世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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アルメリア視点です





67.ある男の日記

 

 

 

 ヤバイ。

 

 やばいやばいやばいやばい。

 

「キ、キバガミさん! まだアレ来てます!!」

「承知!!」

 

 壁を破壊しながら、床を砕きながら、時には溶かしながらも迫る巨大な蟲。

 どういうわけか執拗に私たち、シウアンとキバガミさん、そしてか弱い印術師の私を追いかけてくる。

 

 イシュたちとは分断されてしまうし、体勢を立て直そうにも全然距離が取れない。

 逃げながらも火球や却火をぶつけているが、ものともせずに追いかけてくるのだあの蟲。

 

 『蟲 失敗 開けるな』ってあいつのことか。開けてないよ私たちは。なんなんだあれは。なんで避難用シェルターにあんな化け物がいるんだ。

 

 私と同じく抱えられているシウアンはなぜだかさっきから楽しそう。結構豪胆なところがあったんですねとか言う余裕も今はない。

 

「アルメリア殿! 火を!」

「え!?」

「魔物だ! 前方!」

「うおー!?」

 

 前方と言っても後ろ向きに俵抱きされているから見えない。闇雲に爆炎を放つと、私の後方、つまりは進行方向から魔物の悲鳴が聞こえた。よかった当たった。

 

「跳ぶ!」

「ひゃい!!」

 

 ぴょんと跳び越えたのは火によってダウンした魔物の姿。

 南瓜? の魔物が三体。仲良く倒れていたが、さすがに爆炎じゃ仕留め切れなかったのか、むくりと起き上がり──────全て蟲に踏み砕かれた。

 

「ひ、ひぃぃ!!」

「あはは! 鬼ごっこってこんなに楽しいんだね!」

「何言ってんのシウアン!? 鬼ごっこはもっと平和だからね!?」

 

 ひょっとして現実逃避してるの? 私もしたい。平和的な鬼ごっこだったらどれだけ良かったか。

 

「でも鬼ごっこって鬼から逃げる遊びなんだよね? 一緒じゃないの?」

「全然違うから! 鬼ごっこ経験ないけど絶対違うから!」

「かくれんぼの方がアルメリアは好き?」

「そうかもねっ!!」

 

 やけくそ気味に答えた。

 

 やっぱりシウアンの様子がなんか変だ。

 突然走りだした時からだろうか。イシュが世界樹について語ったのが原因? 世界樹の巫女にとっては衝撃だったのか、それにしてはこの反応はおかしい。なんだか正気じゃないようだ。

 

「でもかくれんぼだと私はすぐに見つかっちゃうから……ごめんね?」

「なんの話か全然わからないんだけど!」

 

「……シウアン殿、何故すぐに見つかるのか教えてもらえぬか」

 

 キバガミさんがよくわからない会話に疑念を抱いたのか入ってきた。

 まさか彼も現実逃避の仲間入りではないと思うけど、抱えられている身としては祈るのみだ。

 

「私とあの子、繋がってるもん。声が聞こえちゃうからすぐに見つかっちゃうんだ」

「声というと、ここに来る理由となった声のことか」

「うん」

 

 繋がってる? あの子?

 

 あの子って、蟲のこと……? これがシウアンを呼んでたって、それにしては全然友好的じゃない。害意満点だ。

 

「声が聞こえる限り、シウアン殿の場所がわかるということか」

「うん、そうだよ。だから鬼ごっこしかできないんだ。ごめんね」

 

 なんで遊びの話になるのか理解できない。

 とにかくあの蟲はシウアンを追いかけているということはわかった。わかったけども……だから何って話だ。シウアンを置いていくわけにはいかない。アレは確実にシウアンを潰す勢いだ。だからやっぱり一緒に逃げるしかないわけで。

 

「アルメリア殿、少し降ろす。遅れず走るのだ!」

「え!?」

 

 突然降ろされて私も足を動かす側に。

 私はキバガミさんほど足に自信はないのに、とか抗議する暇もなかったんですが。

 

 するとキバガミさんはシウアンを抱え直し、

 

「シウアン殿、御免!」

「えっ───」

「ほわぁ!?」

 

 走りながらシウアンから意識を奪った。

 突然に手刀に私も驚きの声をあげる。なんかローゲルさんの裏切り事件を思いだしてしまう。

 

「アルメリア殿、拙者の腕に掴まれ!」

「え!? え!? はい!?」

 

 気絶したシウアンを抱えながら、また私に手を差し伸べたキバガミさん。この人が何をしたいのかよくわからない。

 

「って前! 前! 道じゃなくて吹き抜けになってます!!」

「ウム! 跳ぶ! しっかり掴まっておれ!」

「うぎょあぁぁあ!?」

「ヌオオオオ!!」

 

 空を翔る牛頭、そんなタイトルをつけたくなる光景だ。傍から見る側に回れたら。

 そんな気持ちがよぎった瞬間だった。

 

 吹き抜けの対岸の廊下にドシンと着地した。

 イクサビトの力ってすげー。

 

 って感心している場合じゃない。あの蟲は……!

 

 振り向いたとき、蟲が吹き抜けを落ちていくのが見えた。

 キシャアという鳴き声を出しながら、暗闇の中へと落ちていく。

 

 しばらくして底からずしんと重々しい音が響いた。

 

「……死にましたかね」

「わからぬ……が、イシュ殿たちの一斉攻撃を浴びても平然としておったのだ。恐らくは生きているだろう……今のうちに皆と合流すべく動こうぞ」

「はい。ってちょっと待ってください」

「ム?」

 

 いや、普通にしてるけど何でシウアンを気絶させたのか、説明がほしいんですが。

 

「シウアンを気絶させたのは何でですかいったい……」

「ウム、うまく言葉にはできぬのだが……あの蟲の声が聞こえぬようにすれば、奴から身を隠せるのではないかと考えてな。相談もせずに動いたのはまことに申し訳ない」

「ああ、そういう……」

 

 そんなのしなくても蟲が落下したところを見るに、大丈夫だったと思うんだけど。

 まぁ切羽詰まってたし、シウアンを囮にするとかじゃないみたいだし、私は良しとしよう。シウアンやウーファンから怒られても庇う気はないけど。

 

 とにかくまずはイシュたちとの合流だ。

 向こうはイシュ、ローゲルさん、ウーファンというメンバー。性格のかみ合わなさはともかく、戦力的にも探索能力的にも向こうの心配はいらなさそうだ。

 地図を描けるローゲルさんに、気配感知のウーファン、それに全員戦闘力があるし。

 

 それに比べてこちらは……私は地図を描けるが、気配感知ができそうなシウアンは絶賛気絶中。キバガミさんはシウアンを運ぶためにもあまり無茶するわけにもいかないだろう。

 つまり戦力的にも探索能力的にも不安が残るメンバーだ。

 

「合流するにはウーファン頼みですかね……来た道を引き返そうにも……」

「また跳び越えるのは少し……無理そうだ」

「ですよね……」

 

 対岸、つまりジャンプした場所は蟲のせいで崩れている。より吹き抜けが広がった形になっているせいで、戻れそうにない。

 

 戻らずに進むか、それか待つか。

 

 方角を変えれば壁の赤い光に照らされた階段がある。それはより深く、地下へと降りる階段だ。

 

 地下へ降りるということは、それだけさっきの蟲に近づくということ。

 

 うん、ないな。階段を降りるというのはない。

 階段とは違う方角には道が続いているし、こっちの道を選ぼう。

 

「慎重に進みましょう……」

「ウム」

 

 キバガミさんも降りるという選択肢は除外しているようだ。

 私たちはこのフロアの探索を優先することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしこう言ってはなんだが、アルメリア殿とはぐれずにすんで拙者はほっとしておる」

「はあ」

 

 周囲を警戒しながら歩いていると、キバガミさんがぽつりとそんなことを漏らした。

 

「拙者は地図を描けぬ。それにこの施設の文字も読めぬ。拙者ひとりでは彷徨い続けていたことであろう」

「そんなことないですよ。キバガミさんならなんだかなんだで脱出できそうです」

 

 野生の勘が! とか理屈の通じない勘というものによって迷わなさそうだ。

 その点私にはそういった勘はあまり培われていない。だからこそ、地図が大事なのである。

 

 それにしても……この広間、何か変だ。

 地図の描き方が間違っているはずない。なのに地図がおかしい。

 

 それなりに歩いているのに、広間の壁につかない。真っ直ぐ進んでいるはずなのに、まるで夢の世界のように仕切りが見えない。広間がどこまでも広がっていく。

 なんだかこの感覚……どこかで感じたことがある。これは確か……

 

「……深霧ノ幽谷」

「どうかしたのか、アルメリア殿」

 

 そうだ、あの幽谷でも似たような感覚を僅かに感じた。確かあそこの霧は幻術がどうたらってウーファンが言ってた。それと似た感覚がさっきからあるのだ。

 でもなんでここに。ここには霧なんてない。

 

 いや、関係ないか。似たような力を持つ魔物でもいるのか、それか古代の技術か。なんであれおかしいという感覚があるのに変わりはない。

 

「キバガミさん、こう……邪魔というか嫌だなーって感覚というか、なんか悪そうなやつがいるかわかったりしません?」

「? よくわからんのだが……」

「こう、イクサビトの勘で敵のいる位置を言ってみてください! この広間、なんか変なんです!」

「ム? しかし……」

「何もなくてもいいですから! なんか嫌な感じがするところをテキトーに!」

 

 打開策がないから力押しである。

 シウアンが目覚めていれば、なんらかの方法が見つかるかもだけど今はそれができない。ならばキバガミさんの野生染みた勘を頼りにするのみだ。

 

「な、ならば……あの方角に何かがいるような気が……あまり自信はないのだが」

「はい! じゃあいきます!」

「アルメリア殿!?」

 

 キバガミさんの指示した方角に向かって、全力で爆炎の術式を投げ放った。

 

 周囲を照らす炎の花はいつもより見えづらい。それは暗いからとかではない。炎によって霧が見えるようになったからだった。

 暗すぎて霧に包まれていることを全く見えなかった。そしていま、炎の中に影が見えた。

 

「いた!」

「おお!」

 

 影のあった位置に、もう一度爆炎を放つ。

 敵の位置がわかりづらいのなら、広範囲に焼き払うのが一番だ。

 

「周囲に敵はおらぬな! ならば!」

 

 キバガミさんが片手で刀を抜き、敵へと肉薄する。シウアンを担いでいることを忘れてはいないと思うけど心配だ。

 イシュの豪快な斬撃やローゲルさんのような揺らめく斬撃とは違う、モノノフの鋭い白刃が敵を斬り倒した。

 

「これは……」

「キバガミさん、大丈夫ですか?」

「ウム、しかし……これはいったい……」

 

 キバガミさんが斬った敵の姿を見せる。

 そこにいたのは、

 

 

「……ホロウ?」

 

 

 眼から血の涙を流し、影のように実体を捉えづらい種族。

 かつて幽谷でウロビトと争っていたホロウがそこにいた。

 

 何故ホロウが。クイーンが倒れたのだから、もういなくなったんじゃないのか。

 それとも別の種族? よく似ただけの。でもホロウならあの霧の幻術も理解できる。じゃあやっぱりホロウなのでは。

 

 ダメだ。考えがぐるぐる回る。ありのままに受け止めなくては。

 ホロウがいた。幻術あった。倒した。 以上!

 

「拙者は、魔物と勘違いしてこの者を斬ってしまった……」

「ホロウは魔物かどうか私にはわかりませんが、このホロウは敵対してたのは間違いないです。幻術がなくなった今のうちに行きましょう」

「……ウム」

 

 実際のところ、ホロウは魔物ではないのだろう。

 ただ敵対する存在なだけで魔物ではない。じゃあなんだと聞かれたら……ホロウとしか答えられない。

 

 先の倒したホロウが原因だったのか、広間を抜けることができた。

 広間を抜けた先は見飽きるほどに今までと変わらない廊下。

 

 それにしてもこの辺りは……血の痕はあるけど石化した人たちはいない。

 

 廊下を歩いていくと扉があった。扉には『───長室』と書かれている。なに長かかすれていて読めなかったけどとりあえずお偉いさんの部屋かな。

 お偉いさんの部屋ということはそれなりに重要な資料があるのでは。イシュが見つけたら喜びそうなやつとか。

 

「中に入りましょうか。一度休憩するためにも」

「あいわかった」

 

 中に魔物がいないか確認し、入ると同時にそっと扉を閉める。

 これでちょっとは安心できる。

 

 中には居住エリアの部屋とは違い、簡素なベッドがひとつ、そして本棚に比較的立派な机にタイヤのついた椅子。机の上はとっ散らかっているが、魔物のせいってわけではなさそうだ。人間の力でついカッとなってやっちゃったという程度の散らかり具合。

 

 ひとまずベッドにシウアンを寝かせてキバガミさんも体を休めることにした。

 私は本棚をじろじろと眺める。気になる資料がないかと思ってだけど……

 

「日記……」

 

 なんだか豪華な装丁の日記が目を引いた。

 資料よりも気になるそれを手に取りページを開いていく。

 

 始めのほうは、未曽有の災害について。その後の周囲の環境について、問題点などが書いてあった。

 イシュはこれと似たような内容を読んであの話をしたのだろう。ペラペラとページを読み進めていくと、気になる単語が書いてあった。

 

 

「世界樹計画……」

 

 

 未曽有の災害、その原因でもある世界樹の力を使って環境を変化させる計画が書いてあった。イシュの時代の世界樹計画の産物を使った、たぶん偶然にも同名の計画。

 災害に至った力を抑えるための理論やそのために必要な実験について書いてあるが、その辺りはよくわからなかった。ただわかることは、自分たちの手で制御可能な世界樹を創る計画なのだということだけだ。

 

「アルメリア殿、お主は休まぬのか?」

「大丈夫です。移動の際はキバガミさんに抱えてもらうつもりなので」

「それはどうかと思うのだが……」

 

 世界樹を新たに創る。

 その計画を実行するには時間が必要だったらしい。そして時間が過ぎれば過ぎるほど、このシェルターの人たちは追い詰められていった。

 

 それを打破するために、彼らは命を創った。

 最初の使徒は『武に優れた者』

 

 ちらりとキバガミさんを見た。

 彼は、彼の種族は武に長けたイクサビト。頭部が動物と同じという他にない特徴がある姿。

 

 日記に書かれた最初の使徒もまた、武に優れ、動物的特徴を持つ者たち。

 

 イクサビトの人たちは、そしてウロビトたちも、人間に創られた種族だと言っていた。

 人間は創造主であり戦友だとも、背を向けた裏切り者だとも。

 

 本当に人間が創った種族だったんだ。

 ということはこの次の第二の使徒『知に優れた者』というのは……ウロビトだ。知に優れているが体が非常に弱い使徒。

 

 ……じゃあこれは、第三の使徒はなんだ。

 

 第三の使徒『眠らぬ者』

 日記には第二の使徒を参考に創られた究極の存在だと大きく褒めている。人間とはかけ離れた存在だとも。

 

 今の時代にそんな種族は知らない。

 人に創られたという種族はウロビトとイクサビトだけだ。それともどこかに里を作って暮らしているのだろうか。

 

「……女王が単身で仲間を増やす?」

 

 女王。単身での増殖。眠らない。

 これらの情報と一致する存在を知っている。

 

 ホロウだ。

 

 彼女たちも人間に創られた種族。敵じゃなかった種族だった。

 

 眠らぬ者には最も重要な研究成果の管理と護衛が任されたと書いてあった。

 

 もう、なんとなくわかる。

 この管理と護衛の対象である研究成果とは何か、ホロウクイーンの行動からもわかる。

 

 ホロウクイーンは最期、シウアンを守るために蛾の魔物を仕留めることを優先した。自身の身よりも、シウアンの身を守ることを優先した。

 シウアンを誘拐した際も、決して彼女を傷つけることはなかった。それにきっとあの時、彼女が私を守ろうと立ちはだかったから私も誘拐したのだろう。大事な護衛対象の行動を尊重するために。

 

 ホロウたちはずっと人間に任された役目を全うしていただけ……いや、考えるな。同情するな。だってホロウたちはやり方が悪かった。だからウロビトたちに反発されたのだ。言葉を交わせばわかりあえたはずなのに、ホロウたちはしなかった。

 

 そう自分に言い聞かせようとしても、ある一文がどうしようもない事実を突き詰める。

 

 ───『彼女らは意思疎通に言葉を要しない』

 

 言葉を交わすことも、ホロウたちにはできなかった。

 

 ダメだ。考えるな。終わったことにもう一度目を向けるのはいい。だけどそこから目を離せなくなってはダメだ。余計な残留思念を生み出すな。

 

「アルメリア殿? やはり今は休んだ方がよいのではないか? 顔色も良くない」

「いえ、今はいいです。あとでキバガミさんの肩の上で休みますから」

「それは拙者が疲れるのだが……」

 

 今はこの日記のことだ。

 キバガミさんにも内容を言うべきか少し悩んだけどやめておく。さっき斬ったホロウが同じ人間に創られた種族だったなんて、知ったって良い方向には転がらない。むしろ余計な罪悪感を刺激しかねないだけだ。

 

 使徒については後は愚痴だけだった。ほとんどが第二の使徒に対してのばかり。第三の使徒が上位互換なせいで、使徒用とはいえ食料を圧迫する存在が疎ましかったのかもしれないが、こんなことをしてたからウロビトの人間への悪感情が育ったのではないかと思わずにいられない。

 

 日記の内容は世界樹計画に戻った。

 使徒を揃え、計画を着手に至っての会議の愚痴が細かに書かれてある。

 

 世界樹を制御できると信じて疑わない姿勢が日記から見て取れた。

 しかし誰もがそうは思っていなかったのか、保険のような計画が同時進行されることとなったらしい。

 

 暴走した世界樹を止める術。世界樹の天敵を、世界樹を喰らう存在を生み出す計画。

 生み出された怪物を『蟲』と記していた。

 

「……世界樹を喰う、蟲」

 

 シウアンは世界樹の心だ。それもイシュが言うには、世界樹の本体の一部。

 そして蟲は世界樹を喰う存在。

 

 シウアンを追い続けている理由は、喰べるために? この計画で植え付けられた本能に従って、あそこまで執拗に追い回していたということ?

 

 ページを進めるごとに、蟲の計画に日記の人物は怯えていった。

 異形の蟲を創る計画、その蟲を制御する方法がなかったからだ。

 

 いや、正確には用意されてあるらしい。それはあまりにも力技な方法であり、保険と呼ぶにはひどいものだった。

 それは、蟲に力を抑える薬物を投与し、弱ったところを捕獲するというもの。実際に薬物の効果はあったらしいが、日記の人物は怯え切っていた。

 

 世界樹を喰うことによって、より強くなった蟲に対しての実験データをとる術がない。そのため薬物データは正確なものではない。

 

 そのことを日記に書き殴っていた。誰に言っても理解されないと嘆いていた。

 

 やがて、日記の人物は自身が着手する計画にも恐怖を抱きだした。

 

 日々追い詰められていく現状への恐怖、世界樹の力への恐怖、蟲への恐怖、ひたすらにこわいと書き綴られている。

 

 最後のページには計画を止めるために、死ぬ覚悟を固めた文章を残して終わっていた。

 

 

 それでも計画が止まらず、聖樹の護りが起きたのだろう。

 

 やりきれない気持ちをため息とともに吐き出して、日記を本棚に戻す。

 日記の横には赤いファイル。背表紙には『薬物試験記録』

 他にも似たような本はないかと見たが、これだけだった。きっとこれは蟲の力を抑える薬物の情報だろう。赤いファイルを手に取り中を見る。

 

 ……専門用語ばかりだ。呪文のような言葉が、それともちゃんと文字解読を私ができていないのか、全然わからない内容。せいぜいわかるのは、薬物実験は地下二階研究施設にて行われていたということだ。

 

 これは合流したらイシュに読んでもらおう。

 

「ん……あれ……?」

「シウアン、気づいた?」

 

 小さな声があがり、シウアンが体を起こす。

 見たところ後遺症とかはなさそうだ。

 

「あれ? 私どうして……」

「えっと……キバガミさんが全て悪いんであって私は悪くないからね?」

「す、すまぬ……」

 

 きょとんとしていたシウアンは、急に笑顔を見せた。

 

 

「あの子ったら、続きがしたいのかな」

 

「……え?」

 

 

 フロアのどこからか、大きく響く音と甲高い不気味な鳴き声が聞こえてきた。

 いや、どこからなんてものじゃない。かなり近い。せいぜい壁を一枚隔てている程度の距離。

 

 

「今から来るって。鬼ごっこ、がんばろうね!」

 

「いかん!!」

 

 

 シウアンと私の腕を掴んでキバガミさんが走りだす。

 扉を開け放つと同時に、部屋の壁が崩れ……赤い複眼を持つ巨大な『蟲』がその姿を見せていた。

 

 

 まだ悪夢のような鬼ごっこは終わらないようだ。

 

 

 

 

 

 

 




 

次回はイシュ組の話です。
そのため視点変更、ローゲルさんが担当します。
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