世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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71.最果てより天を求めん

 

 

 

 

 蟲の体内で歪み育った過去の厄災、その動きが完全に止まった。

 

 シウアンが眼に上半身ごと突っ込んで、何かしたんだろう。先ほどまで感じていた重苦しい重圧は消えてなくなり、無機質な施設の雰囲気を取り戻しつつある気がした。

 

 時間にして10秒ぐらいだろうか。静寂の中、神樹の体が著しく萎れていく。ゆらゆら蠢いては、小さく、短く変化していく。

 

 見あげるほどに大きかったその姿は、蟲の高さと同じぐらいまでに縮んでいった。

 

 その中から、シウアンが体を起こし無事な姿を見せてくれる。

 その手には巨人の心臓ともうひとつ。あの神樹の心臓か何かだろうか。濃緑色の宝石のようなものを大事そうに抱えていた。

 

 ようやく悪夢のような戦いが終わったことを実感してくる。

 

「アルメリア、体に異常はないか」

「イシュ、頭がぐわんぐわんしてましたけど、大丈夫です」

 

 とはいってもすぐには動けそうにないけど。

 

「これでようやく、終わったんですね」

「うむ。想定外な出来事ばかりであったが、求めていた収穫もあった」

「収穫?」

「我の目的成就、その最後の証明をシウアンが見せた。……だがまずは、タルシスに向かうとしよう」

 

 イシュの目的……シウアンと巨人の心臓で世界樹のあり方を変えて、魔物の解放。

 

 ああ、あの神樹のあり方をシウアンが変えれたことが収穫なのか。シウアンの不安解消のための今回の冒険だったけど、イシュの目的達成をより確信に近づける旅路にもなったわけだ。

 

 イシュに抱きかかえられ、シウアンたちの元へ移動する。

 

「アルメリア!」

「シウアン、おつかれさま」

「アルメリア! ありがとう! 本当にありがとう!」

「ほ、ほへい?」

 

 そんな激烈感謝が来るとは思わなかった。シウアンに今回私がやったことって、盲目の香の使い方を言ったことぐらいだ。それでこの感謝はいったい。

 

「ま、まあ……気にしない、で?」

「なんで感謝されてるかわかってない顔だぞこれ」

 

 ローゲルさんの野暮なつっこみがひどい。事実だけども。

 彼と同じような呆れた顔でウーファンが続いた。

 

「こいつはいつもこんなだからな。しかし、さすがに今回は私も疲れた。早く街に戻らないか?」

「ウム。此度の戦いも、熾烈極まりないものであったからな」

 

 全員疲労困憊といったところだけど、もうひと踏ん張りだ。タルシスに帰るために。

 

 家路へと出発する前に、シウアンが深く頭を下げた。今度は私にではなく全員に。

 

「みんな、本当にありがとう。それとごめんなさい……迷惑かけて……」

 

 迷惑ってなんだろう。あの正気じゃなかった期間のことだろうか。

 それだったら気にしなくていい。原因は敵さんの方だったし、シウアンのせいじゃない。そう言おうとして、

 

「謝罪など不要だ。それよりも、汝は我に協力するのだ」

 

 シウアンの罪悪感とかどうでもいい、と言わんばかりのイシュの発言。裏表の一切ないその言葉にシウアンは少し戸惑い、

 

「……うん!」

 

 そして強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行きはほとんどキバガミさんに抱えられながら、そして蟲に追いかけられながらだったから全くゆっくり見れなかった道中。

 

 最奥に潜んでいた濃縮された厄災のようなものを止めれたとはいえ、危険な魔物は変わらずいるし、犠牲者の躯もそのままだ。

 だけどシウアンが言った。

 

「神樹の核はもう眠ったから、ここはこれ以上魔物が増えたりはしないよ」

「それじゃあいずれは調査の手を入れることができるな。犠牲者をそのままにしておくわけにもいかない」

 

 シウアンの言葉に対して、ローゲルさんがどこか嬉しそうに返したのだ。行きで帝国の犠牲者すらも冷静に観察していた彼だけど、やっぱり奥底まで冷静にはいられなかったのだろう。

 

「だが残った魔物が交配し増えることもあるだろう」

「それならペースが落ち着いているから、きっと対処が可能さ」

 

 イシュの意見を聞いても彼は前向きな気持ちのままだ。

 

「それにしても……」

 

 急に私の方へ視線が向く。

 

「行きも帰りも、君は抱えられてるな……」

「仕方ないじゃないですか」

「今回アルメリアより私のほうが歩いてるよね」

「仕方ないじゃないですか」

 

 ローゲルさんとシウアンの言葉に同じ返答しか出てこない。でも仕方ないじゃないか。触手攻撃を直撃しちゃったんだし。

 そんなわけであの部屋からずっとイシュに抱えられっぱなしだ。

 

「碧照ノ樹海のミッションでも我が抱えて行ったな」

「今それ言わなくていいです!」

「貴様はそれでよく冒険者としての先輩風を吹かせれたな」

「実際経験はウーファンより長いですから先輩ですー!」

 

 おかしい。何故私がいじられる流れになっているのだ。怪我人だというのにおかしい。

 こういう時は優しさの塊キバガミさん、助けて。そんな想いを込めてキバガミさんに目で訴えると彼は、

 

「木偶ノ文庫から脱出する際も拙者が抱えて移動したな。そして今回の逃走劇でも……」

「蒸し返す必要なくないです!?」

「あの時もか……」

 

 キバガミさんから優しさが消えている件。木偶では最後尾だったからバラさなければ誰にも知られない内容だったというのに、なんてひどい行為だ。

 全員が可笑しそうに笑っている。私を除いて。こういうの酷いと思います。

 

「前方に魔物だ」

「む」

 

 談笑しながらでも気の感知はちゃんとしていたらしいウーファンが忠告する。

 出口までもうすぐなのに、魔物と遭遇とは。

 

 それは赤い獅子の魔物だった。口元には真新しい血が滴り落ちている。そしてそばには食い荒らされた別の魔物。

 

「もう少しで出れるっていうのに、なんとも強そうな奴が来たな……」

「……待て、もう一匹来る」

 

 武器を構えて臨戦態勢に入ると、ウーファンがさらに追加を察知した。

 獅子の魔物ってだけでも強力そうなのに、さらに来るなんてやめてほしい。

 

「……これは」

 

 ウーファンが追加の敵が何かを言う前に、赤獅子が動きだす。獅子の魔物だけあって、その動きは機敏そのもの。威圧感と素早い動きによって接近をあっさりと許してしまった。

 

「こいつ……!」

「ヌゥ!」

 

 迫る牙をローゲルさんが砲剣で受け止め、それでも止まらない獅子をキバガミさんが金棒で殴り飛ばす。

 吹き飛ばされた獅子は体勢を崩すことなく着地し、再度迫ろうと駆けだした。

 

 

 ──────が、迫ることはできなかった。

 

 

「……なんで、金鹿がここに」

 

 

 突如現れた金色の鹿が横から赤獅子を蹴散らしたのだ。

 

 魔物同士の争い? 金鹿のテリトリーは全然違う場所のはずだ。なんでここにいるのか考えてもわからない。

 

 赤獅子が体勢を整える前に、金鹿が追撃のように何度も何度も強く蹴りつけた。

 やがて骨が砕けたかのような、重く鈍い音がすると赤獅子は動かなくなった。

 

 奇襲とはいえあの赤獅子を仕留めた金鹿。

 今度は私たちを狙ってくるんじゃないかと思ったが、

 

 

「……何もしてこない?」

 

 

 金鹿が道を譲るように横へと移動していった。

 私たちに対して攻撃しようと構えてはいない。これは罠なのか、それとも人間より魔物を襲う習性があるのか、なんなんだこれは。

 頭に色々浮かぶ中、ローゲルさんがぽつりと言った。

 

 

「……帝国が調査打ち切りを決めて暗黒ノ殿を封鎖する際、それまで開けられっぱなしだった扉を見張っていたのは金鹿だったらしい。ただ偶然そこにいただけだと片づけられたが、もしかしたら暗黒ノ殿の魔物が外に出ないためにいたのでは、って意見を聞いたことがある」

 

「だから魔物を襲ったのか」

 

「たまたまって可能性もあるけどな」

 

 

 そんな話しをしている間に、金鹿はなかなか道を通らない私たちにしびれを切らしたのか、私たちの横を素通りしていった。

 

 

「……最大の脅威がいなくなったことを悟って、残った魔物を倒しに行った……とかだったらいいんだが」

 

「案外そうかもしれないな。魔物の気に向かって真っすぐ向かって行った」

 

 

 これなら犠牲者を弔うのも、案外早くできるかもしれない。

 

 出口の光に向かって進みながら、明るい未来をなんとなく感じれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タルシスだー!」

「タルシスー!」

 

 タルシスの街門で私とシウアンが両手をあげながら大声を出す。ようやく帰ってきた嬉しさが噴出してしまった。時間はもう日が暮れて、晩御飯時だ。

 

「今日はもう疲れたし、ご飯も寝床もセフリムの宿で!」

「はーい!」

「帰ってそうそう元気だね……」

 

 若人の元気にローゲルさんはついて来れそうにないようだ。

 もっとも、このテンションは他のメンバーもついて来れないけども。

 

 テンションについて来れない系代表としてイシュがシウアンの前に立つ。

 

「シウアン、汝の気がかりはこれで完全に解決したか」

「うん。助けてくれてありがとう。今度は私がイシュの協力するよ」

「うむ」

 

 その会話から、いよいよハイ・ラガード行きが迫ってきたとわかった。

 

「イシュ殿の故郷か。道中危険であろう。拙者も協力しよう」

 

 イシュとシウアンの会話に入ってきたのはキバガミさん。

 キバガミさんはイシュについてどこまで知ってるんだっけ。っていうかイシュの過去のやったことって私以外知らないのでは。

 

 知らないなら知らないままでもいいかもしれないけど、もしもハイ・ラガードでエスバットの人たちのような被害者と会った際、ややこしくなる可能性もあるのかな。

 

「……我はシウアンを連れてハイ・ラガードに行く。ついてくるか決めるのは、もう少し待つがいい」

「ム? 理由を聞いてもよいだろうか」

「ここで話すことではない。宿の部屋にて話す」

 

 ……イシュは過去のことを言うつもりなのかもしれない。

 それを聞いてから、ついてくるか判断をさせるつもりだ。

 

「アルメリア、君はイシュの目的を知ってるんだよな」

「ローゲルさんは知らないんです?」

「あいつが呪われた君の体で実験をしたがってたことと、シウアンの協力を求めていることから別の地の呪い関係って予測は立ててるが、実際は知らないな」

「……たぶん宿で話しますよ」

 

 イシュが造った魔物の解放。

 その話を聞いて、ローゲルさんたちはどう反応するか。過去だけを見て嫌悪するか、彼らを解放しようとしているとこまで見て安堵するか、私にはどちらになるかわからない。

 

 もしも離脱を選んだとしても、それは仕方ないことなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 セフリムの宿、六人が寝泊まり出来るよう大部屋を借り、予測通りイシュは自身の過去と目的を話した。

 

 私にとって聞くのは二度目の話。

 

 

「──────ゆえに、我は魔物となった者たちを解放するためにシウアンの協力を要求した。シウアンの力は世界樹のあり方に変化を与えることを、暗黒ノ殿で確認できたのは大きい」

 

 

 イシュの話が終わり、それぞれの顔を見る。

 

 ローゲルさんもウーファンもキバガミさんも、表情は真剣そのものだ。冗談だと疑っている様子はない。事実だと捉えていた。

 シウアンは目を瞑りながら、頭の中で話しの整理をしているようだった。

 

 

「我は魔物の解放のために、ハイ・ラガードに向けてすぐにでも出発したい。我は話した通り、決して善ではない存在。解放も贖罪のためなどではなく、我についてきた者たちの名誉を守るための行動だ。我の意志に賛同できぬと言われても仕方なきこと。ゆえに汝らは、ついて来るかどうか自由に決めてよい」

 

「私はついていきます」

 

「……好きにするがいい。だがシウアン、汝は必ず連れていく。我に賛同できなくとも、魔物の解放には汝の力が必要なのだ」

 

「私は大丈夫。これまで助けてもらったからっていうのもあるけど、別の世界樹だけども、世界樹のせいで苦しんでいる人たちがいるのなら、私は助けたい。そのための力があるんだもの」

 

 

 シウアンだけは強制という状態だけど、強制でなくても来てくれそうな雰囲気だ。

 そして選択の自由が与えられた他の三人は、

 

 

「拙者も協力しよう。イシュ殿の話、思うところがないわけではない。だが今は何よりもまず、魔物とされた者たちを解放することが優先すべきことだと考える。そのためにも拙者の力、存分に振るおうぞ」

 

 

 キバガミさんは協力を申し出た。

 彼は武人肌であり、なおかつ心優しい戦士だ。里でも薬師として勉学に努め、常に誰かを助けることを優先していた。そんな彼だからこそ、何よりも魔物とされた人たちを助けることに注視した答えだった。

 

 

「悪魔と称したのは間違いではなかったか……」

 

「ウーファン……」

 

 

 ウーファンはイシュのことを最初悪魔と罵っていた。その時は命持たずに動くイシュの異常さを言っていたけど、今の話を聞いて改めて出した答えが先の発言。

 

 

「だが……仲間を守るために悪魔の力を手に入れた、元弱い人間だということがわかった。始まりの志は褒められこそすれど、責められるべきではない。私も協力しよう。だが勘違いするな。私は悪魔に力を貸すわけではない。千年前に仲間を守ろうと奮い立った人間の遺志のために、力を貸すのだ」

 

 

 なんだこの面倒臭い人。

 聖樹の護りで逃げた人間に辛辣だった彼女にとって、最後まで抗うことを選んだ姿は尊ぶべきと考えたのかもしれない。でも言い回しが面倒臭い人だ。

 

 

「……アルメリアが以前、俺が千年前にイシュを信じてついていった人たちと似ていると称してた理由がわかったよ」

 

「彼らと胡散臭い汝が似ているわけがないだろう。ふざけるな」

 

「……お前な」

 

 

 ローゲルさんの言葉にイシュが喰い気味に否定した。本当、胡散臭いよねローゲルさんって。

 

 

「俺は正直、協力する理由がない。ギルドも違うし、俺が支えるべきは殿下だ。だが俺はもう帝国騎士じゃなくなった。一介の冒険者だ。まあ、あれだよ。冒険者としては、ハイ・ラガードの世界樹にも興味がある。だからハイ・ラガードに行くついでに、協力してもいい」

 

 

 ギルドも違うしって、根に持ってないこの人?

 ローゲルさんは以前、千年前と同じ状況を作りかけた。だからこそ、イシュの過去の所業を責める方向にはならない。彼は言葉通り、協力する理由はないけど、拒否する理由もない、まさに自由なスタンスになっていた。どんどん騎士から遠ざかってるよこの人。

 

 これで参加者は全員となった。

 最悪私とイシュ、シウアンの三人旅を覚悟していたから本当に良かった。

 

「ふむ……では出発に向けて明日動きだす。我はこの時代について詳しくはないが、辺境伯にも協力させればなんとかなるだろう」

「丸投げじゃないですか……」

「異国への旅路だ。何か紹介状が必要かもしれぬ。ないにしても、馬車を手配してもらわねばなるまい」

 

 馬車の手配がすぐにできれば明日、タルシスを出発ということか。

 準備期間は全然ないけど、まぁなんとかなるだろう。なんせこのメンバーは、聖樹の護りを乗り越えて、そして暗黒ノ殿に潜んでいた厄災を止めたんだ。

 

 

 

 そんな楽観的なことを考えながら、私は寝る準備を進めた。

 

 

 

 

 

 




 

六章終了です。
次章が最終章です。

最終章からは舞台がハイ・ラガードに変わります。
ハイラガのボスすべてとの戦闘描写はしません。ダレそうだしね……

Q.赤獅子が金鹿に負けるはずなくね?
A.いきおい!!!!!!

いつも通り六章を通しての後書きは活動報告にあげます。

というかこれもう巨神要素ないよね……タイトルから巨神外すべきか……

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