世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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アルメリア視点です。





69.悪夢の中、固く閉じる

 

 

 

 

 

 怪物の中に、怪物がいた。

 

 そうとしか形容できない目の前の光景。

 中に潜んでいた怪物が近くにいるイシュを排除しようとしたのか、部屋の中は混沌に陥りつつあった。

 

 あんな存在、あの日誌にはなかった。

 日誌には、世界樹計画、世界樹を喰う蟲、各使徒についてだけだ。

 

 世界樹を喰う蟲……その内部から現れたアレは……

 

 

「あれも、世界樹……?」

 

 

 私たちの知る世界樹は模造品だとイシュは言っていた。

 シウアンの言っていた声の正体は蟲ではなくあの中身なのならば、あの異形が本物の世界樹なのか、とても豊穣を齎す樹には見えない。まさに悪魔の樹だ。

 

 その異形は赤い蕾をつけた触手の鎌首を二つ、もたげさせた。

 

 二つの触手はどちらもイシュに狙いを定め、乱打のように激しい突きが放たれた。

 

 あの樹は咆哮をあげているわけではない。にもかかわらず、幾度も繰り返される突きによって空気を震わす音が暴動のように激しく響く。

 

 ……大丈夫、イシュならきっとあのくらい、大丈夫だ。

 

 乱れ突きが止むと同時に、反撃するようにイシュが跳ぶ。

 悪魔の樹の赤い眼に届くほどの勢いのあるジャンプ。途中襲う触手を足場にしながら何度も跳び、何度も斬るあの技は。

 

「如く舞う」

 

 斬りながら樹を登り続けるイシュを、突如現れた業火が呑み込んだ。

 

 だけどその前に確かに見た。あの赤い眼が妖しく光るのを。

 あれは巨人の眼と同じく、炎を操っているのだ。この分ならきっと氷も雷もあるのだろう。

 

「じっと見ているだけというわけにもいくまい! 拙者も助太刀に向かう!」

「気持ちはわかるが待つんだキバガミ! まだ薬の噴射が続いている。止むまで待つんだ!」

 

 止むまでっていったいいつになるんだ。

 そもそも薬の噴射が止んだところで、本当にすぐに入ってもいいのか。

 迫りくる触手を斬り払いながら応戦しているイシュの力になれる方法がないのか。

 

 部屋の外からせめて攻撃でもできれば……

 

 そうだ、ウーファンの方陣! 

 南の聖堂でも部屋をまたいで規模の大きな方陣を使っていたし、巨人戦でも方陣は効果があった。巨人の時と違いウーファン一人となるが、それでもないよりはましだ。

 

「ウーファ───!」

「シウアンに何があったか知らないか! シウアンの様子が明らかにおかしい!」

 

 シウアンの異変。心当たりがあるとすれば、やはりあの異形だ。あれと近づき過ぎたからなのか、心が本体に惹かれているのか。

 

「たぶん原因はアレです! だから今はアレを倒すことに集中してください!」

「あいつが……! 封縛してくれる!!」

 

 私も私で動かなくちゃ。印術で攻撃するには少し遠いけども、何もしないよりはいいはずだ。

 

 術式を準備していると、そばの首のない石像の前にあるボタンが目に映った。

 いくつもボタンがあるがその中でひとつ『換気』とある。

 

 叩くようにボタンを押した。

 途端、強い突風が吹き荒れたかと思うような音が部屋から発生する。すると部屋を埋め尽くしていた色濃い霧が急速に消えていく。

 

「いきます!」

「イシュ殿、助太刀いたす!」

 

 薬がなくなったと目に見えてわかったので、私とキバガミさんはすぐさま部屋に突撃した。

 ウーファンは方陣の展開に集中し、ローゲルさんは異形を冷静な眼で観察している。

 シウアンは……正気ではないのだ。この空気の中、楽しそうな笑顔な彼女を今は放置しておくしかない。

 

「イシュ! 焼き払います!」

「我ごとやれ!」

「はい!」

 

 部屋に入ってすぐに爆炎の術式を放つ。イシュを巻き込むのももう慣れた。

 

 無数の触手が闖入者をもターゲットにしようとしたのか、こちらに向かってくる前に爆炎が焼き落としていく。大丈夫だ、効いている。巨人よりはサイズも小さいし、こちらの攻撃も響いているっぽい。なら大丈夫だ。

 

 攻撃の感触を実感していると、一際大きな触手が迫ってきていたのに気づくのが遅れてしまった。

 触手というよりは、いくつも節がある奇怪な腕。先には蠍の尾のような鋏がついており、ガチガチと音を立てながら這うようにそばまできていた。

 

「角神!」

 

 迫る鋏の腕を、横からキバガミさんが突進しながら刀で何度も突き刺しては蹴りとばし、また突き刺し、と苛烈な攻撃を繰り出した。

 それにしても、キバガミさんも技名とか叫ぶタイプだったんだ。

 

「助かりました!」

「礼には及ばぬ! 一本の腕ですらこれほどの威圧感とは……!」

「ってキバガミさん! もう一本来てます! そこから離れて!」

「なぬっ!?」

 

 もう一本、鋏のついた腕がキバガミさんを襲いかかる。術式はまだ準備が終わっていない。爆炎なら出せるけども、あの腕は爆炎を物ともしなかった。むしろ短時間だけとはいえ、視界が悪化するだけに終わりかねない。

 キバガミさんは逃れるため突き刺した刀を引き抜こうとするが、

 

「ぬ、抜けん!」

「キバガミさん! 早く!」

 

 言ってる間にも鋏はもう間近まで迫っていた。

 眼を逸らしたくなるような光景が広がると予感される状態。

 

 しかしその凶悪な鋏が届く前に、天から巨大な氷の塊が鋏を叩き潰した。

 

 なにこの氷。

 印術? いや、氷の印術は詳しくないけど、こんな氷塊を扱うなんて聞いたことはない。じゃあこれは一体なんなんだ。

 

「ぼさっとするな! まだ仕留めたわけではない!」

「ウーファン!?」

「何を呆けているんだ! 魔狼氷葬は何度も使えるものじゃない!」

 

 え、何それは。

 イシュだけじゃなくみんな独特な技名を言うのが流行りなの? ってボケている場合じゃない。時間も充分稼げた。だから今度は特大の炎をお見舞いできる。

 私もみんなを見習って、

 

「却火!!」

 

 術式の名称を叫んでみた。

 

 凶鳥烈火にしようかと思ったが、若干のテレが混ざって術式が発動しない可能性。なので却火である。もっとも、これだって威力はトンデモない代物。

 

 狙いは触手や腕ではない。

 あの赤い眼だ。どんな化け物も眼は弱点だ。目つぶししてやる。

 

 飛んでいく巨大な火の塊から眼を守るように、進路上に槍のように尖った蕾が入り、却火を貫いた。

 

「ひぅっ!?」

 

 却火をまるで紙風船のようにあっさりと貫通しながら迫る攻撃が頭上スレスレに通り過ぎていく。

 植物っぽいくせになんだこいつは。いや、愚痴よりも先に反撃だ。伸びきった蕾は今こそ攻撃チャンスなはず……なんだけど、術式を連発なんてできない。

 

 せめて体勢を立て直そうとすると、爆発音が響く。直後に蕾が地面に音を立てて落ちた。

 

 爆発音の発生源はローゲルさんの手の持つ武器。刀身を赤くした砲剣。

 

「これでようやく一本か。頭には巨人みたいに悠長に登らせてくれそうにないな」

 

 そんなことを呟いて、彼はまた別の蕾が迫るのを砲剣でいなしながら、その勢いのまま振りかぶって斬りつける。ドライブではないため切断するほどの威力にはならなかった。だが浅いとはいえ傷を入れることができた。もっとも、相手の大きさを考えるとこの傷は本当に小さなものだ。ダメージにもなりえないレベル。ローゲルさんの腕力でこれならば、私の投刃ナイフなんてひっかき傷すらできないと思う。

 

「拙者がお主らを投げるという手もあるが……」

「どうやって降りればいいんだよそれ……っと」

 

 ローゲルさんはキバガミさんの提案に却下しつつ、しなり迫る鋏の腕を避けるため跳びのいた。

 

 近接二人じゃ眼まで届かない。

 例外として今、イシュが上空で戦っているけども、それは置いといて。

 

「印術でならここからでも届きます!」

「ああ。アルメリア、ウーファン。君たちは術式で直接眼を狙ってくれ。触手の動きが庇ってたから脆いはずだ。俺とキバガミは君たちを守る」

「はい!」

 

 狙いを高い位置にある眼に集中して術式を用意する。上空では氷や雷などが飛び交う異常な様相を見せていた。

 

 やっぱり巨人と同じく各属性を扱えるのか。ということは、さっき落とした蕾もいずれ再生すると考えたほうがいい。それなら早く眼を潰さないと。

 

 眼に向けて飛ばす術式は、凶鳥烈火。

 業炎の鳥が一直線に目標まで飛んでいくものだ。これなら蔦や触手が間に入ったところで止まることはない。

 

「たええええええ!」

 

 鋏の腕が火鳥の妨害に入ったが、すでに節が弱っていたのか一点から焼き千切れて落ちていく。眼を狙ったのにラッキーだ。

 火鳥はそのまま眼まで飛び、異形を大きく怯ませた。今までにないほどの手ごたえ。

 

「山行水行」

 

 眼からの攻撃が怯みによって消えた途端、イシュが眼のそばに降り立って超大振りの攻撃。

 その剣が届く前に、眼は反射行動のように瞳を閉じた。

 

「……!」

 

 瞳を閉じただけ。いわば斬る対象が瞼に守られただけなのに、当たった剣が一本、真ん中からへし折れた。

 

「触手より硬い……!?」

「硬いのならば叩き潰せばいい!」

 

 ウーファンの術式、眼のさらに上に巨大な氷が作られ、重量を持って異形の頭へと落下した。

 その勢いと、異形の硬度がぶつかり合って氷が砕け散る。だが異形の頭部は変化がない。

 

 なんだあの硬さは。滅茶苦茶だ。

 

 凶鳥烈火では怯んでいた。だから瞼の下は脆いのは確実なんだ。

 瞼が異常に硬いのなら、開くまで根競べだ。攻撃する瞬間は瞳を開くはず。開いたら攻撃を叩きこめばいい。

 

「アルメリア殿!」

 

 ぐいっと引っ張られ、真横を植物の鋏が通り過ぎていく。

 伸びきった鋏の腕をキバガミさんは雄たけびをあげながら、金棒と刀を用いて引きちぎった。

 

 その豪快さに驚くとともに、見逃せない点がひとつあることに気づいた。

 

 

 今、引っ張られなかったら確実に、私は両断されていた。

 

 

 敵の殺傷力が高いのは別にいい。良くないけども、今はこの際いい。

 だけどそれよりも、今、あの異形は瞳を閉じているままなのだ。なのにあの鋏は私を両断しようと迫ってきた。

 

 なんで私の位置がわかったんだ。

 瞳を閉じる前に見えた位置へと攻撃を行っただけという可能性もある。だけど、異常相手なら他の可能性もありえる。

 

 あの眼以外にも、見る器官が存在する。もしくは、見ずとも周辺がわかる。

 

 正直その可能性のほうが高い気がしてきた。他に眼に相当するものがあるのか、コウモリみたいに音の反響で場所を把握しているのか、とにかくこのままでは瞳が開かないという可能性も考えないといけない。

 でもどうすればいいんだ、それって。

 

「うわっ!」

 

 また攻撃が来た。今度は鞭のようにしなりながら、空気を横一文字に引き裂いていく蔦を倒れ伏すように避ける。ゆっくり考えている暇なんてない。だけど候補が何もない。ジリ貧すぎる。

 

 

 すぐに起き上がろうと顔をあげた時、色を失った昏い眼と視線がかち合った。

 

 

 ちょっとびっくりした。

 一瞬心拍数がさらに跳ね上がったけどその正体が何かわかり、落ち着きを取り戻す。

 

 それは背中を裂かれた蟲の死骸の眼だった。

 あの異形の苗床となっている哀れな蟲。一瞬この蟲の眼が私たちの居場所を教えているのではと思いいたる。他にそれっぽい眼なんて、せいぜいあの翅の模様くらいだ。

 

 ものは試しにあの蟲の眼を攻撃するべきか。死骸に攻撃を加えるというのはあまり気持ちのいいものではないけど、状況打破のためだ。それにあの蟲には執拗に追い回された恨みもある。

 

 死骸とはいえ、蟲の体はイシュたちの総攻撃を受けても耐えれるほど頑丈だった。生半可な火じゃダメだろう。却火でもいけるか怪しいけども……

 

 やらないよりはいいだろう。

 却火の準備を始めようとして、視界のはしにシウアンの姿が映った。

 

 シウアンは相変わらずこの状況に相応しくないほど楽し気な表情をしている。蟲に追われている時と変わらず。

 

 …………そうだ、彼女が変だったのは蟲に執拗に追われていた時からずっとだ。例外はキバガミさんが気絶させた時。その時は意識がないから当然眠っているような表情だった。そしてなによりも、蟲は来なかった。

 シウアンは言っていた。繋がっているから場所がわかると。

 

 彼女の繋がっている相手は誰だ。蟲ではない。蟲の中にいた存在だ。

 

 今戦っている異形の正体はなんだ。ただの魔物ではない。予想が正しければ、世界樹の本体だったものだ。

 

 シウアンは今、ただ笑顔で私たちを見ている。

 あの異形をではない。私たちをだ。

 

 

 それじゃあ、私たちの居場所を教えているのは──────

 

 

「アルメリア!」

「あ───」

 

 縦にぶれていく世界の中、見えたのは赤い塊。

 

 ああ、蕾で殴りつけられたのか。貫かれなかっただけ御の字ってやつだろうか。けどこれ、高く殴りあげられたからこのまま落ちたら死ぬ気がする。生きてても痛みで動けるか怪しい。

 

 いやに冷静な思考が働いてしまっていることを自覚して、少しだけ面白く思えた。

 

 上へと殴りつけられ、そして落下していく。

 なんで頭から落ちていく形になるのか、世の中と言うのはよくわからないものだ。なんだかんだで混乱している気がする私の思考。

 

「このっ! 愚か者が!!」

 

 落下していく最中、罵倒とともに横からの衝撃がきた。そのおかげで私の体を、罵倒したやつの腕が包む。

 抱きとめるというには弱いものだったが、それでもそのおかげでストレートに地面に叩き付けられることを避けられた。

 

「っ……! ぼさっとするな愚か者が!」

「ウ……ファン」

 

 落ちていく私を抱きとめようとしたからか、彼女は体中に擦り傷ができて所々から出血していた。

 

「動けるか!?」

 

 その問いかけに対してあまり良い返事はできそうにない。お腹の痛みが激しすぎて今は視界がぐわんぐわんと揺れている。正直少しでも気を抜いたら眠ってしまいそうなくらいである。そのため印術は使えそうにない。

 

 首を動かしてローゲルさんとキバガミさんを見ると、彼らは触手を斬り払い、私の回復を待ってくれている。

 イシュは眼が開いた瞬間を狙っているのか、上空で迫る蔦を引きちぎっては瞼を殴ったりしていた。

 

 ということは、ウーファンにしか伝えられない。

 

「ウーファン……」

「なんだ!」

 

 正直決定的な証拠があるわけではない。ほとんど推測だ。だけど今はその推測を伝えて、彼女に行動してもらうしかない。

 

「シウアン……シウアンが、あの魔物の眼の代わりになっています……」

「! ……どういうことだ」

 

 声を荒げることなく、ウーファンは疑問をぶつけてくる。よかった、シウアン関係だから興奮して話にならないのではと不安だったけど、思いのほか冷静そうだ。

 

「あの魔物が、世界樹だったみたいです……シウアンの意識と繋がっているらしいので、推測ですけど、シウアンの意識がある限り、魔物は眼を開きません……」

「世界樹……巫女……。答えろ、シウアンの様子が変になる前に、何か聞かせたか」

「は、はい……イシュが、世界樹について……」

「私たちの言う世界樹は、世界樹ではないということか」

「はい……」

 

 ウーファンももうその話は聞いていたのか。世界樹信仰をしていた彼女にとって、あまり良い話ではないと思う内容だが、少なくとも怒っている様子はない。

 

「貴様は戦えるか」

「私はちょっと……無理っぽい……」

「そうか、わかった。ならばあとは任せておけ───ローゲル! アルメリアを戦いの影響が及ばない場所まで運んでやれ!」

 

 ウーファンはローゲルさんにそう頼むと、私から離れてシウアンの元へと向かっていく。

 キバガミさんに頼んでシウアンを気絶させてくれたらいいのに、ウーファン自身がシウアンの元へと。

 

 ローゲルさんはドライブを放ち、残っていた鋏の方を落としてから私のそばに来た。

 

「アルメリア、大丈夫か?」

「だいじょばない……」

「大丈夫そうだな。まぁ休憩しておいてくれ」

 

 会話がかみ合わないのは一体なぜなのか。

 

 残ったの異形の触手で目立つのは赤い蕾が一本。さすがに残り一本となったからか、警戒しているのか鎌首を揺らすようにしてタイミングを見計らっている。しかし細かい蔦や蔓がじわじわと伸びているあたり、他の攻撃もありえそうだ。あのサイズにしては細かいだけであって、どう見ても人間を容易に殺すことができそうなものばかりが生えている。

 

 それを見ながらウーファンはキバガミさんに言った。

 

「キバガミ、私を守れ。おそらく私を狙ってくる」

「心得た。しかし何をするつもりか」

「何、特別なことをするつもりはない」

 

 シウアンに近づいていくウーファンに、予言通り蕾が一気に迫る。

 それをキバガミさんが居合いのように素早く一閃し、攻撃がウーファンに届く前に地面に落とした。

 

 

 

「シウアンと話をするだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 




 


視点コロコロごめんなさい(´・ω・`)
次回は絶賛混乱中なシウアン視点なんです。

魔狼氷葬はバーストスキル、アイスコフィンです。
キーアイテムの名称が『魔狼氷葬の術式書』ですのでここでの呼び名は漢字になりました。



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