アルメリアが叩かれて、高く打ち上げられた。
その光景にひどいという感想と、すごいという感想が同時に浮かんだ。
アルメリアは優しい人なのにあんな風に痛めつけるなんてひどい。
───アルメリアは強い冒険者なのにあっさり倒しちゃうなんてすごい。
すごくなんてない、ひどい。ひどい。
──────だけど、まだ咲いてもない蕾を斬ったり焼いたりとひどいことをしたのはアルメリアたちなんだ。
違う。それは身を守るためで…………
でもあの子だって、身を守るためにアルメリアを叩いたんだ。だからあの子の行動をひどいというのはおかしい。
何が正しいのかわからない。
何か変だ。何を信じたらいいか、全然わからない。
繋がっていると思ってた、一緒だと信じてたものが違ったんだ。ずっと一緒にいてくれたのは家族のような関係なんかじゃなく、私が本当の世界樹の巫女だったから。
ずっと正しいと思ってたことはどれも違ったんだ。じゃあ考えるだけ意味がないんじゃないかな。
一心同体だと思ってた存在は全く違うものだった。
世界樹だと聞かされたものは世界樹じゃなかった。
みんな今まで嘘をついていたんだ。
ウーファンが私に近づいてくる。
そうだ、ウーファンだって私に嘘を教えてた。
私は人間だ、なんて言ってたけど、そうじゃなかった。
私が人間ならあの声は聞こえなかった。
私が人間ならウロビトの里で拾われ、育てられることはなかった。
私が人間なら、お母さんとお父さんがいるはずなんだ。
ウーファンが私と仲良くしてくれていたのは、世界樹の巫女の付き人だったからだ。
思えば幽谷で私がアルメリアたちについていくと決めた時、ウーファンは変だった。
いつもなら私が何か言わなくても私の行く先についてきてくれてたのに、あの時は消極的だった。
あれはきっと、私から離れたかったからじゃない?
だけど一緒に来てくれた。嫌な気持ちを隠して、一緒に来てくれた?
やっぱり嘘をついていた?
──────ウーファンを私に近づけないで。
私の願いに応えるために、花開かない蕾がウーファンへと向かう。
だけど届く前に、キバガミが最後の蕾を斬り落とした。
時間が経てばまた成長するからって、全部落とすなんてやりすぎだ。
ああ、ウーファンが来る。来てしまう。
「シウアン」
「来ないで……」
「シウアン、何をそんなに怖がっている」
いやだ。来ないでほしい。嫌な思いを隠しながらそばにいてくれても、全然嬉しくなんかない。
あの子に頼もうにも今はできそうにない。
後ずさりしようにもすぐに壁とぶつかった。
もう、下がれない。
あの子に助けを求めても、大きな蕾は全部落とされた。細かい蔦を伸ばしてくれているけど、ローゲルやキバガミに邪魔をされてしまう。
「シウアン、今もあの声は聞こえているか」
「……」
あの子が瞳を開いてウーファンを止めようとしてくれた。だけどイシュが眼を強く斬りつけて攻撃ができない。
「シウアン、あの声は───」
「……聞こえてるよ」
あの子はまだまともに動けない。今は回復するのに専念してもらうしかない。
だから私もがんばらないと。
「声はなんと言っている?」
「……私を求めてる。私と一緒に、やらなきゃいけないことをやるって」
「その声に協力するつもりなのか?」
「うん。だって、私は声の子の心だから」
だから私はあの子に協力する。ずっと独りでこんな暗いところにいたあの子のためにも。
それが正しい在り方なんだ。
たとえその、やらなきゃいけないことがひどいことでも、私はあの子の心なんだ。
「シウアンはどうしたい?」
「……どうしたいって」
今さっき、答えたばっかりなのにどういう意味?
「声の心じゃない。シウアン自身の心はどうしたいんだ」
「さっき言ったまま───」
「私はシウアンに聞いているんだ」
ウーファンの言葉に確信する。
やっぱりウーファンは私のことが嫌いなんだ。今の私の言葉を信じてくれない。求めてるのは私の答えじゃなくて、ウーファンが望む答えだけだ。
「世界樹の巫女としての答えではない。世界樹の心としての答えではない」
「……」
「深霧ノ幽谷でシウアンと名付けられ、私と共に10年過ごし、私たちと共に冒険し、皆と一緒に聖樹の護りを乗り越えたシウアン自身に聞いているんだ」
そんな言葉に騙されない。
私はシウアンである前に世界樹の心。答えは変わらない。
「ウーファンは、私の答えを求めているんじゃなくて、ウーファンが望む答えを求めてるだけじゃない……」
「シウアン」
こんな問答意味がない。
私は心だから、世界樹のために動く。それが私のやらなくちゃいけないことだ。
「私たちが冒険に出ると決めた時のこと、覚えているか?」
「……」
冒険に出ると決めた時のこと……?
「……私の想いはあの頃から変わっていない。私にとって、シウアンの幸せは私の幸せだ。だからそのためにも力を尽くす」
ホロウたちとの争いが終わった時のこと、だよね。
あの頃と変わっていない? 何のことだろう。でも、あの時たしかウーファンが何か言った気がする。私がアルメリアたちについていくことに反対せずに、何か……
そうだ、それはたしか……
「何かのため、なんて考えなくていい。シウアンの望み通りにすればいい。どのような選択であっても、私はそれを尊重する。協力する」
思いだした答えとほとんど一緒のことを、ウーファンは言った。
思いだしたけど、やっぱりそれも嘘だったんだ。もしも本当なら、こんな問答が長く続かない。最初のやり取りで私に協力してくれたっていいのに。
「シウアン自身が本当に望むのであれば、私はシウアンの協力をする。あの異形にも力を貸そう」
「なら……!」
「シウアン自身が望むのならば、だ」
ウーファンは首を横に振った。
なにそれ。言葉で言いつくろっているだけだ。
ウーファンは責める私の視線を無視して杖を地面につけた。
「10年ほど前、私は幽谷の奥深くで、シウアンを見つけた」
ウーファンの杖を中心に、方陣が展開される。
私を封縛する気なのかな。だけど私だって方陣についてちょっとはわかる。抵抗する術を知っている。
「まだ赤子だったシウアンの小さな手が、私の指を掴んだあの日から……ずっと一緒に過ごしてきた」
展開された陣の封縛対象は……私じゃない? 誰にも影響を与えてない。ただ地脈の力を整えているだけのものだ。何を考えて……
「ずっとシウアンを見てきたんだ。シウアンのことについてなら多く知っている……好きな唄を、好きな食べ物を、嫌いな食べ物を、身長を、体重を! その姿も気も何もかも、深く知っている!」
ウーファンの首飾りがまばゆく輝きだし、陣が外側から崩れていく。
これは、破陣……封縛が目的じゃない。破陣ということは、亜空絞破?
だけど亜空絞破にしては変だ。あれは陣の中央へ力を収束させるもの。だけどこれは陣が崩れたそばから霧に変化している。
こんなの知らない。見たことがない……
「そんな私が気づかないと思ったか! シウアンの心はシウアンのものだ! 世界樹の心などではない!」
霧は透き通る青い風となって私に吸い込まれるように入り込んできた。
それは決して悪影響を齎すものではない。それどころか、体から何かを取り除くような……青い風が私を抱擁するものを払いのけるように、体中がすっと軽くなる。
「シウアンの体から出ていくがいい! 旧き時代の豊穣の神樹……いや、歪みし豊穣の神樹よ!!」
あ…………
繋がっていたものが、ウーファンの叫びと共に途切れた。
鮮明に聞こえていたはずの声も、小さくしぼんでいく。代わりに聞こえてくるのは私のよく知る世界樹の寝息。穏やかな心情の子供のような、普段から聞いている安らぎの寝息。
「……ようやく離れたか」
「ウーファン……」
私は、何をしようとしてたの?
声の子の望みを叶えようとしていた。望みの内容が多くの人を苦しめるってわかっていて、やろうとしていた。一緒に旅をしてくれたアルメリアたちを殺してでもって考え始めていた。
「さぁシウアン、教えてほしい。シウアンの望みは、やりたいことは何か。世界樹の心としてではなく、ウロビトの里の巫女としてでもなく、シウアン自身の望みを教えてほしい」
私の望み。
冒険に出た時の望みは、世界樹を助けることだった。黒い影に怯える世界樹を助けるために、冒険に出た。
今の私の望みは何か。
世界樹を助けることが叶ってあの子は安らかに眠っている。だから世界樹を助けるという望みはもうない。
代わりに本物の世界樹を助ける、なんて望みは、今はもう完全に無い。
あるのは──────
「みんなといっしょに、過ごしたい……友達を作って、一緒に遊んで、里に帰って、また同じ日を迎えたい……」
「うん」
「だからそのためにも、あの世界樹を、狂ってしまった子を止めたい……!」
私はいつも誰かに願ってばかりだ。
いつだって私を優先してくれるウーファンの優しさに甘えている。
願いを聞いてくれたウーファンに感謝と同時に申し訳なさを感じた時、ウーファンから手を差し伸べられた。
「実はいうと、シウアンの望みがそれじゃなかった場合、私は願いを叶える気がなかった」
「え……?」
「シウアンの本音を出させるためとはいえ、ひどいことをしたという自覚はある。私にも今回の件で望みがある。その望みは──────シウアンと一緒だった」
じゃあやっぱり私の答えじゃなくて、ウーファンの望む答えを求めていたってこと? 結構ひどい。
「いつもシウアンに選択を委ねてすまなかった。だが今回からそういうのはやめようと思う」
「どう、して?」
「何もかも託すだけだったからこそ、シウアンに孤独感を与えていた気がした。その孤独感にあの神樹が付け入った。もっと早くからこうするべきだったかもしれないな」
照れくさそうに笑うウーファンは、変わらず私に手を差し伸べている。
「なんにしろ、望みは一致した。あとは一緒に叶えるだけだ。私たちの手で、あの神樹を止めよう」
「…………うん!」
やっぱり優しさに甘えているかもしれない。だけど、さっきまであった申し訳なさが、後ろめたさが今はない。
もう大丈夫だ。
清々しい気持ちで差し出された手を掴むことができたから。
私とウーファンが話している間に、戦況は一進一退となっていた。
私に目という役目を任せていたけど、私とのつながりがウーファンによって途絶えたために自身の目を使うことになったから。
妨害者の排除のために目を開く。そのおかげで攻撃は苛烈になったようだけど、その分イシュたちの攻撃も通じるようになっていた。
神樹の目から周囲を破壊する雷が放たれ、新たに成長しきった蕾と鉤爪が雷の影に隠れてイシュたちを襲う。
迫る雷を最初に落としていた蕾の影に隠れてやり過ごし、襲い来る鉤爪を剣で弾き身を守る。雷が止んだ瞬間に三人が飛びだし、イシュは目に向かって、ローゲルとキバガミは蕾と鉤爪に攻撃した。
その様子を後ろから眺めていたウーファンは、静かに目をつぶり集中する。すると上空に巨大な氷塊が現れた。それはすぐに砕け散り、無数の氷の礫と変化する。
神樹の目になっていたときに見た技と似ていたけど、あの時は直接氷塊をぶつけるものだった。確か技の名前は……魔狼氷葬。
だけど無数の氷の礫となったコレは、ホロウクイーンの使っていたものと同じ。唄と同時に放たれていた、氷の礫。
「氷結のアリア」
ウーファンの言葉と共に、一斉に氷の礫が降り注ぎ始めた。それは細い蔦程度なら軽々と貫き神樹を襲う。
太い蔦であっても深くまで食い込むほどの威力。
「楔として申し分がないな!」
「ウム!」
食い込んだ礫の位置に合わせてローゲルとキバガミの攻撃が重なった。
すると内部にまで深く入った氷はさらに奥へと突き進み、やがて貫通、そこからまた入り込んだローゲルたちの剣が切り崩して切断した。
触手を斬り落とされて身をよじる神樹の眼に、イシュの山行水行が入る。
剣技というよりは純粋な力技。それによって神樹が大きく仰け反った。
私もこのまま見ているだけじゃいられない。
あの子を止めると決めたんだ。蟲の中で成長したあの子の大本、核の場所を探すんだ。ウーファンほど気を感じることはできないけど、私は繋がりを持っていたから探しやすいはず。
探そうと集中しても、そもそもの気が大きすぎて核本体を感知しづらい。それどころか戦っている皆の気すら上手く感じ取れない。せいぜいわかるのは……距離を置いて安静にしているアルメリアぐらいだ。
そうだ、アルメリアは無事なんだろうか。
死んではいないけども、誰も治療する暇なんてなかった。
「アルメリア!」
「シウアン……私の印術より、ウーファンの術が活躍してる気がするんだけどなにこれ……」
アルメリアの元に向かうとよくわからないことを言っていた。
でも良かった。重症じゃなさそう。だけどすぐに戦えそうじゃない。
「アルメリア、私はどうすればいい?」
「へ……?」
「私もみんなにまかせっきりは嫌なの。だけどどうしたらいいかわからない。だから教えて。私はどうすればいい?」
気の感知もまともにできない。だからって闇雲に動けばみんなに迷惑がかかる。
だから教えてほしい。私はどうすればいいのか。聖樹の護りでみんなに指示をだしていたアルメリアなら、きっと導いてくれるんじゃないかって期待して。
そんな私の切な願いにアルメリアはしばらく考え込んだあと、
「巨人の心臓、今持ってる?」
「え、うん。持ってるけど……」
なんで心臓についていきなり尋ねるの。
「良かった。じゃあそれと、私の鞄から盲目の香出してくれない?」
アルメリアには何が見えているのか、わからないけど言われた通りにする。
私が取り出したのを見てからアルメリアは静かに言った。
「この部屋の外……首のない石像の前にボタンがあるんだけど、それを押してきてくれない? 換気が強すぎて盲目の香がこのままだと散るだけだから」
「アルメリアが押してたやつ……?」
「そう。それを押したらあの蟲のそばで香を開けてそこに置いて」
なんだか単純なお使いみたいなことを任されている気がする。だけど大事なことなんだ。
そこまで言って、アルメリアは最後に「あとは流れで」と締めた。結構肝心なところがうやむやな気がする。とにかく今はボタンを押して香を置くんだ。
言われた通りに換気のボタンを押すと、風の音が消えて戦いの音だけになった。
これで香が散らなくなった。次は蟲のそばだ。
移動しながら戦っている様子を見ると、かなり押している。イシュの攻撃は確実に眼に響いてるみたいだし、ローゲルとキバガミは成長した触手をそれぞれで斬り落とし、ウーファンは氷の技でみんなの援護をしている。
盲目の香、効果が出る前に終わっちゃうんじゃないかな。その場合は急いで核を探そう。
そんなことを思いながら香の蓋を開けて蟲のそばに置いた。
ここからは流れって言ってたけど、とにかく香から離れて核の気を探そう。それくらいしか今のところできそうにない。
気を感知しようと集中すると、神樹の気がはるかに小さくなっていた。
かなり追い詰められている。これなら核の在り処も見つけやすいかもしれない。気の発生源は……やっぱり眼の中だ。ただ攻撃するだけじゃ弱めることはできても再生を止めることはできない。
瞬間、神樹の気が大きく膨れ上がった。
それと同時に眼から緑の瘴気が溢れ出て、戦っていた四人を包み込んだ。
──────あれは、呪い。
瘴気が通り過ぎていくと、物音ひとつない状態に変化する。
先ほどまでの剣の音や掛け声などの戦闘音は完全に消え去り、残ったのは四つの植物。それと神樹。
神樹は敵がいなくなったからか、ゆっくりと辺りを見渡し始めた。私を探している。なんとなくわかった。
だけど私を見つける前に、途端に様子がおかしくなった。突然何度もまばたきを繰り返し、やがて深く瞳を閉ざした。
何かやろうとしている……?
いや、そんなことより今は行動しないと。イシュたちの呪いを払わないと! そのためにも心臓を……
『巨人の心臓、今持ってる?』
『蟲のそばで香を開けて』
ついさっき交わしたアルメリアの言葉が脳裏によぎる。
蟲のそばで開けた香は、風のない環境で散ることなく真上へと漂っていく。蟲の真上は神樹の茎、そして眼がある。
今の神樹の異常は、香の影響? 眼に異常が走り、治癒のために瞳を閉じている?
心臓を所持しているか確認したのは呪いのことを考えて? 呪いを払う時間のために香を置いた?
──────やっぱりアルメリアって、意外とすごいんだ。
感心している場合じゃない、すぐに四人の呪いを払うんだ。
本当の世界樹の呪いだけど、私の解呪は効果があった。そして事態はそれだけじゃない。
「ぐ───」
「イシュ、お願い。私を眼のところまで連れてって」
呪いから解放されたイシュに頼みこむ。
核に、世界樹の心と心臓であり方を変えることができれば終わらせれる。そのためには眼のところまで行かないといけない。
「汝を?」
「うん。あの神樹の核に語りかけるためにも。再生を止めて、深い眠りについてもらうためにも、私を連れてって」
「……世界樹のあり方を変える、か。良かろう」
神樹は今、眼を閉じている。
敵がいないと判断したから、ゆっくりと眼を閉じて治癒に専念している。
「絶好のチャンスだな。一時はやられたと思ったが」
「ウム。上は任せるとして拙者らは茎を狙うとしよう。彼奴の重心を崩して反撃させぬためにな」
「イシュ、シウアンを頼んだぞ」
目の役割を何かに託していない神樹は、周囲が見えていない。
だから、呪いから解放された四人に気づけていない。
眼の異常が治って、再び瞳を開けた時、眼前に迫る危機に気づけていない。
「眼を晒した瞬間、深く斬る。汝は斬り口から核を狙え」
「うん」
イシュにしがみ付きながら高くへ飛ぶ。
核の場所を一度感知できたからか、しっかりと把握できる。絶対に逃がさない。
神樹の眼が、ゆっくりと開いていった。
本来ホロウクイーンの技
慈愛の息吹:味方のバステ解除
氷結のアリア:遠隔氷属性攻撃
当然ゲームのミスティックは使えません。
Q.じゃあなんで今回出したの?
A.ホロウクイーンの眼玉を拾ってたし、なんかこう、ね?(しどろもどろ)
次回で六章終わりです。
〆はアルメリア視点