暗黒ノ殿へ行く準備の買い出しにはローゲルさんとキバガミさんにつき合ってもらった。
荷物持ちも兼ねてである。イシュ? あの人は読書に夢中だった。
石化については図書館で調べただけでなく、エスバットの人たちからも話を聞くことができた。
ハイ・ラガードでも石化をさせてくる魔物がいたらしく、タルシスほど珍しくはないのだとか。ただしやっぱり脅威度としてはかなり高いもの。
なんでも石化は皮膚の硬質化と剥離を誘発させる毒素だとかで、冒険必需品の解毒薬、テリアカβで対応が可能だとか。ただし石化は表面だけでなく心臓までも硬直している状態のため、時間を空ければ手遅れになるとか。
しかし六人分となると出費が大きい。巨人戦での報酬は気球艇ノアの修理費用にある程度とられたから、それほど爆買いはできない。荷物の重量も関わることだからバランス取りがまた難しい。
「───というわけで、こんなことになりました」
あの日から一週間後の朝一番、全員集合している中で見せたのはそれぞれの荷物とお昼用のバスケット。
準備万端な状態を見て誰も何も言わない。それほどまでに完璧な仕事っぷりだったのだろう。
そんな中、最初に声をあげたのはウーファンだった。
「一応聞いてやる。この壺はなんだ」
「油の入った壺ですよ?」
「……これを背負って行けと?」
「言いたいことはわかりますよ。ええ、重たいです。でも他に入れるものがないんだからしょうがないじゃないですか」
水筒になんて入れてみろ。洗うの大変ってのもあるけど、誤飲してしまいかねないじゃないか。
そんな気持ちを文句たらたらなウーファンにぶつけるも、あまり彼女にはその気持ちが伝わらなかったようだ。
「貴様ら、こいつと買い出しに行った時に何故止めなかった」
「す、すまぬ。まさか冒険に使うつもりと思わなくてな……」
「俺もてっきり家に買い置きしておくものだとばかり……」
ウーファンだけでなく買い出し組の二人からも裏切られるとは。
「なっ!? 私たちが行くところは暗黒ノ殿ってところですよ! 明かりは必須じゃないですか!」
「あのなぁ……アルメリア、魔物との交戦がありえるんだから荷物はできる限り軽くしないといけないだろう?」
「だから軽くした結果がこれです!」
「よしわかった。俺が選ぶ。みんなちょっと待っててくれ」
ローゲルさんが冒険者としての先輩風をびゅーびゅー吹かせてくる……
そもそも暗黒ノ殿がどれほどの広さかわからないんだから、探索範囲を広げるためにも仕方ないじゃないか……
折角六つの壺をそれぞれ紐づけして背負えるようにしたのに、一切の容赦なく解かれていく。
「カンテラ、医薬品、包帯……うわ、インク瓶多すぎないかこれ。五本も……」
「地図を描くために必要じゃないですか……瓶が割れた時用にも予備は欠かせません……」
「ナイフ、布に笛、金槌……? それにスコップって」
「その笛はお守りみたいなものです! 金槌は……なんと、なく……?」
その白い笛は今まで何度も助けてくれた素敵アイテムなのだ。ある意味お守りとしてこれ以上ないアイテムだから人数分用意した。白い笛は外せない。
ちなみにスコップは穴を掘るためにである。また誰かを弔うことがあった時のために、穴掘り道具として買ったのだ。サイズ縮小のため仕方なく園芸用のものだけど。
そんな私の事情などお構いなしにポイポイと鞄から外に放り出されていく道具たち。白い笛は残してくれてるみたいだけど、これでも結構頑張って考えたのに……
「まぁこの鞄はこんなものだろう。これをあと五回か……」
「私の鞄が……すごい心もとない重量に……」
体感前の三割程度だろうか。重量が。
「アルメリアっていつもあんなに入れた鞄持ってたの?」
シウアンが不思議そうに聞いてきた。
「ううん、いつもはあんまり入れてないけど……基本的に慌ただしくて用意する暇なかったから」
「ある意味幸運だったんだね……」
「なにその評価……」
「なんでもないよ……それより、道具について教えてほしいな。私でも使えるよね? これとか見たことないから気になるんだ。これも医薬品?」
そういって彼女が手に取ったものは盲目の香。医薬品ではなく危険な薬品である。
「それは盲目の香って言って……攻撃用?」
「薬じゃなかったんだ」
「他にも危ない物があるし、シウアンの荷物は香はなしにしておいたほうがいいかな」
「そっかぁ」
一歩間違えれば自分たちに被害を及ぼす道具だってあるんだから、使い慣れてない人はあまり触らない方がいい。まぁ私も全然使い慣れていないんだけども。盲目の香なんて碧照での熊騒動時の一回きりだよ。他の香なんて一回もないよ。
だけどシウアンより遥かに先輩冒険者としてそんな情けない態度は見せるわけにはいかない。
盲目、麻痺、睡眠、毒の香。それぞれ一つずつあるけども、まぁラベルが貼ってあるからよっぽど慌てない限り誤使用なんてないだろう。
ローゲルさんの荷物整理が終わるまでの間、シウアンが使っても問題なさげな道具。主にメディカやネクタルなどの医薬品の説明を行いながら待っていた。
「だいぶ軽くなったもんだろ」
おおよそ一時間ほどしてから、そんなことをローゲルさんが言いだした。その言葉通り、人数分用意していた鞄は軽いものとなっていた。私としては心配な軽さだ。
「それじゃあ、行こう! みんなよろしくね!」
やっぱりもう一度荷物を見直しませんか、という前にシウアンの出発宣言が入ってしまった。
まぁこれ以上悩んだって仕方ないかもしれない。いくら考えたってわからない場所の対策なんて、実際に体験してみないとだ。
移動手段はローゲルさんの使っていた気球艇。正直言うとあまり良い思い出のない気球艇だ。
絶界雲上域につく時間は丁度お昼頃。昼食を取ってから暗黒ノ殿の調査に入る形になる。
あれ? ていうか絶界雲上域はタルシス冒険者の探索範囲内にもうなっているけど、そんな怪し気な場所の噂話なんて聞いたことない。
ローゲルさんの気球艇ということで、現在運転中の彼に聞いてみることにした。イシュは甲板からの景色を静かにじっと見つめているだけだった。
「そういえば暗黒ノ殿って他の冒険者からは話を聞いたことありませんけど、見つかりにくい場所なんです?」
「ん? そうだなぁ。単純に封鎖されているから見つかってないだけだろう。金鹿図書館という施設があって、その最奥の扉が暗黒ノ殿に近づく唯一の道なんだが……まぁ調査打ち切りによって厳重に封鎖されているな」
「ほへー」
「幾重にもなっている鎖を破壊できるような奴は他の冒険者にいないだろう」
「あ、そういうことですね」
「ああ、あの馬鹿力ならなんとかなるはずだ」
今もじーっと景色を眺めているイシュに期待だ。
それにしても今日はやけに静かである。不気味なほどに静かだ。お喋りな気質ではないけども、何かと主張してくるタイプなのに、なんだかアンニュイ。
「イシュ」
とてとてと近づいて声を掛けると、何の用だとばかりに振り向いてくれた。心ここにあらずという状態にはなっていなかったか。
「何か考えてたんです?」
「なんのことだ?」
「いえ、イシュがじっと景色を眺めてたんで気になって」
横に立ってイシュがさっきまで見ていた方角を私も見る。目を引くものといえば、大きな滝があるだけだ。風馳ノ草原は他に見どころが特にない。やっぱり北の世界樹ぐらいか、観光名所となりえるのは。
「我の目的が成就するのも近い。ゆえにこの地の自然を見納めていただけだ」
「気が早いですよ。シウアンの頼みをまだできてないんですから」
「確かにそうだ」
……見納め、か。
やっぱりイシュはハイ・ラガードに戻ったらタルシスに来るつもりはないようだ。まぁ予想通りっちゃ予想通りだし、だからこそこちらから出向けるようにハイ・ラガードへの帰還についていくのだ。
再びイシュは景色をじっと眺め始めた。滝や森、空に河。その目が映すものは自然ばかり。
「イシュ」
「む?」
また声を掛けるとこちらを見てくれた。
「私はゴンドラの中に入ってますね」
「うむ」
わざわざ言わなくても良かったけど、声を掛ける切欠として言った。
「待て」
「はい?」
ゴンドラへと向かおうとしたら、呼び止められた。
「汝に問いたいことがある」
「はい? なんです?」
イシュが私に聞きたいこと? それは私に答えることができるものだろうか。
どんな質問が来るのだろうと考えていると、思わぬ質問が来た。
「汝は我を殺すことができるか」
質問の意図が全く分からない。
何故突然そんなことを、それはどういう意味なのか。力量的な話なのか、それとも心情的な話なのか。
私の力はイシュより遥かに劣る。そのため力量的な意味なら無理だ。
さらに私はイシュのことをまぁ、好意的に思っている。だから心情的な意味でも無理だ。
答えに詰まる私にイシュは、
「……くだらぬことを聞いた。もう良い、ゴンドラへ行くがいい。我はここで景色を見ている」
答えを待たずにまた景色を眺め出した。
ゴンドラの中ではキバガミさんの薬について教えてもらっているシウアンと、講師役のキバガミさんを羨まし気に睨むウーファンがいたのでなんだか肩の力が勝手に抜けた。やっぱり皆いつも通りのようだ。
絶界雲上域。その中央にはあの日生まれ変わったとも言える世界樹が鎮座していた。
もうすぐということもあり、今はローゲルさんを除いて全員が甲板に出ている。
「木偶ノ文庫にはもう入れませんねこれ」
巨人との戦いの場が最もやりやすかった位置が丁度入口の真上だったのだ。そのまま決着もついてしまって木偶は完全に埋まっていた。
「手段がなくはない。煌天破ノ都から行けばよい」
「樹海地軸ですか……使える人がかなり限定的なような……」
「行先の変更をしないのであれば触れるだけで起動する」
じゃあ誰でも使えるのか。まぁ木偶ノ文庫に行く用なんてあんまりないと思うけど……あ、資料探しとかならありえるかな。
私とイシュが世界樹に呑まれた木偶について話していると、世界樹がすぐそばにあるのにシウアンは違う方角を見ていた。その方角は世界樹よりも北西。
「シウアン?」
「……」
「シウアン、また声が聞こえるのか?」
心配げなウーファンの問いかけに、静かに頷いて応える。場所は間違いないということが改めてわかった。
「距離で言えば近づいたわけだが、その声の内容はわからぬままであろうか?」
「……うん、やっぱりとても小さな声で、呼んでるとしか」
「物理的な音ではないのだ。距離など関係ないだろう」
声は変わらず呼んでるだけ。聞こえるのはやっぱりシウアンだけ。世界樹と関わりがある何かだろうかやっぱり。
北西の山間の前にある建造物、金鹿図書館に気球艇は近づいていく。
時間は正午。お腹の空き具合的にもお昼ご飯を食べたい。探索開始前の今以外に時間はないだろう。
「お昼を食べてから行動開始しません? 時間的にも丁度いいですし」
図書館じゃ飲食禁止ですし、そう切り出しながらバスケットを見せる。中は安かった南瓜のサラダと固くなりかけている黒パンだ。
昼食を取ることに関しては誰からも反対はあがらなかった。ただ南瓜サラダの見た目には微妙な反応をもらった。糸状の果肉に関しての文句を私に言わないでほしい。
そんなわけで、金鹿図書館からやや離れた見晴らしのいい原っぱで、気持ちだけピクニック気分にお昼ご飯。魔物が来たらすぐに対応できるように全員武器もそばに置いてある。
「それにしても、この地は図書館が多いのだな。何か理由があるのか?」
食べながらキバガミさんがそんな疑問を口にした。固くなりかけなパンも平然と噛み千切るあたり、顎の筋力すらすごそうだ。
「俺も理由はわからん。どれも古くからあるものだからな。何を思ってあちこちに図書館を造ったのやら……」
「ローゲルでもわからないんだね」
「シウアン、ローゲルでもではない。ローゲルだからわからないんだ」
「俺は学者連中と違って肉体労働派なんだよ……」
拗ねたような物言いのローゲルさんは置いておいて、実際図書館が多いのはよくわからない。木偶ノ文庫、金鹿図書館、会合に使われた南の聖堂、あと私たちは行ってないが、南西にも図書館があるらしい。とにかくわかっている範囲内でも四つも。それがどれも古くからあるなんて。
「よっぽど昔の人は本好きだったんですかね?」
昔の時代を知るイシュに聞いてみた。
「我の時代では本がないわけではなかったが、機器にデータとして取り入れての保管が主だった」
「ふむふむ?」
「……図書館を乱造するような時代ではなかった。そもそもこの地の図書館は我の知る時代より後の時代に造られたものだ。我が知る由もない」
理解してますよ風に頷いていたら結論をサクッと言ってくれた。結局図書館があちこちにある理由は考えてもわからないということになる。
「そういえばローゲルさん。なんでここって金鹿図書館って名前がついてるんで……あ、やっぱりいいです。どうせ知らないでしょうし」
「金色の鹿の魔物がいるからだよ」
「答えれただなんて……」
金色の鹿がいる図書館だから金鹿図書館。そのまんまだ。
「金色の鹿か……」
「ウーファン?」
「いや。金の鹿は不吉の象徴と長老から聞いたことがあったのだ。それをふと思いだしてな」
「へー、金色なのに。富みの象徴とかじゃないんですね」
「金色だからこそだ。金色の竜も不吉なものとして扱われていたのだからな」
「あー……」
雷竜を言われると確かに。あの竜は呪いと雷の竜。確か夢に出てくると衰弱してしまうんだっけ。夢見た人が。
「金色は栄華を表すのに良いと考えるが……」
「イシュは金色好きですもんね……」
「ま、そいつの好みはともかく、帝国では金色は警告の色と言われているな」
「警告?」
「ああ、まぁ理由については俺も詳しくないが」
「まあローゲルさんですしね、そっすよね」
「糞生意気になりやがって……」
とにかく金色はあまり良くない色、か。
これから行く先を考えると、できることなら金鹿とは遭遇せずにありたいものだ。迷信を信じるわけじゃないけど、不安な種は少ないほうがいい。
昼食を終えて、いよいよ図書館へと入る。
中は木偶ノ文庫よりは小さいが、似たような静謐な空気。大量に並ぶ本棚。棚にかかる蔦や草。
進むと吹き抜けのような広間に出た。上だけでなく、下にも吹き抜けである。地下でもあるのか、それとも地崩れか何かで大きな穴が開いたのか。
そしてその穴のそばに、金色の鹿が悠然とこちらを見ていた。
……不吉の象徴、見つけちゃったよ。思いっきり目があっちゃったよ。
施設の名前に付けられるような魔物。となれば強力な奴だろう。自然と緊張感が高まる。
武器を構える私たちを確かに見ているはずなのに、鹿は動かない。
「……じっとしてますね」
「ああ、近づかない限り襲ってくることはないらしい」
平然とローゲルさんが言った。
それをもっと早く言ってくれ。
それにしても近づかない限り無害ってことかな。強い魔物の中にはそういうのも結構多い。自分のテリトリーを侵されない限りは基本的に無関心な魔物。あの鹿もそのタイプなのだろう。
「邪魔するわけでないなら放っておいて問題ないだろう。暗黒ノ殿へつながる道はどこだ」
「西にあるらしい」
魔物への興味がもともと薄かったイシュとローゲルさんのやり取り。場所を聞くやいなや、我が物顔で西へ西へと進んでいった。それに追従するように私も急ぐ。
金鹿はただじっと、私たちを見つめているだけだった。
西は浸水でもしているのか、一部濁った水たまりがあった。
あの鹿の水飲み場だったりするのだろうか。ということはここはテリトリーの範囲内?
床をよく見ると、鹿のものと思しき蹄跡がある。給水に来た時にばったり出くわす可能性があると考えると結構危ないポイントだ。
ん?
水たまりに何かがいる……小さい何かが。
「……なんだ、ザリガニか」
「どうしたの?」
「あ、いや。あそこに何かいるなーって思ってたんだけど、ただのザリガニだったよ」
「アルメリアって意外に色々見てるんだねー」
「意外にってどういうことかなシウアンや」
冒険者として注意深さは大事なのだ。意外でもなんでもないやい。
ザリガニは放置して、そのまま奥へと進む。するとやがて、鎖で厳重に封鎖された扉を発見した。
その扉を小突きながらローゲルさんが言う。
「イシュ、君の無駄に有り余った力で壊せないか?」
「我が体に無駄など一つたりともない。そこをどけ」
無駄がなさ過ぎてスレンダーな女の子体型ですもんね。
そんなことを思いながら眺めていると、バキンと大きな音が何度も鳴り、そのたびに鎖がひとつ、またひとつと千切れていく。
普通の人には絶対にできないよあんなの。辛うじてキバガミさんならできるかな。
「……この先にいるんだね」
扉が解放されていく様子を見ながら、シウアンが小さく呟いた。
声の存在をかなり気にしているようだけど、一体どうしてそこまで気にするのかよくわからない。呼ばれてたら気になるっちゃ気になるだろうけども。
最後の鎖が千切れると同時に、扉が勢いよく開く。
開け放たれた道の奥にはまだ本棚の壁が続いているが、そこから風が吹いていた。
これで進めると思った時、
──────背後から、蹄の音が聞こえた。
「っ!」
「シウアン! 下がってろ!」
すかさず刀に手を添えて臨戦態勢に入るキバガミさんと、シウアンを庇うように動くウーファン。
遅れて私も下がりながら短剣を抜き背後の存在を見やる。
そこにいたのは、金色の鹿だった。
襲いかかる様子もない。ただ何も言わずにそこに立っている。
近づかなければ無害。この距離はまだセーフということか。キバガミさん以外がじりじりと後退するのを確認してから、彼自身も下がり始めた。
距離を取りだす私たちを鹿はただ見ている。
やがてその場に体を伏せだした。伏せている状態でもただじっと、私たちを……いや、扉を見ている?
「……ローゲルさん、この鹿、どういう習性なんです?」
「……知らん」
「放っておけ。ついてくるようであれば始末すればよい」
イシュの言葉通り鹿を放置して、扉をくぐり抜ける。
最後まで鹿は静かに眺めていた。
金鹿図書館の有名なミニイベントは実際にプレイしてください(´・ω・`)
ちなみに今回昼食で食べたのはペポカボチャです。
金色は不吉というのは、世界樹4だと金鹿=鏖(みなごろし)、世界樹3だと雷竜の夢の話。2だと魔物生産所である旧天ノ磐座は金ぴか。など、アレなことが多いので不吉の象徴としました。
帝国の警告は……解説するの恥ずかしいのでやめておきます(´・ω・`)