあの言葉は偽りとなる。汝はそれを良しとするのか」
「……」
大きな、とても大きな裂ける音が聞こえた。
何かを引きちぎった音。それが二回。音の発生源は遠い。だけどその大きさのせいでよく聞こえる。
「答えよ。汝はそれを良しとするのか」
「……」
「答えよ」
「……」
そんなの、良いわけがない。
……あれ? 肯定なら笛を吹けだったよね。否定ならそのままでって。
だから無言でいるんだけど、なんかリアクションがおかしい。
え、答えなきゃダメなの? 笛の意味なくない?
「答えよ!」
「───いいわけな痛いぃ!!!」
「うむ」
うむ、じゃないよ。なんでそこで満足そうな声音なのさ。
「汝の考えは、この地にいる者の力を合わせ巨人を討つことなのだろう」
「……い、いたい……」
「肯定ならば笛を吹け」
ぷぴぃ、と弱々しく笛を鳴らす。
さっきは言葉を要求して、今度は笛である。もうなんだこの人。
「ならば何故、すべての者に助力を求めぬ。我には理解ができん」
まだ顔のあたりは植物化が進んでないから痛いのに、何度も質問しないでほしい。
ぷぴゅう? と笛を鳴らす。
「言われている意味を理解していないのか……む? 場所を移すか」
僅かに見える視界の中でイシュの剣が、私の手のあたりを足場ごと斬り離した。
そして荷物のように担ぎ、揺れる巨人から離れて宙へと跳んだ。
「汝は力を合わせると言ったにも関わらず、実際には除外している相手がいる」
落ちていく。イシュは気にせず話を続けているが、どんどんと落ちていく。何を考えてというかイシュは本当に今更ながらなんであそこに来れたのだ。
というか除外している相手? そんなのいないいない。そりゃ戦えない人とかはいるからそういう人は除外だけども。帝国の皇子とか。負傷者とか。でも細かい話はわからないから各自に任せてるけど。
それよりも落下をどうにかしてほしい───!
ぴゅうう!
気持ちを訴えるような全力の笛の音。
がくりと落下が止まった。その反動で笛が口から離れてしまった。
離れていく笛は、笛だけは落下していく。
そういえばイシュは少しだけ飛べたっけ。まだ空中の景色に他人事のような感想が生まれた。
「この身は天の支配者でもオーバーロードたる体でもない。今は一介の冒険者の身だ」
「イ、イシュ……?」
なんだろう。イシュの顔、滅多に見ないような、いや、見たことはある。見たことはあるけど、向けられたことのない表情が浮かんでいる。
この表情をよく向けられていたのは……ワールウィンドさんだわ。
イシュったらなんか怒ってるんですけど。
「そして、汝の所属するギルドのリーダーであるはずだ。ニーズヘッグのリーダーは我のはずだ」
「え、あ、その……」
「この地にいる者の力を合わせるのであれば、我の力も求めるのが自明の理というもの。何故汝はそれをしない」
責めるように言ってくるが私だって色々思うところがあるのだ。
「それは、イシュに……頼り切るのが嫌だから、です……! 私は! 千年前の人たちみたいに、一方的に頼るなんて嫌なんです!! あの人たちのようにはなりたくないんです!!」
超痛い。体が超痛い。
だけど言った。言ってやった。
まあ、今はそんなことを言ってられないのだろう。イシュに頼り切りになりたくないなんて、私の我儘だ。その我儘でもやり遂げることができればよかったのに、結局手が届かず仕舞い。
このままでは今の時代を生きる人たちが滅ぶ。
そうなってまで我儘を貫けるほど、私は図太くない。
「でも……結局、イシュにだけ、任せる状況になってしまいました……。今更ですけど、巨人を……お願いしていいですか……?」
「汝は本当に愚かだ」
ひどい言われようである。だけど事実だ。
イシュに任せたくないと言いながら、結局任せるのだ。自分ではどうにもできないからと、結局頼り切ってしまうのだ。
「我は空に逃げることを選んだ。我の力では呑まれると悟ったがゆえに」
「イシュ……でももう少し、もう少しなんです……」
「汝らの戦いを見ていた。途中珍妙な蜥蜴の耐久実験を行っていたために、細かくは見ることができなかったが……それでも大部分は見ていた」
私たちが必死に戦っている最中に何を謎な実験しているんだ。
「我に頼り切るのが嫌だと言ったな。巨人をここまで追い詰めたのは、我の力か?」
「追い詰めた……?」
イシュは体の向きを変え、私に巨人の姿を見せた。
尻もちをついて、方陣によって手足を縫い止められていた巨人は───両足で立っていた。
……いや、状況が悪化してるんですけど……あ。
立ち上がった状態ではあるが、最初とは姿が異なっている。巨人の両腕が、ない。腕は無理に引きちぎったのか、植物なのか肉の繊維なのかよくわからない切断面を見せている。
方陣から抜け出そうともがいた結果、腕を引きちぎったのか。
両足で立ってはいるが、巨人はその場から動かない。棒立ちなのか、それともまだ上手く動けないのか。
「巨人の移動を支える足の健を斬り、その身を守る草木の鎧を破壊し、歪な力を振るう両腕を失わせ───巫女を保管する顔を焼き削いだのは我の力ではない。汝らだ。この状況でもなお、汝は我に頼り切っていると言えるのか?」
「あ……」
「それともこの時代の者には、最後の一手を打った者だけが称える決まりでもあるというのか?」
「……そんなもの、ありませんよ」
「ならば汝は我に何を言う。何を願う。何を求める」
そんなに一度に聞かれたら驚いてわからなくなりそうだ。
イシュの言った通り、最後を決めた人だけが重要ではない。ここまで力を束ねて紡いできたこの戦い、誰一人無意味などではない。一方的な寄りかかりでもない。
なら言うことは、願うことは、求めることは。
巨人を倒して。
これは、最後のトドメを任せるだけだ。全てではない。
ここまで皆でできたのだ。あとは、
「決めちゃってください。この戦いを───私たちの手で」
最後の一押しを、任せよう。
意固地メリアでした。
気球艇に乗ったまま戦うって無理じゃね? と思い今回の巨人登り。
足場がないなら作ればいいじゃない? という邪悪な発想の元色々やりました。
次回、久しぶりのイシュ視点。