虹翼の欠片。
鞄に入れたのに全く重量が増えた感じがしないほどに軽い鉱石だ。鉱石といっていいものか悩むものだけど。
とにかく試練として課された内容を達成したことだし、あとは辺境伯へ報告するだけとなったのだが……
「もうすっかり夜遅くになっちゃいましたね」
「辺境伯への報告は明日の朝方にお願いします。さすがにこの時間はちょっと……」
思えばこの兵士さんにはずっと仕事をさせてしまっていたことになる。
昼からずっと待機していて、そしてようやく夜に入りかけで気球艇運転、深夜といえる時間にまた飛ばしてもらって、なのだ。もう何時間だこの人の活動時間。
「それじゃ、明日の朝に報告ってことで、私は一度家に戻りますね」
「うむ、我は酒場にでも赴こう」
「イシュってお酒飲めるのですか?」
「この時間でもやっていそうだから行くだけだ。たいした期待はしていないが情報収集にもなる」
まだまだ元気ということだろうか。
あれだけ動いたのに、私はもうへとへとのバテバテだ。
「あ、イシュはどこの宿をとってるんです? 明日合流するなら私がそっちに向かいますよ」
私の家まで迎えに来てもらうなんてまずない。ていうか絶対そんなことしなさそう。
別に辺境伯のいるマルク統治院前で集合でもいいけども……
「我は宿などとっておらぬ」
「じゃ、じゃあどこで寝泊まりするつもりで……?」
まさか酒場でそのまま寝るつもりだろうか。酔いつぶれた酔っ払いたちと一緒に。
それはダメだ。イシュは見た目だけなら女の子なのだ。見た目だけなら。
「そもそもこの体に睡眠など不要だ。ゆえに寝床など必要ない」
寝ることができない、ということ?
戦闘面だけじゃなく、やっぱり全然人間と違う。
「それなら私の家に来ます?」
今日は酒場で一夜を過ごすつもりだろうけど、きっと次からは酒場にも行かなくなる。イシュはそうする。『期待していた情報が一切なかった』とか言って酒場も行かず、夜の街をさまよう。
そんな不審人物が生まれるのを防ぐためにも、つい誘ってしまった。
「我は酒場に行くといったであろう。汝の家などでは情報が集まると思えぬ」
「一応私、辺境伯から古書の解読を任されたりしてるんです。それで何冊か古い書物が書斎にあって……もしかしたら古代の情報かもですよ」
「ふむ……よかろう」
釣れた。すごくあっさり釣れた。
ついでに解読が楽にすいすい進むはずだ、これなら。
何せ古代の人の力があるんだもの。我ながら策士であるとひとりほくそ笑みそうになった。
相変わらず先頭を歩くイシュの後ろについていく。
さすがに一度通った道はもう覚えているのか、今度は迷うことはなかった。
あとはそこの公園を通り過ぎたら私の家だ。レンガの壁で囲ってある公園は、ご近所の子供が昔スナイパーごっこをして簡易の弓をピュンピュン飛ばしていた名残である。壁で囲まないと本当に危なかったのだとか。
「む?」「うげ……」
もうこの先には、ましてやこの時間なら、まず人はいないはずなのに家の前に人影がひとつ。
その姿を見て、イシュは訝し気に、私はうげぇと声をだした。
「やあ、おかえり」
その表情はやっぱりいつものように、ニヤついている白髪の男性。骨ばった頬に無精髭、やる気の見えない目つき。
「ワールウィンドさん……こんな時間にどうしたんですか……」
真夜中に、独り暮らしの女性宅の前に、ニヤついている男性が一人。
普通に通報案件ものだ。
「アルメリアが心配で待ってたんだよ」
「……」
「そんなに睨まないでくれよ。まあ、その分だと俺の言いたいことはもうわかってるみたいだね」
別にワールウィンドさん自体は嫌いじゃない。
むしろ好きな部類だ。数少ない、というかイシュを除けば二人しかいない知りあいのうちの一人。
ひとりぼっちの私を気にかけて何度も家を訪ねてくれた。いろんな話をしてくれた人だ。
「まさか、あのすれ違った気球艇に乗ってたなんてね」
「汝はここで待ち伏せなどして何がしたい。我の邪魔をする気か」
「いや、君の邪魔をする気はないさ。むしろ新しい冒険者の誕生は素直にうれしい。俺が用のあるのはアルメリアだけだよ」
辺境伯もずっと私に気をかけてくれていた。ワールウィンドさんも。
だけど二人はある点では違う。
辺境伯はよくてもワールウィンドさんには気づかれずにいたかった。
「アルメリア」
ワールウィンドさんは……
「本当に心配したんだ……なんで冒険者になるんだい? 冒険者なんて危険だ。君に何かあったら俺は君の両親にますます申し訳が立たなくなる……」
過保護なのだ。
何年も前に、私の両親に街の外で命を救われたらしい。それ以来恩を返すためにと、両親の忘れ形見の私の世話をしてくれるのだが、凄まじく過保護なのだ。
一時は家に四六時中いたこともあったほど。なんでも包丁の扱いが不安だ。というか包丁を近くに置いておくのがこわい。だから料理は俺がする、とか言って。
そんなワールウィンドさんが、私が冒険者になるなんて聞いたら、まず間違いなく反対する。というか今実際に反対してる。
「汝は止められてばかりだな……」
「いや、辺境伯から反対受けたのはイシュのせいだからね?」
心底面倒くさそうにイシュが言いだしたが、すべてがすべて私のせいというわけじゃないはず。
「辺境伯から聞いたよ。世界樹を調べることで病気が治るかもしれないんだってね。なら俺が今まで以上に頑張るよ。だから君は待っててほしいんだ。それが一番安全で、そして確実だ」
「心配はありがたいんですけど、私はイシュについていきます」
「その人の知識は確かなんだろう。ならその人の知識と俺の経験で世界樹を調べる。だから君は───」
「アルメリアは我についていくと言っているのだ。汝が口を挟む余地などない」
ほぁ?
我無関係也。みたいな顔してたイシュが突然の支援。しかも肩を抱き寄せるというアピールまで。誰これ? 本当にイシュなの?
っていうかこれパッと見あれだよあれ。私を取りあって言い争う男性二人の図だよ。片方女の子の姿だけど。
「しかし……! 俺はこの街の誰よりも実力がある、経験もある。そして世界樹に詳しい自信もある。ひとりで冒険をしていたけど、なんなら君に協力したって全然いい」
「話にならぬ」
「……何がだい」
予想外のヒロインポジションだわ。
肩のぬくもりが照れくささすっごい。今日一日で激動すぎない? 昨日までの私に今日のこと話しても絶対信じてくれないよ。ヒロインポジションですって。絶対悲劇のヒロインでしょ、はっ。って鼻で笑われるよ。
あ、話聞いてなかった。やっばい。当事者だよ私。
「汝は我のことを信じておらぬ。ならば我が汝を連れる理由はない」
「……まだ初対面だからね。そんなにすぐに信じるなんてできないさ」
「それだけではない。汝はいくつか間違っている」
「……何かな」
「我は今この街にいる。にも関わらず、この我より実力がある? この我より経験がある? この我より、世界樹に詳しい? 数十年程度の月日で、千年の我が月日より重みがあると言いたいのか」
「……なんなら試してみるかい?」
「よかろう」
一触即発。
そんな言葉が頭に浮かんだ。だけど全然間違ってない状況だ。
イシュもワールウィンドさんも、ピリついている。
「同じソードマン同士、単純に戦闘技術で競おうか」
「同じ? 我の剣技が汝と同じなわけがないだろう」
「本当に気が強いことで」
私から離れて二人が剣を抜く。
イシュは二刀流。その両手に剣を構えている。
ワールウィンドさんは右手に剣を、左手は大きな鞄をもち、肩にひっかけている。
「ちょ、ちょっと! さすがに争うのは!」
「大丈夫だよ。大怪我はさせないように気を付けるから」
「争いとは実力が近しいもの同士をさす。この場合は争いに含まれぬ」
ダメだ。血の気が多すぎる。
どちらも自信満々すぎない? 冒険者ってみんなこうなの?
「それじゃあ、いくよ」
「我が力で汝のその思い込みに終焉を与えよう」
不敵に佇んでいるイシュにワールウィンドさんの剣が一気に近づく。
その剣撃を右手の剣で受け止め、瞬く間に繰り出された二撃目の斬撃を左手の剣でイシュは受け止めた。
はっや……。あれ片手でやってるの?
一本の剣であの早さって何あれ……
「今のを受け止めるか」
「山行水行」
あ、またあの技名だ。
普通に振りかぶって斬りつけるだけにしか見えないのに、何か特別なことでもあるんだろうか。
「そんな大振り、当たるとは思えないな」
「こざかしい……美しき陽光」
なんでああも恥ずかしい技名を何度も言えるのだろう。
古代人の感性だろうか。
「リンクフレイム、ソードマンの技だね。着火性の高い薬品に竜血樹脂を混ぜた簡易オイルを剣に塗り込み、斬ると同時に相手にも塗り込む」
「美しき陽光だ」
「たしかにリンクフレイムとはまた違うかな? そこまで燃え上がるのは知らないね」
「美しき陽光だ」
イシュのリンクフレイムは激しく燃え上がっている。
古代の薬品だろうか。それともあの体の力なのだろうか。なんにしろすごいリンクフレイムだ。リンクフレイムだ。リンクフレイムという名称に変えてほしい。
「炎で刀身を見づらくさせても、そんな大振りにあたらないさ」
「……おのれ!」
……イシュの攻撃が通用してない?
狒々の魔物も一撃で下したイシュの攻撃が、まるで容易く避けられている。
炎の斬撃を躱し、ワールウィンドさんがまたも斬撃、それも素早い二連撃。
それらを2本の剣で防ぐ。最初の時と同じ流れ。
……どちらも攻撃を当てることができていない。
「どうだい? 俺の力もなかなかのものだろう?」
「減らず口を……」
「それじゃ次は、経験を見せるとしよう」
そう言って剣を構えるワールウィンドさんを見て気づく。
そういえばこの人、さっきから片手は鞄に手をかけたままだ。本気じゃない……?
「───!」
剣を構えてから、特に前動作もなく突然一気に踏み込んだ。
動くのを見ていたのに、動いたという認識がズレるような動作。
その剣撃はイシュの左の剣にぶつかった。
「……!」
「……叩き落すつもりだったんだけど、本当に見た目以上の怪力だな」
防げたんじゃない。わざと剣に当てられたのだ。
大怪我をさせないため、という言葉は嘘ではないのだろうけど、これは……
「我を侮辱するとは、思い上がりも甚だしい……!」
やっぱり……イシュがブチギレた……
でも怒ったところでこの力の差は埋まらないかもしれない。イシュは確かに強い。とても強い。
だけどそれはあくまで対魔物時のみだ。ワールウィンドさんが言っている通り、大振りなのだ。人に対しては、素早い相手には当たらない。魔物がもつ慢心、魔物の防御力を軽々と貫通するあの人外の怪力が強さの秘訣なのだ。
その一方でワールウィンドさんは怪力と言うほどではない、と思う。あくまで人の範疇内だ。だからこそ技術がある。自分よりも力が上の相手に対しての。その差が今の戦いを生み出した。
「どうだい、君とは違うソードマンの技を受けてみた感想は」
「ふん、動作の有無を使い相手に錯覚を与えるだけではないか。奇襲としか言いようがない」
「その奇襲が効果的なんだよ」
「ならば、我もそうしよう」
剣をワールウィンドさんに突きだしてイシュは宣言した。
これから奇襲しますって宣言しても意味ないんじゃ……
「なっ!?」
「ほわぁぁお!?」
腕が、飛んだ。
イシュの腕が飛んだ。
文字通り飛んだ。
すさまじい勢いで、一直線に飛んだ。
突然迫る剣を持つ腕。予想外の状況にワールウィンドさんは一瞬硬直し、即座に回避する。
「馬鹿な!?」
「嘘ぉぉおお!?」
今度は足が飛んだ。
いや、足を置いて、飛んだ。
文字通り、足だけ置いていって、そして飛んだ。イシュが。
腕の時と同じくらいの凄まじい勢い。
なんか足の断面から火が噴いている。それでより勢いがついているのだろうか。
連続の奇天烈な光景。
唖然としているワールウィンドさんに、そのままイシュは───
「終焉だ!」
「ぐぁっ!?」
───頭突きをした。
勢いをそのままにした頭突きは激しく、ワールウィンドさんを数メートルほど吹き飛ばすほどだった。
よかった。怒りのあまり剣で斬りつけるとかじゃなくて。
「確かに奇襲というのも効果的だな」
「わけが……わからん……」
ワールウィンドさんの言葉に全面的に同意しかできない。
飛んでいった腕と、置いていった足がひとりでに動きだし、イシュの元へと戻っていく。
なおさらわけがわからん。
理解できないと言った感じでワールウィンドさんは気絶し、傍らで見ていた私も理解が追いつかず、ただ一人、イシュだけが満足げな表情を浮かべていた。
……なんでこの2人争ってたんだっけ。
ワールウィンド戦でした。
ゲームにない流れもたまには取り入れたいのデス。
バーローの弱点、ただの力押しを今回出してみました。結局はごり押しさせましたが。ラスボス時は体の性能ですし、考えながら戦うのは苦手そう。
もともとは実戦なんて知らない科学者だからね。冒険者じゃないからしょうがないね。
アルメリアさんはどんどん性格が初登場時より変な子になってそうだけど、実際はもともとこんな子。
初登場は沈んでたのデス。あれでも。
先にいっておきますが、恋愛系に発展はまずないです。