フロースの宿でチェックインを済ませ、今日は一日それぞれ体を休めることとなった。
キバガミさんは武具を見にシトト交易所へ、ウーファンとシウアンは公国直営のレストランへと行った。ローゲルさんは適当に街を見てくると行ってどこかへぶらり。
みんな肉体的な疲労より精神的な疲労を取り除くための一日のようだ。
そんなわけでみんな出かけて、宿の部屋には私とイシュのみ。私は一日ゴロゴロするつもりだ。イシュもきっと出かけないのではと思っていたけども、イシュは剣を持ちだして出かける準備をしていた。
「その剣……」
ベルンド工房で買った剣ではない。イシュと出会った頃から持っていた剣だ。それを持ちだすということは、弔いに行くのだろう。
私もついていこう。ないとは思うけど、適当に世界樹内に置くだけとかしちゃわないように。
「私も一緒に行きます」
「そうか」
あまり関心のなさげな返答。だけど構わずついていく。
奥深くまで行く気はないけど、私たちは今日世界樹へ行くことにした。
「あれ? 君たち二人だけでどうしたの?」
世界樹への入口で、兵士が声をかけてきた。全身鎧でみんな一緒に見えるけど、この声とやけにフレンドリーな感じなのは誰かわかった。顔も名前も知らないけどもわかった。入国時に対応した兵士だ。
「遺品を弔いに来た。大勢で行く理由もない」
「……そっか、じゃあせっかくだから一緒に行かないかい?」
「何がせっかくなのだ」
イシュじゃないけど本当に何がせっかくなんだ。
その疑問はすぐに答えてもらえた。
「僕もお墓参りをしに行こうと思ってたからね」
「世界樹内に墓所などないはずだが」
「うん。だけど名も無き墓ならいくつかあるんだ。君たちも遺品を弔うならその近くの方がいいと思うよ」
樹海内での拾得物は拾った者の所有物になるからお墓の近くじゃないと取られそうだしね、と兵士は続けた。
よく見ると兵士の人は花を鞄に入れてあった。本当にお墓参りの予定があったんだろう。同僚が死んでしまったからお墓参りをしにいくのかと考えたけど、名も無き墓と言ってたし何か違和感。
「名も無き墓って、知り合いの方のじゃないんですか?」
「うーん、どう言えばいいかなあ」
兵士は少し考え込む仕草をとった後、
「知り合いの……というか世話になった人へのお墓参りなんだけどね。まあ、死体が見つからなかったんだ。ここはそういうことが多かったからね。言ってしまえば慰霊碑への参拝かな」
死体が見つからない。理由はいくつか思い至る。それにより、どうしようもないやるせなさが心を覆ってしまう。
この国にいると、イシュの過去の悪行がどこまでも追ってくる……
「我はこの遺品の剣を弔う。所持者が誰かは知らぬが、それでも問題ないか」
「この剣の紋章……」
私だけが沈みかけていた間にイシュと兵士の話は進んでいた。兵士が遺品の剣をまじまじと見つめてこの発言。
紋章なんてあったっけと思い私も横から見ると、刀身の根元に紋章があった。その紋章で何か気づいたようだから、もしかしたら所持者の知り合いだったのかもしれない。
どこで拾ったのか詰め寄られるか、もしくは外へ持ちだしていたことに怒られるか、どんな反応が来るかと身構えていたけども、
「……そっか。やっぱり死んでたんだ」
どこか、疲れたような言葉だった。
お喋りばかりしていた兵士とは思えないほどの覇気のない声音。
「……知ってる人の剣でしたか」
「……珍しい紋章だったから覚えているよ」
「……」
「さっき言った世話になった人が、その剣を持ってた人なんだ」
遺品はこの人に見つからない方がよかったのかもしれない。
そんな風に思える反応だった。
死体が見つからないことによって、まだどこかで生きていると思えていたのかもしれない。だけど剣もなく世界樹内で生きているという可能性は低いと、知人の死を心のどこかで認めていなかった兵士に改めて、知人の死を突き付けてしまった。
「その剣の持ち主は冒険者だったんだ。優しいヤツでね、樹海で率先して人助けばかりしてたよ。衛士も冒険者もわけ隔てなく助けてさ。衛士はともかく他の冒険者なんて競争相手のようなものなのにね」
ポツリポツリと兵士は語りだした。
「その人は一度、ギルドがキマイラのせいで壊滅状態にされたのに、冒険者を辞めずにいたんだ。キマイラへの復讐の機会を、探っているんだと、思ってたんだ」
最初は懐かしむような口調だったのに、少しずつ声が震えていた。
「人数を増やさず、二人だけでいるのも何か、考えがあってのことだって……」
「汝にこの剣を渡す。何も知らぬ我が弔うよりも、汝がするべきだろう」
イシュは剣を兵士に渡そうとした。さりげなく紋章がない剣も渡そうとしているけど、私たちよりこんなに冒険者の死を悲しんでいる人だ。この人の手で弔った方がいいと思えたから反対もツッコミもしない。
だけど兵士は受け取ろうとしなかった。
「……僕だって何も知らないよ。ベオウルフが何を考えていたか、何も知らない」
ベオウルフというのは、その剣の持ち主の名前か、それともギルド名か。
「二人だけでキマイラに挑んだのは、何か作戦があったからってずっと思ってた。だけど、本当はただ、仲間と同じ死に場所を求めていたんじゃないかって、思うようになったんだ……。だとしたら、彼らは自殺したことになる……僕たち衛士隊は彼らに助けられた。だけど彼らを、助けることはできていなかった……。そんな僕が何を知っているって言うんだ……知ってるつもりになっていただけの、僕が……」
「それでも我よりは汝の方がその者を知っているはずだ」
イシュはなかば無理やり持たせるように剣を渡した。
そして世界樹の反対方向へ、宿のある方角へ向かい兵士から遠ざかっていく。有無も言わさない態度すぎる。
残されたのは私と兵士だけだ。
「……前から思ってたけど、あの子は強引なところがあるね……」
「そ、そうですね」
確かにこの兵士の方が、イシュより剣の持ち主について知っているだろうけども、あの話の流れでも説得もなしに無理やり渡すのはすごい。
「でも、少しだけあの強引さが羨ましいや」
「え?」
「強引に、ベオウルフを止めていたら違った結果があったかもしれない。ベオウルフ自身の考えがあるはずだ、なんて逃げずに、自分から動いていたら……もう後の祭りだけどね」
「……結局のところ、ベオウルフさんが何を考えていたかなんて、本人しかわかりませんよ。どれだけ考えたって答えはもうわかりません。できても推測どまりです」
というか他人が何を考えているかなんて、どうしたってわからない。わかりっこない。
わかっているつもりになるのが限界だ。
「そうだね……だけどやっぱり、二人だけで挑んだ彼らは、過去を、失った仲間をずっと見ていて、目の前の人たちを、生きている人たちを見てくれなかったんだろうね」
「…………」
「……ごめんね、湿っぽくしちゃって」
「いえ、大丈夫です。では私もこれで」
掛ける言葉が見つからず、逃げるように私も去ることにした。
後ろから聞こえた「あ、結局遺品は僕に預けるんだ」という声は放置した。無責任ではない。あれだけ悲しんでた人ならむしろ任せるべきだろうし、ほら。
遺品を弔って、というか押し付ける形ではあったけど、弔って翌日。
ハイ・ラガードの世界樹。
内部に入り上へ上へと、まさに天を目指して進む。
タルシスの世界樹は内部に入り込むなんてことはなかった。いや、あまり実感はないけど入ってはいたか。碧照とかは世界樹の一部だったらしいし。とはいえ根だったらしいから、やっぱりこうして世界樹の樹内部を登るのは奇妙な感覚だ。
始めの階層は緑の草木が鬱蒼とした自然の階層。イシュが言うには夏の階層らしい。イシュの城である天ノ磐座より下の階層は、四季を再現した場所。そしてそれぞれに一体ずつ、イシュが造った魔物が配置されている。
イシュの造った魔物たちは、ある程度は命令を聞くらしい。だからこそ、激しい戦闘になることはなかった。だけど魔物の本能によってか、少々の抵抗はあった。
夏の階層に配置されているのはキマイラと呼ばれる魔物。様々な獣を合成させた怪物。他の野生の魔物を支配下に置く存在。そして、昨日聞いたベオウルフさんのギルドを壊滅させた魔獣。
その咆哮は周囲の魔物を指揮し、聞く者を委縮させる獣の威圧。複数の獣の中でも獅子の本能が強いようだった。
その次の階層、秋の階層に配置されていたのは炎の魔人と呼ばれる魔物。人間が混ぜられた魔物だ。肥満体型で黄色い肌に、長く美しい髪。紅い森の中、紅蓮の炎を生み出す怪物。
その叫びは狂乱の咆哮。人間が混ざっていると知っているからだろうか。まるで自身の変貌した姿に気が狂った悲鳴のように痛ましいものだった。聞いているだけで、こちらの正気を削ぐような音叉。
冬の階層にはスキュレーと呼ばれる魔物。アーテリンデさんの姉だった魔物。人間の上半身に、海の生物を混ぜ合わせた怪異。凍てつく冷気を纏い、表情は寂し気な美しい女性。
その声は穏やかな唄だった。死にゆく者へせめてもの子守唄を唄うかのように、怪物の姿とは裏腹に安らかな唄だった。容赦なく熱と命を奪う環境の中、苦しみを薄めるような子守唄が生前の優しさを表しているようで、それでいて残酷な魔物の特性を造っているようで……
春の階層はハルピュイアと呼ばれる魔物。翼人と呼ばれる種族が混ぜられた魔物だ。翼人の死体を生みだし、回収するために配置された魔物。同族を襲わせるために生み出された存在。
ハルピュイアが放つ金切り声は絶望に歪んでいるかのようだった。造られた目的を聞かされたからそういった先入観を持ってしまうのか、まるで信じていた存在に裏切られ、同族を殺めることをも抵抗できずにいる悲劇の異形。信仰心を歪められたその姿が恐怖を煽るようだった。
これら四体の魔物を仕留め、死体が消える前にその体内に混ぜられた世界樹の遺伝子を、シウアンの力で変化させる。
シウアンが言うにはこれでもう復活することはないそうだ。その言葉は自信に満ち溢れたものだった。
ハルピュイアも完全に死を迎え、彼女も世界樹から解放された。
解放されたとはいえ、最期の姿は魔物のまま。それは決してイシュの罪を赦されないと主張しているように感じた。
桜の花びらが舞い散る中、戦いを終えた私たちのそばに舞い降りてきたのはひとりの翼人。
「……」
黒い翼を持つ翼人は無言で降りてきた。敵意はない。けども友好的にも見えない。その視線はただ一直線に向けられていた。イシュに対して。
相手の出方がわからない。街では翼人と共存関係と聞いていたけども、あと独自の文化を持つとか。これも彼らなりの挨拶かなにかだろうか。
「あ、あの……?」
とはいえ黙っていては何も進まない。そんなわけで私は恐る恐ると翼人に声を掛けた。
「……初めて見える土の民よ。我は空の民の長、クァナーン。全能為るヌゥフ、父なるイシュと母なるイシャの仔」
いきなりヌゥフと言われても。というか今、父なるイシュって言った?
翼人はイシュが創った存在。てっきりウロビトやイクサビトみたいに、祖先を造った関係かと思ったけど現代の翼人もイシュが創ったってこと?
「イサの流れが変わった。空の女王が星から切り離された」
「えっと……いさ?」
「そこの者、汝は土の民ではないようだが……汝の出自を教えてもらいたい」
「土の民? ほし? あの、よくわからないんですが……」
「……」
マイペース極まりない。
こちらの疑問は尽く無視である。いや、ちらりとこちらを見たりはするから完全無視ではないのだろうけど、なんか自己完結しているのか説明が一切ない。
「我はかつて天の支配者だった存在。汝らを創りし者だ」
「汝がヌゥフ……」
ヌゥフってなんだ。
翼人の人、クァナーンさんはイシュの言葉に少し目を見開き驚きを見せて小さく呟いたけど、それからじっとイシュを見て黙ってしまった。
「それで、汝は我に何用か」
「……」
黙ってしまったクァナーンさんにイシュが問いかけた。
「汝がヌゥフであるならば、教えてほしい。ヌゥフはいかなる定めを持っているのか」
ヌゥフっていうのはイシュのことか。
イシュの定めとやらが気になる? 定めって運命とかだよね、なんだか思春期だ。
「我らは神の声に従うために生まれたと信じていた。汝のことを神と信じ、従っていた。だが……汝は神ではなかった。神なき我らは土の民と新たな道を歩もうとしている中、再び現れたのはいかなる定めなのか」
とても思春期とか茶化す雰囲気ではない。
クァナーンさんはひどくイシュを警戒している。それは創造主へ向けるものとは思えないほどに、強く、場合によっては攻撃することを厭わないと思わせるほどに。
「ヌゥフは……汝は最後の伝承、禁忌の扉開き、全てを終わらせる定めを持つのであれば、我は土の民との未来のため、今ここで再び神を堕とさねばならない」
「自惚れるな。我が堕とされたのは汝ら翼人の手によるものではない。本来であれば、汝の疑問に答える必要はないが、我の創りし種だ。汝の疑問、答えてやろう」
全てを終わらせる? 土の民との未来? まるでイシュが凶悪な魔物を地に放ち、暴れ回るのではと恐れているようだ。
それにしてもクァナーンさんもイシュも、どちらも一人称や二人称が被っている。これはあれか。子は親に似るというやつか。特殊な家庭環境すぎる。
「我は禁忌の扉を開き、魔物にされた者たちの命を終わらせる役目を持つ。汝ら翼人とこの地に住まう者たちの未来に我は関与しない。よって、汝の懸念する事態にならぬ。我の邪魔をしないのであれば、汝らは汝らの好きにするがいい」
イシュの回答は、私たちが聞いていたものとあまり変わりない。魔物にされた人たちの生命を解放すること。この回答をもらってもなお、クァナーンさんが噛みついてくるようだったら少し荒事になる覚悟をしないといけない。
「……空の女王もそのうちの一つ、ということか」
「そうだ」
「…………以前の我らならば、ヌゥフの言葉こそすべてと信じ、従っていた」
「……」
まずい流れかもしれない。
荒事になった場合、いつもと勝手が違う。魔物相手とは違うのだ。翼人はハイ・ラガードの人たちと友好関係にある。だから私たちにできることといえば、気絶させて逃げるぐらいだろうか。もしくは説得……だけどこの人はイシュの過去を知っているからこそ、イシュを信じられないのだ。
過去は消えてくれない。どこまでも追いかけてくる。
気絶させるなら意識の外からの奇襲が一番だろう。
幸いクァナーンさんはイシュに意識を集中させている。そっと後ろから殴りかかれば……
そんな考えから動こうとしたら、背後から肩を掴まれた。
「ひっ……!」
「その悲鳴はやめてくれないか……」
掴んだのはローゲルさん。
あまり驚かせないでほしい。てっきり他の翼人がいつの間にか背後にいたのかと。
「なんですか急に」
クァナーンさんの意識がこちらに来ないように小声で問いかける。
「勝手なことをしないように止めたかったんだ」
「勝手なことって……」
「俺たちはあの二人の間に入ったら駄目だ。ここで起きた出来事、彼らはその当事者なんだ。部外者が口出ししていい問題じゃない」
部外者。
確かにハイ・ラガードで起きた事件と私たちは関係ないけど、今はその後片付けのために協力しているんだ。完全な部外者ってわけじゃないし、それにイシュは解決しようとしているんだからちょっとぐらい口出ししてもいいじゃないか。実際は手を出そうとしてたけども。
頭に浮かんだ反論を出す前にローゲルさんは言葉を続ける。
「これは避けてはいけない問題だ。イシュがやってしまったこと、それに対しての罰。俺たちが間に入ればうやむやになってしまう」
「でも問題を解決するためにイシュは来たんです……そんな罰だかなんだかで、解決できる問題の邪魔なんてされたって───」
「アルメリア」
真面目な声音で名前を呼ばれた。
それまでの、言い聞かせるような言い方ではなく、咎めるように短く名前を言った。
急な変化に思わず言葉を呑んでしまう。
「千年前の人々のように、イシュに頼り切るのが嫌だってのは知っている。だから頼らないように、積極的に力になりたがっているってことも知っている。あいつの負担を軽くさせたいって考えてのことだろうが……」
ローゲルさんの目は、いつか見た騎士のころの目と同じだった。敵意こそは込められていないけども、軽い空気を一切纏わない、鋭い視線だった。
「君のそれは、イシュの意志を奪っているも同然だ。あいつが本当に背負わなくてはいけないものすらも、君は取り上げようとしている」
「なっ……それじゃあ責められることが大事だって言うんですか……!?」
「ああ、大事だ」
「───っ!?」
少しの迷いもない返答に面食らう。
何を言っているんだこの人は。イシュが責められている内容、罪は、過去の狂ったイシュがやったこと。狂わせたのは、千年前の裏切り。イシュも被害者なんだ。
「イシュは当時狂っていたけども! 今は違うんです! いつまでもネチネチと過去のことを責めるなんて陰湿すぎます!」
「過去のことじゃない。始まりは大昔のことだろうが、今の時代まで続いている出来事だ。事情を知っているからといって、イシュを特別扱いしすぎるな。自分を特別だと思うな。あいつの罪はあいつの物なんだ。一緒に背負っていいのは当時の関係者だけで、アルメリアじゃない」
「そんなこと───!」
「汝らは何を騒いでいる」
声を荒げすぎてしまったようだ。ローゲルさん以外からの意識を向けられた声にハッとなる。
気づけばその場にいる全員の注目を集めていた。その中には当然、話題のイシュも含まれる。
「悪いな、邪魔しちゃったみたいで」
「全くだな。汝が止めずとも問題なかった。我の意志は我の物だ。アルメリアが奪えるようなものではない」
「なんだ、結構前から聞いてたんだな」
「我を誰だと思っている」
「はいはい」
ローゲルさんがようやく私から手を離した。
解放された私は、注目集まる中何を言えばいいかわからず口ごもってしまう。
なんとも微妙な空気が流れ、最初に口を開いたのはクァナーンさんだった。
「今はイシュと名乗っているのか」
「……ただの気まぐれだ」
「気まぐれ……そうか、気まぐれ、か」
彼は反芻するように、何度も同じことを呟いた。
いったい何なんだ、翼人のこのペースは。
やがて満足したのか顔をあげて気まぐれ以外の言葉を口にした。
「ヌゥフ……いや、イシュ。汝の言葉、今一度だけ、僅かばかり信じてみよう」
クァナーンさんからさっきまでの敵意に満ちた雰囲気がなくなっていた。かといって友好的な感じではない。
「汝が信じようと信じまいと、我の行動に変わりはない」
「それが汝のイサなのだろう。我の行動もまた、イサの流れに従うものだ」
またイサが出た。イサってなんだ。
「あの、イサって……?」
私の疑問にクァナーンさんは答えてくれなかった。
無視はしていない。今度はちらりとではなく、しっかりと私の方へ顔を向けたから。だけどイサについて教えてくれない。なんなんだこの人は。
「願わくば、この信頼を汝が裏切らんことを」
今の言葉を残してクァナーンさんは再び空へと昇っていった。
なんともマイペースすぎる。そういうところもどことなくイシュに似ている。やっぱり子は親に似るというやつかもしれない。
「……なんとも、敵対したわけじゃなかったですけど、友好的とも言い難かったですね……」
「かつては我の言葉に疑問を抱かず従う種族だったが……好ましい変化だ」
「へ?」
イシュにとっては今の態度は嬉しいものだったらしい。前の態度がどんなのだったか知らないから、私には何とも言えない。ただ好意的に捉えるイシュが珍しいなと思うだけである。
しばらく空を見上げていたイシュは、やがて私を見て言った。
「汝が何を思ってあのような話をしたのか知らぬが、先も言ったように我の物は汝が奪えるものではない。身の程を知れ」
いつもより突き放した言い方だ。
奪うなんてつもりは一切ないのに、そんな悪意満点な捉え方はやめてほしい。これもローゲルさんのせいだ。
私の反論を聞く気がないのか、あると思っていないのか、イシュは背を向けて進みだす。いつものようにすぐに追いかけれない。少しだけショックを受けている自分がいた。
「アルメリア」
「……ローゲルさん」
元凶ローゲルさんはまたも私に何か用があるようだ。
他の三人は、というかキバガミさんとシウアンは私を気にしながらイシュの後をついていった。ウーファンはすたすた行った。
「私は奪うつもりなんてないです」
ローゲルさんが何かを言う前に、勘違いを正させるつもりで言い放った。
「一緒に背負う、って言いたいのかい?」
「はい」
「……はぁ」
わざとらしいため息をつくんじゃない。
むかっとしたから睨む。できる限り目力を込めて。上手く睨めてたらいいんだけども。
「ため息が出るのはしょうがないだろ? そんな膨れないでくれ」
「しょうがなくなんてないです。それと膨れてません」
「そうかい。イシュは拒否してたじゃないか」
「奪うことに対してなだけで、一緒に背負うことには拒否してません」
……まあ、それも拒否しそうだけども。
それなら無理やり一緒に背負うつもりでいけば……いや、だめだ。この考えはつまり、イシュの意志を奪うこととなる。
「それも拒否するだろうな」
「……」
「だから膨れるなって」
膨れてなんかないやい。睨んでるんだい。
「まあ、君も俺も、結局は部外者だ。だからあいつについては想像でしか議論できない。君が間違っている可能性もあるし、俺が間違っている可能性もある。当然二人とも間違っている可能性もある」
「……」
「だけどはっきりとこれだけは言える」
「あいつの罪を、一緒に背負うなんて無理だ。部外者が触れれるものじゃない」
反論は浮かばなかった。
さっきだって、罪については一緒に背負うなんて考えてなかった。せいぜい、クァナーンさんを説得、誤魔化しにかかるつもりだった。
一緒に背負うには、私には身に覚えのない罪。当然だ。私は関わっていないことだから。どこまでいっても関われないことなのだから。
ローゲルさんに言われなくてもわかっていることだった。
だけど、認識したくないことだった。
これ以上止まっていたらはぐれてしまう、と背中を押される。
もうこの話はお仕舞いらしい。
だけど私の中じゃ終わりそうにない話だ。
──────一緒に背負うのが無理なら、どうしたらいいか。どうにかしたいと考えるのは、愚かなことなのだろうか。
はぐれることなくイシュたちと合流して少し。答えのでない悩みから目をそらすために、地図を描きながら進んでいるとイシュが言った。
「もうじき天ノ磐座につく」
「やっとか……いくら慣れているとはいえ歩きっぱなしはしんどいものがあるな」
「私も足が棒みたいになっちゃってるよ……」
もうすぐ休めるということでローゲルさんとシウアンが弱音を吐いた。私も同じく足がへとへとだ。気球艇による移動がないだけで、これほどまでに疲れるとは。
それはそうといよいよお城で寝泊まり。世界樹の上に城があるっていうのもすごいものだけど、どこにあるのだろうか。辺りは雲と桜だけだ。それらしき建造物はない。
やがて光の柱が見えてきた。樹海地軸に似ているけど、色が違う。
その柱は上空にある濃雲の中に繋がっていた。
「……この地軸に似たものが城への入口か?」
「うむ。起動は触れるだけでよい」
「古の技術とは計り知れぬものだな……」
入口が思っていた形と違ったけども、とにかくこれで城に入れる。天に浮かぶ城というおとぎ話のような場所にだ。
魔物たちとの戦いで感じてたやるせなさと、イシュとの関係性の悩みを忘れるように、私は城への期待に胸を膨らませながら光の柱へと触れた。
真面目な話の最中に、千の名前を持つ男の名を出すわけにはいかなかった。
ということでベオウルフの結末は散っている形です。
翼人のクァナーンさんは実際直接イシュに創られたわけじゃないです。祖先が創られただけです。アルメリアの勝手な勘違い、訂正する場所が無いのでここで訂正。
そして書いてて悩んだと言うか、今も悩んでるのですが、ヌゥフってなんだ。
とりあえずヌゥフ=神と捉えて書いてみたのですが、どこかで
ヌゥフ=天ノ磐座、イシュ=バーロー、イシャ=初代公女
というのを見たので、指摘あればこの辺りは書き直すかも知れません。話の流れに変化はないですが。