世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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65.暗黒の中から覗くは惨劇の瞳

 

 

 

 

 金鹿図書館の最奥の通路を抜けた先は、高い山間に囲まれた陸の孤島のような場所だった。

 周囲の山によって日照時間は非常に短いのだろう。周辺の草木は高く伸びず、這うように広がっている。

 まだ正午を過ぎて少ししかしていないというのに、影が差すその場所には建築物が一つあった。

 

 絶界雲上域にある他の建築物とは明らかに違う色合の建物。これも遥か昔に造られた物なんだろうけど、色だけでなく雰囲気が、形状が、大きく違う。

 

「これが暗黒ノ殿か……帝国の調査隊を呑み込んだ施設……」

 

 ローゲルさんが無表情に呟く。調査隊が全滅したことに対しての義憤はそこになく、かといって未知の場所に対しての冒険者的好奇心もそこにはない。ただ冷静に観察するような目。

 

「……うん、この中から聞こえる」

「それならば行くしかないな。シウアン、私から離れないように」

 

 シウアンとウーファンは気を引き締めるように杖を握り直した。

 

「……嫌な空気よ」

「キバガミさん?」

「ム、すまぬ。拙者としたことが、少し呑まれてしまった。イクサビトの勘とでも言うのか、邪悪なものが潜んでいる気がしてな」

 

 その感覚はなんとなくわかる。

 この建物は今までの場所と明らかに違う。

 

 さっきから聞こえるのだ。

 低く唸るような音が、この建物からずっと。なんの音かよくわからない。シウアンにのみ聞こえる声のような、物理的ではない音でもない。空気の震えが音となってずっと鳴っている。

 

「イシュ、この音ってなんでしょうね……」

 

 わからないことがあれば、ついついイシュに聞いてしまう。知識についてはがんがん頼りたい今日この頃。

 

「……」

「イシュ?」

 

 イシュは答えず、ただ暗黒ノ殿を見つめている。心なしか、目を見開いているような気がする。

 何か、発見した……?

 

「……イシュ? どうしたんです?」

「シウアン、この場所で本当に間違いないのだな」

「うん、ここだよ」

 

 確認するような問いかけ。

 一体この場所がなんだというのか。黒い不気味な場所は何か重要な意味合いがあるのか。

 

「ここは何なんです?」

 

 スルーされたけど気を取り直して聞いてみる。

 今度は答えてもらえた。

 

 

「……この地の、かつての避難用シェルターのひとつだろう」

 

 

 避難用シェルター。

 名前から察するに、緊急時の避難場所。大昔のがここに。しかし山間に囲まれているから土砂の危険とかありそうだけど……それくらいじゃ平気な丈夫な造りなのか。

 

「シェルターねぇ……それじゃ、さっきから聞こえてるこの音はなんなんだい」

 

 ローゲルさんがさっき私が言った疑問を口にした。

 

「空気の浄化装置と換気口が同時に動いているのだろう」

「空気の浄化?」

「かつては空気までも汚染されていたのだ。シェルターに浄化装置は備え付けられている」

 

 それじゃ謎の生物の呼吸音とかではないのか。ちょっとほっとした。

 

「……」

「イシュ、何か引っかかってるんですか?」

「……ここはあくまでシェルターだ。世界樹計画の研究施設とは言い難い」

「えっと……ここには研究資料とかはないってことです?」

「……この規模のシェルターならば、それなりの人数の科学者もいただろう。だが世界樹計画はシェルターに内蔵されるような研究機関では不可能なはずだ」

 

 つまり、研究資料はあるけど、それは世界樹関係の資料ではないってことかな。

 ということはイシュの求める物はここにはないということか。

 

「しかし、世界樹の巫女が聞こえる声がここから……予定通り調べるしかないか」

「それじゃとにかく行きましょうか!」

「うむ」

 

 やっぱり探索やーめるってわけじゃないようだから、中に入って色々調べるコースだ。

 不気味だったけど、ただの避難場所だとわかった途端に不気味さは結構薄れた気がする。要するに罠はないのだ。あるとしたら魔物の脅威だけ。

 

 魔物の脅威……

 

 避難用シェルターなのに……?

 

 それは何か変じゃないか。

 避難用シェルターは害から守るために、安全な場所のはず。現にこの建物もかなり丈夫そうな造りだ。どこかに大穴が開いているようには見えない。

 避難用シェルターから人が出ていって、その後魔物が棲みだした? それも何かおかしい。外でまた何かがあった時、避難場所として残しておくためにも管理はそれなりにされるものではないか。

 用が無くなったから開けっ放しで放置するなんてまずありえないだろう。

 

 帝国の調査隊が全滅したということは、その時点で魔物が棲んでいた。それより前の記録はないけど、とにかくそれよりも前に魔物が発生していた。

 

 引っかかりを覚えている間にも、暗黒ノ殿の扉は開かれていく。錆びついているのか、金属を絞め殺すような耳障りな音を大きく立てて。

 

「……中の空気は清浄のようだ」

「マジかよ」

「空気清浄が問題なく可動しているためだろう」

 

 中にまず入ったイシュが言った。

 ローゲルさんはてっきり埃や菌類の胞子で空気が悪いイメージを持っていたのだろう。鼻をつまみながらそっとイシュに続いていく。

 

「って暗いな……暗黒ってそのままの意味とはね」

「早速カンテラの出番だな。アルメリア殿の準備の良さに感謝せねば」

「キバガミ、こいつに妙な気遣いはしないでもいい。こいつは闇雲に準備しただけだ」

「んなっ!?」

 

 キバガミさんの言葉に内心ドヤってたらウーファンのこの物言い。

 

 しかし本当に真っ暗だ。扉から差し込む光以外は全く見えない。その光さえも、山によって影となった弱い光なのだから酷いものだ。

 

 キバガミさんがカンテラに火を灯して周囲を照らす。

 

「ひっ……!」

 

 照らされた光景を見て、シウアンが悲鳴を漏らした。咄嗟にローゲルさんがシウアンの口を手で塞いだ。

 

「シウアン、落ち着くんだ。大声を出しちゃいけない」

「───」

 

 シウアンは、ゆっくりと頷いた。

 それを見てローゲルさんも手を離す。

 

 周囲は渇きこびりついた血痕が広がっており、バラバラに刻まれた血染めの鎧、兜、石像の腕が落ちていた。

 

「ウーファン殿、周囲に魔物の気配はどうだ?」

「……離れた場所に何体かいるな。ただし、空を飛んでいるやつは感知できん。気休め程度の情報だ」

「あいわかった」

 

 この石像の腕……たぶん元は人間の腕だったんだろう。

 石に変わりつつある体でここまで逃げて、そして刻まれたのか。

 

「……帝国の者たちだな」

「鎧姿のはやっぱり帝国のなんでしょうけど……この石像のもですか?」

 

 ローゲルさんに辺りを警戒しながら被害者の姿を調べる。

 バラバラになった鎧と違い、私が示した石像はだいぶ形を保っている。喉を両手で押さえながら苦しそうにしている人間の石像。その姿は鎧ではない。学者のような服装だ。

 

「ああ、調査隊の一人だな。襟もとの紋章が帝国のものだ」

「……冷静ですね」

「ああ、取り乱せば死に繋がる。俺がこれまで生き延びれてきた理由の一つだよ」

 

 理屈はわかるけど、その通りに実行するのは難しい。

 それにしてもこの石にされた人……

 

「石化毒はガス状のものだな」

「ですね」

 

 やった。イシュと同じ答えに辿りついた。

 

 毒の形状がわかったことは大きい。ガス状、というか呼吸器系に入りこむタイプ。

 

「換気口が可動してなければ石化毒で満ちていたかもしれぬな」

「……うげぇ」

「破壊された鎧から見て、鋭利な武器を持つ魔物、ガス状の石化毒の魔物がいると見てよい。魔物と遭遇の際は空気も注意して動け」

 

 空気も注意……だけどこうも暗いと難しそう。

 

 暗闇の中、キバガミさんとウーファンがカンテラを持ちながら探索を進める。

 全員がカンテラを持ちだすと咄嗟の時に対応が難しくなるため、そして明かりを持つ以上狙われやすい危険性もあるからだ。

 キバガミさんは武の達人らしく、片手がふさがっていても対応可能らしい。ウーファンはそもそも敵の接近にいち早く気づけるため、そして武器の関係上カンテラを持っていても問題ないとか。

 私も武器が短剣だからカンテラ候補であったけど、地図を描くためにはちょっと邪魔なのだ。

 血みどろの道を歩く際、精神安定の役割を買うのは地図である。描いている最中はなんだか心が救われるようだ。

 

「それにしても……歩きやすい道だな」

 

 ローゲルさんの言う通り、今まで旅してきた場所と比べると本当に歩きやすい。まさに人のために作られた道だ。というか廊下だこれ。

 

「シェルターですしね。獣道だったり自然の洞窟とかと比べたら歩きやすいのは当然ですよ」

「それもそうか……ところでイシュ、ズカズカ進んでいるけど道がわかってるのか?」

 

 隊列の先頭を歩くイシュのペースは結構早い。

 ちなみに最後尾はキバガミさんだ。

 

 道がわかってなくてもイシュは常にズカズカ歩いていくタイプなんで、その質問は無意味である。だってイシュも初めての場所なのだから。

 だからこそ私の地図描きがすべてを握ると言っても過言ではない。地図は偉大である。

 

「当然だ。この先に配電盤がある。まずは明かりを確保する」

「……へ?」

「む? 聞こえなかったか。道に問題はない」

「え、いや。道わかるんです?」

 

 いきなり私のアイデンティティが揺らぐ事態。いや、そんなまさか。わかるはずがない。

 

「天井の電線を伝って進めば問題ない。そこまでの道はわかる」

「なん……と……」

「ま、よくわからないけどそれなら道は任せたよ。道中の地図は俺も描いておくさ」

 

 まずい。

 私も描いているのにローゲルさんのこの発言はまずい。私の個性を殺しにかかっている。

 

「魔物が近づいてきている。二体、奥からだ」

 

 魔物の接近をウーファンが知らせた。

 奥からと言うことは接敵は避けられない。印術の準備を行う。

 

 暗闇から見えてきたのは二体の土竜だ。鋭く長い爪を携えて走り寄る。

 だけど見える前から来るとわかっていたのだ。準備はすでにできている。

 

 火球の印術を迫る土竜のうちの一体にぶつける。

 もう一体のほうはイシュが斬るだろう。そう思っていると別の攻撃が土竜に当たった。

 

 それは氷の槍。

 

 え? 氷槍の印術……?

 あれ、誰もそんなの覚えてないはずなのに……印術はこのメンバーの中で地図以外の私のアイデンティティで……

 

「ウーファン、今のって印術?」

「ああ、実戦で使うのは初めてだったが、うまくいった」

 

 おやぁ?

 

「私も攻撃手段を覚えなくてはと思っていたからな」

「あれからも己を磨いていたわけか。お主の向上心もなかなかのものよ」

「他の印術も使えるのかい?」

「氷の術式は一通り使えるようになった。だが十全に発揮できそうにないがな……」

「今の分じゃ充分だよ。な、アルメリア」

「…………そっすね」

 

 私は黙々と死んだ土竜の魔物から爪を剥ぎ取って鞄に入れた。

 

 

 

 

 

 やがて小さな小部屋の中に私たちは入った。

 なにやら黒い管のようなものがいっぱい繋がった箱があり、それをイシュが弄りだす。

 

 やがてガチリという音とともに振動音が響きだした。

 

「……わ。明かりが」

 

 明かりがついた。しかし、

 

「ないよりましだけど……思ったより明るくないな」

「主電源はすでに死んでいた。緊急時用の施設電源でのものだ。仕方あるまい」

 

 壁に掛けられていたランタンのようなものに光が灯ったけど、本当にないよりマシって程度のものだ。薄暗い赤い明かりが周囲を照らしてくれるけども……

 

「お……」

「ローゲル殿、どうされた?」

「ああ、ちょっと気になるものがここにね」

「どうしたんです?」

 

 ローゲルさんが示したもの、それは地図のようなものだった。

 

「このフロアの地図だな」

「また私のアイデンティティが……」

「?」

 

 ご丁寧に現在地っぽい印までついている、この地図。

 文字はだいぶ汚れて見えづらいけど、さらに言えば古代文字。辛うじて読めるのは『食堂』『居住エリア』……?

 

 食堂や居住エリアって、本当にただの避難用施設なんだここ。

 

「地図は書き写せたか」

「あ、はい」

「ならば行くか」

 

 もうこの小部屋に用はないとばかりに廊下に出る。廊下にも点々と赤いランタンが壁に掛けられているため、明かりに困ることはそれほどない。

 

 イシュは地図を覚えたのか、相変わらず先頭をズカズカと歩いていく。私はというと地図が間違っていないか確認しながらの追従だ。

 進行方向的に食堂のそばを通る、いや、通り抜けるかなこれ。

 

「……この先に強い魔物がいる」

 

 ウーファンの忠告を証明するように、石像が並んでいる。

 鎧を着こみ剣を構える騎士も、羊皮紙を握りしめた学者も、どれもが例外なく石になっている。

 

「……ねえ、この人たち。何か変じゃない?」

「シウアン、何か気づいた?」

 

 何か石像に気になる点があったのだろうか。些細な気づきでも重要な情報に繋がる可能性がある。

 

「入口にいた人たちと違って、逃げる間もなく石にされたみたいに見えて……」

 

 言われて確かにと気づく。

 騎士も学者も、表情がわかるものは恐怖で歪んでいるか、何かに驚いている顔だ。入口の人のように苦し気にはしていない。何か恐ろしいものを見たのか、そのどれもが前だけを見ている。

 

 石化を扱う魔物はもう一種類いるということだろうか。

 それも一気にこの数を石にするような、そんな存在が。

 

「もうすぐ見えてくる。石化させる魔物かはわからないが……」

「はい」

 

 ウーファンの言葉に、前方を注視しているとギョロリとした黄色い三つの眼を携える青い顔の羊が見えた。

 突然見えた不気味な顔に驚く前に、妖し気に瞳が輝いた気がした。

 

 その瞳を私は見て──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ぶはぁ!」

「良かった! アルメリアも気づいたよ!」

「は、はい……? え……? な、なに?」

 

 シウアンが心底ほっとしたかのように、安心した表情を浮かべている。あれ? さっきまで羊が。というかなんかすごく私の息が荒い。息を無意識に止めていたのだろうか。しんどい。

 

「さっきまでアルメリア、石になってたんだよ。本当に良かった。元に戻って……」

「え……?」

 

 もしかして目があったあの一瞬で石に?

 周囲を見渡すと、頭部を抉られた先程の羊っぽい魔物の死骸が転がっていた。

 

「ローゲルがね、砲剣でやっつけたの」

「ドライブだっけ。改めてえぐい威力……」

 

 頭部を消し飛ばしてるじゃないですかこわー。

 

「お、アルメリアも気づいたか。良かったよ」

「あ、どうやらお手数お掛けしたようで……」

「そう落ち込まなくていいさ。俺とシウアンはたまたま影になっていたから石化を逃れられた。言ってしまえば偶然だよ」

 

 そっか。ローゲルさんとシウアンだけが被害にあわずか。全員やられてたら……ん? ローゲルさんとシウアンだけ?

 

「え、イシュも石に?」

「ああ、見事に石に。あっち見てごらん」

 

 言われた方角を見ると床を見ながらなにやらブツブツ呟いているイシュの姿が見えた。

 そっと近づいてみると、

 

「この我が石化毒などに、いや、あれも進化の一種。毒も変化していくため我の作り上げた皮膚に影響を及ぼしただけだ。我の体は無敵なのだ今回が例外中の例外に過ぎない。そもそも神経に影響なく皮膚を硬質化するなど順序がおかしいのだ」

 

 落ち込んでるや。

 

「なかなか面白いだろ? こいつにも落ち込むことってあるんだな」

「まぁ、時折ありましたし……」

 

 落ち込んでいるイシュはともかく、キバガミさんやウーファンも無事なようだ。

 目を合わせただけで石にする魔物の脅威度を記すために、手帳にうろ覚えながら羊の魔物について書くことにした。

 

 

 

 

 

 

 




 
暗黒ノ殿、本格的に開始です。
あの羊FOEは私トラウマなんですよ。あのギョロっとした眼が怖すぎて怖すぎて……恐怖に打ち勝つために挑んだら全員石化でHageました。

ちなみに羊さんは第六迷宮の瘴気の影響をもろに受けて、さらにその瘴気を利用しているっぽいので、羊さんの石化毒は世界樹の呪いとやや似てる=イシュに効果ありとしました。

そして次回、視点変更です。メインキャラの視点はこれで全部になるかな(´・ω・`)
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