世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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イシュ視点です。




59.永劫の玉座にて求めた楽園の夢

 

 

 

 

 

 千年前、叡智ある者たち、科学者たちは世界樹を創り出した。

 世界を浄化するために。人という種が失われないために。

 

 そしてその目的は果たされた。

 

 だが、浄化の力は人をも呑み込むとわかり人々の思惑は枝分かれしていった。

 

 世界樹の浄化を受け入れる者と逃れる者。

 

 受け入れることを選んだ者たちが間違っていたと言うつもりはない。

 逃げることを選んだ我が間違っていたと言うつもりもない。

 

 もしもあえて、間違いがあったと指摘するのであれば、それは選んだ後のこと。

 

 世界樹を創った科学者たちは、統治者たちは、一般の者に世界樹のことを教えなかった。

 

 受け入れることを選んだ者たちも教えなかったのだろう。誰もが生を諦めることができるわけではない。

 教えなかった理由も理解できる。人として、最期の瞬間を争いや暴動の最中に終わらせたくはなかったのだろう。

 

 逃げることを選んだ者たちも、一般の者には教えなかった。

 ただ避難所へ彼らを移動させるだけだった。外は汚染された空気で染まり、それを呑み込む大樹の説明をしなかった。

 

 我も同じだ。箱舟計画に参加した者の中で、科学者たちにだけ世界樹の情報を共有した。

 一般の者には何も情報を与えなかった。

 

 世界樹は千年前の叡智の塊。対抗できるは同じく叡智を持つ知識だけと、考えていたために。

 叡智を持たぬ彼らは無力と決めつけて。

 

 彼らに説明したところで世界樹が大きく変わるとは今でも思わない。

 

 だが、何かが小さな変化を起こしていたのかもしれない。

 

 その変化があれば、彼らは城を降りなかったのだろうか。

 

 

 

 

 巨人と戦う場に相応しくない思考が、我の中を満たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 不敬にも天に届かんとばかりの巨人、その顔に攻撃を届かせるほど我が脚部の推進器は長くは持たぬ。

 最後の一手を打ちはするが、そのためには一度態勢を立て直す必要がある。

 アルメリアの体を戦いの余波が届かぬ場所に移動させるためにも。

 

 イクサビト……キバガミとウィラフのもとへと推進器で調整しながら降下する。

 

「イシュ殿、アルメリア殿!」

「キバガミさん……」

「無事か! 他の者は!」

 

 キバガミに半樹化しているアルメリアを渡す。

 

 他の者……ローゲルとかいう男がほとんど植物化して倒れていたため、巨人の体から落としておいた。

 

「ウーファンは、巨人の口元に……ローゲルさんは……」

 

 アルメリアの説明にローゲルの名前が出たため補足を入れる。

 

「あの男なら巨人の足元あたりに落ちているだろう。巨人の体に乗せているよりは呪いの進行も弱まっているはずだ」

「え、落ちたんです……?」

「うむ、落とした。草木と化した体が落下の衝撃からある程度は守るはずだ」

 

 絶対とは言い切れないが、あの場での最善行動だ。

 

「今はローゲルのことなどどうでもよい。ウィラフ、汝の気球艇を貸せ」

「どうするつもり?」

「巨人より上空へと飛ばす。そこから直接巨人の顔に飛び移る」

「その足ならできそうだね……ほんっとイシュの体はよくわかんないことばっかりだよ……気球艇の操作は任せて。私も何かしたいからさ」

 

 ノアは珍奇な蜥蜴のせいで回収が今は難しい。

 気球艇の操作は我一人でも可能だが、自主的に協力を行うのであれば言うことは何もない。

 

「キバガミはアルメリアとここで──────我がリーダーのはずなのだがな……」

 

 言っている最中に二人はウィラフの気球艇へと乗り込んでいた。

 

「拙者は飛び移れる器用さを持ち合わせておらんが、お主を彼奴めの顔に投げることはできよう」

「汝は投げるのが癖になっているだけではないか?」

「せ、拙者がやれることを述べたまで!」

「キバガミさん……ひょっとしてイシュも投げたんです?」

 

 昔から理解しがたい趣味趣向というものはある。投げるのが趣味というのもあるのだろう。随分と珍奇な趣味もあるものだ。

 だがキバガミの手段は悪くない。我の体といえど呪いの対象から外れていない。巨人の顔の前となれば浸食速度は凄まじい。勢いよく飛び込まねばならないのであれば、投げ入れるというのはむしろ望ましい。

 

 それにすでに一度投げられている。キバガミのコントロールもそれほど悪くはない。

 

「ウム。先刻、イシュ殿を巨人の体に送り込むためにな。言ったであろう、拙者はアルメリア殿の願いを汲めぬとな。お主ももうイシュ殿を戦わせたくないという気持ちはないようだが」

「まあ……任せっきりにするのは嫌です」

「キバガミはともかく、アルメリア。汝は体がほとんど動かぬであろう」

「あと一回くらい、印術を使えますから、気休め程度かもですが瘴気を少しは散らせます」

 

 印術についてはともかく、ここに一人置いていくよりかは気球艇の方が安全か。

 ローゲルはどうでもよいが、これ以上時間をかけてウーファンが元に戻れないほどに侵食されるわけにもいくまい。ハイ・ラガードに巫女の、シウアンの協力を得やすくするためにも。

 

「とにかく巨人より高く飛べばいいんだよね」

「うむ」

 

 ウィラフの気球艇に乗りこみ、上空へと昇っていく。

 

 巨人は未だ動きだしていない。

 我の力を使わずして、一ヵ所にこれほど長く足止めできるのは偶然か必然か。過去にもあった戦いの再現───アルメリアが言うには神話の再現、続きを描く、だったか。

 

 巨人の顔の前まで高度が届く。

 高さは同じだが距離は離れた状態、これ以上接近すれば堕とされるだろう。

 

 巨人が気球艇に反応してか、それともただ偶発的な行動か。巨人が蠢いた。

 

 ───この距離でも危険か。

 

 何らかの攻撃が来るかと構えたが、巨人は攻撃をするのでなく、千切れた両腕を再生させていく。蠢きだして一秒もかからずに元の両腕へと。

 

「ちょっと……どうなってんのさこれ」

「気にすることはない。世界樹、神話の怪物が相手なのだ。むしろ再生が遅かったくらいだ」

 

 両腕の再生に集中していたのか、再生が終わると共に巨人が前へと足を踏み出した。

 最初と違う点は、片足を引きずるような歩み方。足をあげるだけの動作にも緩慢な動き。

 そして再生した両腕は、胸元まで持ちあげ警戒しているような姿。

 

 より高くから乗りこみたかったが、警戒されているのであれば悠長なことをしてられぬ。

 

「キバガミ、炎が上がれば我を巨人の顔めがけて投げよ」

「承知」

「アルメリア」

「はい」

 

 炎を浮かべている姿は落ち着いている。

 やはり何度見ても炎を出す原理は我にはわからぬ。腕も足もなくとも、頭さえ動けば出せるとは。

 

 興味深くはあるが今はいい。

 

 

「火を放て。そして……この地に集う者たちで、この神話に終焉を与えよう」

 

「───っはい!! 必ず!!」

 

 

 気球艇から飛びだす火は、我が今まで見てきたものと異なる温度と形をもっていた。

 火の球ではなく、広がる炎でもなく、一直線に延びていく業炎。

 

 歩く火炎放射器と呼んでもいいのでは……妙なエラーが出そうだ。

 

 襲いくる炎に対し、顔を庇うように両腕が前に出る。

 炎は触れたそばから広がり腕を焼き尽くさんと呑み込んでいった。

 

「キバガミ!」

「ウム! 頼んだぞ!!」

 

 両腕を炎によって炭化させながら、投げられた我を叩き落さんと迫る。

 

 全盛期の体であった時、オーバーロードたる体より遥かに小さな冒険者を剣で叩き落そうとしていた。まさか今や我が叩き落される側となるとは。

 あの時は結局冒険者たちを落とせず、懐まで迫られ斬られてしまった。

 

 過去にやられたことを、我もすればいい。

 

 迫る腕を足蹴にし、あるいは体を捻り通り過ぎる腕の上を転がり進み、ひたすらに距離を詰めればよい。

 

 両腕を躱し、顔の前に出来た植物の足場へと踏み込む。すぐさまさらに前へ、巨人の口へ。

 

 空間が揺らぐほどの熱が発生する。アルメリアが扱う業火とは違う火炎がこの身を包む。それでも前へ。

 

 警鐘が鳴り、視界の一部が消えた。

 頭部が何割か植物化した。それでも前へ。

 

 巨人の閉じていた口に腕を入れ、無理やり開かせる。何故か下顎にのみ生えていた巨人の歯がその際何本か折れる。

 

 口の中、その奥。シウアンが喉に埋まっていた。人の形を維持しているのは好都合だ。さらにはそれだけでなく、そばには核のような赤く透き通った肉の塊。

 

 進もうとすると動きが阻まれる。足が根となり巨人に根付いてしまったようだ。

 侵食がさらに上に行く前に足を切り離してシウアンの元へ進む。

 

 巨人の体に埋まっているのなら、その部位ごと切り離せばよい。

 

 口内を斬り刻み、シウアンが器官へ落ちないように支えながら切り離す。

 

 

「童話のような展開だな」

 

 

 悪しき巨人の口の中に、小さな勇者が入り込んで内部を破壊する。

 発想の転換が大事であることを子に伝えるための物語がかつてあった。比喩ではなく実際に行うとは、千年の時を経て初めての経験だ。

 もっとも、我は勇者には程遠い存在ではあるが。

 

 痛覚があるのか、それとも心が切り離されたがためか、空気の震えを伴う巨人の絶叫が口内に響く。

 悲鳴をあげながら、シウアンを取り返そうと周囲から蔦が伸びる。さながら最後の抵抗か。

 

 心を失わんと、制御を失わんとさせた行動。これもこの地の研究の成果による賜物なのか、それとも思わぬ進化の形が引き起こした動きなのか。

 

 なんにしろ随分と勝手な進化をしてくれたものだ。

 

 

「聞くがいい、世界樹よ」

 

 

 巨人の悲鳴に呼応するように、赤い核が震える。

 伸びる蔦を斬り落とし、焼き払い、引きちぎり、世界樹に呼びかける。

 

 世界樹に意思などない。心など本来ない。意味のないことだ。合理性に欠ける行為。だがなぜか音声を出してしまう。エラーによる行動なのかわからない。

 

 

「この時代の者は、滅んだ世界から脱却を果たした。この世界は千年前に夢見た、新たな世界となって生まれ変わった」

 

 

 赤い核の前へシウアンを背負いながら進む。

 蔦では心を取り返せないと悟ったのか、鋭く尖った枝が四方からシウアンを避けるようにして我の体を貫いた。

 

 だがその程度で我は止まらぬ。言葉を止めぬ。

 

 国ごとに特色は違えど、世界樹には共通の願いが託されていた。

 

 人類の存続という願いが、託されていたのだ。

 その願いが今の世を滅ぼすなどあってはならぬ。たとえそれが、我が生まれた時代の願いといえども、今の世界はもはや違う世界なのだ。

 そのためにも、

 

 

「古き願いの残滓に壊させはせぬ! 人が人としてこの世界に在るためにも、私たちは汝を越えるのだ!」

 

 

 千年前の、私たちの歪んだ願いをここで終わらせる。

 もう遺物は必要ない世界となっている。たとえまた汚染広がる地となろうとも、過去の答えなどもはや必要はない。

 

 赤い核を、巨人の核を前に剣を振り上げ──────

 

 

「神を越えし私たちの力を思い知れ!」

 

 

 

 ──────核に剣を突き立て、砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 核を砕かれた巨人は叫ぶのを止め、完全に停止した。

 

 背中でシウアンが身をよじるように動いた。

 

「……ぅ」

「気づいたか。シウアン」

「……イシュ、だよね?」

 

 シウアンが戸惑い気味に尋ねる。

 幾度となく顔を合わせているはずだが……頭部の植物化によって判断しづらいのか。

 

「ずっと、みんなの声が聞こえてたの」

「そうか」

「イシュの声も……なんだか雰囲気が違ってたけども」

「我は変われぬ」

「我じゃなくて私って言ってた気がしたんだけど……」

 

 まだ少し混乱しているようだ。だがシウアンには働いてもらわねばならぬ。

 巨人は活動を再開する様子はないが、まだ終わってはいない。

 

「っていうか私のことシウアンって……名前で呼んでる……」

「汝はシウアンだろう。先ほどから何を言っている」

「えぇ……アルメリアーたすけてー……」

「うむ。アルメリアだけでなくこの地にいる者を助けるために動くのだ」

「話がかみ合わない……やっぱりイシュだ」

 

 要領を得ぬことばかり言うが、弱っている様子はない。

 これならすぐにでも解呪に回れるであろう。

 

 現状最も呪いの侵食が激しいのはウーファンとローゲルのはずだ。

 

「あ、イシュ。待って」

「なんだ。ウーファンの植物化がどれほど侵食しているかわからぬ。時間はかけれぬ」

 

 シウアンは祈るような姿勢を取りだした。時間にして数秒ほど。すると巨人の体が揺れ、風が吹きだす。

 

「……何をした」

「世界樹にお願いしたの」

「何をだ。いや、それよりも、この巨人はまだ動ける力があるというのか」

 

 巨人の気道の奥底から植物が伸び育ち擦れる音が届く。未だに揺れは収まらない。

 

「大丈夫」

「何が起きると───「シウアーン!!」───この声は……」

 

 外から声が聞こえる。

 喋れる状態ではなかった者の声が、シウアン専属の過保護な声が。

 

「世界樹が残った力で吸ってくれたの。だからもう、大丈夫」

「……」

「シウアン!! 無事で良かった! 本当に良かったシウアン!! シウアン!!!」

 

 こともなげに言ってくれたため、何も言えなくなってしまった。

 あらゆるものを植物に変えてしまう世界樹の副作用が、こうもあっさり解決されるなど反則だ。

 

 これも暴走したとはいえ、制御に力を注いだおかげなのか。

 そして暴走を止めて、今に繋げた結果なのか。

 

「ウーファン、痛い、痛いよ」

「良かった! 本当に良かった!」

 

 まったく、こうもやかましいと考えもまとまらぬ。

 口の中まで入り込み、シウアンを強く抱きしめるウーファンに呆れてしまう。

 

「帰るぞ。いつまでもここにいるわけにもいくまい」

「うん、ウーファンもいこ」

「シウア───! あ、ああ、そうだな。うむ」

 

 今更取り繕う姿に言うことは何もない。そっとしておいてやろう。

 

 外からまたも声が聞こえてきた。この旅路で聞きなれた声が。

 これ以上出るのを遅くして、中に入られても困るというものだ。

 

 

 ゆえにもう出るとしよう。終わったことを伝えるために。

 

 

 

 

 




 


次回アルメリア視点で表クリアエンディング? です(´・ω・`)

バルドゥール探し? ローゲルさんがすでに運びだしましたから、彼落下してないんですよね。大事なシーンを無くしてしまってすまない……

イシュの一人称のブレはわざとです。誤字じゃないです。
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