お城と聞いて、私が想像していたのは尖った屋根の建物だ。こう、鋭い三角な屋根がいくつもあるような、それでいて城壁に囲まれた堅牢な建物。
空を飛ぶ城と聞いたときも、想像図はあまり変わりなかった。せいぜい白い雲の上に謎パワーで建っているという変化ぐらいか。
「い、今、雷が! 大丈夫なんですかここ!?」
「問題ない」
「突風が吹きでもしてバランスを崩せば、地面まで真っ逆さまだな……」
「問題ない」
「問題しかないだろう!?」
雷雲の中にあるなんて想像はできなかった。これは私の落ち度ではないはずだ。そして城の形状も思っていた図と全然違う。いや、近すぎるからそう思えるだけで、遠くから見れば案外想像図通りかもしれないけども……というか時代が違うのだから城の形状も違って当然か。
光の柱で辿りついたのは城の内部ではなく、雷雲の中。入口の前らしい。
正面にはイシュの城があり、左右を見れば想像とは違う城壁と雲ばかり。柵はなく、下を覗き見ると雲しか見えない。どれほどの高度か考えたくもない。
こんなにも壁が恋しくなるのは初めての経験だ。はやく壁に囲まれた場所で安心したい。
「早く中に入りましょう!」
「城の雄大さに対して感想が出ぬとは……なんとも嘆かわしい」
城自慢は中に入って聞くから、今は移動が最優先だ。
イシュの浮遊城、天ノ磐座の内部へ入る。高度は変わってないのに、壁に囲まれているだけで安心感が段違いだ。
はるか上空ということでパニックになりかけていた心が落ち着いてきた。そこでようやく城をじっくり観察する。
硬質な床に、変わった材質の壁。外の光を七色に変えて城内を照らす窓硝子。太陽の光でも月明かりでも、ましてや街灯の明かりでもない光で城内は満たされていた。
暗黒ノ殿も同じぐらい古代の産物なのに、この違いはなんなのか。城と避難所の差か。
それにしても内部に入っただけで外の音が随分と小さくなった。ゴロゴロと雷が鳴っていたのにここじゃ全然聞こえない。扉が閉まっているわけじゃないのに不思議だ。
そこでふと想像してしまう。
外の雷、城に落ちたりとかないだろうか、と。
「イシュ……雷、城に落ちて、城が浮けなくなるとかない……ですよね……?」
「汝は何をありえぬことを言っているのだ」
「ありえぬって……雷雲の中じゃないですか! この城!」
「だからと言って、天ノ磐座が堕ちることはない」
なんだその自信は。
あ、あれか。古代のなんかすごい技術で城壁がなんかすっごく頑丈なのか。でも万が一ということだってあるのではないか。
「そりゃすごい城なんでしょうけど……ていうかそもそも堕ちない理由がわからない……」
古代技術とはいえ浮遊城って本当に意味がわからない。おとぎ話の世界すぎる。
雷で堕ちないかって心配よりも、どうやって浮き続けているのかとかとか。気球艇だって浮き続けることはできないらしいし、いずれ限界が来るものではないだろうか。
いや、その限界を取っ払ったのが古代技術? ああ、もう駄目だ。何考えたらいいのかわからない。
「ていうかこんな城が上空にあるって、ハイ・ラガードの人は知ってるんですよね……不安じゃないのかな」
「不安になるはずがない。この城は地上からは見えぬほどの高度に位置する。それだけでなく世界樹の枝葉によってなおのこと見えることはない」
見えないとはいえ城があるってことは知っているのでは。
上空にこんな大きな建造物っぽいのがあるなんて、堕ちて来たらどうしようってならないだろうか。
「アルメリアが言っているのは、何故ハイ・ラガードの者たちが城の落下を危惧しないのかということだろう」
「そう、それですウーファン!」
「我の城が堕ちるはずなどないが……ハイ・ラガードの者たちの考えは知らぬ。だが仮に、城に異常が発生し、高度を維持できなかったとしてもあの街まで堕ちることはない」
城が堕ちないことに絶対の自信である。
仮にの話ですら堕ちないとは。
「それは、城と街までの間に世界樹があるのが理由であろうか?」
「うむ。天ノ磐座は巨大だが、世界樹を覆うほどではない。そして世界樹を突き抜けるほどでもない」
破片や残骸こそは落ちるかもしれぬがな、とイシュは言った。その言葉の枕には「まずありえぬが」とついていたけども。
「……ひょっとして、このお城も世界樹の一部?」
それまで黙って聞いていたシウアンが首を傾げながら呟いた。
城が世界樹というのはどういうことだ。こんな人工的な建物、とても世界樹には思えないけども。
「反対だ。我が城が世界樹の一部ではない。世界樹が我が城の一部なのだ」
どうしよう。どっちでもいいって感想しか出てこない。
だけどそれより、今の情報からしてつまり、ここも魔物が出るってことでは。世界樹が魔物を生み出すようなもんだし。
え、ということは雷以外にも魔物による被害で堕ちる危険性も?
あ、でも世界樹の一部? 逆だっけ? 世界樹が城の一部? どっちでもいいや。とにかく繋がってるの? でも浮遊城なんじゃ? んんんー?
疑問がどんどん溢れ、好奇心となったのでストレートに聞くことにした。
「でもこの城って浮いてるんですよね。世界樹の上にあるだけで世界樹とは繋がりがないんじゃ?」
「かつては独自に完全な浮遊をしていたが、いつまでも浮かせるだけのエネルギーを維持するのは困難だ。エネルギー問題を解決するために、世界樹が発生させる力場を城に繋げ、今の高度を維持している」
「力場」
「周囲の浮島の原理を利用している。城の動力部に浮島の核に当たる樹を取り込ませたことにより、それが可能となったのだ」
補足説明なのかもしれないけど全くわからない。そもそも浮島を見ていない。名称的にやっぱり浮いている島だろうか。
とりあえず、城の中に島が浮くための樹があって、それで世界樹が城を島と思って浮かせている……? 自信がないけどこれ以上聞いてもわからない気がするし、もうこの解釈でいいや。
まあどんな形にせよ、世界樹と繋がりがあるなら野生の魔物がいるのだろう。どんな魔物がいるのか聞こうとして、その前にウーファンが言った。
「……しかし、魔物の気はないな」
「え、そうなの?」
シウアンも魔物がいると思っていたようだ。だけど索敵能力の高いウーファンの言葉から、魔物はほとんどいないと発覚。
私なりに魔物がいない理由を考えた。
「さすがに魔物もこんな高いところでは生まれない……とか?」
「城の一部となった世界樹の影響によって、城内にも魔物は発生する。だが、城の防衛システムによってそれらは排除される。排除対象は我の許可なく入り込んだ者、つまり人間も含まれる」
「念のため確認しときたいんだが、俺たちは大丈夫……ってことでいいんだよな?」
ローゲルさんの確認に、イシュは返答する。
「我と行動を共にしていれば問題ない」
問題ないって口癖になってない?
この問題ないというのは攻撃されないってことなのか、それとも我強いから問題ない、なのか、判断に悩む。
今日はもう休むために、安全な寝場所まで案内してもらう。イシュにただついていくだけだ。
時折見かける白い樽みたいな鎧や、黒い鎧などが近づいてきたがイシュの姿を見た途端止まった。これが防衛システムとやらなんだろう。
それにしても……この城はどこか寂しい。
地上より遥か上空。人間がいないのは当然、魔物もいない。命持つ者が全くいない城。当然遺跡や洞窟だって、そういう場所はあるだろう。だけどここの寂しさは、命を持つ者がいないという点だけで感じるものじゃない。
七色の窓硝子、汚れ一つない壁、荒らされた様子のない広い通路。
かつて人が多くいた場所。
その大勢の人たちから、見捨てられた場所。
この城はイシュと同じだ。
過去の人たちのために創られ、過去の人たちのために整備され、そして過去の人たちに裏切られ、未だに過去の人たちのために在り続ける城。
イシュはタルシスに戻る気はない。目的を果たせばこの城に残るのだろう。
……本当に残していいのだろうか。こんな場所に、この人を。
たまに会いに行けばいいと考えていたけども、この場所は寂しすぎる。私の勝手な価値観の押し付けかもしれないけども、こんな場所に居てはダメなんじゃないか。
「この先に、ジャガーノート……我が制御できる魔物の中でも最強の存在がいる」
扉の前でイシュが言った。
わざわざ言うということは、ジャガーノートもイシュによって造られた魔物。
「ジャガーノートの解放は後回しだ。禁忌ノ森の魔物との戦いに使用する」
てっきり戦う準備をしろと言われるかと思えば、この発言。
それに良い顔をしなかったのはキバガミさんだった。
「イシュ殿……それは酷な話ではないか。そのジャガーノートも弄ばれた命の一つなのだろう。一刻も早く解放してやるのがせめてもの情けではなかろうか」
「禁忌ノ森の魔物は我の制御下から外れている。少しでも戦力は必要なのだ」
「イシュ殿」
キバガミさんは納得いかない様子。咎めるようにイシュの名前を呼んだ。
「……禁忌ノ森の魔物は強力だ。そして、我への恨みも強い。これまでのような微々たる抵抗ではない」
「だとしてもだ。哀れな犠牲者の骨の髄まで貪るような真似、とても見過ごせぬ」
「ジャガーノートを解放すれば、汝らの命に危機迫る可能性が格段に上がるのだ。それでも汝は構わないというのか」
「犠牲者の解放、そのために拙者は協力を申し出たのだ。我が身可愛さに犠牲者の亡骸を利用する気は毛頭もない。その分危機が高まるというのであれば、拙者はお主らを守るために死力を尽くそう」
二人の言い争いは平行線だ。
イシュの主張は安全性のため、キバガミさんの主張は倫理観のため、だろうか。
「二人とも落ち着け。互いの意見をぶつけるだけじゃいつまでも終わらないぜ?」
空気が重たくさせそうな言い争いの仲裁に入ったのはローゲルさん。
「ローゲル殿。魔物とされた魂への冒涜、とても許容できるものではない」
「それは俺だって同じ気持ちだ。だけどこいつが危険視している禁忌ノ森の魔物の脅威を俺たちは知らない。キバガミがジャガーノートの分まで死力を尽くすと言っても限度がある。ホムラミズチの時みたいに独りで張りきったって仕方ないだろ?」
「ム……」
ローゲルさんの説得にキバガミさんが言い淀む。
そして次に彼はイシュにも質問した。
「造られた魔物はあと何体いるんだ?」
「禁忌ノ森に二体、そしてジャガーノートの計三体だ」
「じゃあこうしないか? 禁忌ノ森の魔物の脅威、それをまず見せてくれ。その後、ジャガーノートの解放を急ぐか後にするか、判断しよう。ウーファンなら気の強さで脅威が正確にわかるだろ?」
「私か。確かにある程度ならわかる」
ウーファンの同意を得たことで、ローゲルさんは再度イシュとキバガミさんに向きなおる。
「イシュ、キバガミ。これで今は納得してくれないか?」
「我は構わぬ」
「……承知した」
キバガミさんはしぶしぶと言った感じだ。
それでも納得を示してくれたのは良かった。
「だが今日のところは汝らは休息をとるがよい」
「……拙者らが命尽きれば、犠牲者はいつまでも解放されぬか……」
「そういうことだ。休むのも、時には非道な選択も必要なことだってあるさ」
ローゲルさんって何気に処世術高い。
タルシス潜伏時に培った信頼を集めるノウハウでもあるのだろうか。胡散臭い顔なのに。
話もひと段落したということもあって、扉を開ける。そこには黒い獣の魔物がいた。
魔物は体を起こし、私たちを見て雄叫びをあげた。
その雄叫びは闘争心溢れるもの。狂戦士の如く、理性なき咆哮。
しかしイシュの姿を視界に入れた途端、物静かになった。
「……化け物だな」
「ウム……」
ローゲルさんとキバガミさんが静かに言った。私も同意見である。
制御下にあるからこそ、戦いは避けれたけども純粋に戦うこととなった場合、今の一瞬だけでも脳内で警鐘が鳴り響くやばさを感じれたからだ。
「ウーファン、大丈夫……?」
「ああ……」
シウアンがウーファンに心配げな声を掛ける。
ウーファンは造られた魔物と対峙するたびに気分が悪そうになっているのだ。理由は魔物たちの気によるもの、らしい。
今回は特に酷い顔色だ。
「どれほどの命を利用したのか……いくつもの気を無理やり混ぜ合わせ固め、さらに上からまた別の気で包み込ませたかのような歪さ……悪魔の所業そのものだ」
「ジャガーノートはこの城と共にあった魔物だ。新たな死体を得るたびに、我がその肉体に組み込んだ強力な魔物。これまで見てきた魔物とは比べ物にならぬほどの……犠牲の上に造った存在だ」
「……」
多くの犠牲によって造られた魔物をイシュは素通りした。
さっきの話で決めたことだ。まずは禁忌ノ森の魔物を、いや、体を休める。休息する場所は玉座の間にするそうだ。そこが最も安全で、そして世界樹内部の状況を把握できる場所らしい。
玉座の間への扉は真っ赤に染まっていた。
決して血などではない。ただそういう色合いの扉なだけだ。
扉を開けた先には、いくつもの動く絵が入った小窓。チカチカとする奇妙な絵画。
そして玉座であろう大きな椅子。
その椅子に腰かけているのは、
胸部に穴が開いた──────壊れた白い鎧兵だった。
天ノ磐座です。
新2のクラシックモード準拠なので、城内は金ぴかじゃないです。アレはやばい。
天ノ磐座のBGMは切ない感じが本当に好きです。
このお話では天ノ磐座内では魔物が徘徊していません。当然機械兵はいますが。
浮いている原理は完全に独自設定です。公式には何も説明はないです。世界樹の力なしに超科学力でもいいです。でもこのお話はこの形です。